おやすみなさい良い夢を
甘えんな
今日は斉木さんが泊まりに来てくれる。 朝晩の冷え込みも段々厳しくなってきましたし、掛け布団をもう一枚出しましょうかね。 こんな事もあろうかと、先日晴れの日に干したばっかりなんですよ。 ほら、敷布団も掛け布団も枕もふかふか、良い寝心地ですよ。 こう冷え込んでくると、やっぱり布団が恋しくなりますよね。 お風呂もいいよね。 寒い時期のお風呂、そしてお布団、もう最高っス。 |
『お前、人生楽しそうでいいな』 熱く語るオレを冷ややかに見つめ、斉木さんがぽつり。 「えー何スか、斉木さんも日本人なら、お風呂とお布団の良さはわかりますよね」 寝床の支度をせっせとしながら、オレは語り掛けた。 「あと、こたつ、こたつも外せないっスね」 アンタ結構寒がりだし、この三種の神器のありがたさ、絶対わかるはずだ。 『別に僕は寒がりじゃない』 もー、意地っ張りめ。そんな事言って、こたつに入るとてこでも動かないくせに。 オレはクスクス笑う。 「こう、さむーい日、身体も芯まで冷えちゃってつらい寒い日、あつーいお風呂に入って、ほかほかあったまったあと、寝るまでこたつでぬくぬくして、そのままあったかーいお布団に包まって眠る……ああ、最高だよなあ」 日本人で良かったなあ。 オレは横目に斉木さんを見ながら、冬の日本に三つがいかに必要不可欠であるかを、滔々と語った。 斉木さんの表情にこれといって変化はないようだが、その実賛同したい気持ちが口の端っこをむずむずさせているのを見て取り、オレはまた笑った。 そこで、斉木さんの仮面が崩れた。 『くそ、鳥束が』 「もー斉木さん、素直になりましょうよ」 悔しそうなへの字口にオレはにっこり笑いかける。 「今日はまだこたつは出してないですが、お風呂とお布団、最高っスよね」 『やれやれ……お前がそこまで言うなら仕方ない、付き合ってやるよ』 あくまでオレが言い出した事として、斉木さんは短く息を吐いた。 まったく素直でない人、そこがたまらなく可愛い人、オレの好きな人。 お風呂の準備をして、じゃあ行きますかとオレは先頭に立って部屋のドアノブに手をかけた。 後ろから斉木さんの手が肩に伸びる。ぽんと置かれた瞬間、オレは嫌な予感に見舞われた。 「!…」 果たして予感は的中し、一瞬にして真っ暗な山奥に移動させられ、オレはまたかと目をひん剥いた。 ここは何度か連れてこられた事がある、北海道某所にある秘湯だ。 「……斉木さん!」 ここら一帯はもう真冬、雪を乗せた寒風吹きすさぶただ中で、オレはガタガタ震えながら斉木さんを振り返った。 『さっさと温まるぞ。お前が死なない内にな』 「はいっス!」 風の音に負けぬ大声で返事をし、オレは温泉へと駆けた。 温泉に浸かって充分に温まったオレたちは、また元通りオレの部屋に戻った。 ああ、大変良いお湯でした。 ありがとうと斉木さんを向くと、ほんのり色付いた顔が何とも色っぽくて、オレはだらしなくにやけた。 タオルでごしごし洗い髪を拭っていて、ふと見ると、斉木さんはもうお布団に横になっていた。 「アンタ、ちゃんと髪乾かしたの? 風邪引くよ?」 『お母さんか』 びっくりして触れると、洗い立てのさらりとした感触が手に気持ち良かった。 「あ、もう済んでるんスね、さすが超能力者、手間なしでいいねえ」 羨ましいと感心する。 肩まで布団に包まり丸まって、頭だけ出した状態がなんとも可愛くて、オレは微笑ましく見つめた。 そんなオレを、斉木さんが布団の中からじろりと見上げる。 「やっぱり好きなんじゃないっスか、お布団」 『嫌いだなんて、ひと言も言ってない』 しれっとそんな事を。ああ可笑しい、斉木さん可愛い。 「どうスかお布団、ふかふかでしょ」 斉木さんは、一つゆっくり頷いた。その顔を見れば、どれだけ満足しているかよくわかった。 「ねえ、なんでアンタってそんな可愛いんですかね」 『お前の目と脳みそが腐ってるだけだろ』 何かにつけて可愛い可愛いと、うるさいんだよ。 オレは唇を軽く突き出した。 そうは言ったって、アンタがする何でもない仕草の一つひとつが、オレには特別に映るんですよ。 どんなにちょっとした事でもね。 それらにドキッとしたり見惚れたり感心したり。 『やっぱり目と脳が腐ってる』 容赦ないひと言にオレはぷくっと頬を膨らませた。けど、斉木さんを見てるとたちまち緩んで、だらしない笑顔になってしまう。 『お前がそうやって目まぐるしく表情を変えるの、嫌いじゃない』 気持ち悪いしアホ面だなと思うが、見ていて飽きない。全然嫌いじゃない。 「好きっスか」 嬉しくなって、オレは顔を近付けた。 斉木さんは布団の下から片手を出すと、オレの頬に伸ばしてきた。触るの、それともさすってくれるの、期待して待っていると、どちらでもなく摘まんで引っ張られた。 「いだだだ! なになに、斉木さん、なに!」 オレは慌てて身体を起こし、つねられた頬をいててとさすった。 『よく動くから、さぞ柔らかいのだろうなと思って』 「うーん……で、どうでした?」 『よくわからなかったのでもう一回』 また手が伸びてきたので、オレは仰け反って避けた。 「やですよ。今度は反対側を引っ張るつもりでしょ」 『バレたか』 「もー。斉木さん!」 めっ。 ぎゅっと睨み付けるが、斉木さんはまるで気にせず、起き上がってまでオレに手を伸ばしてきた。 こらこら、だからもう、めっ。 しかし、今度は引っ張る為ではなかった。 手と同時に近付いてくる顔に、オレはぴたりと呼吸を止めた。 いたずらして悪かったって意味なのか、今さっき引っ張った頬をさすりながら、斉木さんはキスしてきた。 もう何十回となくこうして重ねているのに、いまだにオレは、アンタの唇の温かさ柔らかさに胸がジーンとなるんだよ。 きっとこれからもずっと、アンタに触れる度ジーンとするんだろうな。 物心つく前から幽霊といて、彼らには触れなくて、だからオレの一方的なもので、エロガキだったオレは綺麗なお姉さん限定で抱き着いてって、それもオレの一方的なものだったけど、アンタは違う。 オレからとアンタからと、ちゃんとお互いを向いてるから、何度やっても胸が燃えるように熱くなるんだろうな。 ああ斉木さん…好きです、大好き。 静かな部屋で、オレたちはキスしたまま抱き合っていた。 段々身体が火照っていく。それにつれて鼓動が速まっていく。オレのと、斉木さんのと、二人の人間の心音が、はっきり聞こえる。 それもまたオレの胸を焼いた。 |
斉木さんと寝たいオレ、追い出して一人で寝たい斉木さん。 せめぎ合う。 『おい、お前は自分のベッドがあるだろ。そっち行け』 「そんなひどい、一緒に寝ましょうよ」 『いやだ、お前でかいし狭苦しいし、ゆっくり寝たいのに眠れない』 「そんな冷たい事言わないで下さいよ斉木さん…そうあれ、子守唄、子守唄歌ってあげますから」 『余計眠れなくなる』 いいからとっとと出てけと、斉木さんはかかとでオレの腰の辺りをぐいぐい押してきた。 「やだー斉木さんやだー」 『うるさい甘えんな』 「斉木さぁん!」 粘りに粘って、何とか一緒に眠る事に合意してくれた斉木さん。 オレとしてはもうしばらくいちゃいちゃしてたかったけど、お風呂とお布団とで気分が安らいだのか、気付くとすやすや夢の中だった。 ああ可愛い、斉木さんの寝顔いつ見ても可愛い。 手の甲でそーっと頬を撫でる。 うん、やっぱり温かい。触れる人は温かい。 オレはほっといい気分になって目を閉じた。 |