無駄遣い

やっぱりベタ惚れじゃないか

 

 

 

 

 

 放課後、オレの部屋に寄ってもらった斉木さんにおもてなしのコーヒーゼリーを出し、今日あった事をお喋りしたり肩を寄せてイチャイチャしたりベタベタ鬱陶しいと押しやられたり…と、二人で過ごすいつもの時間を、オレはのんびりと噛みしめていた。
 正直なとこ、オレとしちゃもっとベッタベタに触れ合いたいんだけどね。恋人同士だからってのもあるけど、単純に触れてもすり抜けない実感がほしいというか、安心したいのだ。それは完全にオレのわがままだから、斉木さんが付き合う義理もないっちゃないんだけど。
 それでも斉木さんは、始めの頃に比べれば結構色々許してくれるようになった。
 そうだな…お互い能力者って事でいろいろあったしあるから「普通」は程遠くて、距離を縮めたり折り合い付けたりが難しいけど、それでもオレたちなりになんとかやってる。
 そう、なんだかんだやれてるのだ。

 そんな訳で今日も今日とて、拒まれてもめげずに斉木さんにくっついて過ごしている。
 斉木さんは、壁に寄せたベッドを背もたれにくつろぎながら雑誌を読み、オレは、そんな斉木さんの右肩にくっついて別の雑誌を読んでいた。
 この雑誌はいつものじゃないよってかオレのじゃないの、オレのいつもの愛読書をタケルに貸す際、じゃあオレからはこれをって渡されたものだ。学生をターゲットとしたごく一般的なファッション誌。
 まず買う事がないので、これはこれで面白い。いや、買わないっていってもファッションに全く興味がない訳じゃない。そんな、どこかの斉木さんじゃあるまいし…やべ、あぶね。
 まあとにかく、年齢相応に、ファッションに興味あるいち男子として本屋でパラパラ立ち読みする事はあるのだが、どうしても買うのは躊躇してしまう。というのも、その値段出すなら別の雑誌を買いたいって思うからだ。どうしても惜しいと思ってしまう。だから、いつも立ち読みで済ませてしまっているのだ。
 だからタケルからの交換はありがたく、しかもこれからの季節にぴったりの春物特集とか、ありがた過ぎる。
 春先のコーデ、どれもいいなぁ。色が、優しくて穏やかで、まさに春って感じで見ていてウキウキしてくる。
 自分が着たとこはもちろん、斉木さんにもどんどん着せて想像してみる。
 もっとウキウキしてきた。
 オレは一旦紙面から顔を上げ、斉木さんの様子を伺った。
 斉木さんは斉木さんで、相変わらずのスイーツ特集に夢中のようだ。ちょっと待って、ページをめくるタイミングで声をかける。
「ねーねー斉木さん、これ見て」

 ずいっと雑誌を差し出し、オレは続けた。
「春物、いっスよね、今度一緒に買いに行きません?」
 斉木さんは面倒そうにちらとだけ見て自分の雑誌に目を戻すと、また無駄遣いしやがってとため息をついた。
『服になんでそんなに金かけるんだ?』
 理解出来んと冷たいテレパシーが飛んでくる。
 その目は「スイーツ博」の文字に釘付けだ。
 むぅう…オレの口がどんどんへの字に曲がっていく。
「それならオレも言わしてもらいますけど。スイーツ博とかムダっスけど。オレからしたら」
 今度は斉木さんがムッとする番だった。
 二人して不機嫌顔を突き合わせる。
 趣味が合わないっスね!
 つい勢いでそんな事を思い浮かべるが、オレの中ではもう「スイーツ博に行く」のは決定してる。ので、しっかりマークしておく。
「どこでやって…はー、なるほどそんな遠くじゃないんスね。じゃ今度近い内、行きましょーね!」
『お前……僕を無駄に甘やかしすぎじゃないか?』
「えーべつに……うん、べつに。斉木さんにはいくらでも使いたいですからね」
 まあ、金は有限ですけど、オレの気持ちは無限ですから。いくらでも引き出せますよ
 オレは自信満々に告げる。

 斉木さんは小さなため息のあと、肩越しにオレを見やった。
『何したら』
「ん?」
『その窓口、どうなったら凍結するんだ?』
「はあ?」
『僕が、たとえば浮気とか?』
「うーん、うーん、えー……ダメっス、どんなに考えても想像出来ないっスね、アンタがオレ以外になびくとこ」
 結構な衝撃発言を食らった訳だが、オレは全然ピンと来ず、首を振るばかり。
『おいおい、随分だなお前』
「えー、だって斉木さんオレにぞっこんベタ惚れじゃないっスか」
 たちまち、今にも吐きそうなひどい顔をされる。
 それも衝撃的な事なのだが、どうしてかオレの心はびくともしなかった。どころか薄笑いでいたせいか、斉木さんに片頬をつねられ思いきり引っ張られる羽目に。
 さすがに堪えたが、心には全然ダメージがなく、自分でもなんだかおかしくて笑いがもれた。
 不審者を見る目をぶつけたあと、斉木さんは『変な奴』とオレの肩にもたれ読書を再開した。
 変な奴ですんませんねー。
 心の中で思いっきり言ってみる、が、斉木さんからの反応はない。さっきまでと同じようにスイーツ特集に釘付けになっている。
 無反応が寂しい…なんてとんでもない、変な奴にくっついてるのにいつもどおりくつろいでるなんて、こんな嬉しい事はない。
 やっぱりベタ惚れじゃないか、アンタもオレも。

 

 

 

 といったやりとりから数日経ったとある休日の午後、本屋巡りがしたいという斉木さんのお供を喜んで買って出たオレは、並んで街をそぞろ歩きしていた。
 その時たまたま通りかかった靴屋で、一目惚れする靴と出会った。
 黒地にベージュの靴紐の、とてもシンプルなキャンパスシューズだけど、すっかり虜になってしまい目が離せない。
 ごくりとつばを飲み込んだのも気付かないほど凝視していると、斉木さんに話しかけられた。
『そんなに気になるなら試せばいいだろ』
「……はっ!」
 オレはやっと我に返った。どれだけ靴の事で頭一杯になってたんだか。オレは、ショーウインドウに鼻先がくっつくほど近寄っていたのを一歩後退し、軽く首を傾けた。
「ん−でも……どーせ斉木さん、またそんな無駄遣いしやがってーとか言うでしょ」
『言わない、いいからさっさと試せ』
 ぶっきらぼうな言葉に背中を押され、オレは店の中に入っていった。

 展示されていたのは丁度オレの足のサイズだったので、店員にひと言断ってオレは両足を入れてみた。
 うわ、丁度いい。気持ちいいくらいピッタリだ。
「どうでしょ、斉木さん」
 オレは恐る恐る正面に立った。
『お前は? 履き心地はどうなんだ?』
「はい、ええと」
 売り場を行ったり来たり、歩いてみる。うん、かかともくるぶしも痛くならないぞ。蹴る時もすごくスムーズだし、こんなに具合の良い靴に出会ったの、久しぶりだ。
 オレは試着を終えると元の位置にそっと戻した。
『なんだ、買わないのか?』
「あ、うーん」
 無駄遣いって言われそうでちょっとびくびくしていた。
 そんなオレに、斉木さんはやれやれと鼻から息を抜いた。
『だから言わないって』
「あ、すんません」
『似合ってた。今日の格好にも合ってる』
「っ……!」
 やだあ、もう…なんてカッコいいんだろ!
 ちょっともうね、涙零れそうだよ。やめてよ斉木さん、こんな大勢人がいるとこで泣かそうとするの、やめてよね。
『馬鹿か』
 呆れたと肩を竦める斉木さんにオレは目尻を下げる。
「買ってきますねっ」
 オレは意気揚々と会計に向かった。

 靴の入った紙袋を手に、オレはルンルンで歩く。
「えへへ、今度これ履いて、斉木さんとスイーツ博〜斉木さんとデート」
 小声で、歌うように呟く。
 そんなオレから、斉木さんは少しずつ離れていく。
「ちょっとちょっと、他人のフリするのナシっスよ」
『……最高級のコーヒーゼリーが何個買えたか』
 するっと入り込んできたテレパシーに、うっと息が詰まった。
 もー、そういう計算、やめましょーよ。
『ちょっと言ってみただけだ』
「もおー…ねえ斉木さん、魔美寄ってきません? 気分いいんで、コーヒーゼリーご馳走しますよ」
『いいのか? それはお前には無駄遣いじゃないのか?』
「なっ! ないですよお、斉木さんが嬉しくなってくれたら、オレも嬉しいんですから。最高の使い方っス」
 斉木さんはちょっと伺うような顔した後、じゃあ遠慮なくと受け入れた。
 その時、ほんの少しだけど嬉しそうな顔するものだから、オレはますます胸があたたかくなった。

 はー…斉木さん好きだ。
 こんなオレにもそんな存在が現れるんだなとかごちゃごちゃ考えてたら、なんだか胸が一杯になって涙が出そうになった。
 幸せ。うん、すごく幸せだオレ。
 そしてその幸せを実感すると、斉木さんへの気持ちが際限なく湧き上がってくるのだ。
 本当に、この窓口は何をどうしたら凍結するんだろうな。
 どうすれば…って考えても、浮かんでくるのは、何だかんだ言いつつ見放さないでオレの隣に立ってくれる斉木さんばっかりだし、ダメだこりゃ。

「ねー斉木さん、いつ行きます?」
 スイーツ博。
 魔美でカフェオレを啜りながら、オレは尋ねる。いつもの倍顔がにやけてるのは、隣の席に運命の出会いをした靴があるからだ。
 あー、早くお出かけしたいなー
『新しい長靴買ってもらった幼児みたいだな』
「えっ…へへへ、でも気分はまさにそんな感じかも」
 的確な表現にオレはむにゃむにゃと照れ笑いした。
『そんなに浮かれてるの見たら、捨てたくなってきたな』
「えっ……」
『それ』
「えっ!」
 オレは大急ぎで紙袋をかばった。斉木さんには絶対の信頼寄せてるから単なるポーズだけど。
『冗談だ。似合ってるって言ったのは、冗談じゃないけどな』
 ほらね、って…ふうぅ〜ん!
 オレは声もなく悶絶する。
 もうさ、だからさ、そういうところが好きなんだよ斉木さん!
 これだからオレは、斉木さんへの気持ちが止められないんだ。
 オレへの気持ちをちゃんとこうして見せてくれるから。
 調子に乗るなと睨まれたけど、いつもの鋭さが全然ないのはつまりそういう事なので、オレの顔はだらしなくたるむのだった。

 

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