お味はいかが

夏:来週に延期

 

 

 

 

 

「へえー、抹茶だけでも、色々あるんスねえ」
 斉木さんと、同じ雑誌を二方向から眺めて、オレは唸った。
 見ているのは、夏らしくかき氷特集の乗った雑誌だ。
 誰にも邪魔されず、また没収の心配なく熱中するにはここオカルト部の部室が最適で、オレたちは昼休みになると同時にここにやってきた。
 斉木さんは席に着くや、弁当より先に雑誌を開き、夢中になって読み進めながら弁当包みを開いた。途中までは両手でごそごそしていたが、面倒になったのか手を離し、続きは念力に任せて、空いた手は雑誌に置いた。
 そんなに食い入るように見ちゃってまあ、可愛らしいこと!
 でも斉木さん、オレとだからいいですけど、よそでうっかり超能力使っちゃダメっスよ。
『わかってる』
 全然わかってない返答。すごい上の空、すごい生返事、オレは心配になると同時に可笑しくてたまらなかった。
『笑うな』
「いで!」
 念力の平手にバシンとおでこをはたかれる。いってー、もう容赦ねえのまいる、この恋人参っちゃう。
 オレは気を取り直して、自分の弁当を開いた。
 今日は、おかかとゴマ、ゆかりとゴマと、ゴマたっぷりのおにぎりにした。
「どうっスか、でっかくて美味そうっしょ」
 見てないのは承知の上で、オレは斉木さんの顔にうりーと近付け、戻してかぶりついた。
 食べるのでも読むのでも、スイーツに熱中している間はほとんど反応しなくなる。それはもうわかっているので、寂しさよりも可愛さが勝る。
『いい匂いだな』
 でもたまに、こうしてぽろっとひと言くれたりすることもある。
 そういうとこ、こういうとこ大好きなんだ、斉木さん。
 オレは細めた目で斉木さんを見つめ、もぐもぐと噛みしめた。

「どれもこれもカラフルで華やかで、美味そうっスね」
 今時のかき氷、パネェ。
 ストロベリー色、抹茶色、マンゴー色、白玉あずき美味そうこれ好き、うわチョコレート濃厚そう…一つひとつ目で追う内に、段々涼しくなってきた。
『鳥束、今度の土曜…よし空いてるな』
「だから斉木さん、オレと会話して。会話、して」
 頭の中から情報摘み取ってさっさと進めるのなし。お喋りしましょうよ。
『うるさいめんどくさい。とにかく今度の土曜、ここ行くぞ』
 紙面の中央辺りを力強く指差し、決定だと斉木さんは宣言する。
「どれどれ、どこっスか」
 オレはうんと首を曲げて、細かい文字を読み取った。
 ほうほうなるほど、今いちおしの、絶品かき氷、いいっスね。
 ここからギリ歩いて行ける距離だし、土曜日は今のところ何の用事もないから、いいっスよ。
「お供するっス」
 二人で美味しいの食べに行きましょう。
『いや、財布渡してくれたらそれでいいぞ。一人で行ってくるから』
「ちょぉっと、そりゃないっスよ斉木さん」
 紙面から顔を上げ、オレは横目でじろっと見やった。
『冗談だ』
「わかってますけどぉ」
 オレはわざと硬い笑顔になる。斉木さんの冗談、たまにシャレになんないっスからね。
 そんな事を思いながら一つ目のおにぎりを平らげた。二個目の前に玉子焼きを口に運ぶ。
 土曜日、斉木さんとデート!
 かき氷とか久々だなー。
 しかもなんかすげぇゴージャスなやつ。
 どんな味だろ、楽しみだな。
 かき氷楽しんだ後は、冷えた身体をくっつけ合ってあたためて…ぐふ…中からもあっためてあげますよとか…ぐふふ…やべ、昼間っからやべぇ
『今まさにやべぇんだが』
 冷え冷えとした目を寄越され、オレははっと我に返る。
『ここにいると危険だから、教室戻ろうかな』
 片付けようとする斉木さんを必死に引き止め、オレは自重するからと何とか思い直してもらった。
 というのに、やっぱり妄想モクモク湧いてきてしまうのは、これはもうオレだから仕方ないといえる。
『さ、戻るかな』
「だめだめ、ゴメン許して下さいっス!」
 こうやって謝ってる最中も、怒った斉木さん迫力パネェけどそこもまた可愛いとか、全然止まらないんだもの。
 ほんとすんません。

 互いの弁当箱が空になる。
『お前と昼にすると、あいつらの五倍疲れるな』
 はぁ…と斉木さんがしみじみため息をつく。
「申し訳ないっス」
 オレは机に両手をつき、深々と頭を下げた。
『まあ受けた分は倍にして返してるからいいがな』
 倍どころか十倍かと…あ、いえいえなんでもありません。
「オレは斉木さんと昼にすると、何でも百倍美味しく感じるっス」
『調子いいな』
「あれ、信じないっスか。大げさでもなんでもないっスよ」
 こうやって同じ雑誌見ながら、今度どこ行こうとか、何食べようとか話してると、嬉しくて楽しくて幸せで一杯になるんです。
「だから土曜日のかき氷も、今からもう楽しみで仕方ないっス」
 これですよね。
 オレは、斉木さんがまた夢中で読んでいる雑誌に手を伸ばし、かき氷を指差した。
 マジで楽しみっス。
『僕もだ』
「ねっ」
 その楽しみは、オレと行く事?
 それともかき氷への期待?
 どっちもだったら嬉しいな。
 目線を右へ左へ動かして、たくさんのかき氷にうっとりする斉木さんを、オレはじっと見つめ続けた。
 楽しみですね、斉木さん。


 こんなにも楽しみにしていた土曜日なのに、前日の夜になって急に住職から留守番を言い渡され、オレは血の涙を流さんばかりに嘆きながら斉木さんに延期をお願いした。
 ごくあっさり了解する斉木さん。申し訳ないやら悔しいやら。
 オレはその日はさっさと床につき、あくる日も、留守の間の雑用はそこそこに部屋にこもってふて寝した。
 いやこれ、こんなカリカリムカムカしてたら眠れねえわ、眠れっこない。
 でも寝る、寝てやる。
 オレは意地でも目を閉じた。枕を涙で濡らしながら、斉木さん斉木さんと呟く。
 眠れっこないと思っていたが、その内に寝てしまった。

 夢を見る。
 うるさい程の蝉時雨の中、斉木さんと約束した店に出向いて、美味しい美味しいかき氷を食べてる夢。
 夢だとすぐにわかった、だって、斉木さんがすんごく素直にオレに笑いかけるから。
 オレの、ここのかき氷美味しいっスねという言葉に素直に頷いて、お前と食べると最高に美味しいなんて笑うとか、夢以外ありえないだろ。
 かえって怖いっての、こんな甘さ100%間違いなく夢だ!
 まあ夢でもいいけど。夢ならいくら甘くても嬉しいからいいけど。
 ああそれにしても蝉の声うるさいな。
 シャリシャリシュワンシュワンうるさい、いい加減鳴き止んでくれ。
 ああうるさい、うるさいなあ。

『ああ、結構うるさいなこれ』
「……はっ!」
 僕も同感だ、そんなテレパシーに、オレは飛び起きた。
 急に身体を起こしたものだから、頭がクラクラっとした。
 寝起きでぼやける視界にぐっと目を凝らし、オレは部屋を見回す。
 斉木さんがいる。テーブルに置いたでっかい機械…かき氷機を操作して、かき氷を作ってる最中。
 やかましい音が鳴る度、斉木さんの手にあるガラスの器にふかふかした氷が積み上がっていく。
 シュワンシュワンうるさいのは、機械の音だった。
 それはともかく、いやそれも聞きたい事ですが斉木さん――。
「……なんでいんの!?」
『お前をからかいにきたんだ。今頃、さぞふてくされてるだろうと思ってな』
 思った通り、ふて寝までしていた、予想を裏切らないな。
 笑われてむっとするやら恥ずかしいやら。
 むにゃむにゃと口を動かし、感情を鎮める。
 そっスか、オレをからかう為なら、そんなクソ重たそうなもんも面倒がらずに持ってきちゃうんスね。
 斉木さんもオレと会えなくて寂しかったのね。
『そんなんじゃない』
「そうっスか?」
 追求をあえて無視して、斉木さんはかいただけの白い氷をぱくぱく口に運んだ。
 シロップ何もかけないんじゃおいしくないだろうと思うが、満更でもなさそうだ。
 で、斉木さん、実際のとこはどうなんです?
 目線で更に追求するが、やっぱり斉木さんは無言を貫いた。
 と思えば、テーブルに置いた一枚の紙を念力で動かし、オレの顔に突き付けてきた。
『いいから、これ作れ。材料は持ってきた』
「何スか? え、かき氷の手作りシロップの、レシピ?」
『そうだ、さっさとしろ、今日はお前とかき氷食べに行くつもりだったのだから、何としても食べさせろ』
 紙はひとりでに踊り、オレの顔をペシペシとたたく。
「わ、わかりましたから、ちょっと見せて」
『そら、ひと口やるから早くしろ』
 寄越されたスプーンにぱくりと食い付く。
「あー冷たい、おいしい! 寝起きに最高!」

「ところで斉木さん、その機械っておうちにずっとあったもの?」
 それとも新品?
『買い立て新品ほやほやだ。口コミで評判だから買った。音がうるさいのが難点と評価にあったが、思った以上にでかかったな』
「そっスね、オレ、寝惚けてたせいで新種の蝉かと思っちゃいましたし」
『虫の話はいい』
 大の苦手だからか、斉木さんの顔がとんでもなく歪む。
「さーせん。じゃあ今すぐ、甘くて美味しいのお作りしますから、ちょっと待ってて下さいね」
 あ、氷は冷凍庫入れときましょうね
 オレは手にしたレシピと氷塊と材料を持って、台所に向かった。

「つめてっ! なんだこれ…冷凍イチゴか。そんで練乳と、レモン」
 斉木さんに渡された材料の入った袋から、一つひとつ取り出す。
「えー、砂糖はある、牛乳もよし、じゃ作りますか」
 レシピと突き合わせ、それぞれ用意してオレはシロップ作りに取り掛かった。
 斉木さんはその様子を離れた場所から眺めていた。
『留守番頼まれたのにふて寝とは、お前らしいな』
「そりゃふてくされもしますよ、よりにもよって、斉木さんと約束した日に!」
『お前でも頼りにされてるんだ、ありがたい事だろ』
「体よくこき使ってるだけっスよ」
『それも修行だ』
「ふぅ、へいへい」
 ガタガタと取り出した鍋にイチゴと砂糖とレモンのしぼり汁を入れ、ジャムを作る要領で煮る。
「でも、苦あれば楽あり、斉木さん、来てくれてありがとうございます」
『一人静かに食べるつもりだったが、いざ作ろうとしたら面倒になってな。そこで、お前にやらせようと思い付いたんだ』
「あ、そゆことっスか」
 苦笑いで応える。
 でもいい、こき使う為でも、斉木さんが来てくれたこと自体が嬉しい。斉木さんに会えて本当に嬉しい。

「はい、シロップ完成っス!」
『じゃかき氷作るぞ』
 斉木さんの号令にオレはワクワクと目を輝かせた。
「今聞くと、全然蝉の声じゃないっスね」
 どんだけ寝惚けてたんだろ
『まったくだな』
 オレは笑ってごまかす。
 へへ。気を取り直して。
「かき氷、楽しいっスね」
 ずっと昔子供の頃、親に食べに連れてってもらったのはあるけど、家じゃやらなかった。
『そうか。うちにはあったぞ、子供の頃だが』
「へえーいいなあ、じゃあいつでも食べ放題っスね」
『そのはずで、僕もそれなりに浮かれていたんだが、何でも勝負したがるバカのせいで家では一切禁止になってしまった』
 かき氷の早食い勝負なんて、超能力者の僕には何ともないが常人なら腹を壊す事必至、子供であればなおさらだ。
 しょっちゅう下して苦しんでる癖に、それでも早食い勝負にこだわるから、とうとう母にかき氷機を没収された。
「あれれ、そりゃ残念でしたね」
『あの時ばかりは僕も頭にきて、……――』
「なにしたんスか?」
『いや、まあ、大した事はしていない』
 その態度怪しいっス、大した事、したんだな。
 聞きたい気持ちはあったが、どうやら気軽に聞ける空気ではない。オレは好奇心を引っ込め、沈黙した。
 別の事に気持ちを向けよう。
 オレは、黙々とかき氷を作る斉木さんに集中した。
「斉木さん、手付きプロ並みっスね」
 器をくるくる回して、綺麗に氷を盛ってく様がとても楽しい。そしてとても頼もしい。なんかキューンとしてしまった。
 段々高く積もっていくかき氷と同じように、期待がどんどん高まってゆく。
 このシロップあわせたら、どんだけ美味しいだろ。

 途中練乳とイチゴシロップをかけ、また氷をかいて、綺麗な山型になったら仕上げに練乳をたっぷりかけて、シロップを乗せ、ついに完成。
「うっは、綺麗っスねえ! ではいただきます…うっわ美味い、斉木さんこれ美味い!」
『うるさい静かに食べろ』
「さーせん! でもこれ、これ本当に美味いっス!」
『なんだ、料理自慢か』
「え、いえいえ、レシピがいいんでしょ、さすが斉木さんが探したものっスね、最っ高に美味いっス!」
 斉木さんのお眼鏡にかなうだけの事はあるね。
 夢中になってパクパク食べていると、ふと斉木さんの視線を感じた。
 オレは少し食べるスピードを落とした。
 呆れてんのかな。
 それとも…嬉しがってるのかな。
 そうだったらいいな。
「美味しいっスね」
『ああ、悪くないな』
 ほんのり緩んだ唇の可愛らしいこと!
 夢の続き…いや、現実の方がずっといいや
 夢の中みたいにいっぱいニコニコでなくていい、斉木さんは、これで充分、甘くて素敵だから。

 

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