いいから座れ
秋:何気ない仕草が可愛いんだよ
あ、斉木さん見っけ! はは、思った通り、ふつー君観察してますねえ。 少し離れた場所にいるかの人の後ろ姿を、オレはニヤニヤ…もといニコニコと眺めた。 今は四限目、二年合同の体育で、昼飯前に大嫌いな運動かつ男子と女子に別れての球技でちと心が腐り気味だったが、斉木さんを目に入れるだけでオレの気分はどこまでも上昇した。 着替えてグラウンドに出て、それだけでもうかったるてく座り込みたかった気持ちが、シャキッと漲ってバラ色に染まる。 さすが斉木さんっスわ。 ふつー君のふつーっぷりになんか感動してる後ろ姿ってのが少々嫉妬シットだけど、あの人の数少ない趣味というか娯楽というか、そういうものだから、彼氏としては寛容に受け止めるべきっスね。 うん、オレってば出来た彼氏だよね。 などと思って見つめていたら、テレパシーが飛んできた。 『どこがだ、このバイ菌。こっちを見るんじゃない』 もー、あの人はもぉー! ちょっと、近くまで行って文句言ってやろうかしら。 即座に『来るな』と止められたけど。 まあ、クラスごとにまとまってなきゃいけないから、確かにあんまり動き回れないけどさ。動くと目立っちゃって、斉木さんの嫌う状況になるから、ぐっと我慢するけどさ。ほらー、やっぱりオレってば出来た彼氏じゃん! 『脳みそかき回してやろうか』 ひぃ、やめて! そもそも斉木さん、見るなったって、オレはどうしてもアンタに目が吸い寄せられちゃうんですよ。 ちょっと見回すだけでアンタの姿が見つけられちゃうの。 二年男子全員集合だと似た髪色の奴結構いるけど、斉木さんは特別なんスよ。 オレにとって唯一無二で、特別なの。 そういうアレな感じなんスよ。 だから勘弁してくださいよと、オレはひそやかな動きで投げキッスを送る。 っち。 即座に舌打ちが返ってきた。 もぉ、だから舌打ちめっ! そんなやりとりをしていると、周りの連中が走り出した。 校庭三周とか、マジかったるぅ。 あいや待てよ、足遅い振りすれば斉木さんに並んでも不自然じゃない! 素晴らしい思い付きにニタニタしながら実行するも、オレが並ぶってところで斉木さん、急に速度を上げやがんの。 ちょ…ちょま…置いてかないでよ斉木さん。 一緒に走ろうっていう恋人の可愛いお願いくらい、聞いてくれたっていいじゃないっスか。 『どこが可愛いんだ言ってみろ』 アンタに置いてかれないよう一生懸命ついてくとことか、可愛いの塊でしょ。 『ふざけんな、冗談は澄んだ目だけにしておけ変態クズ』 更に斉木さんが速度を上げる。 も…だから、待ってってば。 オレの恋人ってばほんと、照れ屋さんで参っちゃいますよ。 まあでも、斉木さんの後ろ姿を見ながら走れるって、幸せだよなあ。 心の中はほんわかだが、表面上は瀕死の状態で、オレは走り続けた。 しんどい体育も終わり、いよいよお待ちかねの昼休み! オレはがくがく笑う膝を引きずって、斉木さんのクラスを訪れた。 斉木さんの周りにはすでにいつもの面々、チワワ君やヤス君の姿があり、お喋りに花を咲かせていた。 「お待たせー」 「お、丁度いいとこに来た、今斉木も誘ってたんだけどよ」 着席すると、早速ヤス君が声をかけてきた。 何のお誘いだろうと身を乗り出せば、今度の週末、うちで鍋パーティーやろうぜ、というものだった。 「食欲の秋真っ盛りだし、ここんとこやたら寒くなってきたし、あったまるには鍋が一番だしな」 「さすが亜連だな」 「ああ、いいっスね鍋。ね、斉木さん」 水を向けるが、いつものごとく斉木さんはうんともすんともなく弁当を口に運んでいた。 実に味気ない反応だが、この態度ならば十中八九参加は確定しているので心配はない。 「よし決まりな」 「鍋の材料は、みんなで割り勘でどうだ?」 ヤス君の提案に、オレもチワワ君も異議なしだ。 「そんで……何鍋にする?」 そうだねえ、そこ重要だよな。 鳥だ豚だ魚介だなんだ、味噌だ塩だ醤油だなんだ、シメはご飯中華麺うどん…中々決まらないがそれもまた楽しかった。 みな、自分の推すメインやシメに自信があり、一歩も譲らない。 「ちょ待て待て、みんなでわーわー言ってもまとまらねェし、ここはひとつ斉木に決めてもらおうぜ」 「おお、そうだな。頼んだぞ斉木」 「お、相棒、何鍋にすんだ?」 あらら。 いやなんでだよ…そんな声が聞こえてきそうなしかめ面に、オレは必死に笑い堪えた。すると斉木さんは、その険しい顔のままオレを睨んできた。笑ってんじゃねえよって顔だ。 すんません、オレも一緒に考えるんで、それで勘弁してくださいっス。 『やれやれ…仕方ないな』 さっさと考えろと、斉木さんが机の下でオレのつま先を蹴ってきた。 いて、わかりましたって。 えー…それじゃあ…そうだ。 オレは寄せ鍋を挙げた。 何入れてもいいし、美味しいし、やっぱりこれが一番だろ。 みんなの反応も上々だし、斉木さんもどことなくホッとした顔してるし、これで決定! オレも、ホッと胸を撫で下ろした。 さて、当日の買い物だが、まずはヤス君ちに一旦集まり、そこからみんなで近くのスーパーに買い物に行って、清算したのち鍋パーティー開始、という流れになった。 「鳥束は、俺んち来るの初めてだよな?」 「そっスね。なんか、ものすごいお宅だそうで、噂はかねがね」 主に幽霊からね。 「はは、まあちょっとだけな。じゃあ鳥束は斉木と一緒に来いよ。斉木は一度来た事あるし、大丈夫だよな」 『覚えてるが、鳥束の案内役とか死ぬほど嫌なんだが』 「えぇ、ちょっ」 「そーゆーなって斉木。しっかしホントお前鳥束にだけやたら当たりきついよな」 もはやお約束となってるからか、どんなに斉木さんが殺伐としてても笑うヤス君。マジに取られて変に心配されるのもあれだから、軽く流してくれるのはありがたいけどさ、何かもう、複雑っス。 オレは泣き笑いで対応した。 まあそんなこんなで、時間と場所とが決定した。 オレは斉木さんと一緒に行けばいいし、チワワ君はもう何度もヤス君ちにお邪魔してるようだから心配ないし、当日が楽しみだなと、話は盛り上がった。 ところが――。 当日、もう何度もヤス君ちに遊びにきてるはずのチワワ君が迷子になった! オレは信じられない思いで、携帯越しのチワワ君の焦り声を聴いていた。 どっきりでもびっくりでも仕掛けでもなんでもなく、本当に迷ってしまっているようだ。 ヤス君が、一生懸命現在位置を聞き出そうとしている。 「チビはマジでどんくせーな、ぎゃはは!」 横で、同じく聴いていた燃堂が腹を抱えて笑っている。 『アイツは、病的なまでの方向音痴でな』 斉木さんは体育座りで、どこか一点を見つめて告げてきた。 そうなんスか、チワワ君……ああ。 てか守護霊犬なのに、道に迷うそれも末期状態ってどういうこと? チワワ君、ぱねぇ。 「オレちょっと迎えに行ってくるわ。悪ぃけど、好きにくつろいでてくれや」 いそいそとコートを着込み、出掛ける準備をしながら、ヤス君が言ってきた。 「あ、鳥束、本棚にお前好みの揃ってっけど、あんま漁るなよ」 マジスかあざっス! 丁寧に拝見させていただくっス! 「あと、そこのタンスの二段目は間違っても開けんなよ」 あらやだ、そう言われると開けたくなっちゃう! が、部屋に漂う幽霊が、物凄い勢いで手を振っているので、絶対開けないとオレは誓った。 そもそもこの部屋、この部屋のいかにも感が凄まじくてねえ。 家の外見からして「そのもの」だったしなあ。あれは、予測しててもかなりショックだった。幽霊が噂するのも、さもありなん。 さすがヤス君ち、期待を裏切らないな。 さてさて、本棚でしたっけ。 「お、これだな」 膝でにじり寄り、それではと物色しようとすると、一歩早く燃堂が件の雑誌を手に取った。 「そうそう、それそれ」 ちらりと見えた表紙に、オレの喉がゴクリと鳴る。 うっひょー、ヤス君の趣味も中々のものじゃありませんか。 燃堂と一緒にってのが何だか複雑だが、まあたまにはいい。 そう思って覗き込もうとした時、斉木さんの凍てつく視線に気付き、オレは震え上がった。 「あ、さ…斉木さんも……見ます?」 咄嗟にそんな事を口走る。 『いや。見てるお前を見てる』 言葉通り、早朝の繁華街でたまに見かけるゲ×を見る目で斉木さんはオレを見てきた。 オレは出来るだけ神経を逆なでしないよう、そろりそろりと元の位置に戻った。 『なんだ。見たきゃ見ればいいだろ。見たきゃ』 「いえ…いっス」 一人の時ならいざ知らず、斉木さんといてこんなえぐいよそ見は良くないっスよね。 さーせん…大人しくしてます。 「お、なんだシュゴレー君、見ねーのか?」 「うん…燃堂……どぞ」 オレは元の位置に戻ると、さっきまでのあぐらをやめぴしっと正座した。 大人しく、テレビでも見て待ってます。 それから三十分ほどして、にわかに玄関が騒がしくなった。話し声と、買い物袋の音もする、どうやら無事発見して、ついでに買い物も済ませたようだ。 廊下を歩く音の後、二人は姿を現した。 「おー、留守番させて悪かったな」 「すまんな、奴らの追っ手がしつこくてまくのに苦労してな」 おかえり二人とも、待ってたよ! テレビ、結構面白いから燃堂と一緒にバカ笑いしたいのに、斉木さんの視線が気になって気になって、生きた心地がしなかった。 まあそれはそれとして、やっとメンバー揃ったし、鍋パーティー始めますか。 「瞬拾って、その足で買い物してきちまったんだけど、ちょっと見てくれ、中身これでどうだ?」 そう言ってヤス君が、買い物袋の口を広げた。 どれどれと覗き込む。 白菜、ねぎ、しいたけえのき、豆腐、鶏もも豚バラ肉団子、白身魚にエビまでとは、いいじゃないの、盛りだくさんで美味そうだ。 「文句なしっス!」 それと…あはは、コーヒーゼリーも入ってら。 「ああ、それは瞬が、遅れた詫びにって斉木にな」 『それはそれは、ありがたくいただこう』 それまで、半分死んだ魚のような目でいた斉木さんの顔が、ぱあっと光を放った。 ほー、やっと解放された気分だ。 良かったっスねえ、斉木さん…あー可愛い! にしてもチワワ君てばほんと斉木さん好きね。 『かなり迷惑だ』 早速コーヒーゼリー食べていい顔になっといて、何言ってんの! ところでチワワ君、オレにはないの? 斉木さんの可愛い食べっぷり見てたら、ちょっと欲しくなっちゃったりーなんて。 『やらんぞ』 わかってます取りません! 今にも縊り殺しそうな顔で凄まれ、オレはお鎮まり下さいと宥めた。 で、チワワ君、オレは? 「あ、あ……鳥束はよ」 すると、チワワ君てばいきなり真っ赤になって口ごもった。 え、なにその反応ちょっと怖いんだけど。 「あ、亜連が、その、あの……」 口の中でごにょごにょと、よく聞き取れない。 すると代わりにヤス君が、小声で補足してくれた。 オレには、例の本を見せてあるので、お詫びはいらないだろうと言ったんだよ、だそうだ。 ああそう…結局斉木さんの圧力に負けて、表紙をチラ見で終わってんだけどね。 ま…そういう事ならいいです。 斉木さんの可愛いお姿で満足します。 にしてもチワワ君、口にするだけで真っ赤とかそれ初心すぎでしょ。 「お? チビ、おれっちには?」 「ねーけど」 「お、なんでだよ!」 「なんだよ、お前だってこの前ピーチティーをなあ!」 「なんたおめー、あれ根に持ってんのか、お?」 「うるせー!」 なんだなんだ、ピーチティーがどうした。 『話せば長くなる』 そっすか、じゃあ略でいいです。 「それよりほらほらお二人さん、仲良く喧嘩してないで、どうどう」 小競り合いを続ける二人の間に入り、オレは終わりを告げた。 そんな中斉木さんは一人ほんわかとコーヒーゼリーを満喫していた。 まったく、やれやれ。 『真似すんな』 はいはい、すんません。 「じゃあ俺、鍋の準備すっから、瞬は座ってくつろいでろ」 「いや、遅刻した分を取り戻さないと気が済まん。オレも手伝うぞ、ほら、エプロンもちゃんとこうして持ってきて――」 「いやいや、うんいやそれはいいわ、マジでいいわ」 「うんそうね、あヤス君、オレ手伝うっスよ」 「おお鳥束すまねェな、頼むわ」 ヤス君といっしょにあたふたしながら引き止め、台所への道を塞ぎ、オレは立ち上がった。 向こうで斉木さんが、ちょっとおかしそうな顔してる。 なにもう他人事みたいに、こうなるでしょ、チワワ君の腕前のほど知ってたらさ。 「て事で瞬はいいから、人手足りてっから、テレビでも見て待ってろ、な」 な、ほら、いいから座れと、チワワ君のご機嫌取りをするヤス君。申し訳ないけどちょっと笑ってしまう。 そんなこんながありつつ鍋の準備をして、いい具合に火が通ったところで、テーブルに運ぶ。 「おー、待ってました!」 「すごいじゃないか、美味そうだ」 メインの登場に燃堂がはしゃぎ、チワワ君が目を輝かせ、斉木さんもどことなく嬉しそうで、鍋の中に見栄えよく食材を配置するのにちょっと苦心したオレとヤス君は、少々得意げに胸を張った。 「さっそく食べようぜ!」 「まー待て待て、まず乾杯な」 「ああ、そだな」 各々、コーラやジュースのグラスを手に、声を揃えた。 「かんぱーい!」 そして箸を取る。 いっただっきまーす! 「でな、なんでか瞬の奴よぉ、駅の方行っちまってさ。丁度混む時間だったから駅前ごった返してて、探すのえれェ苦労したぜ」 各々鍋をつつき、ハフハフと味わいながら楽しんでいる中、ヤス君が家を出た後の経緯を話し始めた。 「ホントに済まなかったな」 「あらら、そうだったの。でもその割には、結構早く戻ってきたと思うけど」 「まぁな」 そこがすごいとこでよ、と、ヤス君は顔を輝かせて語り始めた。 どんなに人ごみに紛れてしまっても、好きな相手はすぐに見つけられるものだと、ヤス君は言った。 「へぇー」 「目が引き寄せられるってかよ、そういうもんなんだって」 やや興奮気味にヤス君は語る 『ふうん、常人は苦労するのだな』 テレパシーで耳打ちしてくる斉木さんに、オレはちょこっと笑った。 (っスね。オレだったら、幽霊に頼んで探し出してもらいますね) 『僕は千里眼で一発だな』 (はは、能力者って便利っスよね) まあオレは、たとえ能力がなくとも、斉木さんを人混みから見つけるなんて朝飯前っスけどね。 そう、そうだ…今日の体育だって、そうだった。 オレはその瞬間をくっきりと思い出す。 綺麗な濃桃色の髪もそうだし、制御装置もそうだけど、たとえそれらがなくっても、たとえ目が見えなくなっても、匂いで見つけ出してみせますよ! 『きめぇな。さすが変態クズ。そんなとこばかり磨いてないで勉強しろ』 (まあそう言わないで下さいよ。それだけ、アンタに会いたいって意味っスよ) それにね、斉木さんだってそんくらい簡単にできますよ。 『さすがに匂いはないだろ』 いやまあ、それはある種のたとえっス、好きな人って、そのくらい特別って言いたいんです。 早く会いたくて心が探すから、どんだけ人ごみに紛れようが見つけ出せるんです。 なんていうのかな…光って見えるというか、とにかく際立つんですよ。アンタだけ。 (オレ、見つけ出してもらえる自信あるっスよ。斉木さんに愛されまくりだし) 『誰がなんだって?』 それまで正面を向いていた顔が、オレの方にギギギと傾く。 格別恐ろしい顔をしてるわけじゃないけど、内からにじみ出る冷気にオレは尻を浮かせた。 (もー、斉木さん。ほら、鍋もいい具合に煮えてきましたよ、さあ食べましょ) (ほらほら、白菜も肉団子もあとオレも、食べごろっスよ) 『馬鹿か』 心底呆れたと、斉木さんはぷいっと顔を背けた。 その直前、ほんの少しだけ笑ったのをオレは見逃さない。 目に焼き付いた淡い表情に、オレはひっそり笑いをもらした。 「いやー…あ、美味かったっスねえ!」 帰り道、オレはもう何度も繰り返してるセリフをまた口にした。 『そうだな。たまには悪くない』 「ねー、いっスよね」 まあオレの脳みそだから、あの場に女の子いたらよかったのにとか、可愛い子に取り分けてもらうとか、フーフーしてもらいたいとか、そういうのが当たり前のように浮かんできちゃうんだけど、それがなくて残念だとかは全然思わない。 友達んちに集まって、鍋やるとか……うん。 楽しかったなあ。 楽しくて楽しくて、本当に最高だった。 近道の公園を横切りながら、オレは思い返す。 斉木さんと二人で美味しいもの食べる、そりゃ最高だけど、大勢で集まっても、最高美味しいもんだな。 ふと、斉木さんと目が合う。 オレは、いっひひと目尻を下げた。 斉木さんは、オレを不気味そうに見ながら顔を背けた。 あ、ひどい。でも今いい気分だから、負けないもん。 あー、ほんと楽しかった、食べたなぁ。 生きた人間と関わるのも、そう悪くないもんだよな。 今まで、どうせいつか死ぬ、死んだら全部忘れるからと、どこか一歩引いて周りを目に映してたけど、そこに飛び込んでみるのも悪くないって思った。 何より斉木さんと付き合いだしてから、全部が本当に大事で、手放しがたくて、身体一杯溢れそうなほど嬉しいのに泣きたくなる。 そんな気持ちに何度も見舞われ、自分でも驚く変化に戸惑うけど、悪くないとも思っている。 『おい鳥束』 「なんでしょ」 『座れ』 「……はい?」 ベンチを指差し、ここだここと示す斉木さんに、オレはちょっと顎を突き出した。 『早く、いいから座れ』 なんだなんだ。座って、今日についてお喋りしたい…なんてお人じゃないよな、斉木さん。 オレに付き合って、オレの気が済むまでお喋りに乗ってくれるなんて、一ミリもないよな。 じゃあ、なんだろ。 オレはとりあえず腰かけた。 隣に座るかと思った斉木さんは、オレの予想を裏切りオレにずいっと近寄った。 月光を遮り、街灯を遮り、顔に影がかかる。 「!…」 え、まさか。 ……と思う間に、唇が触れてきた。 優しい抱擁のようなキスに、顔が一気に熱くなる。 なに…何スか何スか斉木さん、こいつぁ一体どういうことだ。 ゆっくり離れていく顔を凝視して、オレは瞬きすら出来ないでいた。 『無性にキスしたくなったんだよ』 それだけだ、行くぞ えー…えー。 てかちょっと待って斉木さん、待って下さい、足に力が入らないっス。 斉木さんは数歩いったところで足を止めてくれた。 『っち、やれやれ』 舌打ち勘弁してください……。 「キス、したかったんスか」 『ああ』 「今、急に?」 『いや。窪谷須んちにいる時からずっとだ』 「うっ……ずっと我慢してたんスか!」 『そうだ。ずっと我慢してたのに、お前が追い打ちで可愛い事言うから、切れた』 「切れちゃったんスか……てか、可愛いってどこ?」 どこが可愛かったのだろうと、オレは一生懸命ヤス君ちでの振る舞いを思い出そうとした。 みんなで鍋囲んで、いただきまーすってして、最初の一杯目は各々平和に取り分けて美味しく頂いて、早食いの燃堂が二杯目に入ったところからチワワ君が「一種類ばっか取るな!」ってって小競り合いが始まって、ヤス君とで宥めつつ斉木さんのおかわり盛ったり、追加の肉やら野菜やら台所取りに行ったり、また追加取りに行って、したらなんか盛り付け係押し付けられて、燃堂のおかわりに自分でやれって突っ返したけど結局よそってやって、したらヤス君も乗っちゃうから仕方なくよそって、更には斉木さんも乗っかって、ついつい「斉木さんもっスかあ」って冗談半分に言ったらえらく凄まれて涙目でよそって、ついでに自分もおかわりして、んであとはもうみんな食べて食べてお喋りして笑って食べて食べて、うん、大体こんな感じだったよな。 そういえば鍋の最中、やたらに斉木さんの視線を感じたような…でもそれは単に席順で、オレの方にテレビがあったからだろうな。 あとは何かあったかなと必死に記憶を辿っていると、斉木さんの声が頭に切り込んできた。 『どこだっていいだろ。可愛かったんだよ』 照れくささから、斉木さんはテレパシーを投げ付けてきた。 オレはそれがもう可愛くて可愛くて、たまらなくキスしたくなった。 すっかり抜けてた腰も復活、オレは踏ん張って立ち上がり、数歩離れた斉木さんに駆け寄った。 肩を組み、顔を近付ける。 『やめろ。誰か見てたらどうする』 「いないのは確認しましたよ」 『いいからやめろ』 思いきり抵抗され、オレはちょっとむっとなった。 「もーなんでなんで」 『でかい図体しやがって、ムカつくんだよクズ野郎』 なんだよ、背が高いアピールか 「いや、そんな事は…ってひどすぎ!」 『うるさい騒ぐな。置いてくぞ』 いやん、斉木さん、今日せっかく楽しかったんだから、別れも楽しく過ごしたいっス。 『じゃあ大人しく歩け』 「待って待って」 ねー斉木さん、もっかいキスしましょ。 地べたにだって座りますから、ねえ、斉木さぁん ずんずん歩いていく斉木さんを早足で追いかけ、肩を並べる。 オレから顔を背けてるけど、耳まで真っ赤なのは街灯のぼんやりした明かりでもよく見えたから、オレは顔をたるませた。 さて、どっか暗がりはないかな。 せめてもう一回キスしたいな。 斉木さん、大好きです。 知ってるよとぞんざいな返事に、ますます愛しさが募った。 |