おねだり

冷やし鳥束

 

 

 

 

 

 端から見たら、首絞められてるとこだよなこれ。
 そんな事を思いながら、オレはあまりの心地良さにふうっと息を吐いた。
 それから二秒ほどで、斉木さんの手が首筋から離れる。
「あざっした!」
 オレは心を込めて感謝する。
 もちろん首には絞められた跡なんて残ってないし、そもそも首絞めなんてされてない。
 そんな窮地に立たされてるわけではなく逆に窮地を救ってもらっているのだ。

 夏の斉木さんは優しい。
 親も匙投げるようなダメクズ変態のオレでも、手間暇かけてたまにいや大いに弄んでそれなりに大事に扱ってくれる。
 とんだダメ男好きだとオレが言っちゃシャレにならないけど、斉木さんには感謝しかない。
 甘えてばかりじゃ駄目だと思って、自分でもそれなりに夏の対策をするけれど、年々地球は暑くなっていってるんじゃないかってくらい、酷暑の日々。
 そんな中、一人で出来る事には限界がある。
 だからつい、ねだってしまう。
 通学路で出会った斉木さんに、ねだってしまう。
 ねえ斉木さん、冷たくして、って。
 恋人にこんなお願いするなんてソッチ系の人かって感じだけど、オレの場合態度じゃなくて実際の冷たいのが欲しいのだ。
 ほんの三秒、五秒でも、ひんやり調節した手で首筋を覆ってもらうとまるで違う。茹った血液が落ち着いて、身体が楽になるのだ。
 だから、冷も温も自由自在の斉木さんにお願いして、冷たくして下さいとお願いする。

 もちろん最初は嫌がられた。まだ、それほど気温が高くない日の事だ。
 そりゃそうだ、汗ばんだ肌に触れたい物好きなんて、オレくらいしかいないだろう。
 濡れタオルでも巻いとけと突き放された。
 やっぱりなあとオレは引き下がった。
 それから数日、一気に夏は加速した。
 暑さに背筋もたわむオレを見かねて、斉木さんは首筋を冷やしてくれた。
 ――やれやれ、とんだ災難だ
 とても嫌そうな顔をしつつ、ちゃんと目を配ってくれるんだから、オレは幸せ者だ。
 もちろんお礼はした。食堂のコーヒーゼリーで最大の謝意を表す。

 それから今日まで、我慢出来る日は我慢して、どうしても駄目な時、斉木さん、とねだった。
 コーヒーゼリーな。
 コーヒーゼリー二個な。
 今日は三個な。
 段々増えていってるが、命には代えられないし…いや大げさでなく命に係わる熱波だから、オレは喜んで対価を渡す。

 その内に、オレと斉木さんといつの間にか入れ替わっていた。
 つまり、オレが冷やしてってねだるんじゃなく、斉木さんがコーヒーゼリーってねだるようになったのだ。
 鳥束、冷やしてやるからコーヒーゼリー寄越せ、ってな具合だ。
 オレは暑い夏をこれで乗り切れるし、斉木さんは好物のコーヒーゼリーが楽しめるし、お互い得をする。
 どっちも嬉しい。なんの問題もありはしない。

 でもこれ、涼しくなったらどうしよう…って、涼しくなったら、今度は暖めてもらえばいいんだ。
 いやいや、今度はオレがあっためる番だね。
 一杯抱きしめてあっためてあげますから、待ってて下さいね斉木さん。

 

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