お味はいかが
春:貴重な一枚
放課後、斉木さんとちょっと足を延ばしてとあるカフェに向かった。 理由は簡単、そこのコーヒーゼリーが美味いから。 これ、幽霊ネットワークで仕入れた情報ね。まあ斉木さんのマル秘口コミには負けるけど、幽霊情報も結構あてになるからね、実績もあるし、という事でカフェを訪れ、また一つ信用を積み重ねてきたところだ。 商店街をそぞろ歩きしながらの帰り道。 オレは、一見無表情ながらもう見分けのつく斉木さんの上機嫌な横顔に、にまにまと顔をたるませた。 「美味かったですね」 『うむ、悪くなかった。あのクリームの比率、甘さの具合、コーヒーとのバランス…全然嫌いじゃない』 また是非訪れたいという最上級の称賛に、オレの顔はますますとろけた。 良かったと胸を撫で下ろす。 『ただ一つ難を言えば、お前も食べた事かな』 「いいじゃないっスか、オレだってコーヒーゼリー好きだし、斉木さんと同じもの食べて同じように幸せになりたいっス!」 『百年早い』 「もーなにそれ、ひどい」 失礼しちゃう、ブツブツ零しながら歩いていると、とあるゲーセンにてチワワ君の姿を発見した。クレーンゲームの台の前で、何やら喚いているのが見える。 「ねえねえ斉木さん、ホラあそこ」 『ああ知ってる、聞こえてる』 斉木さんは正面を向いたまま、全く興味ないとばかりに素っ気なく答えた。 まあオレも、目があえば手を振るくらいだけど。 と思ってたら目があった。なので歩きながらひらひらっと手を振って通り過ぎようとしたが、何やら切羽詰まった顔でじっと見てくるものだから、何を言いたいのだろうとちょっと気になった。 『狙ってる景品が取れなくて、泣きそうになってるだけだ』 「あらま」 『捕まる前に行くぞ』 「え、あ…うん」 面倒に巻き込まれる予感しかしないと、斉木さんは早足になった。 チワワ君とは長い付き合いだから、これまでの災難なあれやこれやが過ったのだろう。 斉木さんが早足になるのとほぼ同時に、店内からチワワ君のチワワが飛び出してきて、ワウワウキャンキャン吠えながらオレたちのまわりをぐるぐる回り始めた。 「いや、ちょ…斉木さん待って、これムリっス」 霊体だから踏むも蹴飛ばすもないのだが、オレには本物同然にくっきり見えるから、歩きにくいったらない。 『じゃあ置いてく』 (斉木さーん!) 「よお斉木、鳥束、こんなところで会うとは奇遇だな」 そうこうしていると、チワワ君に声をかけられた。 『っち、お前のせいで逃げ遅れた』 「そうは言っても斉木さん、これ見たら斉木さんだって絶対歩けないから」 『見えない』 「じゃあ見て!」 『嫌だ』 そんなオレたちのやり取りの間、チワワ君は、ダークリユニオンがどうの、気配がどうの、来る聖戦に向けて準備がどうの、ポーズを決めてくっちゃべっていた。 手に提げた買い物袋には、風呂用洗剤やシャンプー詰め替えといったものが詰まっている。 「あーっとゴメンねチワワ君、ええと、おうちのお使いの途中っスか」 「いや違くて、だから……」 「そんで、おつりでちょっとゲーセン寄ったってかんじで?」 「じゃなくて……」 『概ねそんなところだ』 斉木さんがフォローを入れる。全部丸見えだもんね斉木さん、カッコつけたいところ悪いけど、オレの方も荷物で大体わかっちゃうので、勘弁してねチワワ君。 ただ、おつりでゲーセンに寄り道というのは、ちょっと違っていた。 「まあ、あんなものオレの力を解放すれば一瞬だが、どうしてもというなら、手伝わせてやってもいいぞ」 大上段に構えるチワワ君だが、目付きは必死だった。必死に、どうか手を貸してくれと訴えている。 隣で斉木さんが、こそっとため息をつく。 助けてくれと引き止められては、立ち去るわけにもいかない。 『僕は知らん。助けたいならお前一人でやれ』 (ちょ…いいっスよ、乗りかけた舟だ。いったらぁ!) チワワ君が狙っているのは、とあるヒーローもののフィギュアだった。なんでも、弟が今一番気に入ってるもので、どうしてもプレゼントしたいのだそうだ。 しかしもうかれこれ何百円もつぎこんだが、一向に取れる気配はない。 これもダークリユニオンの陰謀だろうか…とチワワ君。 みみっちい秘密結社だこと。 まあそれは置いといて。 「へえー、チワワ君弟居るんスか、お兄ちゃんだったんだ」 それで、と言ってしまってごめんごめん。謝るから、そんな下からキリキリ睨まないで。全然迫力ないどころか可愛くて撫でたくなっちゃったじゃん、斉木さんにぶっ飛ばされちゃうよ、もう。 『気持ち悪い事言うな』 ほら、怒られちゃった。悩殺ポーズはヤス君の前だけにしてね。 『いい加減にしろ』 いたた、念力で耳たぶ引っ張んないで、一人で騒ぐとかバカみたいだから斉木さん勘弁して! 件の台に近付くと、何やらぶちぶち零す兄ちゃんの幽霊がいた。 オレより若干明るい紫の髪で、長さは斉木さんくらいで、チワワ君みたいに毛先をくしゃくしゃ遊ばせていた。そしてヤス君みたいな眼鏡をかけている。顎が強烈でないのが惜しまれるところだ。 まあ置いといて。 その幽霊が、何やら呟いている。 また懲りずにきたのか、この台じゃ何度やっても取れないよ、もう諦めろ…ははぁ、チワワ君のプレイを見てたゲーム好きのボヤキだな。 この台じゃって事は、何か細工されてて滅多な事じゃ取れないようになってるんだな。 「え、あんた、オレが見えんの? 聞こえんの?」 「ばっちり見えるし聞こえますよ」 そいつぁ嬉しいと兄ちゃん幽霊は顔をくしゃっとさせて喜び、聞いてくれよと続きを口にした。 「どうぞどうぞ、気が済むまで。んで、この台がひどいんだっけ?」 「そうなんだよ、昨日の今頃だったら、まだ取れてたけどね」 「そう、昨日の今頃か」 「おい? 鳥束? 誰と喋ってんだ?」 『アレは気にしなくていい』 「い、いいのか斉木?」 ちょっと待っててね二人とも。 「とにかく、この台じゃ絶対無理、このオレでもさすがに難しい」 「あんた詳しいね、生前は結構取ってたくち?」 「ああ、まあちょっと自慢出来るほどにはね。ここだけの話、何件か出禁にされたくらい。この台も、アームさえしっかりしてたら、取れる箱見えてる」 「なるほど、アームさえしっかりしてたら、いけるんスね」 オレはそこで、離れた場所でつまらなそうに立っている斉木さんをちらっと見た。即座に、見るんじゃねえと睨まれる。 「アームがなんとかなるかもしれないんで、あんたちょっと、やってみてよ」 「え、オレ……もう何も触れないし」 ほらなと、レバーをすり抜ける手。まあそう嘆きなさんな、一時的にこの身体をお貸ししましょう。 「チワワ君、話まとまったんで、お金入れてもらえる?」 「え、ああ……」 「じゃ、斉木さん、いきますね」 兄ちゃん幽霊を口寄せして、オレは台の前に立った。 『おい、僕は知らないからな』 どこか慌てた様子の声が頭に響いた。斉木さんお願い、ちょっとだけ協力して。 『っち、やれやれ……』 「ここなんだけど、どうせ……って、アームの強さが戻ってる! これならいけるよ」 兄ちゃん幽霊が大はしゃぎでクレーンを操る。 自慢出来るほどの腕前だと言うだけあって、たったの二回で景品は取り出し口に落ちてきた。 「お前……すごいな鳥束!」 「いやー、あんたありがとう、久々に楽しかったよ」 礼を言うなら斉木さんにだよ。 兄ちゃん幽霊はともかく、チワワ君に言えないのが歯痒いな。 だからオレが代わりに頭の中で何度も斉木さんに礼を言う。 「助かったよ鳥束、斉木も付き合ってくれてありがとな」 ようやく手に入れた景品を大事に両手に持ち、チワワ君は満面の笑みを見せた。 良かったっスねえ、これで弟くんも大喜びだ。 「何か礼をしないとな。うーん…自販機のジュースじゃ安すぎるしな……」 そこで幽霊が、じゃあもう一個、別の台やらせてくれと頼んできた。 この幽霊も斉木さんを知っていて、さっきの斉木さんの仕業だろと、見抜いてきた。超能力者と知ってるようだ。 「だって有名だからね、彼。甘いものが大好きな斉木君だろ、さっきからずーっとお菓子の台見てたしさ」 『別に見てない』 あからさまにうろたえる斉木さんに、オレは堪えきれず笑ってしまった。 「よし、じゃあチワワ君、こっちの台もちょっと頼むわ」 「ああそうか、斉木、甘い物好きだもんな」 『別にいらない』 そう云いつつ、期待に満ちた目でオレを見てくるんだから可愛いったらないな。 チョコレートが山と積み上がってる台で再度挑戦。こちらも二回でゲット、しかもびっくりするほどの大雪崩が起き、取り出し口に溢れんばかりに板チョコが殺到した。 「おい、お前すごいな鳥束!」 こんなの見た事ないと、チワワ君は飛び跳ねんばかりに喜んだ。 「幽霊が凄いんスよ」 「とにかくすごい、これなら斉木も大喜びだな」 「そっスねえ」 二人で見やると、さっきまでのしかめっつらはどこへやら、斉木さんはチョコレートの山を前に眩しい程顔を輝かせていた。 「はい、どうぞ」 「ありがとな斉木」 袋にぎゅう詰めになったチョコを受け取り、ますます笑顔の斉木さん。 『くれるというなら、貰っておこう』 なんて可愛い人なんだろうな。 「今回はほんと助かったっス」 「いやこっちこそ、久々のプレイだけど腕が鈍ってなくてよかったよ。また寄る事があったら声かけてよ、いつでも力になるから」 「けど、出禁になるのは勘弁っスねえ」 「そうならないように、調整するからさ」 「なら、またお力借りると思うんで、そん時はよろしく」 「なあ斉木……また鳥束が」 『見ない方がいい。同類に思われるぞ』 「え、でも斉木、鳥束とその……」 『付き合ってる? さあ知らんな』 ちょっと! もう、ひでぇ恋人もあったもんだ。 ゲーセンの前でチワワ君と別れ、帰路につく。 「幽霊のお陰だけど、それにしても大漁っすね」 こんなにたくさんのチョコの束、何だか笑いが込み上げてくる。 「ね、良い事すると、良い事が返ってくるでしょ」 『知ってる』 言われるまでもなくよく知ってると、斉木さんは鼻を鳴らした。わざと憎たらしく振舞うんだから、この人まいっちゃうよほんと。 「さっきはアシスト、あざっした」 アーム強化してくれたの、大助かりです。 『もう二度とやらんぞ』 「チワワ君が嬉しいのはもちろんで、オレも嬉しい幽霊も嬉しい、斉木さんも嬉しい、みんな嬉しくて最高っスね」 『随分なお人よしだな。女好きの変態エロ坊主あらため、お助けキャラに転向か?』 「そんなんじゃねっスよ。全然ないっス」 オレはうんと力を込めて否定する。変態云々を全力で肯定ってのもちょっと物悲しいが、オレは生涯女の子好きを貫く所存だ。 あ、もちろん斉木さんは別枠っスよ。斉木さんは特別、全てを超越した存在だから。 まあそれはそれとして、オレは斉木さん以外には、斉木さん以上に面倒くさがりの怠け者だ。 今回のだって、なんだかんだ言って見て見ぬふりが出来ない斉木さんのフォローをしただけ。 逃げ遅れたとか何とかさっきは言ってたけど、その真意、ちゃんとわかってるつもりですよ。 それに、チワワ君とも少なからず交流あるし同じオカルト部のよしみでね、色々とね。 「なんたってオレは、斉木さんの右腕っスからね」 お見通しですよと笑いかける。 『言ってろ』 付き合いきれんと、斉木さんはそっぽを向いた。へいへいとオレはひとまず口を噤んだ。 まあ、斉木さん見てるとすぐ緩んじゃうんスけどね。 「ところで、さっきのフィギュアってあれ何スか? 何かの戦隊もの?」 『改造人間サイダーマン2号だ』 「へえー、サイダーマンていうんスか。ね、可愛い女の子出てます?」 『知らん、自分で見ろ』 「ケチ、そうしよ。ところでなんで斉木さんは知ってるんスか? いかにも子供向けみたいだったけど、案外好きなくち?」 『話せば長くなる。面倒だから省略だ』 「いっスよーだ。あとで幽霊たちに聞くから」 『まったく、厄介だ』 「それはそれとして、斉木さん、今日行った店、また行きましょうよ。今度はパフェにしません? ご馳走しますよ」 『それはいいな。だがひと口やるのは却下だ』 「また先回りするしぃ。いいじゃないっスか、オレ、全部は無理でもひと口は食べたいっス」 『ひと口だけなら食べなくてもいいだろ』 「あーんは我慢しますから、ね、ひと口だけ――」 『あぁん?』 ひっ、すんません。 他愛ないお喋りをしている間に、斉木さんちについた。 「じゃ斉木さん、また明日」 『おい、これ』 斉木さんは袋から板チョコを一枚取り出すと、オレに寄越してきた。 『お前の働きの分だ』 「えっ…いいんスか、貴重な一枚っスよ」 『意外だな、一枚だけかって、文句を言われると思ったんだが』 「言いませんよそんな、今日は斉木さんのお陰で、みんな笑顔になれたんですし」 『お前のお陰でもある。持ってけ』 口の端がむずむずした。 「……じゃあ、遠慮なく。あざっス」 『また明日な』 照れ隠しか、その後はさっさと行ってしまう斉木さんをにやにや見送り、オレはルンルン気分で帰路についた。 テーブルの上に、板チョコが一枚。 大事に大事に取っておきたい貴重な一枚。 オレはそれを見つめながら、今日を振り返る。 部屋に出入りする幽霊たちが、それどうしたの、斉木くんにもらったの、ていう設定で自分で買ったの、拾ったの、口々に好き勝手言ってきた。 「みんな好き勝手言い過ぎっス!」 なんスか、設定だの拾っただの、失礼すぎる。 「正真正銘斉木さんに貰ったんですー」 「おおー、あの斉木くんが、人に甘い物あげるなんて」 「でしょでしょ、愛されてるっしょ」 「わあー、ノロケいらねー」 「さーせん、へへへ」 「を? 盗みはよくねーぞ零太、を?」 「ちげーよバカ!」 話聞けよ! この守護霊ほんとやだ。あっちいけ、散れ散れ。どうせ元に戻るから無駄だとわかっていても、手をばたばた振ってしまう。 ああ今日楽しかったなあ。今度はパフェ食べよう。どんな味かな。あーん期待出来るかな。まぁ無理だろうなぁ。でももしかしたら、ひょっとしたら…うへへぐへへ。 テーブルの上に、板チョコが一枚。 大事に大事に取っておきたい貴重な一枚。 夕飯の後に食べよう。 お風呂上りに食べよう。 そして、夕飯も風呂も済ませてしまった。 オレはいよいよ、思い切ってかじりつく。 うまーい! 特有のほろ苦い甘さに感激していると、頭に声が響いた。 『ああ、悪くないな』 (あ、斉木さんもちょうど食べてるんスね) どんな顔しているんだろうと想像する。 きっとオレの十倍、百倍はいい顔で食べてるに違いない。 甘い物大好きですもんね。 でもあれよ斉木さん、寝る前にはちゃんと歯磨きするんスよ。 『わかってる、毎度口うるさい』 さーせん、へへ。ちなみに今何枚目? 『ああ、三枚目にさしかかったところだ』 「食べすぎっ!」 『……うるさい』 気まずそうな響き。顔が思い浮かぶようだ。 『大体、お前がもったいぶって中々食べないのが悪い』 「ええー、そりゃひどい言いがかりっス」 『同じもの食べて同じように幸せになりたいとわがまま言うお前の願いを叶えてやろうというのに、お前ときたら、食べそうで食べない、食べそうで食べない、いい加減にしろ!』 なにこれ、これオレが悪いの? 『悪い』 「うぇー…さーせん」 釈然としない。ちぇっと思いつつ、目の前の甘い誘惑に顔がとろける。オレはまたひと口ぱくりとかじった。 「美味しいっスね」 『ああ。全然嫌いじゃない』 オレも、大好きっス。 斉木さんも大好き 一番好き。 心に湧き起こる想いを噛みしめながら、オレはひと口ずつ大切にチョコを味わった。 |