並んで一緒に
マロンジャムと白玉団子
休日、まだ日も高い内からオレはせっせと読書に励んでいた。 真面目にだらけていた。誰もいない部屋に一人なものだから、誰に憚る事無く顔をたるませ、ページをめくるごとに現れる刺激的なおっぱいお姉さんに鼻息荒く集中していた。 ああこれ…いいな、これいいね股間にきた、今度斉木さんとやってみようかな。 こっちもなかなか…ぐっとくる、こういうの斉木さんとやってみたいな。 目に飛び込んでくるのはお尻も太もももムチムチでお胸たっぷり色気たっぷりのお姉さんだが、オレの脳内では全て斉木さんで再生されていた。 お姉さんたちがやってるあれやこれやを、斉木さんにあてはめて、ふがふが息を荒げていた。 この時間ほんといいなぁたまらんですわぁ。 あー、一回抜いちゃおっかな。 ちょっと来てる来てる、こりゃ出さないと収まり付かないわ。 じゃあ、えーと、さっき見たシチュエーションを斉木さんでひとつ…と、オレは想像力をフル回転させ、ごそごそ股間をまさぐった。 服を緩め、いざと構えたまさにその瞬間、おいというテレパシーと共にがっしりと頭を掴まれ、オレは全身竦み上がった。 愛読書を反射的に遠くへ投げやる。逃げろ、あの人に掴まらないよう遠くへ逃げろ! しかし斉木さんはそんなもの些細な距離とものともせず、手のひと振りで壁まで吹き飛ばした。 「こらー、もう!」 紙はデリケートなんだから、丁寧に扱わないとめっスよ! 慌てて拾い集めにいく。 何スかもう、いつもならもうちょい寛容で、こんなぐしゃぐしゃになるほど吹き飛ばしたりしないのに。 オレは涙目で斉木さんを見やった。 その顔には、明らかにむしゃくしゃしてやった、て色が濃く浮かんでいた。 ええー、これからは、一人で読むのも取り締まるって事っスか? もう同じ目にはあわせないぞと、オレは胸にしっかり本を抱いて、目線で斉木さんに抗議した。 すると、気まずい時そうするように、斉木さんはふっと目を逸らし、わずかに顔を伏せた。 あれれ、さすがに悪かったとか、斉木さんでも思ったのかな。 「で、何の御用でしょ、斉木さん」 オレはベッドの下に本を避難させると、立ちっぱなしの斉木さんの前に正座して尋ねた。 斉木さんはよそを向いたまま、お前の腕を見込んで是非頼みたい事がある、と云ってきた。 それを聞き、オレはぐっと奥歯を噛みしめた。笑いを堪える為だ。 だって、斉木さんの頼み事ってそれつまりこき使われるって事で、もう何度目になるかわからないこの構図、ついつい、笑ってしまいたくなる。 ぐっと笑いを飲み込み、はい喜んでと引き受ける。 だってそうだろ、恋人に頼りにされて嬉しくない奴なんていない。 どんなに面倒事だろうと構わない。 たとえ、さっき、自分の大事なものを蹴散らされていようともだ。 オレは大張り切りで立ち上がった。 瞬間移動で斉木さんちに運ばれる。 着いた先はキッチンだった。 まず目に飛び込んだのは、小粒だがよく実った栗の山だった。 今しがた茹で上がったばかりなのだろう、ザルに山と盛られ、ほかほかと湯気を立ち上らせていた。 様子を眺めそう考えていると、お隣さんから大量に貰ったこの栗でジャムを作りたい、力を貸せと斉木さんが頼んできた。 「はいはい」 オレは軽やかに返答した。 思っていたよりは難しくない、面倒でもない。 むしろ易しい部類だった、 茹でる工程までいってるなら半分は済んだも同然、中身をスプーンで取って、鍋で砂糖と煮るだけだ。 もうあとちょっとで完成っス、楽しみっすね斉木さん。 さて、斉木さん好みの甘〜いマロンジャム作ろうじゃありませんか。 『じゃあ鳥束、頼む』 山盛りの茹で栗を指差し、斉木さんはいい笑顔になった。 うん…いいっスけど、斉木さんが食べるんだから、斉木さんも中身取りやりましょうよ。 そうせっつくと、やった結果がこれだと、三本の曲がったスプーンを示された。 「……は?」 いやいや、何がどうしたらこうなるの? 目をぱちぱちさせていると、斉木さんは新たにスプーンを手にして、実演した。 スプーンは曲がった。 これは――不器用…と言っていいのだろうか。 こういった細かい作業は、力の調整が難しいのだそうだ。 目の前で飴のように曲がったスプーンを手に取る。 超能力者って大変だね。 あんぐりと口を開けるオレに、という訳で頼む、鳥束、と、斉木さんは再度押し付けてきた。 曲がってしまった四本のスプーンは、斉木さんが復元させた。 「しょうがないっスねえ」 オレは腕まくりし、山盛りの栗の前に立った。 「じゃあ斉木さんは、半分に切る方やってくれますか」 『わかった』 斉木さんは隣に並び、別のザルに、半分に切った栗を次々入れていった。 オレはスプーンを構えると、下に置いた鍋に取り出した栗を入れていった。 やり始めはモタモタ手間取ったが、数をこなす内段々手際が良くなっていくオレの手元を、斉木さんはじっと見つめ続けた。 『器用だな』 いえいえ、オレはそこまでじゃないかな。まあまあ、そこそこ器用の部類。 『でも普通にこなせる。器用だ』 なん…か調子狂いますよ、斉木さん、オレを褒めるなんて。 照れ隠しに、オレは隣を見やった。 羨ましいのかなぁ。 そこでふと、さっきの斉木さんの態度が思い出された。あれってもしかして、上手く出来ない自分にむしゃくしゃしての八つ当たりだったのかな。 そう考えると合点がいった。 そうなの、斉木さん。 オレはあえて言葉を飲み込み、自分の中だけで処理した。 オレからしたら、何でも出来る超能力持ってるなんて羨ましいどこじゃないのに、普通の生活がアンタは羨ましいんですよね。 でもアンタだって、ちゃんと日常生活送れてるじゃないっスか。 色んな努力して苦労して、それ自体は普通じゃないですけど、何とか馴染もうと頑張ってるアンタは、偉いと思いますよ。 誰だって得手不得手はあるんです、超能力者だって同じですよ。 「はい、あーん」 取った中身を一つ、斉木さんの口元に持っていく。 たちまち斉木さんは顔を赤くして、ふんとばかりにそっぽを向いた。 その反応は、なんとなく予想していたものだった。 「あ、いらないっスか、じゃオレ食べますね」 なのでオレは、わざとらしく大きな口を開けた。それを、斉木さんがすかさず超能力でさらっていく。 「あ、もう」 無性に嬉しくなり、オレは笑った。 茹で栗を頬張って、斉木さんが得意げになる。 オレはほんの少し目を細めた。 そうだよ、アンタはそういう顔しててよ。 そんなアンタにも難しい事は、こうしてオレが担うから、任せてよ斉木さん。 せっかく出会ったんだから、出会って近付いて、こうして付き合うようになったんだから、出来る事を出し合って一緒に生きていこうよ。 そう、眼差しに込めて願うと、斉木さんはつまらなそうな顔でよそを向いた。 またそうやって、アンタね、ごまかそうったってそうはいかないっスよ。 自分の方に向けさせ、オレは唇を重ねた。 寸前、斉木さんの唇にほんのりと笑みが浮かんだのを、オレは見逃さなかった。 安心したような、嬉しがるような微笑はなんともくすぐったくて、オレもたまらなく嬉しくなる。 栗のジャムと並行して、オレは白玉団子を作った。 こいつは何度も作っているので作り方は頭に入っており、あっという間に完成した。 栗のジャムにモチモチの白玉団子は合うのではないかとふっと思い付いて、超特急で取り掛かったのだが、さて、味はどうだろうか。 「どうぞ、斉木さん」 ガラスの器に白玉を取り、上にマロンジャムをのせて、斉木さんに味見と差し出す。 栗のジャム、正直言うと他の果物に比べ見た目は地味でそれほど美味そうには見えないが、食べればわかる、びっくりする美味しさだった。 頂いた栗が良いものだったのだろう。 『お前の腕もいい』 「えへ、いやいや」 『全然嫌いじゃない。この白玉もだ』 もぐもぐと噛みしめながら、斉木さんは目を煌めかせた。今にも頬っぺたが落ちそうに、顔を緩ませている。 ああ、良かった。 オレも団子を一つ頬張った。 うん、思った通りのモチモチ具合で、オレはほっとした。 隣にある柔らかな微笑と相まって、心までもとろけた。 美味しいね、良かったね斉木さん。 |