君の隣で

冬:球技大会

 

 

 

 

 

 昼休みの時間が刻一刻と迫るにつれ、教室内のあいつやあいつ、あの子にあの子にあの子の思考が段々と一つにまとまっていく。
 ――20、19.18、17
 誰も彼も、教師の発言などには耳も貸さず、一心不乱でカウントダウンを続けている。
 ――11、10,9,8
 かくいう僕も、便乗してカウントダウンさせてもらっている。
 授業は嫌いではないが、退屈なのでな。
 それに、常人にはしんと静まり返った教室だが、僕には色んな声が強制的に聞こえてしまう。
 すっかり慣れて聞き流せるようになったとはいえ、ブツブツざわざわ絶え間なく思考が聞こえるのはやはり疲れるものだ。
 それがカウントダウンだけに統一される、同じものが重なり合った声も結構うるさいものだが、好き勝手な思考が何重にも積み重なり絡み合うよりはずっとストレスが少ない。
 と言ってる間に終了の鐘がスピーカーから聞こえてきた。
「……であるからして、続きは次の授業で。日直!」
 昼だ、飯だ、休み時間だとみんなが浮足立つ中、日直の号令が響き渡る。
 立ち上がり、礼をして、座ろうかという時、隣のクラスから耳障りなテレパシーが一直線に飛んできた。
(斉木さん、お昼にしましょっ!)
 誰より弾んだ、生き生きとした声に、うるせえ変態クズと返し、僕は机の上を片付けにかかった。
 数分もしないで教室にやってくるだろう澄んだ目をしたクズに備え、一つため息をつく。

「じゃ、いっただっきまーす」
『いただきます』
 ざわざわと賑やかな教室の後方で、僕は鳥束と向かい合い、弁当に手を合わせた。
「あはっ、お弁当もすっかりクリスマスっスね」
 ママさん、相変わらずリキ入ってますね。
 鳥束は弁当の中身を見ると、微笑ましそうに目を細めた。
 赤い帽子の雪だるまが真ん中に陣取り、おかずの上に星形で抜いたチーズがちりばめられている。
 うむ…母さんもいい加減キャラ弁は勘弁してほしいのだが。毎日毎朝、よくもまあやるものだ。
 味は申し分ないし量も丁度良いので文句はないがしかし、高二男子の弁当がこれとはいかがなものか。
「そんだけ愛されてるんスよ」
 よく噛みしめて食べなきゃっスよ。
 うるさい。
 お前に言われるまでもないぞ、鳥束。

「そうだ斉木さん、今年の球技大会バレーボールに決まったって、もう――知ってますよね」
『ああ、お前のお陰でな』
 今年の球技大会の種目、お前の脳内から駄々洩れだったのでな。
 ついさっき職員会議で決まった球技大会の種目を、幽霊たちに情報収集させ、早速僕に報せるべくやってくるお前の脳内から、ガンガン声が飛んできてるからな。
 それはそれとして。
 バレーボールか。
 何にせよ球技は嫌いだ。
 体育の授業全般が大嫌いだ。

 これまでに、投げ込みや打ち込みといった特訓はたゆまず行ってきたが、いまだに苦手意識は抜けない。
「じゃあ、今年も休んじゃいますか?」
 これまで、何だかんだ上手い事理由をつけて病欠してきた。
 それを振り返り、鳥束はつまらなそうな声で言った。
「まあ、苦手なもんを無理やりやっても、怪我のもとになるだけっスからね」
 しょうがないか。
「でも斉木さん、それこそ血のにじむ努力して、並の振る舞いも難なくこなせるようになったんでしょ。だったら、出ないともったいないですよ」
 頑張った成果を発揮しましょうよ。
「大丈夫、今の斉木さんなら出来ますって」
 楽観的な鳥束に沈黙で返し、僕は黙々と弁当を口に運んだ。
 もう九割がた、休む方に心は傾いている。
 超能力者の僕がそう簡単に怪我などしないが、どうせ出たってクラスのみんなの足を引っ張るだけ、いるだけ邪魔なのだから、いっそ休んだ方がいいのだ。

「じゃあ、こうしましょう。参加したらご褒美、上げますよ」
 一試合出るごとにコーヒーゼリーを差し上げます。
『……ふん』
 馬鹿馬鹿しい、いくら僕相手だからって、何でもコーヒーゼリー持ち出せば上手くいくと思ってるところが浅はかだ。
 しかし、そう悪い話でもないよな。出ればコーヒーゼリー…ふむ、悪くない話だ。
「お、乗ってきましたね」
(ふふ、斉木さん、あんなに目を輝かせて)
 そんなわけない。普通の、いつも通りの顔だ。
「準決勝までいったら、コーヒーゼリーを高級品にしますよ」
 なにっ!
(あ、更に目がキランてなった)
 っち。

「そして見事優勝した暁には、一緒にお出かけしてあげます」
『てめぇ、ふざけてんのか』
 ひき肉にしてやろうか?
「ひぃっ! なになに、恋人と一緒にお出かけとか、一番のご褒美じゃないですか?」
 オレだったら、斉木さんとお出かけのご褒美目指して東大合格だって頑張りますよ!
 鳥束は至極真剣な顔でずいっと迫った。
 ああ…うん、お前なら、僕とのお出かけが最高のご褒美になるだろうな。
 冗談でなくそう思っているのは、よく伝わってきたよ。
 一切ふざけてないってわかったよ、でもな。
『僕が、お前とのお出かけが一番だと、本気で思うか?』
「思います」
 殺意が湧く。
 思わず箸を粉々に砕くところだった。
「だって斉木さん――」
(オレの事好きでしょ)
 机に置いた弁当箱の蓋が、僕の怒気によって真っ二つに割れる。
 物音に鳥束がひっと竦み上がった。
「き……嫌いなんスか?」
 この世で最も恐ろしい言葉を口にするって顔で、鳥束が震える。
 誰がそんな事言った。
 僕は奥歯を噛みしめた。ぎりぎりと、今にも砕けんばかりに力を込める。
 握った箸が限界ギリギリの音を立てる。
 ふざけんのもいい加減にしろ。
「じゃ、じゃあなんで、そんな人殺しそうな顔してんスか!」
 鳥束は目に涙を一杯浮かべ、悲鳴混じりに叫んだ。
 お前にムカついたからに決まってるだろ。

 いいかお前、よく考えろ。
 好物を持ち出すなら、中身をどんどん上等に豪華にしていくのが定石だよな。
 僕は、コーヒーゼリーが大好物だ、スイーツ全般が大好きだ。そんな僕を動かそうというなら、あらゆるスイーツを挙げるべきだよな。
 ここまではわかるな?
 よし、わかるな。
 で、だ。お前が出したものはなんだ?
 お前自身だ。
 おまえは僕に大甘の、変態クズ野郎だ。
 おそらくこの世で一番僕に甘いだろうな。
 そんな奴が最上級のご褒美とか、……全然嫌いじゃない。
 お前とお出かけとか、考えただけでうんざりする。たまらなく面倒だ。
 そんな面倒も――たまには悪くない。

「斉木さんっ!」
 感激のあまり目を潤ませる鳥束に吐き気が込み上げる。
 その一方で、僕はやる気を出す。
『そうと決まれば特訓だ。お前、付き合う覚悟はあるよな』
「はい、なんでも! 一流コーチを召喚して、とことん付き合うっスよ」
『そいつは助かる。まずは、人並みにサーブが打てるようになる事だな。お前、相手コートで受け止めろ』
「えぇっ……お手柔らかに頼みますよ」
『ま、多少アレがアレしてもすぐ復元してやるから、そう心配するな』
「うえぇ……」
 どんな惨劇に見舞われるのだと、鳥束は震え上がった。
 それでもキッと眦を決し、頑張りましょうと拳を握る。
「どこまでもお供するっスよ」
 頼りにしてるぞ鳥束。
『という事で今日から頼むな』
「ええ、放課後、体育館の隅ででも練習――」
『いや、人に見られるのはまずいから、例の無人島に行くぞ』
 これまで数回鳥束を伴って訪れた場所に誘う。
『あそこなら、お前がどうなろうが誰にも目撃されずに済むからな』
「え、ちょま…斉木さん、マジでお手柔らかにお願いします……」
 蚊の鳴くような声で言った。

 鳥束はごくりと唾を飲み込むと、そん時はそん時だと開き直り、口を開いた。
「ねー、勝ったらどこお出かけしましょうか」
 優勝出来るかまったくわからないのに、気が早いな。
「えーでも、行き先決めといた方がよりやる気が起きるじゃないっスか」
 まぁな。
 だが、最高級のコーヒーゼリーならば力も湧いてくるというものだが、お前と出かけるんじゃなぁ。
「もー、まだそこ抵抗するんスか? ほんと、斉木さんてばとんだツンデレさんなんだから」
 お前、弁当箱の蓋のように真っ二つにしてやろうか?
「こらこらー。で、どこ行きます?」
 どこにしようかなぁ。
 今の時期、といったらやっぱり、クリスマスのイルミネーション見に行ったりとかかねぇ。
 例年通りなら、そろそろ駅前通りが華やかになる頃だし、ロマンチックな夜を過ごしてムフフするなら、やっぱり外せないよな。
 うん、ああ、本当に真っ二つに引き裂きたくなってきたな。
 どうにか衝動を堪え、弁当を食べ進める。
 鳥束も、一見静かに、しかし脳内では喧しいほど煩悩を滾らせて行き先を吟味していた。
 聞くに堪えない内容に顔が引き攣る。
 出来れば、あまり遠くは勘弁願いたい。
 近場ならば、気が乗れば付き合ってやるよ。
 深夜のムフフは断固お断りだがな。
 ま、当日まで、ゆっくり考えてくれ。
「あ、もしも優勝逃しても、その時はお疲れ様て事でお出かけはするっスよ!」
 どちらにしろちゃんとご褒美は用意しますんで、心配しないでくださいね。
 うん…そう言われると俄然やる気が出てくるな。
 何が何でも優勝してみせようじゃないか。
 侮られるのは嫌いなんだ。
 ありがとよ鳥束、特訓、頑張ろうな。
「……斉木さん、その顔すっげぇいい笑顔っスけど、すっげぇ怖いっス」
 震え上がる鳥束に僕はますます笑顔を深めた。

 

 

 

 鳥束の身体や精神に何やかや色々あった特訓の成果もあり、僕のクラスは見事優勝を収めた。
(何やかやをはしょるなんてひどい! あれで十年は寿命縮んだってのに斉木さんマジひどい!)
 お前のお陰で勝てたよ鳥束ありがとう(棒)
(あの苦労をはしょるなんて本当にひどい!)
 うるさいな、そら、念願の優勝を果たしたぞ、どうだ?
 ばっさり切り捨てて目を向ければ、鳥束は今しがたの怒りもどこへやら、まるで自分の事のように大喜びした。
 変わり身早いな、別人かってほどの豹変ぶりに少々面食らうが、ねぎらわれて悪い気はしない。
「これで、心おきなくお出かけ出来ますね!」
 やれやれ、めんどくさいが仕方ない、約束したしな。どこでも、付き合ってやるよ。
 どこでも、連れ出してくれ。
「はい、うんと楽しみましょうね!」
 突き抜けるように晴れやかな笑顔に、僕はほんの少し口端を緩めた。


 その翌日から、鳥束は学校を休んだ。
 次に奴に会えたのは、一週間後だった。

 

 

 

 

 

蛇足

 やれやれ、確かに出かける約束はしたが、こんな最果てまで引っ張り出されるなんて聞いてないぞ。
 しかもなんだその格好、テコ入れのイメチェンにしては悪趣味が過ぎる。
 お前と出かける予定はあっても、一流格闘家と遊ぶつもりはない。
 コマネチだの裸踊りだのふざけてないで、さっさと帰るぞ鳥束。
 なあ、どこでも付き合ってやるから、いつまでもそんな怖い顔してるな。
 今なら軽い殺意くらいで許してやるから、もう、いいだろ。
 早く帰って、出かける計画立てようじゃないか。
 なあ、鳥束。

 

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