昼下がりに

夏:とろけてとけて

 

 

 

 

 

 窓を開けると、土砂降りの景色が広がっていました。

「じゃねえや……ちぇ」
 あーあ!
 オレはくさくさした気持ちで窓を閉めた。ビシッと閉めて鍵をして、窓のこっちと向こうであまりに違うジメジメ空気を遮断する。
 鍵にかけていた手を脱力のままだらんとおろし、はぁっと深い息を吐く。
 そのまま数秒、耳を澄ますと、憎たらしい雨音が耳に届いた。
 また、息を吐く。

 斉木さんに何度も頼んで頼んで泣きついて、ようやくプールにお出かけの約束を交わしたのに、雨だなんてあんまりだぁ。
「これじゃ行けないじゃん……」
 約束した際言われたのだ、雨天中止だと。目的地は屋外のプールなので、まあ当然と言えば当然か。
 それがなくとも斉木さんは、あまり出歩くのを好まない。人が集まる場所を好かない。人が増えればそれだけ聞きたくないものが増えるし、超能力が知れてしまう危険性が増す。
 自分の部屋で静かにのんびり過ごすのが好きな人で、だから今回も渋りに渋られたけど、どうにか拝み倒して約束を取り付けた。

 ――やれやれわかったよ、その代わり、ここの支払いはお前持ちだぞ
 オレは満面の笑みで「はい喜んで!」と答えた。学校帰りにとあるファミレスに寄ってて、そこで夏休みのプール行きを持ち掛けていたのだ。
 オレが答えると斉木さんはたちまちいい笑顔になって、メニューを開き選び始めた。
 まだ食べるんかいとちょっとずっこけたが、それでこそ斉木さんだし、一つでも多く笑顔を見たいからオレはどうぞどうぞとすすめた。

 それが、それがこんな。
「あんまりっス……」
 三度目のため息。
 ああ、今年の夏休みは最悪だ。

 いつかの秋、紅葉狩りしようって時にも、こんな事があったよな。
 あの時オレたしか、開き直って弁当作ったっけ。
 そうそう、作った作った。
 部屋で一人やけ食いしようと思って、計画した通りの豪華な行楽弁当食べようとしたんだ。
 そしたら斉木さんが来てくれたんだ――。
『順調にメソメソしてるな』
 こんな風に!

「斉木さんっ!」
 オレの真横に突如現れたその人に、オレは目を見開いた。
『残念だったな』
 なんでちょっと嬉しそう…まあでしょうね、人混み歩かなくて済むものね。
「オレなんて、今日どんだけ楽しみだったか」
 テーブルの横に置いた物を振り返り、斉木さんを見やる。
「見てくださいよこのクーラーボックス、アイスが八時間溶けないってうたい文句のすごいやつで、通販で買って準備もばっちりだったんスよ!」
 そう告げると、斉木さんは顔をしかめた。
『なんだもったいない、返品はもう無理か?』
「ええっ、ええ、いやまあ、まだ間に合いますけど……でもでも、これからも使うかもしれないじゃないっスか!」
 秋のピクニックとか、春のお花見でも大活躍でしょ。多分ね。
 大容量、機能抜群のうたい文句に釣られて、多少値は張ったがいい買い物をしたと思っている。
「ほんとたっぷり入りますよ、斉木さんに、コーヒーゼリー食べ放題出来ちゃうくらい!」
『そんなの、僕がいれば必要ない』
 アポートするからな。
「あー、ああ、そうね」

「ああでも残念、持ち込み可だから、向こうで買ったら高いドリンクとかアイスとか、冷蔵庫に一杯準備したのにぃ!」
 もー泣く!
 泣いてやる!
 オレの涙雨食らえ!
『うるさい』
 斉木さんはますますしかめっ面になった。
『お前、僕を舐めすぎだろ』
「……は?」
 まさかと思う間に瞬間移動で、例の無人島へ連れていかれた。

 灼熱の太陽、抜ける青空、無人のビーチ!
 と行きたいが、雨こそ降っていないもののここら一帯も薄曇りで、弱い日差しがぼんやりと砂浜を照らしていた。
 オレは喜びかけた顔を曖昧に緩め、でもでも嬉しくて、斉木さんを振り返った。
「あんなに、出掛けるのヤダヤダ言ってたのに」
『人ごみに出向くのが嫌だってだけで、お前と出掛けるのが嫌だなんてひと言も言ってない』
 勝手にすり替えるな、この馬鹿。
 憎々しげに吐き捨てられる。
 それさえも嬉しくて愛しくて、オレは歯を見せて笑った。
『数時間もしたらここも雨に見舞われるが、お前の気が済むまでは雨も待ってくれるだろうよ』
「やーもー斉木さん大好き!」
 抱き着いて頬っぺたにブッチュと唇を押し付けた。
 夏はより優しくなる斉木さん。
 ほんと大好き、愛してる!
『うざい』
 首っ玉を掴まれ、海へ放り投げられる。
『さあ行ってこい』
 勘弁して!
 オレはボールのように綺麗に弧を描き海へどぼん。
 その途中、アポートを使ったのだろう、部屋着が一瞬で水着に変わり、えへっと思った次の瞬間には水中だった。
『そら、これもやるよ』
 水面へ出ようとじたばたもがいていると、そんなテレパシーが届いた。
 何をくれたのだろうと顔を出して見回すと、しっかり膨らませた浮き輪がオレの傍にぷかりと浮いて波に揺られていた。
 ああ…ありがとう。
「斉木さぁーん!」
 オレはそいつに掴まり、顔中で笑って力一杯手を振った。
 ちょっとだけだけど、振り返すのが見えて、オレはますます嬉しくなった。

 浮き輪に乗っかって波にぷかぷか揺られたり、浮き輪を掴んでひたすら泳ぎ進んでみたり、岩場の方へ行って素潜りを楽しんだり、砂浜にでーっかい相合傘描こうとして斉木さんに邪魔されちょっと小競り合いになったり、浜辺で貝を拾ってみたり、大の字に寝転んでみたり…

 ばったり寝転がって、薄日での日焼けを楽しんでいたら、邪魔だと斉木さんに腹を踏まれた。
「ぐぇっ!」
 無人島で、こんだけ広い砂浜で、邪魔もなにもあったもんじゃないのに、この人は!
「あーもー!」
 起き上がると、斉木さんはわざとらしく目を逸らして波打ち際に向かった。
「こら、もう、めっですよ!」
『ぐえ、だって、笑える』
「何言って……もー、謝って下さい」
『ごめん☆』
 ニヤニヤとムカつく笑顔で謝られてもな!
「もー怒りましたよ!」
『うわ、変態クズが来る、逃げろ』
「あ、こら待て!」
 バシャバシャと海の中へ逃げる斉木さんを追って、オレもバシャバシャ波を立てる。波はすぐ膝までになり腰までになり、あとは泳いで追いかけるしかない。
 斉木さんは、あれきっと超能力使っているのだろう、浮き輪に乗っかってすいーっと自由自在に波の上を滑っていた。
 ずりぃなぁ。てか気持ちよさそうだな。
 ようし追い付くぞ!
 と意気込んだ次の瞬間、左足にビキーっと衝撃が走った。
「あっつぁ!」
 足がつった!
 全身にビシビシっと走る電気ショックのようなものに、オレは悶絶した。ひどく焦るが、落ち着けと言い聞かせ、対処しようとする、が、容赦ない小波が顔を打ち、その拍子にがぼっと海水が口の中に飛び込んだ。反射的に飲み込んでしまい、オレはパニックに見舞われた。両目からドバっと涙が溢れる。
 やばい、死ぬ……
『わけないだろ』
 力強い腕が、オレを海中から引き揚げた。
「はぁっ……げほげほげっほ!」
『そうだいいぞ、全部吐き出せ』
 オレは涙とよだれとで顔中ぐちゃぐちゃにして、激しく咳き込んだ。
 こんなみっともないとこ斉木さんに見せて、最悪だと、ますます涙が出た。
 しかし斉木さんはまるで気にせず、オレの手を浮き輪に掴まらせて、じっと見守っていた。
「えほっえほっ……はぁ、はあ。はあ」
 咳も鎮まり、足の痛みもすっかり引いた頃、斉木さんは呆れ顔で云った。
『やれやれまったく、準備運動もせずにいきなり海に入るから、そうなるんだ』
「え…まって……最初アンタいきなり海に放り投げたよね」
 準備運動なんてする暇あったかしら?
 ちゃぷんちゃぷんと波に揺られながら、オレは弱々しく笑った。
「こら、おとぼけ顔、こら」
 海パン一丁で、むき出しの膝小僧をペチンと叩く。
 それでも斉木さんはおとぼけ顔を続行していた。
 ムカつく顔だなあ、でも笑っちゃうなあ。結構な破壊力だわこれ。
 はぁ。斉木さんが可愛いから、もうどうでもいいや。

「あー。安心したら、何か腹減っちゃいましたね」
『ふむ、僕はまだそんなにかな。少し泳いでくるか』
「あ、じゃあ一緒に泳ぎましょうよ。オレもう足、平気っスから」
『いや、まだるっこしい。お前、しっかり掴まってろよ』
「え……?」
 と思う間にエンジン全開になり、とんでもないスピードで浮き輪が走り始めた。
「うわーちょー!」
 え、オレの浮き輪モーターボートだった?

『っち、しぶといな』
 え、今舌打ちした?
 掴まるので必死でよく聞き取れなかったが、もしかしてこの人オレがいつ手を離すか楽しんでる?
 顔にザッパンザッパン波がかかる中どうにか正面に目を凝らすと、ジグザグに蛇行していた。ああこれ明らかにオレを振り落とそうとしてますわ。
「斉木さーん!」
『次は助けに行かないからな』
「マジ勘弁してー!」
 余計腹減るでしょー!

「はぁ…はぁ……」
 三十分ほどの遊戯だったが、オレはトライアスロンを終えた人みたいに、今にも倒れそうにヨロヨロと砂浜を歩いた。
 死ぬかと思った。
 足がもつれるオレとは対照的に、斉木さんはけろっとしていた。小脇に浮き輪を抱え、しれっとした顔でオレを見ている。
『だらしないな、寺生まれの癖に』
「いや…あのね」
 超能力者の本気のお遊びに付き合えるのなんて、この世にいませんよ。
 とうとう膝をつく。ぐしゃっと崩れた、そりゃもう見事に這いつくばった。
『いや、いる。お前がいる』
 楽しげな斉木さんに、オレは泣きそうな顔で笑った。
 マジで死ぬかと思った恐怖からと、嬉しさとで、感情メタメタだ。
「でもまあ……」
 楽しかったなら、嬉しいです。
『ああ、中々楽しめたぞ』
「そりゃなにより」
 思ってたのとは全然違う、命ぎりぎりの遊び…あの後沖に駆り出され、興が乗った斉木さんにサーフィンモドキで散々振り回されたけど、普段は決して出来ない超能力を使った目一杯の遊びに熱中する斉木さんはとても可愛かった。オレは顔にかかる波のせいで半分も目を開けてられなかったが、口の端をちょっと緩めるんじゃなく、口を開けてにっこり笑うとこ見られたんで、最高だ。

 ねえアンタ、普段は隠してごまかして徹底的になかった事にしようと奔走して、でもアンタは超能力者に生まれたからなかった事になんて出来なくて、色々言い訳くっつけちゃ力使って人を助けて、でも自分じゃないって顔しちゃってさ。そんな毎日疲れるだろうに、オレみたいに全部明け透けにしちゃえばいいのに、アンタはしない。
 怖いから。
 でもオレといたら、怖くないかな。少しでも、怖くないといいんだけど。
 そりゃオレもおっかないって引く時あるけど、ほんとの意味では引いたりしないから、出来ないからさ、オレの事怖がらないでほしい。

 どうにか回復したのでよっこらせと立ち上がり、両手両膝の砂を払っていると、軽くデコピンされた。
「いでっ!」いったいなーもー「穴が開いたらどうすんスか!」
『生意気な奴だ』
 怒りむき出しで食って掛かるオレに、斉木さんは憎たらしい笑顔を見せた。
 だからオレも、ちょっとだけ笑った。
「ええ、それがオレっスからね」
『よし鳥束、昼にしよう』
「ええ、しましょうしましょう」
 もーオレ腹ペコっス

 ところが、いざ昼にしようというところで大雨が降り出した。
「……あ」
 鼻先にぽつんと雨粒が触れた…と思ったら、ザーッと勢いよく降り始めたのだ。
 斉木さんのバリアで急場をしのぎ、島の中ほどにある洞窟へ駆け込む。
 雨のすだれの向こうにある空を見上げ、斉木さんは口をへの字にした。
『読みが外れたか』
「まあ確かに、空の具合とかちょっとどんよりしてましたもんね」
『がっかりしてるか?』
「いいえ全然!」
 オレは声を張り上げる。
 午前中の数時間とはいえ、丸一日は遊んだ気分です、主に斉木さんのお陰で。
 それにたまにはこんなところでお昼とか、おつじゃないっスか。
 斉木さんとじゃなきゃ出来ない体験で、貴重なもの、嬉しいです。
「本当にそう思ってますよ」
『ああ、わかってる』
 よかったと、斉木さんは顔の強張りを解いた。
 あーもー、ほんと好き!
 抱き着くと同時に腹が鳴った。
 しまらないねぇ。

 部屋に置いてきたレジャーシートとランチボックスを、唯一持ってきていたオレの財布の中身と交換する。
 オレはせっせとシートを広げ、飲み物とランチボックスをセットして座り込んだ。向かいに座った斉木さんに一回笑ってから、ランチボックスの蓋をもったいぶって開く。
「んー……じゃーん、オレ特製、ドデカサンドイッチっス」
 あと別に、フルーツサンドも用意してあるんスよ。
 と言い終わらぬ内にアポートして、フライング気味に『いただきます』とかぶりつく斉木さん。
 う…ぐあぁっ可愛い!
 予想していた通りだが、本人の愛くるしさは想像以上で、土砂降りの雨とかそんなものもうどうでもよくなってしまう。
 自分のサンドイッチは一旦置いといて、ニコニコ見守る。
『気持ち悪い、あっち向いてろ変態束』
 ちぇ、けち!
 ののしられてもニコニコと、オレは自分のにかぶりついた。

「ついてますよ、ここ」
『あとで全部綺麗にする』
 わかってるよと、ちょっとムッとして言い返す斉木さん。
 普段の食事はとても綺麗な食べ方するけど、ことスイーツに関してはちとタガが外れる。
 オレの天敵のカレーうどんでさえ華麗に食べてみせるのに、スイーツとなるとダメだこりゃ。
 だからよく、頬っぺたにクリームつけちゃったり口の端粉だらけになったり、する。いつもは「クールで大人びてる」のに、その時だけ三歳児になっちゃう斉木さん。その落差もまた愛おしい。
 まあそれほどひどくベチャベチャにはしないし、ほっぺにクリームついちゃったのさえ様になるんだから、敵わない。
 オレは少し目を細めた。
『なんかまた馬鹿にしてるな』
「し、してないしてない!」
 愛情を深めてるんスよ。
『お前だってここ、つけてるくせに』
「え、あっすんませっ!」
 人に言っといて自分もなんて…オレは真っ赤になって指摘された顎をなする。
『うそだ』
「っ…アンタ!」
 やーい引っかかった、と云わんばかりの小憎らしい顔に一瞬頭にカッと血が上るが、怒りと恥ずかしさとを押しのけて、猛烈な愛しさがオレを飲み込む。

 気付いたら押し倒してた。そりゃもう、地球に押し付けるくらいドサッとガバッと勢いよく。
 真下にある斉木さんの、ちょっと迷惑そうでいてでもどこか楽しんでるような表情に汗が噴き出す。
 目の端にふわっと浮いたオレと斉木さんのサンドイッチ。ああオレ、そんなのどうでもよくなるくらい興奮したんだと、夢の向こうみたいにぼんやり考える。
「すんません」
 食べ物、粗末にしてすんません。
『容器に戻す時間くらい、くれるよな』
 咄嗟に支えて事なきを得たんだ、まだ食べられるサンドイッチ、台無しにしたら許さないぞ。
 言外にそう云う斉木さんに、オレは歪んだ笑顔を浮かべる。マテが出来るかどうか、自分でも自信がない。
 だから斉木さん、早くそれ置いて。お願い。
 目の端でなんとか見届け、オレは無我夢中で斉木さんの唇に吸い付いた。
 甘い甘いフルーツサンドが、オレの口の中にも匂い立つ。
『真昼間っから。この、けもの』
「うっ……ええ」
 ええ、そうですよ斉木さん。
「覚悟して下さいっス……」
 互いの唾液で濡れた唇を舐めて、オレは改めて覆いかぶさった。
 ふざけるな、そんな囁きと、肩を叩く手と。それでも斉木さんはオレの背中を抱きしめ、オレを受け入れた。


 洞窟の中で雨宿りしてるのに、土砂降りの雨を浴びたみたいに二人して汗だくになって、レジャーシートの上で寝っ転がっていた。
 斉木さんはしきりに『身体が痛い。膝が痛い腰が痛い背中が痛い』とご機嫌斜め。
 オレはその度「すんません」と、やり過ぎた自分を心底詫びる。申し訳なくて顔が見られない。でもちょっとだけとちらっと伺うと、アヘ顔…もとい千里眼中で、緩んだ口元から、何を見ているのか大体察する。
『おい、財布寄越せ』
 へいへいとオレは手を伸ばす。
 さっきのサンドイッチも、冷蔵庫の中身をオレの財布の中身と等価交換している。今度は多分、冷凍庫行きだろう。帰ったら忘れず回収しないとな。
 一瞬にして、斉木さんの手元に冷凍庫に入れてたアイスが到着する。
 斉木さんの顔が緩んでいたのは、冷凍庫の中身を視ていたからだ。
 オレが、今日の為に用意した箱入りピノ。
 いただきますと云いながら箱を開け、次の瞬間にはもう口に一粒入っていた。
 あー斉木さん、寝たままなんてお行儀の悪い。
 ついそんな事を思い浮かべる。でも口には出さないし顔はニヤニヤたるんじゃってるけどね。
 だって、斉木さんのあの顔、あの顔!
 汗だく暑い中で食べるアイスは格別だって顔で喜んでるんだよ、あんなに無防備に、心底嬉しそうに。
 さあ、そんな顔見たら、野暮な事は言いっこなし、今だけ特別、毎日特別!
 ってなっちゃうから。

「オレにも一個」
 くださいな
 あーんと口を開けて近付く。
 三個ばかりぱくぱくいった斉木さんにそう声をかけるが、全く耳に入ってないって感じに綺麗に無視された。
 んもーケチ、じゃいっスよ、自分で取るから。
 箱に手を伸ばすと、即座に手の甲をはたかれた。
「こら、もー」
 ほら、もー。だと思った。
『美味いぞ、鳥束』
 どの味も素晴らしいと、斉木さんは絶賛した。
「はいはい、じゃあその素晴らしいの、オレにも一個くださいな」
『ん』
「いや食べガラ!」
 ん、じゃねえ!
「もー、オレも暑いんで。喉カラカラだし」
『アイス食べると余計乾くぞ』
「んもー!」
 そうだけどそうじゃなくってぇ!
「自分だけいい顔してぇー」
 んもー。

 三種類を一個ずつ楽しみ、二巡目に突入する斉木さん。
 ねえ斉木さん、アンタ自分が今どんだけエロイ顔してるか、わかってる?
「他の誰にも、そんな顔見せちゃダメっスよ!」
『……何言ってんだお前』
「ちょっと、約束っスからね」
『付き合いきれん』
 呆れて目を逸らす斉木さんを自分の方に向け、少し怖い顔をしてみせる。
 はぁ、と盛大なため息がもれた。
 ねえ、オレはねえ。
『やれやれうるさいな。わかってるよ』
「ホントっスか?」
『僕だって、こんなみっともないとこ、お前以外に見せるもんか』
 見せたいと思うもんか
 少し拗ねた顔付きで、斉木さんはオレの頬に手を触れてきた。
「――う、ぅ……!」
 ただでさえ暑いのに、更に体温が上がる。
『おい、熱あるぞ。食べとけ』
「んご……」
 バニラ味が口に押し込まれた。
 ひやっと冷たく、甘くそして甘く、ほろ苦い。

 はぁ…好きだ、斉木さん。
 大好きです。
「……愛してる」
 オレはレジャーシートにおでこをくっつけ、絞り出すように言った。
 本当に心から好きだ。
 あんまり幸せで、身も心もとろけて、しばらく動けそうにない。
 その横で斉木さんは、幸せな顔でアイスを味わいとろけていた。

 雨音はだいぶ弱まり、そろそろ止みそうである。
 雨が上がったらきっと、虹が出ることだろう。

「雨止んだら、また海に行きましょ」
『今度こそ振り落としてやるぞ』
「えー、もっとこう、穏やかに……」
 次はどうやって困らせてやろうかと、斉木さんは楽しげに思案していた。そんな顔を見たら野暮な言葉は引っ込んでしまう。
「いいっスよ、受けて立ちましょう」
 オレは強気で言い返す。
『その言葉、忘れるなよ』
「あー……やっぱお手柔らかにお願いします」

 まだ少し霧雨が舞っていたが、オレは構わず外に出た。もうじっとしてられなくて、身体がむずむずしてて、早く早くと斉木さんに手を伸ばす。
 やれやれって顔で小さく笑って、斉木さんはオレの手を握り返した。
 じゃあ行きましょうと引っ張るが逆に引き寄せられ、よろけた先には斉木さんの唇が待ち受けていた。
「っ!」
 びっくりして喉から変な声が出た。まったくもう、思いがけないところで可愛い事してくれるんだから。

 さあ、午後の部、遊び倒しますよ。
 意気込んで歩き出す先には、去ってゆく雨雲と見え始めた青空があって、虹がかかっていた。

 

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