窓の向こうに

秋:見てないようで見てる

 

 

 

 

 

 午前最後の授業は美術、今日の内容は、先日のさつまいも掘りで楽しかったことを描くというもの。
 かったるぅー、てかここは小学校かよ!
「はー…ぁ」
 オレは画用紙を前に体内から全部絞り出すようにため息を吐いた。
 これ駄目なんだよな、絵てんでダメ。
 あーきっつ。
 あーだる。
 口寄せで済ましちまいますか。
 オレは周りを見回し、手を貸してくれないかと頼んでみた。
 美術室だし、絵が得意な幽霊が出入りしてるだろうし。
 すると、六十くらいの可愛らしめのおばあちゃんが寄ってきて、描かせてちょうだいと言ってきた。
 代わりに描いてくれるなら願ったりかなったり、オレは大喜びで身体を貸した。
 ヒマになっちゃいましたねえ…楽しそうなおばあちゃんと、真面目に取り組むクラスの連中をひと通り見回した後、ふと窓の外に目をやる。
 美術室からは校庭の様子がよく見て取れた。
 どっかのクラスがドッジボールやって…あ、斉木さんのクラスだ!
 見知った濃桃色を見つけ、オレはぱあっと顔を輝かせた。
 てか斉木さんとこ、いつもドッジやってるな、はは。
 あぁ…ジャージ姿の斉木さん可愛いなあ。


 見惚れてたら授業終わってしまった。
 まあ、おばあちゃんが絵を完成させてくれたのでなんの問題もないけど。
 ちなみにおばあちゃんの絵はオレとは比べ物にならないくらい上手で、ほんわかとした色使いがとても微笑ましかった。
 オレこんなにいい男だったかってくらいキリっと描かれてるし、なんだか恥ずかしい。自分で言うのもなんだけどイケメンの部類に入るって自覚はある、けど、そう言うのとは違ういい男っぷりなのだ。
 おばあちゃん曰く、いも掘りであなた女の子のお尻ばかり追いかけてとても見苦しかったけれど、ある時不意に真剣にお芋を掘り返していて、そのひたむきさに目を奪われた、描いたのはその瞬間、だそうだ。
 お尻ばっかり…胸も見てたっスけどそういう問題じゃないっスよね、お見苦しいところをすんません。
 そんで、真剣になったのも実は下心アリアリで、美味しい焼き芋で斉木さんに取り入ろうって魂胆だったので、こんなに凛々しく描かれると申し訳なくなってしまう。
 オレが、鼻の穴膨らませて斉木さんを目で追ってる間にこんな素晴らしい絵が完成した、本当に申し訳ない。
 いや、これでもオレちゃんと良心持ってますからね。
 おばあちゃんは大変満足したとお礼を言って、別の教室へと向かった。
 オレこそ大感謝っス、ありがとおばあちゃん。

 それにしてもあっという間だったなあ。
 好きな事してると、時間の経つのの早いこと!

 しかも、斉木さんも見ててもちろん幸せになるけど、ヤス君チワワ君が微笑ましくてやたら目がいってしまった。
 特にチワワ君がいんだわ、ヤス君と話す時とっても嬉しそうで、見ててほんわかするなあ。
 あーカワイイ。
 オレも、斉木さんと話すと嬉しくて楽しくて、幸せな気分になるな。
 多分チワワ君みたいな顔になってると思う。
 頭かきむしりたくなるくらい恥ずかしいけど、自覚はあるし幸せなんだからいいよな、開き直るわ。
 でも斉木さんがなあ。
 なっかなか表情変わんないし、二人きりの時も滅多にデレてくんないし超絶わかりにくいし、はーぁ。
 今だって、オレがこんだけ熱視線送ってるってのにチラッとも見てくんないし、寂しいっスよぉ。
 はあーぁ。
 溜息出ちゃう。
 溜息といえば、五限目体育なんだよな、お昼の後の体育とか考えるだけでぶっ倒れそうだ。
 うぁーやだなー、帰りてー。
 今日何やんだろ、あーかったるぅ。
 まあいいや、後の事は後で考えよう、さっさと片付けてさっさと教室戻って、斉木さんと楽しくお昼しますかね。

 オレは弁当包み片手に、ルンルン気分で斉木さんの元に向かった。
「お邪魔しやーっス」
 今日は斉木さんの横の椅子が空いていたので、それをお借りして腰かけた。
 斉木さんは、オレが教室に顔見せた時に一回、隣に座った時に一回ため息をつき、いただきますと手を合わせた。
 もー、そんなあからさまに邪険にしないでよねー。
「はは、ほんとお前ら相変わらずだな」
 斉木さんの机を取り囲む形で揃ったヤス君チワワ君が、オレに向けて同情したり笑ったり。
「そーなの、もーやんなっちゃう」
 オレは右手を振って応え、それから、美術の時間見ていたヤス君らの事をちょっとからかったりしてみた。
「お二人さん、相変わらず熱々ですねえ」
「おまっ…授業中によそ見してんじゃねェよ」
 照れ隠しでぶっきらぼうになるヤス君、の隣で真っ赤になってあたふたするチワワ君。
 ん−、いい反応、今日の卵焼きが更に美味くなるってもんだ。
「おやおやお二人さん、ほぼ公認の仲なんだから、今更照れなくてもいいでしょーに」
 うりうりと人差し指でつつく真似をする。
『そんなだから万年左端なんだな、お前は』
「斉木さん…厳しいっ」
 だって、絵が苦手なオレに美術とか、ねーっスわ。
『苦手じゃないものあるのか、お前は』
「ありますよ、斉木さんとする夜の――げふぉっ!」
 最後まで言い切らぬうちに内臓破裂、からの即復元を食らい、オレは一瞬でげっそりした。
 斉木さんの早業は、たとえヤス君といえど目にとめられなかったようだ。チワワ君なら尚更で、一気に老け込んだオレに目を白黒させた。
「ど、どうした鳥束!」
『ちょっと持病の癪が出たんだよな、鳥束』
「はい……そうっス」
「保健室行った方がいいんじゃないか」
 心配するチワワ君の優しさに視界が滲んだ。
 斉木さんは素知らぬ顔で弁当を口に運んでる。
 これでもこの人、オレにぞっこんベタ惚れなんだよな。
 ほんとかな。
『ウソかもな』
 やだもう、そういう冗談はめっスよ斉木さん!


 放課後になるや、オレは速攻で斉木さんのクラスに向かった。
 覗くと、燃堂やヤス君らはいるけど斉木さんの姿がない。
 オレに気付いたチワワ君が説明してくれた。
「お、鳥束、斉木なら日直で職員室だぞ」
 そうだったそうだった。
「んじゃ、戻るまで座って待ちますか」
 斉木さんの席にお邪魔する。机には、帰り支度の済んだ鞄が置かれていた。オレの荷物もその隣に置く。
 燃堂が、ラーメン食ってこうぜといつもの誘い文句を口にした。
 今日は別のものにしようぜ、その前にコンビニ行こうぜ、その後カラオケとかどうよ、ゲーセンも行きたいな、ゲーセンって言えばよ…他愛ないお喋りの転がりを、オレは聞くとはなしに聞いていた。
 時々答えて、時々相づち打って、時々からかって、お喋りを続けていたら、ヤス君からちょっとびっくりする話を聞かされた。
「そういや五限目だっけ、珍しく斉木が二度も注意されてたな」
「ああ、あったな。しきりに窓の方を気にしていた。おそらく斉木は、ダークリユニオンの気配を察知し身構えていたのだろうな」
 あぁ…へえ。
 それはそれとして、斉木さんでもそういう事、あるんだ。
「ああ、教師が板書きしてる間だけとかな。まあいつもって訳じゃねえけど。んだから、注意されんのって初めてじゃね」
「となると、やはりダークリユニオンの仕業に違いない!」
 五限目ってなに?
 物理かぁ、よっぽど退屈だったんだろうね。わかるわあ。
「お? 相棒はいつでも真面目だろ。まあおれっちは寝てっからわかんねーけど」
「寝てたらわかんねーだろ、ったく」
「あ? 相棒は真面目だろーが!」
「わかったわかった、そうだなそうだな」
 燃堂が目をむきチワワ君に食って掛かる。チワワ君も慣れたもので、あしらい方はもう心得てるようだ。
「まあ俺も物理はさっぱりだけどよ、授業の進め方とか話とか結構面白れェから、退屈した事はねェな」
「言えてるな。あの教師の話術は、中々目を見張るものがある」
「おれっちは子守唄代わりにしてるぜ、へへ」
「だから寝るなって、ってかなんで得意げなんだよ」
「まったく、相変わらずふざけた奴だ」
「よせやい、褒めても何も出せねーぜ」
「褒めてねーから!」
 あーあー、チワワ君ツッコミ役お疲れ様です。
 燃堂はほんと疲れるよな。

 その燃堂と一緒ってのが無性に腹立つけど、オレも教師の説明とか子守唄にしてるわ。
 でもヤス君が言うのにも少し興味湧いたから、今度、ちょっと真面目に聞いてみようかな。
 そんな事を思いながら、オレは何気なく窓の方へ目をやった。
 窓からは広々としたグラウンドが一望出来た。オレ、午後一番にあそこら辺でサッカーやったんだよな。
 やったというかやらされたというか、ホントかったるかったなあと思い返しながらぼんやりと眺めていると、まさかと閃くものがあった。
 たちまち頭の中がボコボコ煮え立つ。
 いや…え、あっそう、斉木さん、もなんだ。
 ええー、いやいや嘘だろ、本当だったら嬉しすぎだろ!
 あ、まずいまずい、顔がほてってきた。
 どうしよう、斉木さん戻ってくる前にとりあえず顔色だけでも元に戻さないと、恥ずかしくて顔向け出来ない。
 これどうしようとおろおろしながらふと戸口を見ると、そこに斉木さんが立っていた。
「あ……あっ!」
 逃げた!
 目があったのは一瞬で、すぐさま斉木さんは踵を返しすたすたと行ってしまった。
 去り際、テレパシーが飛んできた。
 荷物持って玄関まで来い?
 はいはい、行きますけど、行きますけど…それまでに、お互い顔が平常に戻ってる事、祈って下さいね。
 オレは二人分の荷物を引っ掴み、ヤス君やらに手を上げて、教室を飛び出した。
 いやこれ、どんな顔して会えばいいのやら。
 にやける口元を片手で隠し、オレは飛ぶように廊下を進んだ。

 階段を駆け下りていると、またテレパシーが飛んできた。
 お前のせいで二度も怒られた?
 いや、それは、それは斉木さんの――
 その埋め合わせにスイーツ奢れって?
 はいはい、なんでもご馳走しますよぉ!
 なんたって今オレ最っ高に気分いいっスからね。

 果たして下駄箱の前に斉木さんはいた。
 オレに背中を向け、ひたすら玄関の向こうを見ている。
「お待たせっス斉木さん、じゃ、行きましょうか」
 顔面に拳がめり込むのを覚悟の上で、肩越しに顔を覗き込んだ。
 悪鬼のごとき形相で睨まれ震え上がるが、同時にたまらなく愛しくなった。
 もうやめてよね、そんな可愛い顔されたらオレ心臓持たない!
『いっそ破裂して死ね』
 吐き捨て、斉木さんは荷物をひったくると、オレを置いてさっさと歩き出した。
「ああ待って待って」
 遅れまいとオレもさっさと行動する。そんでまた肩を並べたところで顔を見やり、にっこり笑いかける。
「嫌っス。ふふ」
『何だその顔、締まりのない。気持ち悪いんだよ』
「気持ち悪いはひどいっス。だって、嬉しいんですもん」
 見てないようで見てくれてる、それだけで全身が熱くなってこんなにも幸せになれる。
 心臓うるさすぎてどっか飛んでっちゃいそうですけど、いい気分です。
 やっぱり斉木さん、オレと同じベタ惚れなんスね。
『違う』
「違わないっしょ、見てたんスよね」
 見ててくれたんスよね。
『お前がサボってないか監視してただけだ』
 あーまたそうやって。
 手遅れですけどね、ふふ。

「そんで、どこ行きます?」
『駅向こうのチョコレート専門店だ』
 うっ…あそこ、お高いんスよねえ。
『春めいてきたとはいえ、まだ少し肌寒いからな。あそこのチョコレートドリンクであたたまりたい』
「へいへい」
 泣き笑いで承諾する。
 でもいっスよ、オレ今、身も心もとろけるくらい幸せだから、なんでも言う事聞いちゃいます。
 上機嫌で告げれば、斉木さんの顔がほんのりと緩んだ。
『よく言った、それでこそ僕の鳥束だな』
「あぅっ……もー、マジ溶けちゃいますから!」
 そしたら斉木さん、オレも飲み干してくれます?
『いやだ。まっぴら御免だ』
 苦虫を噛み潰したような顔とはまさに今の斉木さんで、そこまで毛嫌いしなくてもいいのにと涙がちょびっと滲んだ。
 ま、でも、そうやってくるくる変わる表情は貴重で、オレだけの特権だから、悪い気はしないですけど。
 それはそれとして斉木さん、飲んで一つになっちゃえば、アンタ言うところの『監視』しなくて済むし、オレは一つになれて嬉しいし、良い事尽くめじゃないっスか?
『一発即死の劇物飲ますな』
「え、オレそんな危険物っスか?」
 さすがに…そこまでは…ないと思うけど。
『あるよ、自覚しろ。それに』
「はい?」
『まだまだお前を見てたいからな』
「――!」
 完敗、本当に溶けたわ。
 わかりました斉木さん、責任もって、最後の最期まで『監視』頼んます。

『やれやれ、めんどくさいな』
「はは、まずは今日、美味しいチョコドリンクご馳走しますから」
『仕方ない、チョコパフェもつけてもらうとするか』
「ちょ! あったまりたいんじゃないの?」
『じゃあシメにもう一杯チョコドリンクつけるかな』
「いやー、ムリムリ、さすがに破産するっス! せめて日をわけて、ね!」
『持ってるだろ。出せよ』
「なにそれどこのヤス君!? てかこれは今日のオレの「おかず代」だから……」
『出せるよな』
「……わかりましたよっ!」
 もぉー、この暴君!
 斉木サマ!
 大好き!!
 デレデレとたるむ顔で斉木さんと肩を並べ、オレは軽やかに歩き続けた。

 

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