明日は月曜日

お化けとお菓子とイタズラ

 

 

 

 

 

『日曜日、おまえんちに行く』

 食堂で、いつものように向かい合い楽しく…楽しいのは主にオレの方で、斉木さんは例のごとくオレをあえて無視して肉野菜定食を食べ進めていた、そんな時間、斉木さんが云ってきた。
「え、来てくれんスか!」
 オレは箸を落とさんばかりに喜び、斉木さんを見た。
 オレんちに誘うのも、斉木さんちに行くのも、いつも大体オレから言い出す事が多かった。ほぼオレからだった。
 だから、こんな風にずばっとはっきり言い渡されるのは珍しい事で、オレは顔が緩んで仕方なかった。
『お菓子用意しとけ、たくさん』
「え、コーヒーゼリーでなくて?」
『もちろんいるしお菓子もいる』
「はいはい……ああ、そうかハロウィン!」
 オレはやっと理解した。
 そうか、日曜の日付はそうだったか。
 うーむ、根付いたようでそうでもないがまあまあ根付いているかなーっていうハロウィンは、日曜だったか。
「了解っス! 斉木さんの好きそうなの、一杯買っときますね」
 そう応えると、斉木さんは「うむ、よし」てな具合に力強く頷き、週末口に出来るだろう甘いお菓子に思いを馳せ目を煌めかせた。
(ああうわ、可愛いなあ)
(斉木さんて本当に可愛い)
 願わくばオレにそんな目を向けてもらえたらと思うけど、アンタの好きなものが明確なのは幸せな事だと思う。
 アンタを喜ばせるものがこの世にちゃんとあるって事が、オレは嬉しい。

 

 一時ごろ来るって言ってたけど、またあれかな、瞬間移動でここに直接来るのかな。
 約束した時間が近付き、オレはそわそわ落ち着きなく到着を待っていた。
 普通に家から歩いてくるってのは、斉木さんではどうも想像しにくいし、やっぱりいつものごとく、オレが油断する隙を突いてシュッとやってくるんだろうな。
 でも今日は時間もしっかり言われたし驚く事はないだろ、たとえ真後ろに現れようがいい加減慣れたものだ、もう飛び上がったりはないぞ。
 オレはテーブルに用意したお菓子に目をやる。コーヒーゼリーは冷蔵庫の中、準備万端、いつでも来い――その時。
 不意に外から窓ガラスがコンコンと叩かれた。
「はっ……!」
 オレは飛び上がるほど驚き、どっと吹き出す冷や汗に震え上がった。
 しかしそれも一瞬で、ああこりゃ斉木さんの仕業だなと身体の力を抜いた。
 ここは敷地の奥まったところで、寺の人間がこっちに来る用などまずないし、通りすがりの誰かなんてもっとありえない。
 だから、この突然の訪問者は斉木さん以外ありえない。
 オレは立ち上がり、今開けますからと窓に向かった。
 するともう一度、今度は四回ほど窓をコツコツ叩く音がした。
 はいはい、開けますよ。
 手をかけようとした時、白い四角いものがぺたっと窓ガラスに押し付けられた。
「ひっ……!」
 そう来るとはさすがに思っていなかったので、変な声を出してしまった。そんな自分に苦笑い。
 すりガラスで、外の景色がぼんやり見える程度の窓でも、ぴったりくっつけられたら何かわかるし読み取れる。

 ――お菓子をくれなきゃイタズラするぞ

 画用紙ほどの大きさの紙には、マジックペンでそのように書かれていた。
 つい、ふふと笑いが零れた。
 毎度毎度、あの手この手でびっくりさせてくれる。
「待ってたっスよ斉木さん」
 オレはがらりと窓を開けた。
 しかしまだ、驚きは残っていた。
「なっ!……んスか、その格好」
 窓の前には、白いシーツを頭からすっぽりかぶった斉木さんが立っていた。二つの目と口は黒く、塗り潰したのか黒い布を当てたのか、いかにもお化けといったおどろおどろしい顔をしていた。
 目の部分は完全に塞がれていて、それじゃ全然前が見えないだろうと思ったが、超能力者が布切れ一枚でどうこうなる訳ないかと思い直し、オレは自分に少し笑った。
 凝ってるのか手抜きなのか、一応はお化けのコスプレだ。
「それ、中々似合ってますよ」
 オレが言うと、斉木さんはそうだろうとばかりに一つ大きく頷いた。そして、超能力で浮かせているのだろう画用紙を、ずいっとオレに突き付けた。

 ――お菓子をくれなきゃイタズラするぞ

 オレはもう一度文字を読み、ハイハイと返事をする。
「その前に斉木さん、言っていいっスか? お菓子あげる前からイタズラってちょっとひどいと思うんスけど、そこんとこどう思います?」
 何の前触れもなく窓ガラス叩かれるって、かなりの恐怖っスよ。
 イタズラの域を越えてます。
 びっくりさせすぎですと斜めに見やるが、斉木さんは微動だにせず立ち続けた。
「……もー、何か喋って下さいよ」
 オレは頭へと手を伸ばした。
「それか、顔見せて下さい」
 避けられると思ったが、意外にも素直に斉木さんはオレの方に頭を傾けた。取っていい、というサインだろうか。オレは試しにシーツを摘み、少し引いてみた。どうやらいいようだ。
 シーツが地面についてしまわないよう慎重に手繰り寄せる。
 そして、三度目の驚きを味わう。

 すぐそこに見慣れた顔が現れるとばかり思っていたが、出てきたのは完全な透明人間だった。

「へぇっ……!」
 オレは顎が外れるんじゃないかって程大口を開けて驚いた。手からバサっとシーツが落ちる。
 そんな馬鹿な!
 透明化したって、オレの目には見える筈なのに。
 オレの目でも捉えられないような超能力に目覚めたのかと、ある種の絶望感に打ちひしがれたオレだが、タネはすぐ下にあった。
 仕掛けはこうだ、幼児化した斉木さんが、高校生サイズにシーツを膨らませて、オレを欺いた、それだけの事だった。わかってしまえば実に単純、しかしびっくりさせるには最高の仕掛けだ。
「もー……心臓止まるかと思いましたよ」
 シーツ越しの髪の感触とか、あんなにハッキリ感じ取れたのにそれも超能力による偽物だったなんて、斉木さん凝りすぎ。
 オレは窓枠に手をかけたまま、へなへなとその場に座り込んだ。
 その窓から、斉木さんがひょっこり顔を覗かせた。見慣れた濃桃色の髪を目にして、ほっと身体の力が抜けた。
「この……もう、斉木さん」
 大成功とキラキラ目を光らせているものだから、まんま子供の顔で喜ぶものだから、オレは怒るに怒れない。

『鳥束、お菓子もらっていいか?』
「……ダメです」
 しかし、ここは断固拒否する。
「あげる前にイタズラしたから、もうあげません」
 オレはふんっとそっぽを向き、そのまま仰向けに寝転がった。別に怒ったわけじゃない。少しばかり、拗ねているだけだ。
 そんな心境などお見通しのくせに、斉木さんは白々しくも聞いてくる。
『鳥束、お菓子くれないのか?』
 いつの間にか元の姿に戻った斉木さんが、同じ質問を繰り返しながら、オレに覆いかぶさる形でずいっと顔を近付けた。
『くれないならイタズラするぞ』

 

「ちょちょ……お菓子もらう前にイタズラしといて……ちょ、斉木さん!」
 斉木さんの手が腹の辺りを這い回る。くすぐるなんてかわいらしいものじゃなく、明確にそれの意思を持った動きだ。
 オレは抵抗しながら起き上がりかけた。
「……うわっ!」
 覆いかぶさってくる身体を押しやろうとした時、耳たぶを歯で軽く挟まれ、ぞくぞくっと背筋を駆け抜けた甘い痺れにオレは思わず高い声を上げた。
「っ……!」
 斉木さんは耳たぶを噛んだまま、ちゅうっと吸った。今度は声も出せなかった。
『お菓子を寄越せ』
 ふうふうともれる熱のこもったため息を右手で押さえ、オレはもう片方の手をテーブルに伸ばした。すかさず斉木さんがそれを阻止する。指先を包むようにして握り込んでくる。
「なに……」
『寄越せ』
「はい、だから……」
 だから今取ろうとしてるのに、なんで邪魔するんスか。
 耳たぶに、硬い歯とねっとり熱い舌が交互に触れてきて、オレを翻弄する。
「ね、斉木さ……耳、もうやめて」
『鳥束、お菓子を寄越せ』
「テーブルに、あるから……あぁ」
 耳の後ろまで丹念に舐められ、恥ずかしい声が漏れ出る。
『そっちじゃない』
「……ええ?」
 痺れるような刺激に頭がくらくらして、よっぽど集中しないと斉木さんの言葉が理解出来ない。
『鳥束、寄越せ。お前が一番甘くて上等なんだから、お前を寄越せ』
 ここに…斉木さんは、掴んだオレの手を自分の奥の方へ導いた。
「!…」
『でないと、イタズラするぞ』
 オレの耳から口を離し、斉木さんはゆっくり顔を覗き込んできた。
 アンタ、最初からそのつもりだったのか?
『こういうのは嫌か、鳥束』
「そんなっ……」
『嫌だったか?』
「そんな事……」
 そんな事ないと言ってやりたいのに、どうしてか喉が詰まって声が出せない。
 こんなノリノリエッチな斉木さんなんて超貴重だからか、びっくりしすぎて詰まってしまったのだ。
 オレは唇を引き結び、自分の意思で斉木さんの股間を弄った。
 たちまち斉木さんの目が、それはそれは嬉しそうに細くなる。
(なにそれ……もう、斉木さん!)
 一気に欲望が噴き上がる。
 アンタのイタズラも見てみたいけど、まずはオレを上げますね。
 オレは体勢を入れ替わり、妖しく見上げてくる斉木さんに顔を近付けた。

 ああでも斉木さん、明日は月曜日なんて、お互いほどほどに…なんて、オレたちには無理な話だな。

 オレので乱れに乱れる斉木さん目にしたら止まらないし、斉木さんはますますオレを欲しがってしがみ付いてくるし、そうされたらオレは更に昂るし、お互いで煽り合って、きりがない。

 

(ああ、斉木さん…まじ気持ち良い……)
(奥がぎゅってなるのたまんない、腰止まんないよ)
 オレは、ベッドにぺったりうつ伏せになった斉木さんに圧し掛かり、更に身体を押し潰すようにして腰を送り続けた。
 ついさっきまでは四つん這いでオレを受け入れていたが、達して、それでもオレが止まらずに突き続けたせいで、とうとう力が抜けてしまったのだ。
 少し可哀想に思ったが、斉木さんの反応があまりに可愛く、腰を直撃するので、オレはどうしても止められなかった。
「ひっひっ……い、ああ――あぁあ!」
 斉木さんは右に左に何度も首を曲げながら喘ぎ、ぜいぜいと喉を鳴らした。
 お互い何度いったか、もう数えるのをやめた。斉木さんがこうして声を駄々洩れにしてるから、かなりの回数出していってるのは確かだ。
 初めに抱き合って繋がって、それから数回体位を変えたが、一度も抜いていない。その間何度か斉木さんの奥にぶちまけた。そのせいで、オレが動く度繋がった個所からグチュグチュと卑猥な音がしっぱなしだ。
 斉木さんの腰回りのシーツも、斉木さんの放った精液や先走りやらですっかり濡れてしまっている。
 それでもオレたちは気にせず、いや気にしている余裕もない程に互いを求めて、興奮しきっていた。
 べちょべちょで気持ち悪いとか、思う隙すら無い。
 そんなのはどうでもよくて、いかにしてこの膨れ上がった熱を相手に伝えるか、それだけだった。
『鳥束、鳥束……!』
「っ……ふ、ぅっ……」
 いく
 息を詰めた呻きの後、斉木さんの腰がびくびくっと激しく痙攣した。オレは腰の動きを緩め、ゆっくり性器を抜き差ししながら、達した直後の蠢きを愉しんだ。
 ゆっくり抜いて、一気に突き刺し、またゆっくり腰を引いてひと息に押し込む。
 斉木さんの丸く白い尻が一瞬潰れるほど強く突き、繰り返し、オレは狭まる内部を味わった。
 そして目でも。斉木さんの小さな孔に、オレのが出たり入ったりしてる様を見て、ひどく興奮した。
 喉が焼き切れるのではないかと思う程忙しなかった呼吸が、段々落ち着いてきた。
 まだいくらか腰の痙攣は続いていたが、少し回復したようだ。
 起き上がろうともがくのを見て、オレは手を貸す。
「大丈夫、斉木さん」
 絶頂の余韻に浸り、目がぼんやりと潤んでいたが、斉木さんはこくりと頷いた。
 オレの方に伸ばされた手を握り返し、ゆっくり抱き起すと、斉木さんはオレにもたれて、ほっとすると云うように長く息を吐いた。
 少しして斉木さんが、後ろ向きではなく向かい合いたいと仕草で伝えてきた。
 でもオレは、その前に斉木さんにしてあげたい…お返ししたい事があったのを思い出した。

「はっ……!」
 汗ばんだ首筋に舌を這わせると、斉木さんはぶるぶるっと身を震わせた。
『やめろ…汗、汚いだろ』
「今更っスね」
『でもやめろ』
 斉木さんは手で追い払おうとするが、オレはそれを掴んで封じ込め、目的である耳たぶに軽く噛み付いた。
「!…」
 再び斉木さんが震えを放つ。今度は声も出せないようだった。
『さっきの……仕返しか』
「そうですけど、そうじゃないっス」
 半分半分ですと答え、オレはねっとりと舌を這わせた。縁を何度もついばみ、舐め上げ、そっと歯で挟む。
 そのどれにも、斉木さんはオレの心をくすぐる快い反応を見せた。
「斉木さんて、どこ触っても敏感に反応じますよね」
 両手を身体の前面に回し、指先で乳首をくすぐる。
 今度の震えはどれより大きく、オレを咥えたままのあそこもぎゅうっと締まった。
「うくっ……」
 たまらずにオレは呻いた。
 ああ、気持ち良いっス、斉木さん。
「エッチな身体っスね」
 怒りめいた音で斉木さんが息を吸い込む。機嫌を損ねたい訳じゃないのだ。オレはすぐに抱きしめ、大好きだと呟いた。
 怒りに似た音で吸い込まれた空気は、短いため息となって吐き出された。
『嫌いじゃないならいい』
 そんな馬鹿な話あるかと、オレは頭を跳ね上げた。
「オレも割と底なしなんで、斉木さんに受け止めてもらえて、嬉しいんですよ」
 心の奥底まで同じ気持ちだとさらけ出し、オレは肩口に唇を押し付けた。
 斉木さんの肌、すべすべしてて気持ち良い。どこ触っても気持ち良い。
 どこも全部、好きっスよ。
 半ば無意識にキスを繰り返していると、頭に声が響いた。
『僕も、お前を受け入れるところがあって……』
 そこまで伝えたところで、斉木さんはちょっとだけ顔を俯かせた。
 ああ、斉木さんの素直に言えない素直さが出たのだなと、オレは顔をにやけさせた。

 斉木さんの心に触れた嬉しさにドロドロにとろけていると、突如斉木さんが動いた。
 今度こそ向かい合う。
 斉木さんの顔は頬も目尻も朱色に染まって匂いそうなほど色っぽくて、見ているだけでまた熱が集まってくるようだった。実際、芯を帯びていくのがわかった。
 それは斉木さんも感じたのだろう、お互いの繋がっている部分をちらりと見やり、オレへと、呆れたような目を向けてきた。
 オレはむすっと口を引き結び、片手で斉木さんの耳をきゅっと摘まんだ。斉木さんの目がわずかに狭まる。
『そうだな、お前だけじゃないよ』
 ほんのりと口元に笑みが浮かぶ。オレの間抜けぶりを笑う時とは違う、コーヒーゼリーを食べる時とも違う、どんな時とも違う微笑があんまり綺麗で、オレは半ば無意識に口を開いた。見入るあまり、呼吸を忘れた。
 ひゅっと息を吸い込んで我に返り、オレは顔を寄せた。あの唇はきっと極上の味がするに違いないと、ゆっくり重ね合わせる。
『お前と同じだ。変わりない』
(いや、全然違うよ斉木さん、オレなんかと……)
『同じだよ鳥束。お前のだって』
 極上だよ。
 信じられないようなひと言にオレは目を見開き、間近にある斉木さんの瞳に釘付けになる。
 それが本当なら、斉木さん、オレは嬉しさでもう死ぬかも。
『そいつは困る。僕が満足するまでなんとかもたせろ』
「!…あぁ、もう!」
 なにそのエロイ笑い方!
 もたせろっていうなら、オレを死にそうに追い込まないで下さいよ斉木さん!
 斉木さんは顔を離すと、オレの肩を押しやって仰向けに寝かせ、立膝の姿勢になった。
 一旦はオレの腿に手をついたが、姿勢が気に入らないのか、両手をオレに伸ばしてきた。オレは意図をくみ取り、手首をしっかり掴んだ。
 斉木さんは握り返しはしなかった。どうしてかはわかる、オレの腕を握り返して、そのまま上り詰めたら、力の加減が出来なくて握り潰してしまいかねないからだ。
 だからその代わりしっかり手を握り締めて、汗で滑ってもオレたちが簡単に離れてしまわないようにする。
 オレが笑いかけると、斉木さんもよしと云うように口端を緩め、ゆっくり腰を上下させ始めた。
『あ、とりつか……』
「さいきさ……」
 たちまち斉木さんの顔が気持ち良さにとろけ、湿った吐息がいくつも口から零れ出た。それを浴びて、オレも息が上がった。
 もう、斉木さん…オレ頑張るよ。
 どこかへ行ってしまわないよう斉木さんの腕をしっかり掴んで支え、オレは、オレの上で淫らに踊る斉木さんを凝視し続けた。
 斉木さんが動く度、きつく勃起した性器がゆらゆら躍った。
 斉木さんの緩んだ顔とそちらと、どちらにも異様な興奮を覚え、オレはあっという間に上り詰めた。

 

 ほどほどになんて、オレたちにはやっぱり無理な話だった。
 事の後、徹底的に搾り取られ動けなくなったオレは当然として、斉木さんも、満足するまでとなるとやはり体力を削られる。
 無敵の超能力者といったって人間なのは同じだから、オレよりちょっと回復が早いってだけで同じように疲れもする。
 今すぐ横になりたいのをどうにか堪えて斉木さんはベッドを復元すると、まずオレを転がし、続けて隣に身体を投げ出した。
 くたくたではあったが、最高の気分だった。
 しかし。
『おい』
「いだっ!」
 いきなり横っ面をはたかれ、オレは一気に目が覚めた。瞬間的に湧いた怒りをバネに跳ね起きる。
「もう、斉木さん、痛い!」
 ひどい!
 いつもの事だから慣れてるけどさ。
 オレは笑いながら怒って、寝転がる斉木さんに身体を向けた。
「で、何スか?」
『明日、遅刻するなよ』
 その言葉に、オレは横目でそっと時計を確認した。
 ああはい、うん…多分大丈夫だと思います。
 強張った顔で答える。
「斉木さんこそ」
『よし、じゃあもし遅刻したら、今のビンタをもう一回な』
「え……斉木さんにも?」
『そうだ。僕を殴れるチャンスだな』
「い……いやいや、いやいやいや」
 遠慮しますとオレは手と首を振った。
「遅刻しなかったら、何かご褒美とかはあるんスか」
 キスとか。
 斉木さんの顔が心なしか険しくなる。
 ですよねと、オレは今の発言をすぐさま取り消した。
『まあいいぞ。そうするか』
「ホントっスか!」
 オレは半信半疑で聞き返した。
 斉木さんは起き上がると、そのままオレに顔を近付け、唇を重ねた。
『してやるよ』
 舌が滑り込んできて、オレは息が止まった。
 つい、今、もっとすごい事したのに、キス一つで動けなくするとか本当に斉木さんには敵わないな。

 斉木さんは、オレが山のように用意したお菓子を残らず持って、上機嫌で家に帰った。
 オレは、明日のご褒美を夢に見つつ、一人になった部屋でそっと、斉木さんにお休みを告げた。

 

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