約束

夏:コロッと騙されて洗脳されるけど

 

 

 

 

 

 夕飯済んだ、風呂も済んだ。
 お務めもまあまあ真面目にこなして済ませた。
 あとは寝るまで自由、てことでオレは壁にもたれ、厳選おっぱいお姉さんでチョメチョメタイムとしけこもうとしたまさにその瞬間、突如斉木さんが部屋にやってきた。
「ぅおっふ……!」
 驚きの余り、危うく壁に頭をぶつけるところだった。
 恋人の突然の来訪、何度体験してもこればっかりは慣れないものだな。
 オレは不規則になった呼吸を整えるべく、手で胸を押さえひぃはぁと深呼吸を繰り返した。
 今夜こんなに驚いたのには訳がある。普段はもう少し控えめのびっくりで済ませられるけど、今夜はちょっと無理だ。
 だって、え、斉木さんアンタ、たしか田舎行くっていってましたよね。
 別にそれにかこつけてエロ本開こうとしたわけじゃないですけど、夏休みのこの時期を利用して、ご両親と一緒にママさんの田舎に行くって聞いてたから、だからオレいつも以上にびっくりしてしまったって訳なんですよ。
 まあ斉木さんでしたら、たとえ地球の裏側からだろうが一瞬で来るでしょうけど、よっぽどでない限り約束もしてないのに来るなんてない事だから本当にびっくりした。

「てかほんと、お出かけ中でしたよね?」
 オレは壁のカレンダーを見ながら、懸命に記憶をたどった。
 間違いない、斉木さん、田舎お出かけ中だわ。
「一体どしたんスか? 前みたいに、何かお届け物とか?」
『うん、まあそんなところだ』
 尋ねると、斉木さんは歯切れ悪く答えた。
 渡されたのは、キャラメルとか風船ガムといった駄菓子類の小さな箱、たくさん。
 テーブルに次々並べられるそれらに、オレは曖昧に笑う。
「え、くれるの? 貰っていんスか?」
『射的で取ったものだ。全部やる』
「へぇ! これ全部射的で……はぁー、すごい腕前っスね!」
 さすが超能力者だなあと感心しながら、一個一個手に取って眺める。
 その傍らで、斉木さんは勝手知ったるでさっさと布団を敷き始めた。
 オレはぽかんと口を開けてその様子を見ていた。

「あー…お泊りされるんスね」
『静かにしてるから気にするな。お構いなく』
 それの続きするならするで構わないぞ、と、斉木さんは布団の中から手を伸ばして、床にほっぽりっぱなしの雑誌を指差した。
 オレはすぐさま拾い上げてベッドの下に一時避難させ、むにゃむにゃと愛想笑いを浮かべた。
 読むまではするけど、さすがにアンタの横で××行為はしませんよ。
『じゃお休み』
 告げるが早いか、斉木さんは目を閉じた。
 ……ね、どしたの。
 一体全体どうしたっていうの。
 時刻は夜だが、真夜中ってほどじゃない。田舎のおうちを抜け出してオレのとこに来るなんて、ただ事じゃないよ。
 オレと離れて寂しくなったから、オレに会いたくなったからなんて、斉木さんがそんな甘い感情に振り回されるとも思えないし…でも、もしそうだとするならば、よっぽどの理由があっての事だろう。
 向こうに居辛い、居たくない何かがあったのだ。
「何か、あったんですか?」
『また明日な、鳥束。お前もあんまり夜更かしするなよ』
「……はい」
 だよなあ。この人が、素直にすんなり訳を話すはずがないよな。

 何にせよ、この人はオレの部屋に来た。
 向こうに居たくない何かが起こったと仮定して、行く先の選択肢は自分の部屋だってある、そこを、わざわざオレのとこに来た。その理由って何だと考えれば、考えれば…なんだ?
 一人になるよりはオレといた方がいいって、そういう事なんだろうな。
 それだけオレは都合がいい?
 まあ、いいだろうな。
 いいっスよ斉木さん、なんだかわかんないですけど、オレといる方が落ち着くってんなら、オレはいくらでも尽くしますから。
 なんで、どうして来たのって聞きたい気持ちもありますけどね。
 今だって、なんで言ってくれないんだろってちょっとばかり寂しい気持ちが湧いてきちゃってますけど、それより今はゆっくり休んで。
 おやすみなさい、斉木さん。
 オレは寝顔を見つめ、そっと斉木さんの頭を撫でた。

 

 

 

 翌日、オレは朝早く斉木さんに叩き起こされた。
「うん……うぇ?」
 閉めた障子は白く、日の出後の時間なのはわかったが、時計を見る暇もなく『とっとと顔洗ってこい』と部屋から追い出され、オレは何度もあくびしながら洗面所に向かった。
 半分寝たまま顔を洗い、部屋に戻る。
「今、何時っスか?――!?」
 聞いている最中、身体に異変があった。着ている服が、いつもの作務衣からTシャツ綿パンに変わるというアメージングな出来事に見舞われたのだ。斉木さんの超能力、アポートの仕業だ。
「え、え!? はい!?」
『よし、じゃあ行くぞ』
 ついていけず、オレは目を白黒させた。構わず斉木さんは隣に並んでオレの肩を掴んだ。
「あの、行くってどこへ?」
『どこでも』
「?…へぇ?」


 まさに『どこでも』だった。
 海底散歩だ世界最高峰踏破だ砂漠のど真ん中だ、挙句は成層圏から生身でダイブ、なんてものまで体験させられた。
 ダイブは、斉木さんが何かしらのバリアみたいなものを張ってくれたお陰で無傷で済んだけど、生きた心地はしなかった。
 パラシュート無しだがふんわり地上に着陸した、が、オレはすっかり腰が抜けてしまっていた。
 地面に這いつくばり、はぁはぁへぇへぇ全身で息をつく。
 着陸したのは、どこまでも続く緑の平原だった。高い木は見当たらず、吹き抜ける風はさらりとして涼しい。無事地上に戻れた安堵から、どっと噴き出た汗に心地良い。
 少し平静を取り戻したオレは、ここは何という国のどこだろうかとぼんやり思いながら景色に見入った。
 と、休憩終わりとばかりに斉木さんが肩を掴んできた。
 お次はどこへ行きますかと、オレはヤケッパチの笑顔で振り仰いだ。


 朝早くから夕暮れまで、様々な国での夏の海と山とを体験して、オレたちはオレの部屋に戻ってきた。
 いやぁ、クタクタ。斉木さんも疲れたのか、着くなりチェアにどっかり腰かけた。
 まさに地球を巡った。文字通りに。さすがの超能力者も疲れるよね。
「いや−……すっげぇ充実した一日でしたね」
 それともオレはまだ夢の中なのかも。これから目を覚まして一日が始まるのかも。
 そのくらい衝撃的だった。
 今日一日で、何年分の観光をしただろうか。
「斉木さん、あざっス!」
 オレは心から感謝を述べた。こんな経験したの、生まれて初めて。
 てかよく考えたら、今日のデートコースマジパネェっスね。ばんばん海外行きまくり。ほぼ誰とも遭遇しなかったけど。無人の、観光地でもないとこばっかだったけど、でも充分楽しめました。むしろ、誰にも遠慮せず驚いてわめいたり感激して叫んだり出来たので、ラクでした。
 斉木さんはオレをちらりとも見ず、ただぼんやり天井を見つめていた。
『別に、自分が気晴らししたいからやっただけで、お前の事なんてろくに考えてなかった』
 いつもの照れ隠しではなく、本音。

「でも、オレは楽しめましたよ。すっげえ楽しかったっス」
 海も山も、スイカもかき氷も美味しかった。
 一日で夏てんこもりで、もう最高でした。
『そうか』
「そうっス。ねえ斉木さん、前も言ったでしょ、本心でどう思うとも、見えてる部分が一番大きい、やった事が相手に一番に映るって」
 アンタの本心がどこにあるか、オレにはわかりませんけども、でも今日のアンタは、オレを楽しませようとしてくれてましたよ。
 それは間違いないです。
 成層圏からダイブでも無傷、海底散歩しても溺れなかった、喉が渇いたと思ったらかき氷、夏がもうひと味欲しいと思ったらスイカ…ねえ、こんなにしてくれたじゃない。
 本当にオレの事考えてなかったら、オレ生身ダイブで燃え尽きてましたよ。
 無事でぴんぴんしてアンタの隣にいられるのは、アンタが気を配ってくれたお陰に他ならない。
「オレはそれを、心底嬉しく思います。本当にありがとう、斉木さん」
 立ち上がり、斉木さんの正面に立って、あらためて礼を言う。

『お前、変な奴だな』
 やれやれと首を左右した後、斉木さんは両手を伸ばしオレを抱き寄せた。
 オレは引かれるまま身体を寄せ、胸に顔を埋める斉木さんを黙って見ていた。
 甘える仕草に胸がぎゅっと痛くなる。
「……斉木さんこそ」
『ふん…じゃあお似合いだな』
「そっスね。ねえ斉木さん、何があったんスか」
 昨日、突然オレのとこに来たくなるくらいの、一体何があったというのか。
 そろそろ聞かせてくれても、いいでしょ。内容までは詳しく聞かない、詮索しないから、ちょっとだけでも教えてほしい。
「何かあったんスね」
 うん、と斉木さんは頭を動かした。
『ちょっと疲れる事だ』
「そう…大変だったスか」
『ああ』
「それはそれは…お疲れさまでした」
 心から労わる。オレは一度力強く抱きしめ、それから、背中をさすった。
『お前……本当に変な奴だ』
「ふふん…惚れ直しちゃいましたか」
 横っ面殴られるか、足踏まれるか、ふざけんじゃねえとぶっ飛ばされるのも覚悟しての発言だが、驚いた事に斉木さんは小さく頷いた。
 かーっと全身が熱くなって、オレは涙が出そうになった。
「ねえ斉木さん、また何かヤな事あったら、オレがこうしてお疲れ様ってハグしてあげますからね」
『煩悩の塊に慰められるとはなぁ』
 呆れた口調が頭に響く。
 あ、少しは元気になったみたいだ。オレをいじる元気が出たならひとまず安心だな。
「ええ、斉木さんにだって天敵くらいいるでしょうし、そんな時はオレの出番っスよ」
 いつだって駆け付けます、お慰めします。
 真夜中だって飛んできますよ。
 その場の勢いなんかじゃなく、オレは宣言する。
 オレは斉木さんの忠実な下僕、右腕っスからね。アンタの為ならいつでもどこだって、すっ飛んで駆け付けます。
『そうか。ま、あまり期待はしてないがな』
「ふーんだ。その方がいいっス。全然期待してない奴が思った以上の活躍したら、感激もひとしおっスからね。その効果狙いで、オレ張り切ますよ」
『ああ、そうしてくれ』
 斉木さんの腕に更に力がこもる。オレもよりぎゅっと抱き返し、何があってもアンタといると心の中で誓う。

 

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