無駄遣い
残りあと五秒
「うー暑いっ…あつい……斉木さん、ここら一帯ツンドラ気候に出来ません?」 『馬鹿か』 「せめて俺らの周りだけでもー」 『そんな馬鹿馬鹿しい使い方はしたくない。能力の無駄遣い甚だしい』 「くうー……アンタの大事な恋人が、熱波でくたばりそうだってのに、随分冷たい物言いじゃないっスか」 『その冷たいので何とか賄え』 「ひっどー……さいきさぁん」 文句を言う声もだらしなく溶けてしまうほど、今日は暑い。 寺のお使いで商店街に出たら、そこでばったり斉木さんに出会った。 というか、帰りにちょっと寄り道して、涼みがてらコンビニ寄ったら、いたんだ。 汗が引っ込むまでと、大人な雑誌を立ち読みしようとしたら、やけに視線を感じるって店の奥振り返ったらそこに立ってたの。 棚に身体半分隠しててさ、そこで何かオレぴんときてさ、もしかしてカゴいっぱいのスイーツかと思ったら大当たりで、オレに見つからないようこそこそしてたってのが何だかおかしいやら可愛いやら、もー斉木さんそういうとこほんと好き! って一人ニヤニヤしながら見ていたら、お使いはもう終わってるだろ、無駄な寄り道してないで早く帰れって尻叩かれて、へいへい…って二人で出てきて、ちゃんとまっすぐ帰るか心配だからついていくって、斉木さんたら! あーんもう、優しい〜やさしい! オレの恋人世界一やさしい! 『うるさい、違う、余計な事をしないか見張ってるだけだ』 もーこのね、デレデレ具合みんなに自慢したいよ。見せびらかしたい。オレの恋人、こんなに優しくていい人なんですよーって。宇宙一だよこれ。 何だかんだ言って心配性なんだこの人は。 それならそれで、瞬間移動してくれればいいのにね。 なんでこんな律義に一歩一歩帰り道を徒歩でたどっているんだろう。 『今日はそれほど暑くないだろ』 「えー、暑いっすー」 秒で嘘だとバレるんだけど。 超能力者手強いわー。 クーラーばっか当たってあんまり汗かかないのも、それはそれでよくないってね、それはオレも知ってますけど、知ってはいますけど! 汗一つかかず涼しげ〜にしてる斉木さんがホント羨ましいのなんの。 まあ、こうやって、ちょっとの間でも一緒に過ごせるの、嬉しいです。 へへ、心配させてスミマセン。 『そうだ、お前はもっと僕に感謝しろ』 「ん−、してます!」 してますとも、ねえ、わざわざ家と反対方向に来てくれて。オレに付き合ってくれて。 『まったく、時間の無駄もいいとこだ』 そう言いながら、一緒に歩けるのが嬉しいって顔して。オレは、なんて言ったらいいかわからないっス。 斉木さん、好き 「好きっス」 『当然だろ』 自信たっぷりの返事、ああもうさすが斉木さんだね。 あー、何かちょっと暑さが増した感じ。 カラコロ鳴る下駄の音すら暑苦しい。 「ねー斉木さん、せめて冷風!」 もしくは瞬間移動…と思いかけて、はたと押しとどめる。 寺まであともうちょっとだし、我慢出来るし、それよりなにより、もうすぐ終わってしまう斉木さんとの時間、一秒でも長くいたい。 そう思ったからだ。 ん……あれ、もしかすると斉木さんも同じ気持ちじゃ? 唐突に思い至る。 『……本当に、時間の無駄だな』 「はは、ムダじゃないっスよ」 さっきまで、額に浮かんでいた汗が鬱陶しくてたまらなかった。 でも今は、なんだかそれも愛しく思えた。 そしてそれ以上に、オレは斉木さんを。 「あれ、斉木さん赤い……っスね」 暑さに負けるお人じゃないのは知ってるから、それって、それの理由って。 『うるさいぞ』 斉木さんが早足になる。ああーやめて、この時間早く切るのはやめて! と思ったら、大樹の下で足を止めた。オレも隣で歩みを止める。日陰はちょっとだけ涼しく感じるかも。 いや、気のせいじゃなく涼しいわ。ここに来るまで何回か日陰通ってきたけど、こんなに涼しいのここだけ。 何これ爽やか、汗が引いてく。 「……もしかして、斉木さん?」 尋ねると、小さく頷いた。 まだ、顔は赤いままだ。涼しくしてるのに顔赤いって、はは、斉木さんどんだけ照れてんのさ。 『……うるさいな。スイーツがぬるくなるのを防いでるだけだ』 そんなちゃちな言い訳でふいっとそっぽを向くのだから、たまらない。 寺の門まで、あと少し。 でも斉木さん、ねえ、もう少しここで一緒に「時間の無駄」しましょうよ。 「ね、斉木さん」 蝉の声がうるさい。 それ以上に、自分の心臓の音がうるさい。 一番うるさいのは、周りではやし立ててる幽霊たちかな。 オレを通して沢山のギャラリーがいる事を知った斉木さんは、早く追い払えと無茶な注文をつけてきた。 うーん、やるだけやってみますけど。 申し訳ないなあとは思うんですけど、オレ、あいつらに見せびらかしたい気持ちがあったりするんですよね。 そんなオレが、斉木さんに照れ隠しでぶっ飛ばされるまで、あと五秒を切った。 |