テーブルクロス
一滴残らず
十月もそろそろ終わりが近付いてきたとある週の半ば、オレは斉木さんと一緒にオカルト部の部室で昼を楽しんでいた。 先週からずっと晴れで暖かい日が続いていたので、ここのとこ昼はもっぱら屋上に出ていたが、今日はいきなり冬到来といった感じの寒さで、一応は屋上にいってみたものの五分といられないと早々に諦め、こうして部室に落ち着く事にした。 ああ、寒かったっスねえ。 オレは大げさに肩を竦めながら弁当包みを開いた。 『滝行するにはもってこいの日だな』 「はっ……? あぁ、もう斉木さん、勘弁」 まさか斉木さんからそんな言葉をもらうとは思ってもなかったので、一瞬何の事かわからなかった。 オレで遊ぶネタは尽きないね、斉木さん。 『遊んでないぞ、僕は至って真面目だ。いつだって真剣に、お前はどうやったら真人間になるのかと考えてる』 「うぇー……」 オレは唇をひん曲げて唸った。 真人間ねえ。 そんなオレ、ちっとも面白くないだろうな。 斉木さんの目にも留まらなかっただろうし。となると、ここでこうして一緒に弁当をかっ込む事もなかったし、そもそも出会ったかも怪しい。 『出会いはしたかもしれないな。やましい事以外に僕の超能力を求めてやってきた可能性も、ないとは言い切れない』 「うー……うん?」 オレも一応は考える。やましい事に使うんでなく斉木さんの超能力を……んん? どうすりゃいいんだ? 真人間が超能力を求める時って、どんなだ? 全然思い浮かばなくて唸るばっかりのオレを、斉木さんは心底あきれ果てたって顔で見やってきた。続いて大きなため息が一つ。 「えー、ギブ、さーせん」 オレは苦笑いでぺこりと頭を下げた。 『やれやれ……』 処置無しとばかりに斉木さんが首を振る。 そんな、どっか別の世界にいるかもしれない自分たちより、今の自分たちの方が大事だ。 そう例えば、今度の週末斉木さんちに遊びに行きたいな、とか。 『別に構わないぞ』 オレが狙うその日は丁度良く…というか、斉木さんちはご両親が朝からデートに出かけ夜遅くの帰宅になるので、斉木さんはいつもよりちょっとスムーズに誘いを受けた。 「よければその日、斉木さんちでこれ、作りたいっス!」 スマホにとある画像を呼び出し、斉木さんに向ける。 斉木さんはそれをちらっと見た後、すぐに目を下に落とし食べ終えた弁当箱を包むと、オレから目を逸らしたまま席を立ちさっさと部室を出ていこうとした。 オレが見せたのは、ハロウィン仕様の、カボチャ細工だった。 「あー待って待って! 行かないで!」 今にもドアを開け出ていこうとする身体を羽交い締めにして引き止め、オレは考え直すよう説得に取り掛かった。 夏にやった風物詩のお絵描きがとても楽しかったので、今度は平面でなく立体に挑戦したくなったのだ。 そこから、この、ハロウィンのカボチャに行き着いた次第だ。 『だってお前、あの絵はない』 「うぐ…すんません、あの辺りオレ、ホント不器用なんスよ」 図画工作はてんでダメ、まるでセンス無しなんです。 でもでも! 「斉木さんなら、パパ―っと作れちゃうでしょ!」 『それ、コーヒーゼリー何個必要だ?』 「えぇと……何個、必要ですか?」 欲しいだけ買ってきますから、一緒にハロウィン楽しんでくださいよぉ。 『もちろん、お菓子も買うんだよな』 「もちろんもちろん! 何でも言って下さい」 斉木さんにその気になってもらう為、オレはよくよく考えもせず安請け合いする。 どこかでオレが諦めると思っていたらしい斉木さんは、しぶとく食い下がるオレに忌々しげに舌打ちすると、次いで大きくため息をついた。ああもうだから、舌打ちめっ。 どうにか斉木さんは引き受けてくれた。 あざーっス! |
斉木さんの要求に頷いた時点である程度予測はしていたが、やっぱりあの人規模が違うよ…オレは涙目でスーパーを後にした。 涙目なのは、両手に提げた荷物が重くて手に食い込んでいるせいもあるが、この重さに反比例してオレの財布ちゃんがえらい軽くなったせいだ。 あの人すごいよ、頭ん中どうなってんだろうね、一円単位で搾り取っていきやがんの。 オレ、文字通り一文無しのすっからかん。 そんだけの仕打ちにあったら足取りも重くなるってもんだけど、とんでもない、これで斉木さんと二人でハロウィンパーティー盛り上がれるかと思うと、身も心も弾んでしょうがない。 オレは飛び跳ねるようにして斉木さんちへ向かった。 |
そんなオレを待ち受けていたのは、妙なところで凝り性の斉木さんのサプライズだった。 玄関扉にたどり着いた時、すんなり入れてくれたところで、オレは気付くべきだったのだ。 これまで、オレがこんな風に弾んでいい気分になってる時。斉木さんは必ず挫こうとしてきたのに、今回に限ってそのやり取りもなく素直に入れてくれたのだから、疑う材料としては充分だったのに。 オレは舞い上がって気にも留めなかった。 結果、斉木さんが待っているリビングに入った途端、オレは腰を抜かすほど仰天する羽目になった。 本当に腰が抜けた。 荷物を手から取り落とし、オレは文字通りその場にへたり込んでしまった。 あいつだったら間違いなく漏らしてた。オレも危ういところまできたし。 「いやー、来ないでっ!」 立てなくなったオレに、さすがにやりすぎたと謝りながら近付いてくる斉木さんに、オレは金切り声を上げた。ぶわっと涙がこみ上げる。 それほど、本物そっくりの仮装だった。 そう、斉木さんはハロウィンという事で、仮装に挑戦していた。 妙なところで凝り性だから、それはもう本物そっくり、制作スタジオからマスク借りてきたでしょ? っていうくらい実物そのもの。 斉木さんがなり切った人物は、ホッケーマスクのあいつや、長い爪グローブをつけたあいつに並ぶほど有名な、まさにハロウィンの代名詞ともいえる殺人鬼。 オレは、幼少時にその映画を見て以来、自分の中で一番怖いホラー映画、そしてキャラとして、心に刻み込まれていた。 だからだろう、斉木さんがそれを仮装キャラに選んだ理由はずばりそれ、オレが最も恐れるから、だ。 結果はご覧の通りで、オレはぐすぐすべそをかきながら言ってしまった。 「斉木さんのばかぁ……うぇっ…うぇっ……ひっく」 薄ピンクの制御装置が見えたから辛うじて発狂しないで済んだけど、それも透明化して凝りに凝ってたら、今頃オレ、心臓止まってましたよ! 斉木さんは被り物をはぎとると、大げさなとでも言うように肩を竦めた。 『僕にあんな面倒な事を頼んだんだ、これくらいの代償は当然だろ』 お菓子だけじゃ到底釣り合わないぞ 「え……なんです?」 オレはまだドキドキうるさい心臓を傍らに、斉木さんが指差す方を見やった。 オレをこんなに脅かすくらいのなんかが、あるんスか? 目にした途端、オレはひゅうっと息を飲み込んだ。 とても秋らしい、シックなレンガ色のクロスがかけられたテーブルの上に、ハロウィンの仕様のカボチャが二つ、のっていた。 どちらも見事な出来栄えのジャックランタンで、オレが想像した通り寸分たがわぬ仕上がりにオレはみるみる笑顔になった。 『あと、それから』 オレは斉木さんに顔を向けた。 『仮装するのは、先祖の霊にくっついて悪い霊がやってくるのを追っ払う為で、お前に覿面なら、大成功だろ』 「え、て事はオレ悪い霊っスか!」 『バイ菌だからな、ある意味もっと性質が悪い』 「そりゃひどい!」 泣き笑いだ。 まず、カボチャの正面にペンで顔を描く。 カボチャの底を切り取り、ロウソク台として取っておく。 切り取った底から中身を取り出す。 ペンで描いた顔を切り取っていく。 よく乾燥させた後、ロウソクに火を灯し、顔をかぶせる。 完成! カボチャランタンの完成を、オレに譲ってくれた斉木さん。 オレはロウソクに火を灯し、ゆっくりと本体をかぶせた。 「おぉー……」 くりぬかれたカボチャの内側に、橙色の暖かい火が灯り、怖いながらもどこか寂しげだった顔がユーモラスに輝き出した。 「できたー、ありがと斉木さん!」 オレは小さく拍手した。 大喜びのオレにつられてか、斉木さんも満更でもないって顔でちょっと笑ってくれた。 本当にありがとう、斉木さん。 脅されたのはこのやろーだけど、こんなに綺麗に作ってくれてありがとう、とても嬉しいです。 二つ並んだランタンカボチャに、オレはスマホを取り出した。 「せっかくだから、記念撮影しましょうよ」 『それよりお菓子が食べたいんだが』 「お菓子食べながらで良いから。ね、撮りましょうよ」 『やれやれ……仕方ないな』 と、斉木さんは先程のマスクをかぶり直そうとした。 「やめてー! やめてくださいー!」 オレは必死の形相で引き止めた。斉木さんは、オレの力と拮抗するくらいの力加減で抵抗した。ちょうど、親が子供と腕相撲で遊ぶ時みたいに。 『写真撮るんだろ。仮装を完成させたいんだが』 「ほんとやめてー! これ以上オレで遊ぶの禁止ー!」 顔が真っ赤になるほど頑張って、オレは何とか阻止した。 『そんなに怖いんだな』 「はい……そんなに怖いんです」 オレはぜいぜいはあはあ全身で息をつきながら、奪い取ったマスクを丸めて見えなくした。本当は触っているのも怖くて嫌だが、手放したらまた斉木さんがイタズラするから、仕方なく持っていた。 「斉木さんにだって、怖いものや苦手なもの、あるでしょ」 オレは涙ぐんで、きっとばかりに睨み付けた。 そんなオレの頭を、斉木さんはくしゃくしゃと雑に撫でまわした。 悪かったよ、って声が聞こえてきそうな顔だったので、オレは呆気なく許した。 「じゃ、写真撮りましょ」 オレは涙を拭い、気持ちを切り替えて言った。そうそう、お菓子食べたいって言ってましたね。はいどうぞ。オレは手近のチョコレート菓子を斉木さんに手渡した。 「斉木さん、マスクは論外ですけど、そのつなぎの格好、中々似合いますね」 恐ろしいハロウィンマスクがなければ、斉木さんの格好は可愛いく見えた。 バカかと、斉木さんはわざと憎たらしい顔をしてみせたが、お菓子を頬張った途端とろけて、ますます可愛くなった。 「ね、ここに座ってて下さい。写真はオレが好きに撮るんで、ポーズは取らなくていいっスよ」 オレは、斉木さんの機嫌が更に良くなるようテーブルにお菓子を並べて、それからスマホを構えた。 うん、可愛い可愛い、斉木さん可愛い! オレと同い年の野郎だってのに、何で斉木さんはこんなに可愛いのかね お菓子と撮ると更に可愛い! ジャックランタンと並ぶともっと可愛い! ちょっと引いて、テーブルクロスも入るようにして…お菓子とランタンと斉木さんと…うん、いいねいいね! ああ、お菓子食べる斉木さんいいねーいいよー、そんな斉木さん食べちゃいたいよー! オレはエセカメラマンとなって、心の中でいいねを連発して斉木さんを撮りまくった。 オレ、撮ってるだけで何か出そうになっちゃってもう大変。 『この変態クズ野郎が』 冷たいテレパシーが飛んできた。 やっぱり斉木さんに聞こえてたな。 超能力者に隠し事なんて、無理だもんね。 でもだって、アンタ、本当にエロイんスよ。 食べちゃいたいってか、食べられたいっス。 『気持ち悪い』 第二弾が飛んできた。 すんません斉木さん。 呆れてそっぽを向く斉木さんに、オレはへらへらと頭を下げた。 心底呆れた表情で、斉木さんはやれやれとため息をつく。 『お望み通り、後でちゃんと食べてやるよ』 一滴残らずな。 よそを向いていた目線が、再びオレに帰ってくる。 そこには、とろりと蜜のような甘さを含んだ熱が込められていて、オレは半分、死んだ。 |