あなたを想う花

秋:サルビア

 

 

 

 

 

「斉木さーん、お待たせー」
 玄関先で、今さっき寄ったコンビニの袋を軽く掲げて、オレは二階にいるだろうその人に呼び掛けた。
『ご苦労。今開ける』
 返答に続いて、ガチンと鍵の開く音。
 超能力者のいるお宅、便利でいいねえ。
「お邪魔しまっす」
 オレは中に入った。

 うー、寒かった。
 昼間はまだ夏の名残を感じられるけど、日暮れが迫る今頃はやっぱり秋も深まっていて、風の冷たさについ肩が竦む。
 放課後、まっすぐ斉木さんちに向かいたかったけど、斉木さんがどーしても某コンビニの新作コーヒーゼリー食べたいってんで、オレは「はい喜んで!」とコンビニに飛んでった次第。
 そんで斉木さんちに行く途中、中々懐かしいものを見た。
 斉木さんちに行くのに近道になる公園で、小学生たちが、花壇の真っ赤なサルビアに群がっていたのだ。
 男子数人が花壇にむらがり、サルビアの蜜がどうのこうの賑やかに喋っているのを聞いて、オレもあんくらいの頃やったなあと思い出にふけった。

 公園の、学校の、人様んちの庭の。
 今考えるととんだ荒らし野郎だな。
 その節はご迷惑おかけしました。

「斉木さんはサルビアの蜜吸ったりとか、しました?」
 中からぴゅうっと伸びてるあの細長いの引っ張って取って、吸うと、甘いんスよ。
 部屋にお邪魔して、コーヒーゼリー渡して、早速モニュモニュ楽しむ斉木さんを眺めて楽しみながら、オレは尋ねた。
「知ってます?」
『知ってる』
「ツツジの花もありましたっけ」
 あの時子供らが立ち去った後、そっと近付いて、残っている細長を一つ失敬してオレも唇にはさんだ。
 ああ、こんな甘さだったなあと、頬と胸とがむずむずした。

『さすが「鳥」束だな』
「え……なんです?」
 花の蜜を吸うなんて虫みたいな野郎だな、とか言ってからかわれるかと思っていたので、唐突に出てきた『鳥』に面食らう。
 なんでも、つい先日ドキュメンタリー番組で「ハチドリ」の特集をやっており、それが中々面白く見応えがあって記憶に残っていたので、すぐ出てきたのだそうだ。
 ハチドリのあの細長いくちばしは、サルビアの蜜を吸うのに適している、とか。

『鳥類は、人間には識別出来ない色を見分ける事が出来るそうだ』
「あ、それはなんかうっすら知ってるかも」
 オレも、何かの特番で見たのだろう。びりっと記憶が刺激された。
『お前もそうだな』
 普通の人間には視えない幽霊が視える。お前もそうだな。
 なんて顔をしたらいいかわからず、オレは曖昧に笑いかけた。

『今度からサルビアを見たら、意地汚く蜜を吸うお前が思い浮かぶのか…やれやれ』
「意地汚いはねえっスよ」
『うちでも母さんが、秋にはやっぱり真っ赤なサルビアねと毎年買うんだ。はぁ…やれやれ』
「そ、そんなにやれやれ言わないで」
 花に罪はないっしょ。
「オレに免じて許してやって下さいよ」
 溜息を吐く背中にそう投げかける。
『うわ、今気付いたが、ここからギリ花が見えるんだな』
 立ち上がって伸び上がり、斉木さんは大げさに肩を落とした。
 そこまでしないでよ。
「ねえ、斉木さん――!」
 近寄って覗き込んだ横顔は、それはそれは優しい目をしていた。

「だめ。オレこっちだから」
 それを強引に自分に向ける。
 自分の方に向かせて、椅子に座らせて、少し低い位置の斉木さんの目をじっと見つめる。
 対して斉木さんは、妨害されたからなのか、どこかむっとした顔をしていた。
 怯みそうだが、怯まないぞ。
 オレを想う分にはいくらでもって感じだが、オレを見ながら想ってほしい。
 でもオレのいない時でも、何かを例えば今なら真っ赤なサルビアを見た時、オレを想ってくれるなら、それはそれでたまらなく嬉しい。
 ああ複雑だ。
『めんどくさいことを』
「ね、ほんとに。すんません」
 自分でもそう思うので素直に謝る。

 じゃあ斉木さんに何も感じてほしくないかといえば全然そんな事はなくて、でもオレ以外にあんな顔向けてほしくはなくて、どうすれば満足なんだと複雑でめんどくさいことこの上ない。

『お前も、コンビニのコーヒーゼリー見たら僕を思い出していいから』
「それ、アンタが食べたいんでしょ。買ってほしいんでしょ」
 笑いながら言うと、斉木さんは素直に『うん』と頷いた。
「もぉー。今食べてるじゃないっスか」
 そう言いながらオレは、よっしゃ会社ごと買ったるわと意気込んだ。
『チョロい奴』
 斉木さんはクスクス笑いながらコーヒーゼリーを口に運んだ。
 こんなの、アンタ限定ですよ、斉木さん。

 心はモヤモヤだけどでもフワフワで、うん、どっちかといえばすごく幸せだ。

 

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