昼下がりに

冬:ちょっといいかもしれない

 

 

 

 

 

 鳥束のふくれっ面がすぐ隣にある。
 よくよく耳を澄まさなくても、尖らせた口の先でブツブツ文句言ってるのが聞こえる。

 朝から、雪がすごかったんだ。
 風がないから静かに雪は舞い降りて、あっという間に積もっていった。
 前夜から鳥束んとこに泊まっていた僕は、鳥束の「雪です斉木さん雪、起きて雪!」という声で目を覚ました。
 で、朝ご飯の前から鳥束ははしゃいで落ち着きなくて、しきりに「雪合戦、ねえ雪合戦」と誘ってきたので、じゃあたまには乗ってやるよと表に出たんだ。
 で、特に何の策もない霊能力者と、珍しくやる気満々の超能力者が対決したわけだ。
 結果は言うまでもない。
 顔と急所は勘弁してやったが、それ以外のあらゆる角度からビュンビュン飛んでくる雪玉に鳥束はあっという間に雪だるまになり、最初はまだ反撃してやると元気あったがすぐにくじけて、ギブアップしてきた。
 そこですぐぶつけるのをやめてれば鳥束もここまでふてくされなかったろうが、僕は悪乗りしてしまった。
 うん、……僕が悪かった。
 鳥束を芯に雪だるまを作るのがなんだか楽しくなってしまって、やめられなかったんだ。
 僕の能力を知ってるから隠し立てする必要がなくて、下らない勝負でもないからどす黒い気持ちになることもなくて、そういう純粋な遊びの為に力を使うのが、楽しくなってしまったのだ。
 もちろん、ちゃんと本人はガードした。雪の冷たさが直接染みないよう、バリアみたいの張って、寒くないよう細工はしたが、鳥束が怒ってるのはそういう事じゃないようだ。
 めんどくさい。
 怒ってる癖に、僕が楽しそうにしてた部分は喜んでる変態、ますますめんどくさい。

「どーせオレはめんどくさいっスよ、ええ、どーせ!」
 心の中でグズグズするだけじゃ飽き足らず、口からもブツブツ際限なく垂れ流して、頭痛いったらありゃしない。
 やれやれと頭を押さえる。
 すると顔付きを変え、鳥束はおろおろしだした。
「え、斉木さん頭痛いの? 冷えたんじゃない? え、大丈夫っスか?」
『別に、平気だ』
「いやいや、あったまるもの飲みましょ、すぐ作りますから」
 今のたった今、怒ってたのに、さっと立ち上がって「ホットミルク作ります」とこっちの心配しだすとか、これはこれでめんどくさい。
「なっ……どーせね!」
『いや、悪いとは言ってない。砂糖多めで頼む』
「了解っス」
 ささーっと台所に向かう背中を見送る。

 渡された砂糖たっぷりのホットミルクを啜りながらあれこれ考えるが、何に怒ったのか、いまいちわからない。
 本人もわかってないようで、それじゃこっちだってわからない。
「超能力者でもわからない事あるんスね」
 ありまくりだ馬鹿野郎。
 わからないこと、出来ないこと、山積みだぞ。

『だから、出来る事で一生懸命になるんだろ』
 僕もようやく、それを掴みかけてる。気持ちになってる。全て奪われたのは昔から思ってる通り揺らがないが、それでもちょっと。ちょっとだけ。
「オレだるま作ったりとか?」
『寒かったのは顔だけだろ』
 雪は意外とあったかいんだぞ。更に特殊加工したから、冷たさとかは一切感じなかったはずだ。顔は無防備だったが、そこに雪をぶつけたりしなかったろ。ちゃんと手加減してやっただろ。
「ええ、完全にガードされてましたよ」
 面白い体験だったと、鳥束が振り返る。
『じゃあまた後でやるか?』
「いやもういっス……いや、やってみたいかも」
『どっちだよ』
 少し眉をひそめると、あ、と目を見開いた。
「斉木さんと一緒ならやりたいっス」
『は?』
「斉木さんも体験して、雪でカチカチになる感じ」
 面白いっちゃ面白いけど、なんか恐怖が込み上げる感じもするんスよ。
「動けないのが怖いって単純な恐怖だけじゃなくて、あれは何か魂まで震えました。幽霊は笑ってましたけどね」
 笑いごっちゃないっス、オレ、ある意味地獄ってあんな感じかなーって思いました。
『ふうん』
 ずずっとホットミルクを啜る。

 支離滅裂でまったくわからん。
 心を読んでもいまいち掴み切れなくて、でも、鳥束は楽しいけど非常に怖い思いをした、というのだけは理解する事が出来た。
『よしよし、怖かったな』
 ぐしゃぐしゃとぞんざいに頭を撫ででやれば、最初こそ「そうすればオレがほだされると思って!」と反抗したのに、すぐに気分が良くなるんだからどんだけチョロいんだコイツ。
『お前、いいエロ本あるよですぐ誘拐されそうだな』
「はっはぁ?」
『お前さらっても一文にもならないが』
「ちょー、それ言うなら斉木さんこそ、限定コーヒーゼリーあるよつってキモおっさんに監禁されそうですけど!」
 オエ。
『キモおっさんてそれお前だろ』
「えっ……え、……斉木さんを?……監禁して……?」
 うへ…ぐへへ。
 たちまち凄まじい妄想の旅に船出する鳥束。
 おい悪かった、僕が悪かったから帰ってこい。
 その海は非常に危険だ。

「ホットミルクお替りいります?」
 今度は蜂蜜入りにして。
『いる、する』
 カップを渡す。
 またささーっと、鳥束は台所に向かった。
 雪はだいぶ小降りになったようだ。
 ドサッと、木の枝から雪が落ちる音がした。それ以外はしんと静かで、ただ鳥束のとりとめのない思考ばかりが響いてくる。
 寒いだの冷えるだの、蜂蜜こんくらいでいいかなとか、斉木さんあったまったかな、飲んだら今度は何しよう、かまくらとか作ろうか、他になにか・・・
 台所の窓から見える風景につらつら考えたり、かとおもえばすっ飛んで昨夜のドラマを思い出したり、とても目まぐるしい。
 まあ、いつもの鳥束だ。

『お前が二段の下になるなら、考えてやってもいいぞ』
「……は?」
 戻ってきた鳥束は、すぐに話が飲み込めずぽかんと間抜け面になった。あ、その状態でまた固めてやりたいな。
「はぁー?」
 うそだうそ。
「って、オレが下で斉木さん上っスか。それってきじょっ――」
 真昼間っから不適切な発言しようとするので、ひと足先に舌べろをカチカチに固めてやった。
「っ――!」
 十秒もすればほどけるから、そんなこの世の終わりみたいな顔するな。

「海外のって、やっぱりあの「ゆきだるまつくろう〜」みたいに三段が主流っスね」
 スマホを繰り時々こちらに見せながら、鳥束は喋り続ける。
 二杯目のホットミルクのあと、三個パックのコーヒーゼリーをもらった僕は、端から一つずつゆっくり丁寧に味わっていた。
「へえー、今まで気に留めた事もなかったですけど、そういや雪「だるま」ですもんね、だるまさんですよね」
『つまり僕はお前に、禅の大切さを教えたかったわけだ』
「おいっ、それ今取ってつけたやつ!」
『そりゃバレるわな』
 軽く舌べろを出す。
「あ、もっかい出して斉木さん、チューするから!」
『黙れ』
 しない!
 また固めるぞ。
『今度は引っこ抜くぞ』
「ひぃっ」

「じゃ、雪だるまはやめにして、かまくら作りましょ」
 こんなの作りたいと、やけに本格的なかまくらを見せてきた。
 めんどくさいな。
「ここの屋根の雪使えば、すく小山になるから、それくり抜けばいいんですから斉木さんならすぐっしょ」
 かまくらの作り方をスマホで調べながら、鳥束は事も無げに言う。
 おい、簡単に言ってくれるけどなあ。
「じゃあじゃあ、小山作るだけにして、ソリで滑るってのはどうっスか?」
『ソリなんか持ってるのか?』
「えー、ないっス」
『却下』
「えー、ねえ、段ボールならありますから、滑りましょうよ」
 ちゅるん、するん、コーヒーゼリーを吸い込む。
 半分聞き流してモニュモニュしていると、すっかりその気になった鳥束が外に出る準備をし始めた。
 この三個分の礼に、屋根の雪下ろしまではしてやらんこともないが、その後は知らん。知らん。
 知らんぷりを決め込みたいが、鳥束の何やかや楽しそうなお喋りに引きずられ、いつの間にやら僕も、楽しい雪遊びに熱中していた。

「かまくらの中に七輪据えて、お餅焼いて、甘酒飲んで…あ、斉木さんはそのコーヒーゼリー食べてもいいっスよ」
 いいっスよじゃないよ、なんだ、お前の許可制とかどういう事だ。
 でもまあ、悪くないかもな。
 火にあたりながら冷たいコーヒーゼリーを食べる…うむ、ちょっと、うん、いいかもしれない。
 
 ハッと我にかえれば、暖かい室内でのんびりコーヒーゼリーを食べている自分。
 こんな雪の降る中わざわざ外に出るなんて馬鹿らしいと思うくらい気持ちは緩んでいるが、その一方でさっさと用意するかなとも思っているのだから、鳥束は厄介だ。
 やれやれ仕方ないな、今日鳥束んちに来たのが運の尽きだ。
 僕は、一旦手にした最後のコーヒーゼリーをテーブルに置いた。
 気の早い鳥束は、着込んだコートのボタンを留めたり外したりしながら僕の出方を待っていた。
 仕方ないから、付き合ってやるよ。
 そう告げると、たちまち奴の顔が花のように綻んだ。
 だから僕も、つられて少し笑った。

 

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