おねだり
白々しい
今日は斉木さんちに遊びに行く予定で、オレは授業そっちのけでそればっかり考えてルンルン気分で過ごしていた。 いつもはかったるくて眠気と戦いながらだけど、楽しみがあると人間頑張れるね。 斉木さんちにいったら何しようかな、今日は何からしようか、途中どっか寄ってこうか、何かちょっと食べてから行くか、ラーメンうどんお好み焼き…うーん。 ノートを開き筆記用具を構えてはいるけど、頭の中はすっかり斉木さんちに飛んでいた。 途中斉木さんから、不真面目な奴は出入り禁止だと脅しをかけられたので、それだけは嫌だとオレは必死に黒板に向かった。 しかし、午後の授業は本当に眠くてつらい。 耳をすませば、あっちからこっちから抑えた控えめなあくびは聞こえるし、オレの五秒後みたいな、船こいでる奴もいる。 そんな中正気を保つのは中々大変で、ちょっと気を抜くとすうっと眠りに引き込まれそうだ。 出禁はいやだ、出禁はいやだ。 頭の中でひたすら唱えて、授業が終わるのを待つ。 ようやく迎えた放課後、ダッシュで斉木さんのクラスに行き、スクールバッグを預け、最速で日直の仕事終えてくるから待ってて下さいねとお願いした。 「絶対先に帰らないで下さいね、ね斉木さん」 机に両手をついて顔を覗き込み、何度も頼み込む。 『先に帰る訳ないだろ』 「ほ、え……斉木さぁん」 『お前がいなかったら、誰が今日のコーヒーゼリー買ってくれるっていうんだ』 「ちょ、斉木さんっ!」 この人はもう、頭の中コーヒーゼリーで一杯ね。 オレの事もちょっとはあるのかしら。 『もちろんあるぞ。コーヒーゼリー買ってくれる人』 「ああもう、ちゃんと買いますから、買わせていただきますから、ね、待ってて下さいね」 オレは重ねてお願いし、ばたばたと教室を出た。 |
宣言通り最速でとはいかなかったが、オレが戻るのを斉木さんはちゃんと待っていてくれた。 『お前がいないと読書がはかどっていい』 「そんな事言って、ほんとは寂しかったでしょ」 オレは、斉木さんの後方にちらっと目線を向けた。 ヤス君とチワワ君が、何やら雑誌を見つつ盛り上がっている。そんな恋人同士のキャッキャウフフを聞いて寂しくならないはずがない。 『下らない事言うなら置いて帰るぞ』 「え、ちょ…オレ置いてったらコーヒーゼリーが――はっ!」 まさかと、オレは大慌てで鞄を探った。良かった、財布はある。あんまり斉木さんが堂々とするものだから、資金さえあればいいという事で持ってかれちゃったかと、心配になったのだ。 『僕がそんな事する人間に見えるか?』 「ええと…その、ですねぇ」 オレはもごもごとごまかす。 「まぁまぁ斉木さん、ほら、コーヒーゼリーが待ってますから、行きましょ行きましょ」 コーヒーゼリーで急かしごまかし、うやむやにする。 斉木さんは一つため息を零すと、歩き出した。 さてスーパーに着いた。 さて、斉木さん、三個パックか、いつも買ってる一個の方か。 「どっちにします?」 顔を上げると、つい今の今まで隣にいた斉木さんの姿がない。 あれ、と探すと、少し先に後ろ姿を見つけた。 確か、そこに陳列されてるのって――。 最高級コーヒーゼリーのショーケースを指差し、斉木さんは晴れやかな笑顔になった。 次いでじっと最高級コーヒーゼリーを眺めた後、無言でオレの顔を見つめてきた。 更にはコーヒーゼリーとオレとを交互に見た果てに、高いから我慢するとため息交じりに目を伏せた。 しまいには、地味に効く関節技を手首に仕掛けながら、欲しいなあとぽつり。 ……はぁっ。 とうとうオレは折れた。ええ折れましたよ。だってマジで手首折れそうだったんですもの、折られる前に折れるしかない! オレは涙目で最高級コーヒーゼリーを買った。 スーパーを出たところで、コーヒーゼリーの入った紙袋を渡す。 「はい。てか斉木さん、いつの間にオレの雑誌読んだんスか?」 もしかして放課後っスか、あの時読んだんスね。 「さっきやった一連のおねだり、今日こっそり持ってきた本に乗ってた記事、そっくりそのままじゃないっスか」 オレも読んだばかりだから、すぐ思い出せましたよ。 最後の関節技のはさすがに乗ってませんけど、あれは多分スキンシップ云々で、斉木さん流のスキンシップなんでしょうけどね。 『さあ、知らんなあ』 何スかその白々しい演技は。てかいやほんと、いつの間に。 斉木さん、帰ったら早速最高級コーヒーゼリーを上機嫌で食べ始めた。 オレは向かいに座って、そいつをニコニコいい気分で眺めた。 あー幸せ 可愛い 嬉しそう可愛い 可愛い唇 唇食べたい チューしたい チューチューした オレも食べられたい それはもう馬鹿みたいに妄想ぐるぐるさせながら、眺め続けた。 いいかげん斉木さんもなれたのか、それとも最高級コーヒーゼリーだから集中度が高いのか、オレの邪念雑念もものともせず、最後のひと口まで綺麗に丁寧に食べ尽くした。 ごちそうさまでした。 うっとり笑顔で斉木さんはスプーンを置いた。 「やっぱり、最高級だと違います?」 『うむ、全然違うぞ』 「そりゃ良かったっスねえ」 ねえ斉木さん、んー チューしたいと顔を寄せる。 『まあ待て鳥束。鞄に入ってる本を出せ』 「え……?」 例の本だと指定され、オレは、破いたり燃やしたりしないで下さいよと念を押してテーブルに置いた。 たちまち斉木さんは大げさに顔を歪めた。 『うわ、やっぱり嫌だな。うちにこんなもんがあるのは嫌すぎる。燃やすか』 「もー言った傍から!」 『冗談だ、そう怒るな』 「怒ってませんけど」 ちょっと涙目にはなりました。 そんないつもながらの他愛ないやり取りの後、オレがさっき言った、斉木さんがスーパーで実践したおねだりあれこれが乗ってるページの、次のページ。 ――こんな風に彼女に キスのおねだりされてみたい! そんな見出しの記事が載ってるページ。 『やってみろ』 「え、えっ、オレっスか?」 いやいや、これは彼女に…つまりオレらでいうなら斉木さんにやってもらいたいなあって妄想記事なんすけど。 『窪谷須たちみたいに、同じ雑誌を見てキャッキャウフフしたいって言ったろ』 叶えてやるから、さっさとやれと凄まれる。 なにこの状況…オレがさっき見たのと全然違うし、思い描くのとも全然違う! 一つため息をついた後、渋々オレは一つ目をなぞってみた。 「えーと、上目遣いで……」 『キモイ』 「いでぇっ!」 ぺちんと平手を食らう。かなり手加減してくれたようで、言うほど痛みも衝撃もないのが幸いだ。 『すまん、お前の上目遣いはさすがにきつかった。次のにしよう』 「うぅ…なになに、目を閉じてキスのおねだり……はっ!」 殺気を感じ、オレは咄嗟に仰け反った。その鼻先を、斉木さんの拳がかすめる。 オレは恐怖のあまり小刻みに震えながら斉木さんを凝視した。 「おい、おい! おいアンタ!」 『次だ次』 「もういいよ、どうせ次もぶっ飛ばしにくるでしょ!」 『やってみないと分からん。ということで次だ』 「んもぉ……無理ですよ、斉木さんアンタこれ無理。熱視線を送るっての、これ、絶対ぶっ飛ばすでしょ」 『そんな野蛮な事するか!』 「えー……」 『疑わしい声を出すな、とにかくぶっ飛ばしはしない。ただ、手をチョキにする、相手の目に躊躇なく突きさす、だけだ』 「あぶねっ! 実践やめて、充分野蛮だよ!」 ギリギリ右に避けて事なきを得たが、空を切る音にまたオレは震え上がった。 斉木さんははぁっと息を吐いた。 『全然キャッキャウフフにならないじゃないか、どういう事だ』 「どうもこうも、斉木さんがことごとくオレにダメ出しするからで……」 あとは選んだ雑誌が不向きだから。 『お前が下手くそなのがいけないんだろ。僕はさっき上手くやれたのに』 「上手くやれたもなにも、最後は力ずくだったじゃないっスか!」 『なんだ、僕の演技に何か問題でも?』 「……いえ別に」 問題大ありだし文句も山ほどだけど、でもオレ、さっきアンタのうっとりモニュモニュで危うくいきかけたもんな、文句言える立場じゃねえや。 『大体なんだ、これ、お前らの願望に過ぎないだろ。ここから外れたら、即嫌になるのか?』 斉木さんは、バシンと手のひらをページに乗せた。 「いえいえまさか、そんな」 『たとえば僕がこうやって強引に奪ったら、幻滅するのか?』 どこの組のもんだって迫力でオレの胸ぐらを締め上げると、斉木さんはそのまま唇を重ねた。 ひ、と怯んだ後の熱い接吻、落差が凄まじくてオレは目が眩んだ。 『あるいはこうして、したい気丸出しで舐め回したら?』 オレの膝に正座するように乗っかり、斉木さんはオレの唇をべろりと舐めた。 ちょっとー突然何のスイッチ入っちゃったのコレ! 嬉しいけど素直に喜べなくて、オレはどぎまぎしながら斉木さんのペロペロを受けていた。 エッチな感じのペロペロじゃなく、まるではしゃいだ犬、そう実家のアイツを彷彿とさせるハアハアベロベロ攻撃にオレはぎゅっと目を瞑った。ついでに口もぎゅっと閉じとく。 しばらく熱烈に舐め回していた斉木さんだが、不意にオレの上から退いた。 『疲れた』 「……お疲れ様っス」 終わってホッとするが、終わっちゃうともっとしてほしかったとも思ってしまう。妙な心地に頭がぐらぐらした。 とりあえずひと息ついていると、お前も立てと襟首を掴んで引っ張られた。 襟伸びちゃう…オレは要望通り立ち上がり、斉木さんと相対した。 『で、どれが良いんだ?』 聞きながら斉木さんは、記事の一つ目にあった「上目遣いでおねだり」を実践した。 オレに身体がくっつくほど寄り添って、そこからオレの目を上目遣いに見つめてくる。 「あー……もう!」 オレは頭をかいた。 それからがばっと斉木さんを抱きしめ、唇を重ねた。 『で答えは?』 「全部っス!」 『一つに絞れ』 「無理っス!」 オレは腹に力を込めて答えた。斉木さんならどんな形でも、オレの下半身直撃だもの、全部翻弄されるに決まってる。 全部欲しいに決まってる。 もう我慢できないっス。 「続き、しましょう!」 『コーヒーゼリーくれたらな』 「い、今さっき食べたでしょ!」 『くれないのか、鳥束』 「だー、もう!」 それダメ禁止、上目遣い禁止! 「今後一切禁じます」 『なんでだ』 「なんでって、だってそれやられたら、オレがホイホイ従っちゃうから」 『なら尚更やるしかないな』 なあ鳥束、と囁き声まで使っておねだりとか反則だろ! ええいもう、持ってけこんちくしょー! という事で、オレは斉木さんと一緒にファミレスを訪れた。 夕飯も兼ねてである。 今日はパパさんママさんお出かけで帰宅は夜遅くになるというので、たまには外食をとやってきたのだ。 オレはメニューを開き、はぁっとため息をついた。 本当はあの後、斉木さん素っ裸にむいてペロペロしたかったのに。斉木さんにペロペロされた分、三倍…いや五倍にしてお返ししたかったのに。 確かに空腹も差し迫ってて食べるのが先ですけど、どっち優先とかじゃないですけど、ぶっちゃけもう破裂寸前なんですよね。 斉木さん、これどうしたらいいっスか。 『知らん。帰るまでに何とかしろ』 「なんとかって、そんなアンタ殺生な」 『もしダメなようなら、今すぐ僕が何とかしてやるよ』 「ひっ……」 暗い含み笑いに、オレは何をされるか予測がついた。たちまち全身が凍り付く。あそこも当然縮み上がる。 『よし、何とかなったな』 「斉木さんひどい……」 ああもう、泣きたいっス。 『帰ったら何とかしてやる』 「……どうせまた、おっかない手段でしょ」 『コーヒーゼリーの礼だ。期待には応える』 「……ほんとに?」 オレの期待って、モロあれやこれやのアレがナニですけど、本当に? 『信じないならそれまでだ』 「信じます、斉木さんがそういうんだから」 それに、オレもアンタも、嫌いじゃないものね。 そう目で訴えると、斉木さんは憎たらしい顔になってふんと鼻を鳴らした。 ダメダメ、そんな顔したってごまかせないから。 「よーし、安心したら食欲出てきたっスよー。さぁて、何食べよっかな」 オレは張り切ってメニューを眺めた。 斉木さん、帰ったら好きな事、一杯しましょ。 |