バスタイム
最新モデル
今日は斉木さんちにお泊り楽しいな! 今は、斉木さんちのお風呂に浸かり、夏の疲れを取っている最中。 夏でも風呂に浸かった方が身体にいいのはわかっていても、暑さでぐったりでなかなか入る気が起きない。 ぐずぐず渋るが、斉木さんに一瞬にして丸裸にされ、オレはキャーと悲鳴を上げる間もなく湯船に放り込まれた。 熱!……くもないしぬるくもない、 どっちだと問われれば、気持ちいいですと即答したくなる心地良さ。 でも、オレの気分は複雑だった。 有無を言わさず素っ裸にされたから、ではない。 念力で乱暴に風呂に放り込まれたから、でもない。 オレは、上機嫌で湯船に浸かる斉木さんをじとっと見やり、今日の事、今日までの事を思い返した。 |
事の始まりは十日ほど前に遡る。 寺のお使いで隣町に行った時、オレはあるチラシを見かけた それは、七月一杯行われる商店街の夏祭りをしらせるもので、期間中には大福引き大会も行われると、告知されていた。 夏祭りのチラシに相応しく、色とりどりの花火が描かれた中に、福引の期間、景品の種類が表示されている。 夏休み目前の時期に開催される、商店街のささやかな賑わいの福引き大会。 何とはなしに引かれ、ざっと目を通したオレは、特等の景品に液晶テレビの文字を見た。 その途端血が滾った。 なんとしてもテレビを当てねば! 髪も逆立つようであった。 なんとしてもテレビを引き当て、斉木さんにプレゼントしよう! そう、これが発端だった。 斉木さんの部屋のテレビ、随分前に壊れちゃって、でも買い替えずに一日戻しで延命させてるんだと聞いていた。 耳にした時すぐ、だったら新しいの買ったらいいのにと思った。 とはいえ、お小遣い少ない超能力者がそうほいほい買える訳もない。 あの人、それ買うくらいだったらコーヒーゼリー選ぶものな。 本当の究極の二択になるまで、絶対コーヒーゼリー挙げるものな。 となれば、ここはオレの出番だ。 斉木さんの右腕、一番弟子のオレの出番っしょ。 福引の特等景品である液晶テレビを引き当てて、斉木さんにさすが鳥束役に立つぅって思わせよう。 そう決意したオレは、福引券集めの為に毎日隣町に通った。 該当する店は色々あったので、毎日日替わりであちこち寄った。 そんなこんなで開催日が目前に迫った。 券もかなり溜まった頃、斉木さんに『またよからぬ悪だくみか』と軽く睨まれたっけ。 隠し事なんて無駄だし、隠す事でもないので、オレは計画を洗いざらい白状した。 アンタに楽させてやりたいのだと、正直に伝えた。 『別にいいのに』 「そんな事言わず、当たるよう祈って下さいよ」 『意外だな』 「何がっスか?」 『僕の力に頼らないなんて』 「ああ、ええ、そりゃまあオレなんでちょっとは考えちゃったりしましたけど、オレだけの力で当てたら、いい気分ですから」 『当たらなかったら恨むからな』 「うっ…そうなんスよねー。オレ、くじ運良いも悪いもそこそこだから、どうなるかわかんないのがつらいとこっス」 『はぁ』 「当たるといいなあ、液晶テレビ」 『どこの商店街のだ?』 「隣町っス」 『ふうん。期間は?』 「来週の土日っス」 『そうか、じゃあ、絶対一等が出ない呪いをかけておくとするか』 「え、ちょ、ダメダメ絶対ダメー!」 『おい手を退けろ、邪魔だ』 「いやー! おでこ勘弁おでこ勘弁!」 『うるさい奴だな、いいからどけろ』 「もう! 考えてみて下さいよ。雨の日も風の日も、欠かさずテレビ復元なんて厄介ごとから解放されるんですよ」 『別に苦ではないな。触るだけだし』 「でもでも、地味にめんどくさいでしょ、ストレスでしょ。あ、テレビ触っとかなきゃって、毎日毎日まいにち……」 『まあな』 「それらから解放されるんですよ。最新のじゃないですけど、サイズも申し分ないし、アンタの好きなアニメやドラマが何の心配もなく楽しめる。明日壊れる心配ゼロ、最高!」 『………』 「はい、ほら、お手てないないして。ね、呪うなら、特等が必ず当たる呪いにしましょ」 『いや、僕は手を貸さない。お前の力だけで当てて、僕を感心させてみろ』 |
そして当日の今日、福引き券を握り締めオレは隣町に向かった。 横には斉木さん。ただ見るだけだと念を押してやってきた。いわゆるオレの付き添い。 券は全部で五枚。五回あればテレビを引き当てられるんじゃって希望が湧くも、どうせ全部残念賞だと一瞬にして崩れ去る。 膨れ上がったり萎んだり、行ったり来たりで忙しなく高鳴るオレの鼓動。 どうか当たりますように、どうか当たりますように! 液晶テレビ、液晶テレビ! オレは順番待ちの間、一心に祈り続けた。 そしてとうとうオレの番がやってきた。 紅白の幕で飾られた壁を背にひな壇がある。真っ白い布がかけられたひな壇には、オレが目指す液晶テレビを始め、上位の景品が配置されていた。 手前のテーブルには夢の玉が詰まったガラガラ、そのすぐ横には特賞を祝う為の年季の入った手持ちベルが並び、隙間を埋め尽くすように、最下の六等の景品…お菓子やジュース類が所狭しと並んでいた。 「はい、どうぞ。全部で五枚、五回だね」 普段はどこかのお店そうイメージとしては、お総菜屋さんの明るい名物おばちゃんみたいな、明るく朗らかな印象のおばちゃんが、受け付けをしていた。 オレは、ハンドルに手をかける前にちらりと斉木さんを見やった。 少し離れた位置に立ち、ひな壇を見つめている。 オレはガラガラに意識を集中し、ひたすら祈りながら回転させた。 六等お菓子、三等商品券、六等お菓子、六等お菓子。 残るはあと一回! オレは一旦ハンドルから手を離し、ズボンで拭ったのち握って開いて祈りを込めた。 ああー! 神様仏様、楠雄様! どうか願い通りのテレビが引き当てられますように! 『結局神頼み、僕頼みじゃないか』 「そうは言っても……お願い斉木さん!」 頼む頼む頼むー! 『鳥束、先に謝っとく』 ……え? 『ゴメン☆』 ……えっ? コロンと出てきたのは特等の赤色…ではなく、鮮やかな橙色の玉。 「はっ?」 オレはばっと顔を上げ、景品が書かれた表を見やった。 橙色、一等…ゼリーメーカー ゼリーメーカーだと――! カランカランと軽快になる鐘の音なんて、オレの耳には届いてなかった。 どっか遠いとこで響いてる。 |
今また、頭の中でカランカランと鐘が反響した。 それを聞きながら、オレは手のひらにすくった湯をバシャっと顔にかけた。 ほんと、この超能力者ときたら! オレ、知ってるんですからね。幽霊から聞いたんですけど、アンタ、この正月テレビ買いに行ったのに、買ったのはゼリーメーカーだったそうですね。 それを今回もやらかすとは、本当にこの超能力者ったら。 福引所での、斉木さんのはしゃぎようを思い返し、はぁと息を吐く。 『見ろ鳥束、これ最新モデルだぞ! なんかもう…すごいんだぞ!』 『材料をセットするとな、自動で二層、三層にしてくれるんだ!』 『しかも、お洒落な斜め二層も可能だっていうんだぞ!』 嬉しくてたまらないと、飛び跳ねんばかりに喜んで、斉木さんは景品を受け取った。 そして今、斉木さんは超ご機嫌で、今にも歌い出しそうな顔でお風呂に浸かっていた。 『出たら、ふふ、コーヒーゼリーが出来上がってる』 「良かったっスね」 オレはむすっとした顔で言った。 すると斉木さんははっとなって、恥ずかしそうに目線を泳がせた。 んん、なんスかそれ、気付かない間に独り言言っちゃったみたいな反応しちゃって、なにその可愛い顔は! てかテレパシーでも駄々洩れってあるんスね。 まあいいけど。 そんくらい浮かれるの、わからなくもないけど。 『お前にも特別に食わせてやるよ。楽しみにしてろ』 「ああ、はい、うわぁ楽しみだなぁ」 一本調子で返すと、斉木さんはいささか顔をしかめた。 『なんだ、まだ怒ってるのか?』 「え、うーん」 唸りながら首をひねる。 怒ってると言えば怒ってる、が、複雑である。 テレビが欲しかったてのはオレの自己満足で、斉木さんが本当に欲しいものはゼリーメーカーだった。 そいつを当てるのに超能力を使ったかどうか、それはオレには知りようがない事で、そこに関してズルいとかは特にない。 むしろもっと欲出したっていいだろって思ってる。 斉木さん、もっと欲張ったっていいんスよ。 まあそれは置いといて。 本人の本当に欲しいものが当たったんだから、オレは喜ぶべきなんだろうが、しかし。 なんといってよいやらわからない。複雑な気持ちを抱え、オレは口を引き結んだ。 浴槽にもたれ天井を見上げて、ひたすらコーヒーゼリーに思いを馳せる斉木さん。 まったくもう、恋する乙女みたいな顔しちゃって可愛いんだから。 そうだな、可愛いからいいか。 本人が満足してるなら、いいか。 オレは、いわゆる残念賞で当てたサイダーのボトルを手に取った。 風呂に浸かりながら飲もうと、持ってきたのだ。 斉木さんに冷やしてってお願いしたけど、却下されたぬるいやつ。常温だとやたら炭酸がはじけまくるんだよな。 開けようとした時、思い出して斉木さんに言う。 「そうだ斉木さん、当てた商品券、お譲りしますんで」 五千円券は結構大きいよね。 そう告げると、斉木さんはいらんと首を振った。 『お前が当てたんだから、お前が使え。エロ本でもなんでも買うといい』 「えー、へへ。何かおっかな」 たちまち頭の中がドピンクに染まる。新しい本、新しいエロビ、うーむ悩んじゃうな。 けど、浮かんでくるのは渋い大人の色、コーヒーゼリー。 うん、全部斉木さんに使うとしよう。 そう決めて、オレはまた顔に湯を浴びた。 だいぶ汗出てきたっスね。 このお風呂は、斉木さんの提案によるものだ。 コーヒーゼリーをより美味しく食べる為に、余分な汗を流そう、というもの。 最初こそ、この暑いのに風呂なんてって思ったけど、熱くもぬるくもない適温の湯船に浸かっている内、段々いい気分になってきた。 夏こそお風呂っスねえ。 一人じゃ絶対入らないけど、斉木さんとだと楽しいな。 飽きずにずっと入ってられる。 さぁて、明日、商品券でコーヒーゼリー買いに行って…どれ買おうかな、いつも買う三個パックじゃなくて、ちょっといいのにしようかな。頑張れば最高級コーヒーゼリー二つ買えるかな。 そしたら一つオレにくれるかな。くれないなあー、はは。 二つとも斉木さんが食べちゃうんだよ。ぺろりとね。 オレはそれを眺めて幸せに浸ろうそうしよう。 うふふと妄想にふけっていると、気持ち悪いと冷えたテレパシーが投げかけられた。 一瞬、氷風呂に入った錯覚に見舞われた。 「てかマジで今細工したでしょ」 しらない、ととぼける超能力者。 「もお、意地悪するとコーヒーゼリー買わないっスよ」 そんないつもの軽口に、斉木さんは睨みを利かせた。 「ちょ…やだ斉木さん、いつもの、いつもの!」 口だけだから、ほんとに買わない訳じゃないから。 オレは大急ぎで宥めた。 わかってる、こっちもいつものお茶目だと、斉木さんは鼻から息を抜いた。 「なにが、どこが!」 とてもお茶目レベルじゃないもの寄越しておきながら、ジョークだと言い張る超能力者に、オレは泣き笑いで応える。 『やれやれうるさいな』 「オレが悪いの!?」 『わかったわかった。じゃあ鳥束、明日買い物付き合え』 「うっス。どこでもお供するっスよ」 オレは喜んで引き受けた。 翌日斉木さんが向かった先は、隣町の電気店だった。 斉木さん曰く、あと五千円足りなくて断念してたテレビ、お前のお陰でようやく買える、だって。 やだぁ、斉木さん、昨日の事気にしてたんスね。 だからそんなそわそわしてるんスね。 可愛いなあ。 ああもう、だから斉木さんが大好き! |