昼下がりに

秋:まだまだ続いてく

 

 

 

 

 

 アナタはホクホク派?
 それともねっとり派?

 そんな昼のテレビの特番…焼き芋特集に、斉木さんはかじりついている。
 オレらの前には、オレが作った特製カレーうどんがある。つっても、冷凍うどんとレトルトカレーで作ったものだが、斉木さんは綺麗に丁寧に平らげてくれた。着ている服に跳ね染みはなし。一方オレはお察しください。ちゃんと、汚れてもいいヨレヨレの古いシャツ羽織って防いだからノーカンで。
 まあともかく、休日の昼、腹一杯で気持ち良く二人でダラダラテレビを見ているってわけだ。

 手早く洗い物を終えて部屋に戻ると、件の特集が始まっており、オレは隣に座りながら質問した。
「斉木さんはどっちっスか?」
 カレーの匂いが色濃く残る部屋で、焼き芋の話題、中々素敵だ。
「オレは、やっぱりホクホク派かな。ホクホクを頬張ると、いかにも焼き芋って気がしますし」
『どっちもに決まってる』
 どちらも素晴らしい。
 わかり切った事を聞くなと、画面に釘付けのままテレパシーを寄越す。
「はは、でしょうね」
 どっちだって美味しいことに変わりはないですもんね。

 特集は芋の品種と食感をひと通り紹介すると、美味しい焼き芋の作り方手順を詳しく説明し始めた。
 それに目の輝きを増して見入り、斉木さんはこんな事を聞いてきた。
『お前んとこの寺で、たき火は出来るか?』
「あー…そこはムリっス」
 今は条例やらうるさいんで、すんません。
 なんとなーく予想はついてたので、オレは思い切り眉尻を下げた。
 斉木さんも聞く前からわかっていてそれでも聞かずにいられなかったのね、特に駄々をこねる事無くしゅんと目線を落とした。
『やっぱりか』
 見てられなくて、一つ提案する。
「実家なら色々緩いんで出来ますけど」
 遠いけど、斉木さんなら一瞬でしょ。
「行きますか?」
 来ます?

『いや、そうだ。あそこなら誰にも遠慮する事なく好きに出来るな』
 斉木さんの言う『あそこ』をぼんやり理解し、じゃあとオレは準備に取り掛かった。
「まずは、……焼き芋を買いにっスね」
 いそいそと外出の支度をしていると、何やらニヤニヤと斉木さんがオレを見つめてきた。
 何だと思ってふと手元に目線を移すと、いつの間にか「お買い物」が済んでいた。
 はやっ、ずるっ!
 甘味の為なら何でも素早い、思わず笑ってしまう。
「えーと、じゃあ……、新聞紙とアルミホイルと、あとなんですっけ?」
 特集で見たアイテムを数え上げ、斉木さんの返事を待つ。



『手際が良いな』
「寺生まれっスからね」
 早く焼き芋食べたいオーラ出してる斉木さんの為に、オレは最短で火を起こした。

 たき火に放り込んだ焼き芋が出来上がるのを、二人で肩寄せ合って待つ昼下がり…焼けたかな、まだかな。
『まだだな』
 火の向こうを視る斉木さん。
 焼けたら二人で半分こして、はふはふしながら焼き芋を頬張って、美味しいねって言いながら秋を感じたい。
『僕は、出来上がった焼き芋を独り占めして、お前の悔しがる顔を堪能したい』
「また始まったよこの人は」
 火の具合を見ながら、オレは小さく笑う。
 しゃがんだオレの隣にしゃがんで、斉木さんが、オレと同じように火を覗き込む。
 思いがけず近付いた距離に、オレの頬が熱くなった。たき火のせいじゃないな、これ。

 度々訪れる無人島で、心置きなくたき火して芋をくべる。
 アルミホイルだけの焼き芋と、濡れ新聞紙とアルミホイル巻きの焼き芋とを作って、食べ比べしてみようというわけだ。

『そろそろ頃合いだな』
 埋めていた焼き芋を、手を使わずに取り出して、斉木さんはオレに寄越してきた。
「おぉー、あつっ…くない」
 持参した軍手のお陰でヤケドはしない。斉木さんはヘッチャラな顔で芋を手にしている。
「出来ましたよ、お待たせ斉木さん。じゃあ食べ――」
 食べましょうという間もくれず、斉木さんは二つに割った焼き芋にかぶりついていた。
 そしていつもの、いやいつも以上にホクホク顔。
 あーもー、この人どんだけオレの胸きゅんきゅんさせれば気が済むんだか。
 息もままならないと突っ立っていると、腰かけるのに丁度良い岩に斉木さんが座るので、オレもならって隣に腰を下ろした。


 この世に二人きりの妄想しながら、そんな世界で食べるほかほかの焼き芋は、オレの喉を順調に詰まらせ、ほんとに最期が見えかけた。
 下らない妄想するから罰が当たったんだな。
 みんないるし、明日も明後日もまだまだオレらは続いていくし、まだまだ続けたい事がたくさんある。
 昔は、前は、この世にあるものにはロクに興味湧かなかったのにな。
 いつ終わってもいいように瞬間的なものばっか見て、集めて、それでよしとしていた。
 今はなくしたくないものばかりが周りにある。
 無人島で二人きりたき火で焼き芋とか、なんだこれ。笑いたくなるほど特別だろ。

『こっちも悪くないんだぞ』
 試してみろと、斉木さんがねっとり焼き芋を寄越してきた。
 色味はねっとりのが濃い。温泉卵の黄身みたいでとても綺麗。
「斉木さんの好きそうな味っスね」
 甘みも強くてはっきりで、現に斉木さんの顔がうっとり緩んでいる。

 小さな無人島だからか、風が強い。
 風が強くて肌寒いから、つい、斉木さんにくっつきたがる。
『邪魔くさい』
 チラと見やって、でも避けるでもなく座り続ける斉木さん。
「美味いっすね」
『だろ』
 ねっとりもこんなに美味しいんだって、アンタが教えてくんなきゃ、どーでもいいまま終わってましたよ。

 あー、…なんかわらび餅食べたいな。
 オレの好物。黒蜜たっぷりかけてモチモチしたい。
 好きだってしっかり自覚しながら味わいたい。
 今、無性に。

『そら。特別だぞ』
「え、あ、斉木さん!」
 アポートしてくれたのは、コンビニのじゃなくオレらがよく行く甘味処のお持ち帰り用わらび餅だった。
「うわー…うわー!」
 あざっス!
『今日の食べ比べ、中々楽しめたからな』
 その礼代わりだとほんの少し笑う顔にオレは瞬きも忘れて見入った。
「オレも、すごく楽しかったっスよ。だから半分こしましょう」
『そう言うなら、貰ってやらん事もない』
「ふふ。では、はいあーん」
 まず斉木さんに。そしてオレも。
 とろん、プルンとした独特の食感を二人でモチモチ楽しむ。
 こだわりのわらび餅ってうたい文句だったっけ、やっぱりうん、それだけの事はあるな。
 美味い!
 頬っぺたが落ちそうなくらい。

「はは、なんていうか、こっちも詰まりそうっスね」
 芋といい餅といい、今日のオレら結構攻めてますよね。
『お、今度こそ逝くか?』
 二個目を求めて、斉木さんがあーんと口を開ける。
「もー、すぐそうやってオレを。なんでちょっと嬉しそうなんスか。もう」
 意地悪言った分だけちょっと睨み、オレは食べさせる。そしてオレももう一個。
『仕方ないな。さっき逝きかけたので我慢するか』
「あんまり意地悪言うと、残り全部オレ食べちゃいますよ」
『やめとけ、本当に詰まるぞ。合間に僕が食べてやる事で助かってるんだ、感謝しろ』
「はは、なんスかそれ、もー」
 無茶苦茶な理論だと肩を揺すると、わらび餅がひとりでに浮き上がって斉木さんの口へと向かった。
「あー、ちょこらこら、あーんの楽しみ奪わないでほしいんスけど!」
 そう言うと、斉木さんの顔がたちまち悲壮感たっぷりに切り替わる。
「なん……今更おえーって顔しないの!」
 ほんと失礼しちゃう!
 怒った顔をすると、斉木さんは更に調子付き、残りのわらび餅全部に狙いを定めた。

 オレを挑発するように、わらび餅が目の前でゆらゆら揺れるものだから、つい煽られるままオレは歯をむき出した。しかしすんでのところで逃げられ、空振りにオレは歯ぎしりする。
 そんなオレを斉木さんは愉快そうに眺め、悠然とわらび餅を頬張るのだ。
「あーズルいっス!」
 この超能力者ほんとズルいよ。
『じゃあこうしようか、鳥束』
 足元の小石を手のひらに引き寄せ、斉木さんは勝負を挑んできた。
「やーもう、ムリムリムリ!」
『やってみないとわからんだろう?』
「やるまでもない、さらにズルくなっただけだし!」
『試しに一回』
「ん−……じゃあ右!」
 捨て鉢で指差せば、ハズレと左から現れる小石。
「ほらねー!」
 声を張り上げるオレ。
 楽しげに笑う斉木さん。

 下らなくて、馬鹿馬鹿しくて、最高に楽しい秋の昼下がり。

 

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