バスタイム

お触り厳禁

 

 

 

 

 

 これから、今夜二度目のお風呂タイム。
 なんで二度って、やる前とやった後とのですね。
 何をなんて野暮な事を、誰となんて言うまでもなく斉木さんとですよ。

 今日はうちに泊まりに来てくれたから、オレは張り切っておやつだお茶だ用意して、あれこれ心を尽くしてもてなして、その内にそういう雰囲気になったんでじゃあそのままなだれ込もうかと思ったけど『風呂が先だ』と斉木さんに断固拒否され、渋々浴室へ。
 春先の、まだちょっと肌寒い時期のお風呂、あったまるよねえ――なんて和やかな雰囲気はなくて、やるために身体綺麗にするだけの単なる準備。
 斉木さん、やたらオレに背中向けがちで、なんでかというと半勃起見られない為。
 多分ね。
 オレが、多分そうだろて推測しただけのもの。
 この思考に何がしかの反応は寄越してこなかったから、ほんとオレの完全な想像だけど。
 十中八九間違いない。

 で、身体も隅々まで洗って準備は出来た、となれば部屋に戻ってやるだけ。
 脱衣所で実はちょっと盛っちゃったんだけどね。
 斉木さん、嫌そうで実は乗り気で、お互いのくっつけて擦りっこで一回出して、ちょっと気まずい沈黙抱えて部屋に戻った。
 でも部屋のドア閉めたら気持ちも完全に切り替わったのか、斉木さんはいつもの調子でオレの下であんあん可愛く鳴いてくれた。
 途中ひっくり返されて主導権握られて、今度はオレがぴーぴー泣く番となったけど、何とか取り戻して腹に跨った斉木さんをひいひいいわせてやった。
 いやあもう、ほんっとうに可愛いわあの人。
 そんで底なし、おっかないほど貪欲、オレにぴったり。
 あの人の表情見てるだけで三回はいけるし、そうこうする内にもれてくる肉声聞いたら四回目五回目は当たり前だし、上になったり下になったりじたばたしてる間に六回七回八回と、セックスしてるのかルール無用の格闘技してるのか段々わからなくなってくんだけど、それはまあいつもの事なので割愛。
 とにかく、可愛いんだって。
 やってる時は、どんな時より素直。
 最後の砦みたく、好きって言葉は出さないけど、こっちが好きかどうか聞くと、そりゃもう素直に何度も頷いてくれる。
 真っ赤に染まった顔で、涙零しながら頷かれてみろ、もうそれだけであぁ〜んてなっちゃうわ。

 

 そんなこんなのくんずほぐれつを満足するまでやり切って汗まみれ汁まみれになったので、今夜二度目の風呂となった訳っス。
 オレは、すぐ横で服を脱いでる斉木さんにちらちらと視線を注いだ。
 あ、背中のこんなとこまでオレ吸っちゃってましたか。
 そう思った瞬間には、指先で触れていた。
 こことここ、それからここ。
 全部、斉木さんがいい声聞かせてくれるところ。
 現に今も、声は出ないまでもびくっと肩が弾んだ。
 あ、可愛い…オレはふにゃっと眉を下げた。
 肩越しに睨まれ、すぐ震え上がる事になったけど。
 毎度いい加減にしろと、目線で半殺しの目にあわせてくる。
 ううっ、寒い。
「早く入りましょ、斉木さん」
 オレ、調子に乗ってアンタの身体のあちこちに自分のブツ擦り付けて遊んじゃったし、ベタベタで気持ち悪いでしょ。今、綺麗にしてあげますからね。
『いい、お前はもう今夜は一切触るな』
「えぇー、そんな殺生な」
『ちょっとでも触れてみろ、そこからじわじわ腐り落ちていく呪いをかけてやるからな』
「やひっ……」
 オレはしゃっくりみたいな声を出して震え上がった。つい先週、グロ系の映画を見たせいか、生々しい想像が過ってしまったのだ。完全に思い込みだが、オレの手が指先から汚い紫に変色して、じわじわ血を滲ませながら……やめやめ!
 はー、はー。
 脂汗が滲んだ。
 横で、斉木さんがほくそ笑んでいる。あその顔、ねえアンタ、変な映像送る細工とかしたでしょ。顔見りゃわかりますよ。
『さぁな。とっとと入れ、風邪引くぞ』
 だ、誰のせいだと!
 オレはタオルを引っ掴んで、浴室に踏み込んだ。

 浴室内は、さっき入ったばかりの湯気が抜けきっていないからか、脱衣所よりもずっと温かく、湿り気が良い具合に肌を包んでくれた。
 気が緩み、小さくため息がもれ出た。
 洗い場でかけ湯して汗と色々と流して、身体を洗って、それからざぶんと湯船に浸かる。
「はあ…ああ〜」
 自然と内側から声が出た。
 たちまち斉木さんに、じじ臭いって呆れられた。
「なんだい、斉木さんだって、お風呂大好きなくせに」
 オレに比べたらずっとお淑やかに入ってくる斉木さんを横目で見やり、オレは唇を尖らせた。
 そいつを、斉木さんが指先で押してきた。
「んむ……」
 斉木さんが触るのはいいのかよ、と思った矢先、とんでもない言葉をぶつけられた。
『やめろ、イケメンが台無しだ』
「はっ……」
 てか、え?
 オレは目を見張った。
 この人今なんつった――。
「い、今のもっかい! もっかい言って下さい斉木さん!」
 もう一回幸せ気分味わいたいから、ちゃんと言って、オレの目見ながら言って斉木さん!
 浴槽の縁を掴みずいっと身を寄せるが、斉木さんは黙したままオレから目を逸らした。
「ねぇ、ちょ…斉木さぁん」
 斉木さんはあくまで沈黙を守った。
 うんともすんとも返答がない。
 仕方なく諦め、オレは向かい合う形で浴槽に背中を預けた。
 意地悪斉木さん、もう。

 いいですよ、拗ねてやるから。
 オレはわざとらしくチラチラ視線を送りながら湯船を出て、しかし全然乗ってこない斉木さんにそらそうだよなぁとため息を吐いて、洗い場にしゃがみ込んだ。
 さあ頭洗うかと、手に取ったシャンプーを泡立て両手で頭を抱えたまさにその時、背後に気配が迫った。
 髪を洗ってて背後が怖い、よく聞く話だけど、オレにはとんと縁のない感覚だった。
 幽霊がいるんじゃ、なんかの心霊現象じゃ、単なる気のせいでは、色々あるけど、実際に幽霊を見て声が聞けるオレからしたら、すっごく遠い感覚だった。
 今この瞬間までは。
 生まれて初めて、彼らと感覚共有出来た気がする。
 でもオレの場合は、気のせいでも心霊現象でもなくて、無敵の超能力者サマによるものなんだけど。

「な、なんでしょ斉木さん」
 オレは控えめに指を動かしながら、肩越しに振り返った。
 オレより小柄な人だけど、座ってる視点から見上げれば充分大きくて、また、風呂場の電灯に照らされて独特の影が出来るものだから余計どーんと迫力あって、圧迫感がすごい。
 まじで圧倒される。

 なに、何スか何なの、なんか言ってよねえなんで黙ってんの。
 オレはへらへらと愛想笑いを浮かべ、様子を見守った。
 と、斉木さんの両手がオレの頭に迫った。
 なになに、なんなの!
 オレ何かやらかして頭砕かれちゃうの?
 破裂しそうなほど速まった心音を耳の奥に聞きながら、オレは身を固くした。

 びっくりさせないでよ、もう。
 ノリノリでオレの髪を洗う斉木さんに、オレは大きく息を吐き出した。
 落ち着いたところで口を開く。
「ねえ、斉木さんが触るのはいいんスか?」
 沈黙第二弾。
 ちぇー、オレも触りたいっスよー。
 でも、下手に口きいて機嫌を損ねるのは嫌なので、思うだけに留めて黙っている事にした。
 あー、これいいな。
 ちょっと力強い指が、とても良い気持ち。
 ふと鏡を見ると、シャンプーをもりもり泡立ててるのが見えた。
 鏡の中で斉木さんと目があったので、オレはいい心地だと目線で伝えた。
 すると、斉木さんの目がいたずらっ子のように細くなった。
 ん? ん?
 手が引っ込んだと思ったら、見えない手で髪を触られる感覚がして、オレはちょっとむず痒くなった。
 ひとりでに踊る自分の髪に呆然となる。
「わ、あ……サイコキネシスって、本当に不思議な感触っスね」
 何にたとえたらいいだろうかと考えていると、オレの髪がとんでもない事になった。
 ギャグマンガにありがちな、びっくり仰天した人みたいに、四方八方に広がったではないか。
 え、ええー。
 この人、こんな風に遊んだりするんだと、オレはびっくり一色だ。

 その後丁寧にトリートメントされて、オレは恐縮しっぱなしだ。
「あざっス、斉木さん!」
 ああもう、抱きしめてお礼のチューしたいっス。
 さっきのように浴槽の端と端、向かい合って湯船に浸かる。
 狭くはないがそう広くもないので、どうしても脚が重なってしまう。
 オレから触れるのはダメなんで、斉木さんの脚がオレの上にきてる。
 それはいい、全然別に気にならない。
 それより、斉木さんの濡れた肌が色っぽくて、目が離せない!

 頬っぺたはもちろんおでこもいい、鎖骨の辺りとか喉のとこもすーごく色気がある。
 ほんのり筋肉の見える腕とかたまんないし、湯船の向こうの股間もはぁはぁきちゃう。
 あちこち、舐め回すように目を這わせる。

 ますますチューしたい、ギューしたい。
『ちょっとでも触れたら以下同文』
「んーもー、そう言わず、チューだけですから、ねえ」
 斉木さんは、ゆっくり自分の身体を見回した。何を見てるかって言えば、オレがつけちゃったキスマーク。それらを一つひとつ目でたどり、斉木さんは短く息を吐き出した。
『もしも触れたら、お前が汚くした分だけぶっ飛ばし、そののち呪いをかける』
「斉木さぁん、汚くしたなんてそんなぁ」
 あんなに気持ちよさそうにしてたじゃない。
 ギューもチューも出来ないなんて寂しいっス
『お前がこんなに残すのが悪い』
「それは……斉木さんが可愛くて、つい」
『もごもご喋るな気持ち悪い』
「うむぅ〜」
 こんなに手の届く、すぐそこにいるってのに、今夜は斉木さんから触る以外ダメだなんて零太泣いちゃうっス。
 これ見よがしに頬っぺたを膨らませる。
 怒った演出を無理やりしてみせても、超能力者には全く効かない。
 オレはぷぅっと吐き出した。
 もう、ほんとに泣いちゃいますからね。
『泣くなら、僕の目の届かないとこで泣けよ』
「えぇっ……」

「……それ、どんくらい離れたらいいんスか?」
 オレは、つい真面目に考えてしまう。
『地球範囲は軽く網羅出来るぞ』
「えー! じゃ…あ、海の底!」
 斉木さんは、楽勝と云うように鼻を鳴らした。
「宇宙……隣の惑星とか?」
『そこも余裕だ』
 斉木さんの身体がじわじわと近付いてくる。
『んじゃ無理じゃん』
 お手上げだ。この人、本気になったら草の根分けても探し出すだろうからなあ。
 オレがいつか幽体離脱を会得したとして、それで逃げても、向こうも同様に霊体で探しにくるからこれも駄目だ。
 逃げ場がねえ、はは。
『なんだお前、僕から逃げたいのか』
「え、あれ? いえ全然」
 オレは慌てて首を振った。

 そうだ、逃げる逃げないの話じゃなかった、泣くなら見えないとこで、って話だった。
『そうだ、そして僕は、お前がどこに行こうが見つけ出すぞ』
 斉木さんの両手が、オレを閉じ込めるようにして壁に触れる。
 オレは半ば無意識に左右の手を見やった。
 うわ、斉木さんの包囲網完璧じゃん。
『つまり』
「つまり?」
 聞き返すと、あからさまに不機嫌顔になる斉木さん。
 やだぁ、そんな顔しちゃやだよ斉木さん。
『わからないならいい』
「あっ、待って待って」
 離れていこうとするので、咄嗟に腕を掴んで引き止める。
 斉木さんの目が、何触ってんだって険しくなった。
 でもオレは離さない。
「えっとあれ、あれでしょあれ、お前の泣き顔は気が滅入る、でしたよね」
 斉木さんがよく使う照れ隠し。
 つまり、泣くな、笑ってろって事ですよね。
『さぁな』
 その「さぁな」ってのも、もう知ってますよ。正解って言いたくない時の便利な言葉。
 もう、斉木さんてばどんだけ愛情深いんだろう。
「ねえ、チューしてギュー、そろそろ許し下さいよ」
 オレは片手を背中に回して抱き寄せ、顔を近付けた。
「ひっ……!」
 今しがた五人ほどバラバラにしてきましたって目で見ないで!
 余りの殺気にオレはちょっと顎を引いてしまったが、振りほどかれない事に力を得て、もっと顔を近付ける。

 好き
 斉木さん、好き

 不服そうに引き結ばれた唇にそっと触れる。
 すぐに緩んでオレを受け入れる斉木さん。
 ああもう、本当に好きで大好きです斉木さん。

 オレはもっともっと重なりたくて、回した腕に力を込めた。
 ようやくの事許されたのか、斉木さんもオレを抱き返し、キスを受け入れてくれた。

 

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