窓の向こうに

冬:甘すぎるくらいがちょうどいい

 

 

 

 

 

 

 待ってたっスよ斉木さん
 コーヒーゼリーにする?
 クソゲーにする?
 それともオ・レ?


 着いた早々気持ち悪い事を言われ、僕はすぐさま窓を開け有害物質を外に追い出そうとした。
「うわー! ちょまちょまちょま!」
 奴は窓枠に両手両足を引っ掛け、どうにか追い出されないよう踏ん張って抵抗した。
 常人の抵抗など取るに足らないが、見苦しい顔を見るのも中々愉快だな。
 もう少し、ギリギリのラインを攻めて無駄なあがきを楽しむとするか。
『そら、踏ん張れ鳥束』
「やめて斉木さん! オレで遊ばないで!」
 僕は力加減に注意して、背中をぐいぐい押した。
「ほんとごめんなさい、ごめんなさいって! ちょっとしたおふざけじゃないっスか…てかマジすんませんてー!」

「ううぅうーさむかったー……あったけぇ」
 しばし遊んだところで解放してやると、奴は大急ぎでこたつに潜り込みガタガタと全身を震わせた。
『大げさだな』
「や、別に演技じゃねえっスから! マジで凍るから!」
『まあ、確かに今日は少し冷えるな』
「少しどこじゃねえっスよ……」
 お天気お姉さんも、今日は昼から雪が降るかもと言ってたじゃないっスか、と鳥束は恨みがましい目で見やってきた。
 無様に震える鳥束を横目に、僕は奴が用意していたコーヒーゼリーに手を伸ばした。
 いただきますと手を合わせると、どうぞと鳥束は目尻を下げた優しい顔付きで言ってきた。が、すぐにキッと眦をきつくして、怒りを継続させた。めんどくさい奴だなと思ったのも束の間、出てきた言葉に僕も眼差しがきつくなる。
「もお、意地悪な子には、美味しいおやつあげませんよ!」
 なんだと?
 美味しいおやつとはなんだ、と思考を読もうとしたと同時に、遠くからピーピーと微かな電子音が聞こえてきた。
 ふん、確かに、あれは美味しいおやつだな。
『よし、さっさと持ってこい』
「んもー、横暴なんだから!」
 文句言いつつ鳥束はさっとこたつから出て動いた。
「ちょっと待ってて下さいね」
 素晴らしい下僕だな。
 きびきび部屋から出ていく背中を見送る。


 僕の到着に合わせてオーブンをセットしたのだろう、出来立て熱々の「美味しいおやつ」に僕は目を煌めかせた。
 ああ、砂糖、バター、蜂蜜、リンゴ…たまらない匂いだなおい。
「ここんとこ寒い日続いてますよね、今日なんて雪が降るかもですし、てことではい、甘くてあったかいスイーツに挑戦してみました!」
 檀家さんから山ほどもらったリンゴでお作りした「焼きリンゴ」っス。
 僕の前に、丸ごとのリンゴをのせた白い皿とナイフフォークが並べられる。
『これはまた、豪快だな』
「ええ、リンゴ丸ごと皮付きでドーンと出てくるって、見た目にも嬉しいかなと思いまして」
 鳥束は説明する。
「レシピ探した時、砂糖入れないものとか最初から切っておくのとか色々あったんですけど、丸ごとのがやっぱり嬉しいし、斉木さんならうんと甘いのがお好みかと思いまして、たっぷり甘くするのを選んだんスよ」
 なるほど、まあ確かにこれは目にも嬉しいな。
 綺麗な飾り切りがなされたものや、盛り付けに凝ったものが嬉しいのはもちろん、この、何の飾り気もないそのままもウキウキしてくる。
「でしょでしょ、美味しいもの食べてもらいたいですし」
 鳥束らしく、甘いもの食べて、甘い展開になだれ込みたいなーって下心もあるが、喜ばせたい気持ちの方がずっと大きいのが意外だ。
 コイツ、本当に僕に大甘だな。
 なんでお前は、僕にそんなに。
 いつだってそうだな。何だかんだ文句言いつつも傍くっついて離れなくて、災難な目にあってもやっぱりここに戻ってきて、ヘラヘラと、ニコニコと澄んだ目で僕を見つめる変態クズ。

『っち、甘すぎる』
 本当の所は違うのに、それをどうしてもかき消したくて僕は強くそれを思った。そうしたら誤って鳥束に送信してしまった。
「え、うそ、お口に合いませんでした?」
 たちまち鳥束はオロオロしだした。
 違うよそういう意味じゃないよ。
「すんません斉木さん、お気に召さなきゃ遠慮せず残して――」
 残していいです、そう言おうとする口をキスで塞ぐ。
 そういう意味じゃないんだって。少し落ち着け。
(う、あま!)
(これじゃ斉木さんだって『甘すぎ』って言うわ、当然だ)
 鳥束は眉根を寄せ、僕は目を細めた。
『悪くない』
「いや、斉木さん」
『このくらいがちょうどいい』
「そう、いや……大丈夫っスか?」
 僕は一つ大きく頷き、丁度良い甘さの甘すぎる焼きリンゴを頬張った。
『お前の作る味はなんでも、全部食べたい』
 嫌いじゃないから
「うんっ……はい!」
 鳥束はにっこりと頬を緩めた。
 そうだ、そういう顔してろ。

 果汁の一滴も残すまいと最後まですくって口に運び、名残惜しく思いながら僕は手を合わせた。
 ふう、ごちそうさまでした。
「お粗末さまっした」
『なあ鳥束、もう一個ほしいな』
「え、ダメっス」
『用意してあるだろ、視えてるぞ』
「してありますけど、ダメっスよ」
『鳥束、もう一個食べたい』
「ダメっス、あれはご飯の後のです」
 っち。
「はいはい、舌打ちめっスよ」
 慣れた様子であやされ、ますます眉間に力が入る。
 僕を際限なく甘やかすコイツだが、締めるところはちゃんと締める。そういうやつだ。
 仕方ない、あんまりごねて食後の一個もなくなっては、悲しいからな。
 僕は大人しく受け入れた。

「ほら、代わりにオレの愛情上げますから」
 胃に響かない優しい愛情、召し上がれ
 首に抱き着き、キスしようと寄りかかってきた鳥束に目をよそへ向ける。
『……いらねぇ』
「もぉー、拗ねないの」
『は?』
 誰が?
 なんだと?
「ほんとは欲しいくせに」
 嬉しいくせに
『あぁ?』
「ひっ、すんませんっ!」
 ちらっとひと睨みくれるだけで鳥束は震え上がった。
 僕はそこで終わりにせず、尚も視線を注ぎ続ける。
(やだー斉木さん迫力ありすぎー)
(怖い怖い怖いマジ怖い)
(でもでも怒った顔も美人さん〜)
(ひーこれも聞こえてんだったヤベー)
 いつでも何かしら喧しい男の脳内にうんざりしつつ、目線は外さない。
(なになに斉木さん、なんでいつまでも睨んでくんの)
(てかこの目いけるかも?)
(いやいったら逝くかも?)
『ごちゃごちゃ言ってないでさっさとしろ』
「ひっ!……え、なにを」
 何をじゃない、すっとぼけんな。
『さっさと寄こせ、確かめてやるから』
 怖さに小刻みに震えていた鳥束の唇から力が抜け、ほんの少し、ほどけた。
『そら、僕の気が変わらない内に、もう一個の代わりを寄越せ』
 鳥束の表情が、ゆっくりゆっくり歓喜へと移り変わっていく。僕はその様を何度も瞬きして見守った。
「は…い、すんません、今すぐあげますね」
 互いの唇が重なる。
 一回。二回、三回。
 ふん…まあ、言うほどではないが、悪くないかな。胸の奥でそっと笑う。

 段々といやらしくなっていくキスの音の他に何もない筈なのに、微かにサラサラと耳をかすめるものがあった。
 窓の方へ顔を向けてしばし凝視して、正体を掴む。
 鳥束は気付いていないのか、構わずに僕の頬を甘食みしていた。
『おい、鳥束』
 手で押しやり、いいとこなのになんだと不満げな顔の前で窓の方に人差し指を向ける。
『とうとう降ってきたようだ』
「マジっスか……」
 すりガラスでは、常人は外が見えないだろう。僕は向けた人差し指の先をちょいと動かし、カラリと窓を開けた。
「わーすげえ、降ってる降ってる」
 無邪気な子供の声ではしゃぎ、鳥束はいそいそと窓辺に向かった。
 開いた窓から外を眺め、空を仰ぎ、お天気お姉さん大当たりだと鳥束が呟く。
『寒いな』
「うおっ!」
 ひとりでに…僕の念力によるもので…ぴしゃんと閉まった窓に、鳥束は肩を弾ませた。
「あ……びっくりした」
 危うく指挟むとこでしたよと、振り向きざま鳥束は文句をつけた。
 馬鹿な、僕がそんなヘマするもんか。
 こたつに戻ってきた鳥束を横目に見やり、僕はふんと鼻を鳴らした。
「いやー、斉木さん案外ドジっ子っスよ」
『ほう……そうかよ』
 じゃあウッカリお前の足を蹴ってしまっても仕方ないよな、ドジっ子だしな。
「いづぁっ……!」
 弁慶の泣き所に綺麗に決まったかかとに、鳥束は潰れた悲鳴を上げ悶絶した。
『ごーめーん☆』
「……わざとは良くないっスよ、斉木さん」
 涙目で叱ってくる鳥束に、僕は知らんぷりを決め込んだ。

 外の冷気に触れたせいか、雪を見て気持ちがそちらに持っていかれたからか、蹴られて痛かったからか、先程の性欲は一旦リセットされたようだ。
 いや別に残念とも何とも思ってないがな。
「ねえ斉木さん、積もったら雪合戦しません?」
『しません』
「しましょうよ。あ、あと雪だるまも作りましょ。おっきいの一つと、ちっさいの一杯」
 しないって言ってるだろ、人の話聞かないのな。
「あ、そだ斉木さん、食後の焼きリンゴは、上に粉砂糖振りかけましょうか」雪が降ったみたいにして「きっと綺麗で、より美味しそうに見えますよ」
『そりゃいい。ところで鳥束』
「なんです?」
『店によってはな、スパゲティにあとがけの粉チーズを、その場で削ってくれるところもあるんだそうだ』
「はあ、…いきなりっすね…へえ、いいっスね、その場でとかフレッシュじゃないっスか」
『それでな、お好きなところでストップおかけくださいと、店員さんが言うんだそうだ』
「へえー、オレわりとたっぷりかけるの好きなんで、ずーっと削ってもらう事になりそう、はは……あっ!」
『それでな、鳥束』
「はいはいわかりましたよ斉木さん、言いたい事わかったっス」
『そうか、さすがだな。そのドヤ顔は潰したいほどムカつくが』
「物騒だないおぃ!」
『じゃ、あとで粉砂糖、その方式で頼むぞ』
「いいっスけど、ほどほどでストップしてくださいね」
『僕のほどほどだな。わかった』
「いやほんといいんスけど、さっきと同じ分量砂糖詰め込んであるんスよ。そこに更に粉砂糖たっぷりじゃ、アマアマすぎになりません?」
『ならない。お前がやるんだから、ならない』
「はぁ……んとに、斉木さん、甘いのお好きっスね」
『まあな。上手いこと僕好みに仕上げられたら、お前にもちょっとは甘くしてやるよ』
「ホントっスか! わかりました、ばっちり仕上げますから、斉木さん頼んますよ!」
 えっとねー、じゃあー、さっき蹴った足を優しくナデナデしてほしいっスね
 それとー、斉木さんの膝枕でミカン食べたいっス!
 せっかくだからあーんやりたい、あーん!
 そんで、さっきの続きをたっぷりしっぽり…うぐへへへ
 鳥束は大いに盛り上がり、指折り数え始めた。
『ああでもお前、あんまり甘いのは好きじゃなかったな。じゃ甘さ控えめにするかな』
「あ! またもー、そーやって。意地悪言うならオレも甘さ控えめにしちゃいますよ」
 むくれて尖りがちな唇に、軽く自分のを重ねる。
「!…」
『そう怒るな、ちゃんと甘いのくれてやるから』
 びっくりして目を見開く鳥束に、口の端で笑う。
 お前に貰った甘すぎにも負けないものを、返してやるよ。
「はい…お待ちしてます」
 鳥束は伸ばした指先で唇を覆い、可憐な顔と可憐な声で答えた。
 出たよ乙女モード…引くほどキモイが、これで嫌いにならないのだから厄介だな。
 鳥束は目をキラキラ輝かせながら、美味しいの一杯食べて下さいと、ふわふわな思考を聞かせてきた。

 斉木さん好き
 愛しい
 美味しいの食べて
 一杯食べて
 うんと甘くしますね
 幸せになって
 オレはそれが幸せ

 やれやれわかったよ、その調子でこれからも精々僕を甘やかせよ。

 

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