幸せなら手を繋ごう
中秋 コーヒーゼリー、コーンポタージュ、最高級コーヒーゼリー。

幸せなら手を繋ごう

 

 

 

 

 

 昨日に比べてぐっと冷え込み、秋らしい一日となるでしょう。

 朝にテレビでお天気お姉さんが言ってたように、昨日まではまだ夏の名残が感じられていたが、ひと晩で急に冷え込みが増した。
 ここ一週間ほど夏を引きずった天気が続いていたせいか、秋を跳び越して冬が来たような錯覚に見舞われる。
 コートや手袋はまだ早いが、首元が冷えるのは中々つらいものがあった。
 首にぐるぐるマフラーを巻き付け、そこに鼻まで埋めて、オレはブルブル震えながら通学路を歩いた。
 もちろん両手はポケットの中だ。
 おお寒いと縮こまって歩いていると、道の先に自動販売機が見えてきた。
 大抵は素通りしてしまうが、今日みたいな日は赤いラインとあたか〜いの文字に心が引き寄せられる。
 オレは立ち止まり、何を飲もうかとひと通り眺め始めた。
 缶コーヒーホット、定番だねいいね。
 ポタージュも捨てがたいね、腹の底まであったまる。
 お汁粉とかココアは斉木さんだな、このミルクティーも甘くて良さそう。
 当たり前のようにかの人の分まで買うつもりになっている自分に、オレはちょっとおかしくなった。
 その時、当たり前のようにリクエストが頭に響いた。
『コーヒーゼリー』

 

「おわ!」
 オレは思わずのけぞって、きょろきょろと本体を探した。
『本体とか言うんじゃない』
(すんません……あ、いた!)
 一つ先の曲がり角に立っているのを見つけ、オレはぱっと笑顔になって小さく手を振る。
 当然ながらというか、向こうからの反応はない、ただもう一度、コーヒーゼリーと指示があるだけ。
 まあ、そういう人だってわかってるからいいっスけどね。
(てか斉木さん、コーヒーとかカフェオレはありますけど、自販機にコーヒーゼリーはさすがに……)
『売ってる、中段右の方だ』
(ほんとだ!)
 言われた場所を見て、オレは大きく目を見開いた。
 間違いなくコーヒーゼリーと書いてある。
 コールド商品だったので適当に流し見したのだが、確かに先程もこのデザインの缶ボトルは目にした。
 色合いから、カフェオレだと思い込んだ。そしてコールドだったので、さして気にも留めずホットに目を移した。
 これって前から売ってたのかな、全然気付かなかったっス。
(で、斉木さん、これにします?)
 今度は頷く仕草があった。わかるかどうかの小さな動きだが、なんだか可愛くて俺は思わずにやけた。了解と、早速コーヒーゼリーを買い、それを片手に自分は何にしようかと列を目で追った。
(失敗したなー、自分のホット缶買ってからにすればよかった)
 寒い日に冷たいボトル缶を手に持ち続けるなど、ちょっとした拷問だ。冷たいを通り越して痛いになりつつある指先に、オレは急いでコーンポタージュのボタンを押した。
 これでどうにか片手はあったかくなった。むしろ熱いくらいだ。
 そしてもう一方は痛いを越えて痺れに変わってきていた。
 オレは急いで斉木さんの元へと駆けた。
 こんな事なら面倒がらず手袋もしてくればよかった。
 片手は凍えるように冷たく、片手は燃えるように熱い。
 熱い…そうまるで斉木さんと手を繋いだ時みたいに。
 はーあ…斉木さんのあったかくて柔らかいおてて、恋しいなあ。
 あの可愛らしいおててでオレのこの冷えたほっぺた、あっためて欲しいっス。
 そんでそのままチューしてそれから…
 そんな妄想を過らせつつ、曲がり角で待つ斉木さんにの元にたどり着く。
「はい、お待たせっス」
 斉木さんは無言で缶ボトルを受け取ると、真正面からオレを見た。
 直後、すさまじい殺意の籠った『死ね』のひと言が脳天に突き刺さった。

 

「!…」
 鼻の奥にがつんと突き抜ける衝撃に、じわっと涙が滲む。
「……さいきさん」
 余りの威力にオレは鼻の頭を押さえ立ち尽くした。
 テレパシーって、こんなに殺傷能力高かったっけ……?
 目にもとまらぬ速さで殴られたかと勘違いするほどだ。
 そんなオレをその場に残し、斉木さんは一人すたすたと学校に向かって歩き出した。
 ひでえ、ひでえっスよ斉木さん。
 オレは持っていたポタージュ缶をカバンにしまい、走って何とか斉木さんに追い付く。
『ああ鳥束か。そこの曲がり角に、変質者がいただろ』
 斉木さーん!
「……というかすんませんした」
 自分が悪いのだったと思い出し、オレは素直に謝る。
『朝から気持ち悪い事を考えるな変態』
「そうは言いますけど、こう寒いと人肌が恋しくなるというか、あったかいものが欲しくなるじゃないっスか」
 そんな時思い出すのは斉木さんのぬくもりだ。
 寒い日は手を繋いだり、抱き合ったりして温め合うのが一番スよ。
『やはり並んで歩くのは危険だな。離れよう』
「ちょ、もー、待ってくださいよ。そんな急いだら寒いじゃないっスか」
 風が顔に当たって、余計凍えちゃいますよ。
 オレは首を竦めた。その間もどんどん斉木さんは遠ざかっていく。
 オレは覚悟を決めてまた駆け出し、斉木さんに並ぶ。
「もー、なんでそんな冷たくするんスか。てか斉木さん、寒いの嫌いなのにマフラーしないで平気スか?」
 斉木さんは横に並んだオレの方をちらっと見ると、小さく舌打ちした。
「え、なんでここで舌打ち? オレそんな目障りっスか?」
 今、ちらっとこっちを見た斉木さんの目は、明らかにさらったドブを見る目付きだった。
 さすがのオレも衝撃を隠せない。
『ちょっとした冗談だ。朝から百面相で忙しいな』
「いやまあそうだとは思いましたけど、余りに真に迫ってましたよ!」
 本当に、今日の気候に相応しく斉木さんは手厳しい。
 オレ、本当にこの人に好かれてるのかな。何だか非常に不安になってきた。
 ぐすぐすとべそをかいていると、自分は超能力で調節しているから寒くはないと答えがあった。
「はあなるほど、だから手がむき出しでも寒くないんスね。ほっぺたとか耳とか赤いから、てっきり寒いの我慢してるのかと」
『なんともないな。お前のその耳は、寒さで赤くなってるのか』
「そうなんス。もうちぎれそうっスよ」
 オレはちょっと大げさに、両手で耳を擦る仕草をした。
 まだ秋だってのにこんな寒くちゃ、本当の冬が来たら果たしてどうなるやら。
「にしても、やっぱり超能力って便利っスね」
 いいなあ、体温調節で手もあったか、かあ。
 て事は、斉木さんの手って今あったかいんだ。
 うわ、触ってみたい繋ぎたい。
『駄目だ』
 ぴしゃりと遮断されオレはへの字口になるが、確かに、もう校門近くまで来て生徒もたくさんいるからこりゃ駄目だ。
 さすがのオレも、こんなに大勢の前で斉木さんと手を繋ぎたいなんて無謀な望みは抱かない。
 ただ、ただ、残念である。
 肩が触れそうなほど並んで歩いているのに、お互いの手まであとちょっとの距離なのに、触れる事が出来ないなんて。
 名残惜しさに、オレは手がむずむずした。
 玄関をくぐって、下駄箱に着く。
 おはよう鳥束、おはよう斉木、おはようおはよう。
 丁度一緒になったクラスメイトらと挨拶を交わしながら、オレは靴を履き替えた。
 脱いだ外靴を自分の下駄箱に入れようと屈んだその時、誰かがオレの手をぎゅっと握り締めた。
 思っていたよりもずっと温かく柔らかな手が、しっかりと力強くオレの手を握り、そして離す。
「!…」

 

 慌てて身体を起こして、隣にいたはずの斉木さんに目をやる。
 しかし見当たらない。辺りを探すと、すでに靴を履き替え下駄箱の向こうに消えていくところだった。
「ちょと……」
 口から出たのは、まるで腹に力の入らない情けない声だった。
 オレは、寒さとは違う理由で瞬く間に赤くなっていく頬を押さえ、ううと唸った。
 だから好きなんだ、あの人、オレは本当に。
 顔が熱い首も熱い耳まで熱い。
 こういうのずるい、不意打ちずるいっスよ斉木さん。
 自分だって耳まで真っ赤にして、ほんとにもう。
 まるでそそくさと、といった様子ですたすた歩いていく斉木さんの耳が真っ赤だったのを、オレは見逃さなかった。
 確かに見た。
 斉木さん、それは超能力のせいじゃないですよね。
 オレは握られた手を見つめ、冷たいなんて言ってごめんなさいと心の中で謝った。
 許して下さい斉木さん。
『コーヒーゼリー三個で』
 まさか返事があると思わなかったので、オレは即座に承諾した。
 頭にさっきの自動販売機のコーヒーゼリーを思い浮かべる、
 直後、例のあの最高級コーヒーゼリーだとの指示をもらい、オレは膝から崩れ落ちた。

 

 さすがだ斉木さん、冷たいのもあったかいのも自由自在だ。

 

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