君の隣で
秋:文化祭
今年も、無事に文化祭が終了した。 学校を出たオレはまっすぐカメラ屋に直行し、プリントアウト、そしてそのまま実家へと向かった。 翌日、休日、オレは朝早くに実家を出て、一路斉木さんちを目指した。 本当はプリント出来たらすぐにでも斉木さんちに向かいたかったが、実家に寄ったのは、オレのガキの頃の写真が納まっているアルバムを取りに行く為だ。 斉木さんとそう約束を交わしたのだ。 あれは、一ヶ月ほど前の事、文化祭の準備段階からアンタを写真に収めたいと提案したら、自由に撮る代わりにお前の小さい頃の写真を見せろと交換条件を持ち掛けられたからだ。 お前のを見せるなら撮ってもいい、という事だ。 もちろんオレはすぐさま請け負った。 もちろんいいですけど、でも、じゃあ斉木さんのも見たいっス、そう返すとあっさり承諾されてちょっと拍子抜けしたけど…とにかく、小さい頃の写真諸々は実家にあるので、オレはちょっとお時間下さいと、えっちらおっちら実家に向かった次第だ。 そんなわけで結構な大荷物を抱え、オレは斉木さんちのチャイムを押した。 おじゃましまーす。 「はい斉木さん、お約束の品っス。そしてこれが「高二の文化祭を満喫する斉木さん」っス」 いかにも年季の入った、やたらにでっかいアルバム二冊と、作り立てピカピカのアルバム五冊を、オレはそれぞれテーブルに並べた。 『おい…こんなに撮ってたのか』 撮られてたのは知っていたし、いいとは言ったが、よもやこんな量になっていたとは。 呆れ切った顔で目を丸くし、斉木さんはため息をついた。 「撮りましたよー。どの瞬間の斉木さんも素敵でしたよ」 ぜひ見てとオレはすすめた。 「てか、斉木さん相手に盗み撮りとか隠し撮りとか無理かと思ってたけど、案外いけちゃってました」 乗ってくれたんスかと尋ねると、斉木さんは渋い顔になった。 『学校は、ただでさえ密集度が高い。当然テレパシーも入り乱れる。普段はそうでもないが、年に一度のお祭りである文化祭となると、様々な心の声が絡み合って僕もさすがに御しきれない』 「なるほど、結構大変だったんスね」 毎日、人知れず苦労してたのかと、オレは眉根を寄せた。 『それと……スイーツの誘惑がな、うん』 ああはいはい、浮かれてわかんなくなってたと。 ハハハ、斉木さんらしいっスね。 斉木さんは少しむくれた顔になって、真新しい方のアルバムに手を伸ばした。 一枚また一枚とめくり、わずかに眉を寄せる。 『というかお前、これ、つまらなくないか?』 どれですかと覗き込む。 確か一冊目の初めは、準備段階を主に収めたはずだ。 うん、そうだった。オレは、濃桃色の髪の人が必ず中央に来る構図で撮りまくった写真を眺め、力強く首を振る。 「いいえ、全然」 『いや、しかし……ただ飾り付けを作ってる場面とか、何が面白いんだ?』 「面白い…っていうか、恋人が何かに打ち込んでる真剣な横顔って、グッとくるもんスよ」 オレは力一杯説いた。が、斉木さんには今一つ伝わらない。 ふぅん、で終わり。 えー、残念だ。 朝にこれを見たら、よし今日も一日この人の為に頑張ろうって気持ちが奮い立つし、昼にこれを見たら、ああこれだけで飯三杯はいけちゃうなーって満腹満足になるし、夜にこれを見たら・・・自主規制・・・だし、いつでもオレに力をくれる素晴らしい原動力なんだよ! 斉木さんも、今にわかるっスよ。 『お前、これはさすがにないだろ』 なんの作業もしてない瞬間の自分を指し、斉木さんは顔を歪めた。 どれどれと覗き込む。 ああ、これね、これは確か、自分のクラスの準備が面倒になったのでこっそり抜け出して斉木さん見に行ったら、ちょうど斉木さんもめんどくさいうんざりだって顔してておかしかったので撮った一枚だ。 『というかこれ、どの時だ?』 これはですね、ちょっと待って…そうそう、天井の飾り付けを並列にしようか交差にしようかでもめてる時のものっス。 『そんなだったか、お前…僕でも記憶してないのに、よく覚えてるな』 えへへー。 「だってそりゃ、斉木さんに関する事ですもの」 『お前、怖い』 「斉木さん、ひどい! てかマジで引くのやめて!」 「こっちのは、斉木さんのお食事シーンがメインっスね」 『……はぁ?』 これ、この三冊全部が? さすがに驚きだと目をむく斉木さん。 「ええ、だって斉木さんってば、見る度別のもの食べてんですもの」 漏らさず撮るの、大変だったんスから。 自分とこの店番しつつ、隙を見ては抜け出し、幽霊情報で斉木さん探して、追っかけて、写真に撮る…目が回る忙しさでした。 「とっても、楽しかったですけどね」 オレは晴れ晴れとした顔で伝える。 『ふん』 対して斉木さは、渋い渋いお顔。 「今回、スイーツ系の出店多かったですよね」 『ああそうだな。ずっと、簡易カフェかお化け屋敷かのどっちかしかなかったから、今年は当たり年だ』 大当たりだった。 思い出して、斉木さんの顔がうっとりとほころぶ。 あら可愛い、ああ可愛い。 その顔もいただきっ! オレは素早くスマホを構えた。 「早撃ちならぬ早撮り、文化祭でかなり鍛えられたっスよ。どうスかこの素早さ」 はは、ちゃんと撮れてる、うん、よし。 『っち』 「やだ、舌打ちやめてよ。楽しい思い出振り返ってるんだから、もっと和やかに」 ね、斉木さん。 『はぁ…やれやれ』 「オレが覚えてる限りだと、チョコバナナに、クレープに、あの長いの――」 『チュロス』 「そうチュロスに、ワッフルなんかもありましたね」 『タコの代わりに板チョコを割って入れたスイーツ焼きも、中々悪くなかったぞ』 「ああ、ありましたありました!」 お、斉木さんてば珍しくたこ焼き食べてら。 ん、いやあれはスイーツ満喫してる顔、てことは! 「って、撮ったのが、……これっス」 オレは、斉木さんが見てるアルバムのページを数枚送り、指差した。 全体写真と、中身の見えるズームアップのペアできちんと撮りました。 『撮ってたか』 「撮ってましたよ、はい」 オレ、斉木さんの専属カメラマンですから。 いやいやマジで、当日はほぼそんな感じでした。 「斉木さん、マジで全スイーツ店制覇する勢いでしたからね」 ついてくの大変でしたよ。 やっと見つけたと思ったら、もう別の食べてるから、カメラしまう暇もなかった。シャッターダコが出来そうでしたよ。 「ね、どれが一番印象深かったですか?」どこのお店でもいい顔見せてくれましたけど「一番美味しかったのは何でした?」 言いながらオレはくわっと目を見開いた。 「あ! あの普通君のいる野球部のやった、豚汁とか言わないで下さいよ!」 文化祭当日、空は綺麗に澄み渡り一日晴天に恵まれたが、少し肌寒くもあった。そんな中温かい汁ものは有難いもので、大盛況だった。 大鍋で煮込んだ豚汁の破壊力は、すさまじいものがあるからね。あのいい匂いは、誰でもクラっとくるだろう。現にオレも、ちょっとどこじゃなく揺れた。 斉木さんは別の部分でクラっときたろうけど。なんせ店番してたのはあの普通君、惚れ込むその人が手渡ししてくれるとあっては、恋する乙女の顔で買いに行く。 おおむねいい思い出ばかりの文化祭だが、そこだけはさすがに黒く記憶に残っている。 斉木さんてば、買いたいけど自分じゃ買いに行けないから、オレにその役押し付けたっけ。 その癖、後から嫉妬めいた目を寄越しちゃって…いや、同じクラスの奴だし、斉木さんの密かな想い人だからそう邪険にも出来ないじゃん。本音はしたかったけど! で、まあ、黒いシミのような思い出だけど、豚汁食べる斉木さんもちゃんとお写真に残しました。 で…実を言うと、豚汁あんまり美味そうだったんで、後で隙見て自分も食べに行ったりした。ごくごく普通で、でもそれがまた美味いのなんの。 黒いシミというかまだら模様というか、複雑な記憶だ。 『一番とは言わないが、あれも中々悪くなかった』 うん…そこには同意っス。ほんと、シマシマ模様だ。 それはそれとして。 「やっぱ、自分のクラスのケーキバイキング?」 斉木さんのクラスも、模擬店を出していた。 石の展示から始まって、途中劇を挟みつつずっと展示系ばかりだったが、今年はあのナントカいう金持ち坊ちゃんの鶴の一声で、高校の文化祭では到底ありえないような豪華で贅沢なカフェ店に仕上がった。 しかも、金に物を言わせ海外から有名なパティシエまで呼んじゃって、とにかく規模がけた違いだった。 それを許可する学校もすげーけど。 で、やっぱり自分のクラス? 「特別賞とってましたもんね」 まあそれも、金持ちくんの反則ともいえる出資のお陰だけど。 『お前のクラスこそ、最優秀賞とったじゃないか』 「ええ、オレあれ意外でしたけどね」 自分とこの出し物は、べっこう飴とりんご飴。家庭科部の女の子が、簡単に作れる、傷みが少ない、食べ歩きが出来て便利とかで、提案したものだ。 当日はオレも手伝った。クラスで五番目に可愛い子だったし、何より斉木さんホイホイになればと、かなり力を入れた。 で、素朴なべっこう飴が校長や他の年配の教師たちに大うけしたようで、満場一致で最優秀賞に選ばれた次第だ。 懐かしい味って、偉大だね。 『僕にはまだその気分は早いようだが、お前の味は悪くなかった』 「うへへ、でしょでしょ。斉木さんてば、三回も食べに来ましたもんね」 三回とも、ちゃーんと写真に収めましたよ。 斉木さんホイホイ大成功! にたにた緩んだ顔で告げると、思いがけず強い目を寄越された。 え、いやいや、今のは決して悪い意味で笑ったんじゃないっスからね。 斉木さん可愛くて素敵でしたよ、何度も食べてくれて嬉しかったですよって意味ですよ。 っち。 やれやれって顔で目を逸らさないで、舌打ちいやん。 『もういい。お前の子供時代の、恥ずかしい写真でも見るかな』 「え、そういう言い方されると途端に恥ずかしくなってくるんですけど!」 じゃあオレも、斉木さんの子供の頃の赤裸々なお姿、拝見させてもらいましょーっと。 「あ、そうそう、オレ自分で言うのも何ですけど、小さい頃はお目目パッチリの可愛い子ちゃんでしたよ」 今はこうしてイケメンに成長しましたが、小さい頃は女の子みたいに可愛かったの! 今の自分からはちょっと想像つかないくらいと、オレは少しばかり自慢げに告げる。 すると斉木さんは、可哀想な子を見る目をオレに寄越してきた。 「ちょ、見てもらえばわかりますけど、オレ本当に可愛かったんですよ!」 『よしよし』 もー、斉木さん! 気を取り直して。 「さぁて、斉木さんはどんな感じだったのかなー……わぁっ!」 まず目にした一枚に思わず感嘆する。 そこには、サークルベッドですやすや眠る、赤ん坊の頃の斉木さんが映っていた。 小さな子がぐっすり眠っている図はそれだけで愛くるしいが、更に可愛いのは、どんな良い夢を見ているのか、ニコニコ上機嫌だからだ。 まず目にしたのがそんな可愛さ溢れる一枚とあって、オレはあんぐりと口を開けた。 可愛い…ちっちゃい…斉木さんちっちゃい、可愛い、よしよし。 気付けばオレは、写真の縁をそっと撫でていた。 きめぇな。 うっとり見惚れていると、低い呟きが耳に届いた。 そんな、口で言いたくなるほど気持ち悪かったのだろうか。オレは少しばかりショックを受ける。 『スマン…今の顔、完全に犯罪者のそれだったから、つい』 そう言って斉木さんが慰めてくれるが、全然慰めになってねぇ。 オレはぐすんと鼻を啜った。 めげずにアルバムをめくる。 どのページのどの写真の斉木さんも、小さくて丸っこくてほっぺたぷくぷくのピカピカでとても可愛かった。 桃色の目がとてもよく似合う、クールな美人さんの時もあれば、年齢相応の無邪気な可愛い男の子って時もある。 どの時もどれも、どれもこれも、引き伸ばして額に入れて飾りたいほど愛くるしい。 ああ…壁中斉木さんの写真だらけ…なにそれマジ天国だな、天使に囲まれてオレウハウハ、まさに天にも昇る気分。 特に可愛くて目を引いたのが、パパさんの誕生日に撮ったと思しき一枚。 両脇にはパパさんママさんがニコニコ笑顔で映っていて、その真ん中に、プレゼントなのだろう、パパさんの似顔絵(念写)を手にとても嬉しそうに斉木さんが笑っている。 この写真を撮る時、パパさんママさんがうんと褒めてくれたから、それでこんなにいい笑顔になっているのだろう…容易に想像がついた。 しばらくすると、馴染みの眼鏡をかけるようになった。ああ、もうこの頃から石化能力が発現してたのか。何とも言い表しがたい気分になる。 それでも斉木さんの笑顔は相変わらずだ。 えーん、オレの小さい頃だってなかなかのものなのに、やっぱり斉木さんには敵わないよー。えーん。 そんな事を思いながら、幼少時の斉木さんに見惚れる。 そして、現在…と、ちらっと目を上げた時、バチっと目があった。 斉木さんはしばしオレを見た後、オレの持ってきたアルバムに目を落とし、はぁっと息をもらした。 「な、何スかぁ?」 『お前さ、見事に女の人に抱っこされてばっかだな』 完全に目覚めた顔で抱き着きやがって。 「や、あの、確かめてるんスよ。それだけっス」 それ以外の意図はないっス。 嘘をつけと問い質す斉木さんの眼力に負け、オレは顔を俯けた。 『こんな頃から変態クズだったんだな』 確かに、目は綺麗だな。 澄んだ目のエロガキ。 意外性のない奴だ。 ズバズバ容赦のない斉木さんに、愛想笑いでごまかす。 「でも今は、斉木さん一筋ですからね!」 『なんで僕はこんな変態クズを…人生の汚点だな』 「そこまで言うかっ!」 で、結局、どれが一番美味しかったかの答えは、はぐらかされちゃいました。 『はぐらかしてない。聞いてないお前が悪い』 「ええっ、ご、ごめんなさい、ちゃんと聞きますから、もう一回!」 ね、ね、この通り オレは力強く両手を合わせ頼み込んだ。 『いやだ。お前何年僕と付き合ってんだ』 「あ、えと……何年ですか?」 そういえば、ループを何度繰り返したかについては、正確には聞いてなかった。 ループしてたなんてショックで、それどこじゃなかったし。 『それはさして重要じゃない。言いたいのは、僕が素直に伝える性格してるか、ってことだ』 「うっ……んん」 短くない付き合い、斉木さんの性格はもうわかり切ってるはずだ、うんそうだ、この人が、質問に素直に答える性質かどうか。 よくわかってますよ斉木さん。よくわかってるから、わからない…いやわかった、わかりました! 鈍いオレをどうか許して下さい。 『いやだ許さん。今すぐりんご飴作れ。姫リンゴでだ』 「うわっ……またそういう無茶言うし〜。まだ入荷されてないっス」 そう、現在姫リンゴは樹上で熟し中、食べごろまであとしばらく。 そして、オレが尋ねた事の答え…どれが一番美味しくて、印象に残ってるか。 斉木さんは、どの店のスイーツも一回ずつしか食べてない。 そんな中、三度も足を運んだ出店がある。 そう、オレのクラスの飴屋さん。 それも、オレが店番してる午前中に限って、だ。 『お前、要らん時は調子に乗る癖に、こういう時だけ鈍くなりやがって』 ズバリ答えた訳じゃないが、言わされたも同然と、斉木さんは怒りか照れか、どちらかで顔をほてらせ、オレを睨み付けてきた。 激怒で赤いなら迫力がある、羞恥で真っ赤なら、やばい…エロ可愛い! チューしたくなるくらい可愛いっス! 『しながら言うな!』 斉木さん可愛い、好き、愛してる! 「あ、そっから先は、オカルト部の展示っスね」 『そういやあったな、そんな設定』 「ありますよ! てか部室で集合写真撮ったの、覚えてないんスか!」 『スマン、正直スイーツタイムと佐藤君以外は、記憶がひどくおぼろげだ』 「マジかよ!」 半分は冗談だろうが、もう半分はマジだよこの人。 もぅ…もうもう! 『ふぅん、部室の飾り付け結構凝ってるじゃないか』 「それも記憶にないんスか!」 チワワ君と亜り栖ちゃんが頑張ってデザイン決めて、オレと知予ちゃんでせっせと飾り付けしたんスよ! チワワ君のデザインスケッチがまたひどくって、でも亜り栖ちゃんが的確に読み取ってね、中々盛り上がったんスよ。 「アンタどんだけスイーツに心奪われてんの!」 『失敬だな。ちゃんと佐藤君も覚えてるぞ』 まったく。ま、それでこそ斉木さんだけど。 無敵の超能力者の意外な弱点!? なんちゃって。 クスクス笑うオレに、斉木さんはバツが悪そうに目を逸らした。 「大丈夫っスよ、オレがちゃんとこうして残しましたから」 見れば思い出すでしょ、あの時こんな事したな、って。 『……まあな』 段々記憶がはっきりしてきたと、斉木さんは掘り返して頷いた。 たとえ完全に記憶の底に埋もれてしまっても、こうして写真がある限り、懐かしむ事が出来る。 この、アルバムのように。 こんな事してこんな風にしながら成長して、ここまで来たんスね、オレら。 自分が映る一枚をなんとなく眺め、オレはぽつりと呟いた。 アルバムを持って来させたのは、こうやって感慨に耽る為だったりしますか。 『まあそうだな。お前にしちゃ鋭い』 斉木さんに褒められた、えへ。 でも意外。斉木さんでも、感傷に浸る事ってあるんだ。 「ね、この写真見る時、この時こんな風に楽しかったってのもそうですけど、これ撮ったのオレだってのも含めて、思い出して下さいね」 『大丈夫だ、だいぶ思い出してきたぞ。お前が変態クズむき出しで僕にカメラを向けてた事、思い出してきた』 ぐ…そういう余計な事は付け足さなくていいんスよ。鼻血垂らしそうな顔だったとか、目が血走ってたとか、ギラついてたとか、はぁはぁしてたとか、やめてあげてください! 『記憶を辿れば辿るほど、お前の常軌を逸した顔ばかり浮かんでくるな。おかしい、素晴らしいスイーツを楽しんでいたはずなのに、犯罪者につけ回されていた記憶しかない』 頭を抱えて大げさに苦悩する斉木さん。 もー、演技派だねまったく。 え、てかオレそんなにひどかった? 『ひどいだろ。考えてもみろ、これ、僕が覚えてる限り、当日僕が食べたものすべてが映っている。つまりお前はそれだけ僕をつけ回したって事だ』 つけ回すって…だから、なんでわざわざそういう言葉選ぶかなぁ。好きな人と一緒に居たいって、ごく普通の感情ですよ なんだい…わざわざひでぇ言葉選んで、オレを挫こう挫こうとしてさ。 そんな事言いながら、斉木さんてばオレの事大好きなくせに! がしっと顔面を掴まれる。 「ひっ……!」 『誰が、なんだって?』 こうなりゃヤケだ、どうにでもなれってんだ! オレは腹の底から叫んだ。 「斉木さんが、オレのこと大好き!」 ミシミシメキメキ骨の軋む音が頭の中で響く。 「いたただだ!」 もー、照れ隠し強力すぎ! 『いつまで泣いてんだ』 両手で顔を覆い、しくしくめそめそむせび泣いていると、ちょっとうんざりだって感じに斉木さんが寄越す。 やだもう、ほんと頭きちゃう。 アンタ、オレの泣き顔気が滅入るって言うくせに、こうしてしょっちゅう泣かせるんだから罪な男! 『もうひと掴みいくか?』 「いかない!」 誰のせいで泣いてると思ってんだ。 文句の一つも言ってやろうと手を退けた瞬間、シャッター音が響いた。 「はっ……?」 オレのスマホ、撮ったのは斉木さん。スマホの向こうで、面白そうに画面をのぞき込んでいる。 「ちょっと…もー」 『見ろ、中々の傑作だぞ。相卜や明智にも送ってやろう』 向けられた画面にオレは一気に顔が赤くなる。ほんと、ひどいほど傑作だねこりゃ。てかみんなに送って笑いものにするのやめて! 『冗談だ』 誰にも送らん。お前は、僕だけのものだからな。 「はっ……くうぅ!」 『変な声出すな、気持ち悪い』 「斉木さん愛してます!」 斉木さんは? 『言わなくてもわかってるだろ』 うん…はい。はい。アンタがどれだけオレに愛情注いでくれているか、充分身に染みてわかってます。けど、それでもオレは言葉が欲しいんスよ。 『わからんでもない』 物寂しい微笑にオレは息を詰まらせた。 「斉木さん……」 『今は言えない……まだ』 閉じた世界を正常に戻すまでは――。 段々と斉木さんの顔が打ち沈み、俯きがちになっていく。 そこでオレが動いたのは、本当に無意識だった。 気付いたらスマホを構え、激写していた。 「オレも、誰にも送らないっスけど、後で思いっきり笑いものにしてやるっス」 タイトルは…そうだな、無敵の超能力者のしょぼい一面! 来年こそは成功して、正常に時が進む、そうなったら見返して、思いっきり笑ってやりますわ。 『いい度胸だな、おい』 「いだいだいだいだい――!」 得意の関節を極められ、オレはピーピー泣き喚いた。 まあ何はともあれ、元気出たみたいで良かったっス! 『この世界が正常に戻った暁には、盛大に言ってやる』 「はい、……なにをっスか?」 『決まってるだろ。僕が、お前をどう思ってるかだ』 「ぅえっえ!」 ほんとっスか! ほんとのほんとにっスか! 『泣くまで言ってやるからな、覚悟しとけ』 「えぇっ、なんか違くないっスか?」 『いいから。首を洗って待ってろ』 「ますます違くないっスか?」 でもそれでも、オレはきれーに洗った首を長くして待ってますからね! |