お味はいかが
アルプス乙女は10月中旬から下旬頃に収穫されます。
秋:がっかりなんて一度もない
テーブルの前にあぐらで座り、オレは開いた大学ノートにせっせと文字を書き付けていた。 といって、出された課題や、予習復習の類ではない。 自慢じゃないが、オレは自発的に勉強なんてまずしない、指で足りるくらいしかやった事がない。夏冬休みの宿題も、小学校の頃から一番最後の後回しにするくらい、勉強ダメ人間。 そんなオレがノートに何をせっせと書くのか。 夕飯後の時間、エロ本トーナメントやったり読みふけったり瞑想…主にエロ妄想…したりと、充実した時間を送る事が多い。 ここ最近はそれに加え、斉木さんが喜んでくれそうなおやつのレシピを探すなんてこともしてる。 斉木さんに作れるおやつレパートリー、結構増えてきたよな。 オレは、レシピを書き付けたノートをパラパラめくった。 そう、オレがノートにせっせと書くのは、これまで斉木さんに作ったおやつのレシピ。 パラパラめくれるほど溜まってきたのが、なんだかちょっと嬉しい。 そしてネットで、新たなおやつ探しの旅に出る。 食欲の秋にふさわしいスイーツ、今が旬のフルーツを使って何か、あまり手の込んでない、オレでも作れそうな何か、なにか…と探していると、ごくシンプルなべっこう飴のレシピが目に入った。 飴かぁ。 こりゃさすがに地味だなと一旦は通り過ぎるも、砂糖なら買いに行かなくてもあるし、すぐ作れる、ならちょっとやってみるかと引き換えし、オレは寝転がっていた身体を起こして台所に向かった。 鍋に砂糖と水を混ぜて、中火にかける ブクブク泡立ってくるが、お触り厳禁、見守るだけ 周りがほんのり色付いたら火を止め、鍋を回して全体を均一にする 用意した型や、アルミホイルに自由な形に落とし、つまようじを添えて、固まるまで待つ 「できた、おー、簡単じゃん」 試作品のべっこう飴は、形こそ不揃い不格好ながら色味は良く、舐めてみるとどこか懐かしくあったかい味に仕上がった。 「こりゃ美味いわ」 こりゃ斉木さん喜んでくれそう。 『うむ、美味いな』 「ね、これ美味いっスね」 横からのほんわかした感想に、オレは何の疑問も持たず同調した。 『点数で言うと85点だな』 「え、そんな高得点、嬉しいっス」 えへへ、斉木さんべた褒め、えへへ。 「よかったらこれ全部持ってってください、オレ一人じゃ消費しきれないんで」 『うむ、ありがたく頂こう』 「いやぁ、よかった……じゃねえやっ!」 ここでようやくオレは気付いた。 「斉木さん、いつの間に!」 当たり前の顔してオレの横に立つ人物に、思いきり目をひん剥く。 対して斉木さんは、静かに落ち着いて…美味しい飴の分浮かれて、応じた。 『美味そうな事やってるのが視えたから、つい』 「ついっていやいや、いや…ちょ、えぇ……」 オレは赤くなったり白くなったり青くなったり。 斉木さんの突然の訪問にはもう慣れたつもりだが、まだまだ全然だ。 自分も、当たり前みたいに受け答えしちゃったけど、今になって心臓ドキドキしてきたわ。 あーびっくりした。あー心臓痛い、びっくりした。 『止まりそうで止まらないなら、潔く止めてやるぞ?』 「いやいやいや!」 オレは両手を振り、全力で遠慮した。 動悸が収まる暇がねえ。 てか斉木さん、手作りべっこう飴舐めてとても可愛いのに、そんな物騒な事言うのやめてください。 にしてもこの超能力者、ほんと甘いものに目がないな。 もう二つ目いってるよ。 美味しい、幸せ〜って空気まとっちゃって、ほんと可愛いなもぅ! 飴ペロペロしてる斉木さんマジ可愛い、ペロペロ斉木さんペロペロしたい! そんな事を思いながら舐めるように見つめていると、肩に落ちた鳥の糞を見るよりひどい目を向けられた。 『これ以上変質者といると危険だから、もう帰ろう』 「ええぇ、いやいや」 思わず引き止めるが、とはいえオレの方も、いつ寺の人間がここに来るか、気が気ではなかった。 大体はみんな斉木さんと顔なじみだけど、今日は来てないよね、いつ来たの、なんて事になると面倒だ。 けどすぐ帰っちゃうのもそれはそれで寂しいし、てことで斉木さん、少しオレの部屋で休んでってください。 『いや、僕の方も風呂上りだから、これでお暇する』 「そっスか……」 言われてようやく、そういやいい匂いするしパジャマだし、と気付いた。オレの目、節穴過ぎかな。 『目も鼻も脳みそも、相当いかれてるな』 「やだ斉木さんそんな顔しないで、あれですあれ、飴の匂いでちょっとわかんなかっただけなんです、認識能力が著しく低下してるわけじゃ…やめて、そんな目するのやめてっ」 『騒いでると、余計見つかるだろ』 「いや、多分、また幽霊と騒いでるなって思われるだけっスね」 よく言われるんスよ。なので心配ご無用っス。 『とにかく、僕は帰る。飴は頂いてく』 「じゃあお包みしましょうか」 『いや、帰ったらすぐ食べるから、このアルミホイルでいい』 「了解っス。あそうだ斉木さん、寝る前はちゃんと歯を磨くんスよ」 『お母さんか』 余計な事は言わずさっさと寄こせと、斉木さんは手を差し出した。 「さーせん」 オレは端を折りたたんで、斉木さんに手渡した。 見ると、いつの間にか斉木さんは三つ目を楽しんでいた。ほんと素早い、この超能力者素早い。 オレはくすくすと肩を震わせた。 「ねえ斉木さん、良かったらまた作って明日のお昼に持ってきますけど、いりま……すよね、はい、作って持ってくっス」 頷くのを見るまでもない、斉木さんの目が語ってるから、返答を待つまでもない。オレはますます可笑しくなった。 『それ以上笑うならねじ切るぞ』 「ごめんなさい!」 こわい、やめて! 頑張って堪えるが、口の端が笑いたがってしょうがない。 そんなオレに斉木さんはやれやれとあきれ果て、ため息を零した。 「だって斉木さん、笑っちゃいますって」 『よし、ねじ切るか』 「うわごめんなさい……勘弁勘弁――……あ」 怯むオレにずいっと詰め寄り、一つキスを寄越すと、斉木さんはぺろりと唇を舐めて姿を消した。 十秒ほどして、オレはその場にへたり込んだ。 だって、だってあの超能力者やばいっしょ。 やばいくらい可愛いしエロいし、もうどうしようもない。 たってるから立てない。どうすんのこれ。 「はぁ……」 それから更に三十秒してから立ち上がり、オレは二度目のべっこう飴作りに取り掛かった。 翌日、オレは約束通りお昼のお供にべっこう飴を持っていった。 斉木さんの目が『おお』と煌めく。これこれ、この瞬間の幸せよ。 「プレーンのべっこう飴の他に、いりごま入りも作ったっス」 『知ってる、早く出せ、寄越せ』 まあ横暴。でもそんだけ喜んでもらえるなんてオレ幸せ。 実に嬉しそう、本当に幸せ。 もごもごとゴマ入りを味わい、幸せ一杯のはずだが、どことなく不機嫌にも見える。 どうしたのかと問えば、ゴマ入りを指しながら『お前これ、一人で先に味見したろ』と、信じられないものを見る目付きを寄越してきた。 「ええ、しました……って、それで機嫌悪いんスか?」 まさか、ほんとに? いやだって、変な味に出来ちゃったら悪いでしょ、味見はしますよそりゃ。 ぷくっと斉木さんの頬が膨らむ。自分でもとんだ言いがかりだとわかってはいるが、どうしても許せないって顔だ。 まいったなぁとオレは眉を下げた。 なんて可愛い人なんだろ、謝るから機嫌直して斉木さん。 『それに、怒ってる理由はそれだけじゃない』 『ゴマ入りの他にりんご飴の作り方とかも調べたのに、なんで持ってこない、どういう了見だ鳥束!』 斉木さーん! 「果物使うと日持ちがね…食中毒とか心配だし、いくら涼しくなったとはいえ、お腹壊したらつまんないでしょ」 『僕を誰だと思ってるんだ』 斉木さんの両手がぎゅっと握り拳を作る。 こりゃ相当お怒りっスね……。 「いやそりゃ泣く子も黙る斉木サマですけど、知ってますけどだからって、あのね――」 『じゃあ今日作れ、うちに来て作れそうしたら許してやる』 「わ、わかりました、今日必ずお作りします」 うむと、斉木さんは満足げに頷いた。 オレは噴き出しそうになり、慌てて横を向いた。 見逃してもらえず、横っ腹を小突かれたけど。 「ねえ斉木さん、ああいうのって屋台で食べるから美味しいってないですか?」 あの雰囲気だからいいんだとか、ない? オレ作で大丈夫? ガッカリしない? 『するわけない。お前の味にがっかりした事なんて一度もないぞ。僕がいいと思ってるものにケチ付けるな』 「さいきさん……」 ジーンとするあまりちょっと涙が滲んだ。 『それほんとキモイ』 相変わらず辛辣、でもますます惚れた! オレ頑張ります。 という事で、帰りにちょっと遠くの青果店に寄り、姫リンゴを買って斉木さんちへ向かう。 近所のスーパーでは売ってなかったので、斉木さんに千里眼で視てもらったのだ。 時期的にはちょうど旬だが、あまり流通されてないのでやはりというか取り扱いが少ない。 ようやく見つけた時、斉木さんてば涙を零さんばかりに喜んだ。 それを間近で見たオレ、昇天しそうになった。 いやいや、りんご飴作るまではいけないっすよ。 「お邪魔しまーっす。ママさんはあれ、お買い物中っスか?」 『うむ、丁度重なったようだな。好きにキッチンを使えるぞ』 「んん斉木さん、もしかして追い出した…とか?」 『僕がそんな事する訳ないだろ、何言ってんだ』 甘いものが絡むとアンタ、ちょっとアレレ〜になるの、自覚してますよね。 ねえ、斉木さんねえ。 横顔をじーっと見つめていると、観念したように斉木さんは唸り、しかしはっきり白状するのは避けて、早く作れとオレを急かした。 もー、ひどい息子だなあ。 『ひどくない、ちゃんと得する大安売りを案内した』 それが少々、遠方だっただけだ。 ダメだこの超能力者。 オレは腹を抱えて笑ってしまった。 まずはりんごを水洗いする。 軸を取り、串を刺す。 鍋に砂糖、水、食紅を混ぜ、中火でぶくぶく。 とろみがついたら火からおろし、りんごに絡める。 という事で、オレは買ってきたりんごをボウルに入れ、一個ずつ流水で洗い始めた。 ふと、左側に気配が。見ると斉木さんが寄り添っており、この段階からもう待ちきれないのかまだかまだかという目で工程を見ていた。 作る前から急かしてくるの勘弁! 可愛すぎで何か出そうっス でも、つまみ食いでリンゴ一個減っちゃったのは許さ…やっぱり許す! 笑えるし可愛いし、許すしかない! 「斉木さん、まだよ! リンゴを飴にくぐらせた直後はまだ完成じゃないですから!」 押さえるのに苦労する。 『ああ、まだか』 オレの腕に両手を食い込ませるの勘弁して。地味に痛いです。いでで…段々ほんとに痛くなってきました。 でも我慢、斉木さんももうちょい我慢。 『飴が固まればいいんだろ』 あ、超能力で細工すればあっという間だね。 という事で、出来上がったりんご飴がこちらになります。 「完成っス!」 オレの声とほぼ同時に、斉木さんは一つ目を手に取った。 目にも留まらぬ速さとはこの事だ。 しかももうかじってるし! パキパキと、固まった飴の割れる音が何とも小気味よい。 そして、コーヒーゼリーを食べる時とは全然違う煌めきを目に宿らせ、斉木さんは瞠目した。 『おい、鳥束!』 鋭い呼びかけに肩が跳ねる。 「は、はい斉木さん」 何かしくじっただろうかと、オレはビクビクしながら返答した。 分量も手順もヘマしてないと思う、顔だってあんなに輝いてるのに、一体なんだ…… そう思ってびくびくしていると、口元にりんご飴が向けられる。斉木さんがかじった方とは反対側。 『お前に食わせるなんて非常にもったいないが、仕方ない』 そんな憎々しげに顔歪めないでくださいよ、斉木さん。 オレはおっかなびっくり口を開けた。 直前で、もう一度目線で斉木さんに確認を取る。 ガブっといけと目が語っている。なのでオレはその通り思いきりかじりついた。 カリ、パキパキ。 甘い飴、甘酸っぱいジューシーなリンゴ、一緒に口の中で噛みしめると、ちょっと味わった事ない美味しさが広がった。 コレは―― オレも同じように、目を見開く。 きっと、今オレが見てる斉木さんと同じ顔。 そっくりな顔を突き合わせ、それだけでもう言葉はいらなかった。 オレは満面の笑みで、うんうんと頷いた。 斉木さんもまたうんうんと頷く。 『ほらな、お前の味にがっかりする事なんて、一度だってないんだよ』 喜ばせたいのか泣かせたいのか、どっちなんスか斉木さん! 感涙にむせび泣いていると、何かを思い出した顔で『そうだ』と斉木さんはオレを睨んできた。 ええと、今度は何にお怒りで? 『昼に言い忘れた、お前にもう一つ文句があったんだ』 「……はい、なんでしょ」 『お前昨夜、飴を作ったあとの鍋で、ミルクココア作ったろ』 一人だけ楽しみやがって。 そんな響きにオレは可笑しいやら参るやら、感情をどう持っていけばいいだろう。 「だってね、斉木さん聞いて…ね、聞いて下さい。いいですか、鍋に残った飴、ただ流すなんてもったいないですよね、罰が当たっちゃいますよね、それだから作ったんです」 『お前一人であれもこれも楽しんで、本当に腹が立つ』 完全に拗ねた顔で腕を組み、斉木さんはそっぽを向いた。 「わかりました。悪かったです、斉木さんにもミルクココア作ってあげますから、それで機嫌直して下さい、ね」 肩を包むように手を当て抱き寄せる。斉木さんはまだ顔を逸らしたままツンツンしてるけど、抱き寄せる腕に逆らう気配はなかった。 「斉木さんもミルクココアにします? それとも別のお作りしますか?」 『ミルクココア。うんと甘く…いや、飴があるからいいか』 鍋に残ってる飴の分だけでいいと、斉木さんは指定する。 「はいっス。すぐ出来ますからね」 オレは抱いていた腕をほどき、張り切ってコンロに向かい合った。直後、オレの肩をぐいっと斉木さんが引く。 「なんスか――!」 振り向きざま、唇が重ねられる。 オレは小さく目を見開いた。間近の瞳がオレを貫き、すぐに目蓋に遮られた。 「……うんと美味しいの。お作りします!」 キスに力を貰ったオレは、元気よく宣言した。 『美味しいに決まってる。だから早く作れ』 照れ隠しか、斉木さんが乱暴にオレの肩を押しやる。 もう、オレ幸せ過ぎるだろ! 待ってて斉木さん、斉木さんもすぐに幸せ一杯にしてあげますからね。 とろ火でじっくり温めながら、練ったココア粉に少しずつ牛乳を足す。 オレの後ろでは、斉木さんが一心不乱にりんご飴をかじっていた。 パリ、パキ、シャリシャリ。もぐもぐ。パキパキ。 最初は微笑ましく聞いていたが、まるで早食いかって勢いに段々不安になってきた。 「ねえ斉木さん、斉木さん? もしもし? せめて一つくらいはオレの分、残しといてくださいね?」 『ああ、わかってるわかってる、大丈夫だ』 頭の中に響くテレパシーも聞こえないほどパキパキもぐもぐしてるけど、本当に大丈夫か? 「ね、もうすぐミルクココア出来ますから、ちゃんと残しといてくださいよ」 オレは焦りながらも丁寧にココアを作り上げていった。 もう、斉木さーん。 ふう、何とかすべり込みセーフ。 九個作ったりんご飴は、残り二個になっていた。斉木さんとオレとで一個ずつ、か。にくい事してくれるね斉木さん。 「はい斉木さん、お待ちかねのミルクココアっス」 コトリとカップを置く。 満足そうに微笑んで、斉木さんは早速カップを持ち上げた。 じゃあオレは、りんご飴の方をいただきます。 手を伸ばすが、直前で斉木さんにはたかれた。 「いたっ、何スか?」 意地悪やめて、泣いちゃうよ? 『母さんに一つ、分けてやりたいんだが』 「ああ、はい、いいっスね、結構上手く出来たし、ママさん喜んでくれますかね」 『泣いて喜ぶ。保証する』 身内としては少々恥ずかしいが。 え、いいじゃないっスか。泣くほど喜んでくれるなんて、オレの方が泣いちゃいそうっス。 「じゃあ、これはママさんの分と。今日、これ作るので追い出しちゃいましたし、お詫びしないとですもんね」 『だから、追い出してないと言ってるだろ』 「はいはい、そっスね」 『で、残った分は僕がいただく』 「え、おい! オレの分は!?」 残しといてって言いましたよね、斉木さんそれにわかったって言いましたよね! 「せめて半分こにして!」 すると斉木さんは、この上なく真剣な眼差しでりんご飴を見つめると、苦悩し始めた。 「ちょっと、アンタ……しょうがないっスねえ、チューしてくれたらいいっスよ」 すると電光石火のごとくりんご飴が口元に突き付けられた。 斉木さぁん、そんなにオレとキスすんの嫌ってか。 早く食え、と目が語っている。 もぉ…一筋縄でいかない手強い恋人だ。 やれやれしょうがない、じゃいただきます。 あーんと口を開けるオレを待っていたのは、甘いリンゴ飴ではなく、柔らかい唇だった。 「!…」 びっくりして目を見開くと、引っかかってやんのと笑ういたずらっ子のような斉木さんの瞳が間近にあった。 ……もぉ。 『半分こ、ひと口ずつな。それで文句ないだろ』 思いがけないキスの余韻にぽーっとしていると、今度こそりんご飴が口元に寄せられた。 「……はい」 オレは恐る恐る口を開け、がぶりとかじりついた。甘くて酸っぱくて瑞々しくて、美味しさにほっぺたがきゅうっと喜ぶ。 美味しいっスね。 囁くオレに、斉木さんはふっと目付きを柔らかくした。 |