明日は月曜日

溺れても溺れても

 

 

 

 

 

 少し深めの白い皿に、丸い橙色の果実が三つ。
 丸くてツヤツヤでプルプルっとしたところが、卵の黄身にも見える。
『ひっくり返すと、アンズにも似てるな』
「そっスね。この、種取った後のくりぬいた感じがアンズみたい。お味はいかがです?」
 斉木さんは一つを丸ごと、大きな口を開けて頬張ると、静かにもぐもぐ味わい始めた。
 そうしながら、オレにキラキラした目をぶつけてきた。
 ほんのり紅潮した頬、煌めく眼差し…うわ、キラキラ眩しいっス斉木さん。
 オレは思わず目を細めた。
 そんなにいいお顔になるって事はそんだけ、お口に合ったって事っスね。
 オレはたまらなく嬉しくなり、食べ終わるまで待って、もう一つを口に運んだ。
 とろける美味さだと表情で語りながら、斉木さんはあーんと口を開けた。

 卵の黄身に見えるがそうじゃない、アンズのようだけどそうじゃないこれは、びわのシロップ煮。
 斉木さんの田舎でとれたものを、オレがおすそ分けで貰い、斉木さんの指示通りシロップ煮にしたものだ。
 貰ったのは昨日の事で、翌日の今日、ちゃんと作れたかと斉木さんが予告なしで部屋にやってきた。
 オレは急いで冷蔵庫から取ってきて、デカい瓶に一杯出来上がったシロップ煮を、ちょっと自慢げに斉木さんに見せた。
 もちろん見せるだけでなく、三つばかり皿に取り出し、どうぞとすすめた。
 ちゃんと味見したのかと睨まれ、もちろんだとオレは答えた。
 貰ったメモの分量はオレの好みにとても合っていて、まるで調べたみたいにぴったりで、ちょっと味見のつもりが一気に三つ食べてしまったくらいだった。
 それくらい美味しく出来上がった。
 そう告げると斉木さんは、なら安心して食べられるなと上機嫌になり、とてもいい笑顔で三つをべろりと平らげた。
 食べ終えると、こいつは、ヨーグルトやアイスに合いそうだと言い残し、さっさと帰っていった。
 食べたらすぐ帰っちゃうなんて、斉木さん…寂しいっス。

 

 そう思ったのだが、それから斉木さんは、毎日のようにオレの部屋にやってきた。
 もちろん目的はシロップ煮を食べる為だ。
 オレがちゃんと食べてるか確かめる為…なんて掲げてるけど、本当のところは自分が食べたいのバレバレっスよ斉木さん。
 もう、可愛い人だなあ!
 というか斉木さん、自分用には取らなかったのだろうか。
 そんな疑問を抱くが、斉木さんに限ってそんな事はなく、自分ちとオレんとことで二回食べたいのだと、悪びれる事無く言った。
 はあ、この食いしん坊め。
 甘いものとなるとこれだもんな。
 斉木さん、本当に可愛い。

 今日はヨーグルト、今日はアイスクリーム、今日は…――。
 日替わりで、何かしら持ってやってきてくれるのを、オレは心待ちにした。
 シロップ煮を食べるのが一番の目的、オレは二の次でもいい、学校以外でもこうして毎日斉木さんに会えるなんて、こんな楽しい事はない。
 それに、食べるついでに一緒にうちでゲームやったり、肩を寄せ合って本を読んだり、そのままナニになだれ込んだり、毎日とても充実していた。

 けど、何事も終わりがあるように、あれだけたくさんあったシロップ煮も、ついになくなってしまう日が来た。

 

「今日の分で終わりっス」
 オレはなるべく悲しい声にならないよう、気を付けて口にした。
 対して斉木さんは、どこか嬉しそうに頬を緩ませていた。
 ちょっと、ちょっとアンタ、寂しくないの?
 アンタをあれだけ喜ばせたシロップ煮、今日でおしまいなんですよ。
 だのになんでそんな嬉しそうにするんだ。
 このビワはいうなれば斉木さんなりの愛の形で、毎日一つずつそれを確認するのが何よりの楽しみだった。
 口に入れ、噛みしめると、他の果実では味わえない甘さと深さが一杯に広がって、胸を満たしてくれた。

 それが今日でおしまい。

 今日で斉木さんとしばらく会えなくなるって、こんなにオレは物悲しい気持ちになっているのに。
『今日で終わり? とんでもない』
「え……何スか?」
 オレはぱちぱちと目を瞬いた。
『僕が喜んでるように見えるって? そりゃそうだ、最後の収穫に間に合うから喜んでいるんだ』
「……え?」
 聞くと、田舎のビワの木、今年は特に豊作で、オレにおすそ分けにきたあの日以降も次々実がなっていたのだそうだ。
 その分は田舎と、斉木さんちとで楽しみ、そしていよいよ収穫も終わりを迎えるだろうから、明日、全部とってしまおうと予定しているのだそうだ。
『そっちは全部お前にやる。だから、シロップ煮はまだまだ楽しめるぞ』
「っ……!」
 オレは反射的にカレンダーを見た。
 明日、またじゃあ明日、田舎から直接飛んできてくれるんですね。
『その予定だ』
「!…」
 オレは破顔した。
「斉木さぁん!」
『久しぶりに、そのままをかじらせてやる』
「ええ、あの……すごく嬉しいんスけど、オレまた泣いちゃいそう」
 先日の記憶があまりに強烈に胸に刻まれたから、条件反射のごとく涙が出てしまいそうだ。
「もしそうなったら斉木さん、思いっきり笑っちゃってくださいね」
『いいや、お前を抱きしめて、もっと泣かせてやるよ』
 なんせ大事な恋人だからな。
 こういう時だけそうやって…ああもうこの超能力者めー!
 オレがそういうのに弱いって知ってるのに、これだものな。

 アンタって人は…オレをどんだけ溺れさせれば気が済むんだ。

 

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