待ち合わせ
大人しく僕にしておけ
暑さ寒さも…って言葉があるけど、どうやら今年も例外なくその通りになったようだ。 随分と過ごしやすくなった気候を肌で感じながら、オレは通学路を辿っていた。 まあ、実際彼岸の頃は寺の用に追われバタバタのドタドタで休む暇もロクになく、気付いたらいつの間にか涼しくなってら、てのが実情だけど。 とにかく残暑もおさまったようだし、実りの秋、食欲の秋、エロ本の秋到来で、嬉しいったらない。 あ、食欲の秋って言えば、また斉木さんにあっちだこっちだカフェだのスイバだの引っ張り回されるんだろうな。 困っちゃうな、なんて、全然困ってないのに思ってみる。 今年はどこに行きましょうかね。 考えると、どんどん幸せな気持ちになっていった。 噛みしめながら道々進み、道中出会う幽霊に声をかけたりすれ違う他校の女子や通勤途中のお姉さんの綺麗なおみ足に見惚れたり、いつも通りにオレは学校を目指す。 そして、大体いつもここら辺というところで、斉木さんと出くわした。 「おはよーっス」 生きてる人間も幽霊もひっくるめて、アンタが一番光り輝いてる。一番綺麗で、一番可愛い。一番完璧! そんな人に今朝も会えたと心の中でグフグフ喜んでいると、うわ変質者だ逃げろ、とオレに叩き付け、斉木さんは早足になった。 「もー、アンタの愛しいダーリンっスよ」 オレも同じく早足になって、どうにか隣に並ぶ。 『うわ鳥束だ逃げろ』 いやいや逃げないでってば 「そーだ斉木さん、今朝のお天気お姉さんの服見ました? いやー、可愛かったっスよねえ、マジで」 こう、襟の開きの絶妙なのと、生地の光り具合でおっぱいがより強調されてたまんないのと、最高っスね。 オレは身振り手振りで、いかに興奮したかを斉木さんに伝える。 いつもの朝の風景っスね。 斉木さんはもちろんいつも通り、オレの話を全て振り切って、曇りなき眼で流れる雲を追ったりする。 でもオレはへこたれない。 いつも通り、全く聞いてないようでちゃんと反応してるんだもの。 呆れて目玉をぐるりとさせたり、ため息ついたり、やれやれと肩を竦めたり。はい/いいえすらなくてもこんだけちゃんと反応があれば、へこたれる必要なんてない。 いつも通りの清々しい登校風景、素晴らしい。 そんなオレと斉木さんのささやかなイチャイチャタイムが、ある男の出現によってもろくも崩れ去った。 そいつは、燃堂のように空気も読まず割り込んでくるわけでなし、チワワ君のように小難しい言い回しを繰り出してくるでもなし、ただ自然に普通に通学路を歩いているだけなのだが、その余りの普通さゆえに斉木さんのハートをときめかすのだ。 そいつの名は佐藤広。 斉木さんが学校で最も尊敬する男、斉木さんの憧れの君、何としてでもお友達になりたい相手で、普通の達人佐藤君。 なにせ、あの、この鉄面皮の斉木さんを良い笑顔に出来るんだから、大したものだよ。 嫉妬シットだよまったく。 そんな佐藤君の登場で、斉木さんの興味は一気にそちらに移ってしまった。 オレは最初、佐藤君に気付かなかった。あんまり普通で、他の生徒たちに埋もれていたから。 気付かずに「今度の土曜空いてますか」と、まだどこに行くとは決めてないが出かける予定を入れておこうと、斉木さんに話しかけていた。 その最中、それまで白けるか呆れるかのどっちかで無Ψ色だった斉木さんの表情が、不意に色味を帯びたのだ。 何かにハッと気付いた顔をするから、オレは、どしたんスかと問いかけた。 すぐさま、人差し指で制された。 『静かにしろ、普通の人たちの普通の会話が聞こえないだろ。忘れているようだが、僕は普通を目指してるんだからな』 頭に響いた「普通」の単語でオレは、あああいつかと思い至った。 でもね斉木さん…そうやってごく普通の生徒の会話に聞き耳立ててる時点で、普通が遠すぎ! 斉木さんはわざと歩みを緩めると、普通君とその友人たちのすぐ後ろについた。 ああこれなら会話がよく聞こえるね。 (って斉木さん、アンタ別に聞き耳立てなくたって、テレパシーで何でも聞き取れるでしょ) 『馬鹿、生の声を耳で聞くのがいいんじゃないか』 オレ以上に変態発言してねぇかこれ! こんな人にアブノーマル呼ばわりされたとか、ほんと腑に落ちねぇ。 そりゃね、お気に入りのアイドルとかならまだわかる。まだ納得がいく。 可愛い誰それちゃんと直に会いたい、お喋りしたいっていうなら、わかるわかると頷く事も出来る。 それでこそ健全な男子と言えるしさ。 でも、斉木さんの対象はこれといって目立つ特徴のない、ごくごく普通の同級生しかも野郎ときたもんだ。それのどこにそんなに魅力を感じるんだ普通じゃないっス。 そんな事をつらつら思っていると、テレパシーで全て聞き取った斉木さんが今にも殺しそうな目付きで睨んできた。 こわっ、ひどい、それが恋人に向ける目か! 朝から散々だ。 斉木さんは、相当お怒りの様子で、しかし同時に深い悲しみに沈み、オレを動揺させた。 しまった、傷付けてしまった。 どうしよう…いやいや、お怒りなのはオレの方っスよ。オレという恋人がいながらアイドルより性質悪いよそ見する斉木さんが悪いんだ――なんてオレが思える筈もなく、言える義理もなく、複雑な心境に陥る、 「あ、ねえ斉木さん、お昼一緒に食べましょ、あの、食堂で、そうだオレコーヒーゼリーおごりますよ」 いつもいつも安直で悪いとは思うけど、アンタの大好物だし、それでどうか機嫌直してほしいっス。 『本当に安直だな』 「だ、ダメっスか? コーヒーゼリーっスよ」 食堂のあれ「好き」のかなり上位の方でしょ。 オレを振り切るように、斉木さんは早足になった。慌ててこっちも速度を上げる。 「ねえ斉木さん、お昼、食堂で買って待ってますんで」 『いつもいつも、そんなもので僕が釣れると思うなよ』 オレに睨みをくれ、斉木さんは教室に去っていった。 (て、結局釣られるじゃん) 昼休みになり、一気に生徒たちが活気づく。その中でもこの人が一番浮かれてんじゃないかと思う程のいい笑顔を正面に見つめながら、オレはふふと笑った。 おっといけね、お詫びのつもりなんだから、ヘラヘラしてたらまた機嫌損ねちゃう。オレは慌てて引き締めた。 「美味いっスか?」 尋ねると、斉木さんはほんわかとした空気をまとって、こくりと頷いた。 『でもお前を許すかどうかはまた別だ』 「やっぱり…そう言われると思って色々調べたんスよ」 『ほう、だいぶ僕をわかってきたな』 「でも斉木さん、元はと言えば斉木さんが普通君ばっか見るから……」 モゴモゴと抗議すると、今の今までとろけていた顔が一瞬にして悪鬼の形相に変わり、オレを凍り付かせた。 「ひぃすんません、この通り調べましたから。授業中に」 『ちゃんと授業受けろ、万年左端』 うぐ。 オレは喉を詰まらせた。 左端というのは、期末テストの後に張り出される順位表の位置の事で、右に行くほど点数の高いやつ、左は逆に低いやつ。つまり左端は落ちこぼれって事で…ああ何か悲しくなってきた。 「まあそれはいいや、でですね斉木さん、今注目のスイーツとか、話題のコーヒーゼリーで調べたら、こんなの見つかったんスよ」 オレは先程調べた情報を呼び出し、スマホの画面を斉木さんに向けた。 ――今、水族館のカフェが熱い! ――関東で人気の水族館カフェ15選!! そんな見出しの記事だ。 「この中の、ほらここ、バスで行けるこの某水族館のカフェ、良くないっスか!」 オレはちょいちょいと操り、目当てのページを開いた。 「特にこの、コーヒーゼリーパフェタルト!」 『コーヒーゼリーパフェタルト』 画像を捉え、斉木さんの目がキランと光る。口の端からは今にもよだれが垂れそうだ。 『余計なとこは見るな』 あ、実際出かかったようだ。慌てて手の甲を持ってく斉木さん、可愛すぎだろ。 「こっちご馳走して正式にお詫びするんで、今度の土曜、デートしましょう」 水族館デート、行きましょう。 誘うと、斉木さんは快諾した。 え、すんなり返事してくれるなんて珍しいな。まあいいや。 「じゃあ、土曜日の――」 『十一時に、駅前広場の方のドドールで待ち合わせだ』 「あ、はい、了解っス」 アンタから時間指定してくるなんて、ますます珍しいっスね。 コーヒーゼリーの威力は本当に絶大だ。 まいいやまいいや、、土曜日斉木さんとデート、斉木さんを独り占め! やっぱなあ、何だかんだ言って斉木さんはオレといる方を選ぶんだよなあ。 |
当日、ルンルン気分で出発時間を待ってると、顔なじみの幽霊がやってきて、斉木くんもう駅前にいるよ、と教えてくれた。 「ええっ! 約束の時間、オレ勘違いしちゃった?」 一気に血の気が引いた。 大急ぎでスマホを確認する。メモにはちゃんと、今日土曜日の十一時とある。十一時に、駅前広場の方のコーヒー屋。 コーヒー屋はチェーン店で、駅周辺だけでも三つもある。だからただ「駅前の」と言ったのでは通じないし、あの辺に詳しくない奴だと、違う方に入る可能性もある。なので駅前広場のとか、改札横のとか指定しないといけない。 そんなわけで斉木さんは指定してきた、今日の十一時に駅前広場と。 今はまだ十時を少し過ぎたところだ。 間違ってはいない。 もしかして、と推測が過る。 もしかして、オレとのデート嬉しくて、早めに行っちゃってるとか? まさか斉木さんに限ってないだろうけど、オレとのに浮かれなくても、コーヒーゼリーに浮かれるのは大いにあり得るから、もう来てるなら待たしちゃまずいよな、もう準備出来てるし、行こ! オレは急いで飛び出した。 待ち合わせ場所に着くと、斉木さんが早く来た理由がわかった。 駅前広場の方のコーヒー屋に入り、適当に一番安いブレンドを頼み、窓際に陣取る斉木さんへと突進する。 「お待たせ、早いっスね」 そんなにコーヒーゼリーパフェタルトが楽しみなんスか。 にこやかに話しかけるが、斉木さんは窓から一点を見つめたまま、微動だにしなかった。 オレが入ってきた時もそうだったし、今も同じで、まるで無視してちょっと気分悪い。 何やってんの、何見てんのアンタ。 まるで、張り込み中の刑事みたいだな…ふと浮かんだ突飛な考えに自分で笑うが、もしやと思い、オレは斉木さんの視線を追った。 「!…」 アンタ、これが狙いか! 斉木さんの視線の先には、やはりというか佐藤君がいた。 わかった瞬間の衝撃はとても言葉では言い表せない。 脱力し、体内の息全部を吐き出していると、ようやく斉木さんの目がこっちを見てくれた。 斉木さんの説明によると、佐藤君は今日、ひーちゃんと映画館デートに出かけるそうな。 へぇん、よろしくやってんなあ、普通君。 こないだの登校時に耳にした会話で知ったんだと。 友達に、やっとデートに誘えたとはにかみながら話してるのを聞いて、初デートの待ち合わせを普通の達人佐藤君がどのようにこなすのか、非常に興味が湧いた、だから早くにここに来て見ていたんだそうだ。 ああ、だから珍しく時間と場所を自分から指定したのね。 ここから普通観察する為に。 そこまでするか、普通君の追っかけここに極まれりだな。 本人が知ったらどんな顔するかね。 それから斉木さんは、何かある度目を輝かせては『普通だ』とオレに報告してきた。 オレはもうとんでもなくふてくされた気持ちになって、だらしなく頬杖ついた姿勢で佐藤君を眺め、へぇーとかほぁーとかいい加減に返事をしまくった。 「ねー斉木さん、まさかと思うけど、二人のデート先までつけ回すとかじゃないでしょーね」 返事がない。 「ねえ、ちょっと、お返事は!?」 『うるさいぞ、行く訳ないだろ馬鹿か。今日はお前とデートなのに』 ――え ぽかんと呆けた後、オレは最大級に顔をたるませた。 『うわっ気持ち悪い。やっぱり佐藤君と一緒に行こうかな』 「あーもお、そうやって意地悪言うの禁止!」 『だってお前、今の顔はさすがに気持ち悪い』 「そりゃしょうがないっしょ、だって嬉しかったんですもの」 好きな人に、お前といるのが一番楽しいって言われて、嬉しくない奴なんかいないって。 『いや、そこまでは言ってない』 「いやいや、言ったも同然っス」 そんな事言われたら、誰でもこんな感じに顔溶けちゃうっての。 やれやれってため息吐かれたけど気にしない。 「オレも、斉木さんと一緒に過ごすのが一番楽しくて幸せっス!」 振り回されてもけなされても、アンタはオレを一番見てくれるから、オレは幸せです。 熱くなった頬を両手で押さえ、ニコニコと斉木さんを見つめる。 もう心のどこにも、嫉妬もシットも見つからない。 最上級にいい気分になって、オレは言う。 「斉木さん、いつまでも普通君ばっか見んなら、オレだって見ちゃいますからね」 『何を見るっていうんだ』 「えっ……うぅんと…いや」 『どうせ僕もお前も普通じゃないんだ、その意味ではお似合い同士だ。お前には僕しかいないんだから、大人しく僕にしておけ』 「うっ……!」 たまらない言葉にオレは悶絶した。 「そ――それはこっちのセリフっスよ斉木さん、アンタにはオレしかないんスからね!」 『ああそうだ。お前みたいな普通じゃないクズ野郎、他にいてたまるか。お前だけだよ』 僕には、お前だけだ。 「くぅうっ……!」 ああぁもう、デートなんてすっ飛ばして、今すぐアンタを抱きたいよこんちくしょうめ! |