明日は月曜日

苺とチョコとバナナと抹茶

 

 

 

 

 

 金曜の夜、部屋でエロ本読んでくつろいでいると、斉木さんが来て有無を言わさず連れ出された。
 行先は隣駅の駅前広場。そこに隔日でくる移動販売車のクレープを食べるのが、斉木さんの目的。
 オレは財布にされたって訳。
 はーまったく…盛大にため息がもれるが、夢中でイチゴクレープを頬張る斉木さんを見たら、文句も引っ込む。

 土曜日もまた、夜に突然斉木さんはやってきて、別のクレープの屋台につれてかれた。
 またっスか?
 ついそんな事を思って斉木さんを見つめると、力強く見つめ返された。睨むというよりもっと切実な、一心に頼むような眼差し。
 斉木さんの事だから計算しての事かもしれないけど、そんな悲痛な目で見られたらオレ絶対断れませんって。
 はいはいああもう、しょうがないっスねえ、て感じに心が緩む事請け合いだ。
 だからオレは、斉木さんの希望するチョコバナナクレープを快く奢る。
 斉木さんは、この味も悪くないって顔で夢中になってクレープにかぶりついていた。
 ああもう、この人はもう!

 日曜日の夕暮れ時。
 二度あることは三度あるっていうからな、いつ斉木さんが来てもいいように、準備しておくか。
 とはいえ、外出の身支度ならともかく学校関連の事となるとオレはたちまち腰が重くなる。
 しかし明日は月曜日、ほったらかすわけにもいかない。
 夕飯前、ちらっとスクールバッグを見た。明日の用意を、までは思ったが、面倒なので夕飯後に後回しにした。
 夕飯後、また目がスクールバッグに向いた。ついでに月曜の時間割も見たが、面倒なので後回しにした。
 腹ごなしに、金曜に買ったばかりの真新しいグラビア本を開く。
 ひと通りめくり終わり、さて風呂に入ろうかとだらだらと準備に取り掛かる。
 そこでついでに、鞄の傍に月曜の準備を、中途半端に整える。残りは風呂の後だと後回しにする。
 風呂に入ってさっぱりして、さあじゃあ、いよいよ明日の準備に取り掛かるかという時、ついにというかとうとうというか、斉木さんが真横に現れた。

「待ってたっスよ――ってあれ、何か不機嫌スね」
 オレは小首をかしげた。
 ははあ、わかったぞ。
 驚けば驚いたで、大げさだ慣れろだ言うけど、平然としてればしてたで不満があるんだな。
『お前の思い違いだ』
「えーそっスか……ああー! はいそうですオレの思い違いですから顔面ダメダメー!」
 容赦なく顔面をはぎ取ろうとしてくる左手に、オレは大いに涙ぐんでギブアップする。
 最後にぐいっとねじられてから手を離され、オレは床に跪いて顔を覆いしくしくとむせび泣いた。
 まったく参っちゃう恋人だ。まあそこが、かーわいい!んだけどね。
 オレは涙を拭い、よいしょと立ち上がった。
 斉木さんはオレの外出着をじろりと見回すと、ふんと鼻を鳴らした。
『準備はいいな? じゃ行くぞ』
「はい、お供するっス」

 今日はまた別の屋台に連れ出された。
 和のメニューが数多く並んでいて、斉木さんの心を惑わせている。
 昨日と一昨日は割と素早くメニューを決定出来たけど、今日はあれにしようかこれにしようか、決めかねているようだ。
『おい鳥束、白玉のとあずきのと、どっちがいいと思う?』
「どうせなら、全部入ってるのっスね。心残りがないように」
『そうか、やっぱりお前も同じか』
 同じっスか、何だか嬉しいっスね。
 そう思いながらにこにこと見やると、お前と同じだなんてって顔をしていた。鼻の頭にしわまで寄せて、いかにも嫌悪丸出しの顔してるの。でもオレはそれが上っ面だけのもので、本当は斉木さんも同じになった事を喜んでいるって知ってるから、笑いながら似たような顔をしてみせた。割と痛い膝蹴りを食らう事になったけど、オレは笑って受け止める事が出来た。
『じゃあお前も同じの買え』
「ええ、いや…さすがに、この大きさは入んないっス」
 オレが甘い物あんまり食べられないって、斉木さん知ってるでしょ。
 せいぜいひと口っスよ、美味しく食べられるのは。
『いいから買うぞ』
 斉木さんは有無を言わさず二つ注文し、さっさと支払えと振り返って目配せしてきた。
 もー、アンタって人は!
 まあオレもオレで、すかさず一つキャンセルって言えばいいんだけど、流されるまま二つ分の代金を支払った。

 うーむ…やっぱりデカい。
 見本ですでにわかっていたが、実際手に持ってみるとよりわかる、ずっしりとした重量感に圧倒され、オレは苦々しく笑った。
 だが幸いない事に溶けてしまうアイスが乗ってないから、この、上に乗ってる白玉だけいただいて、残りは斉木さんにお任せするとしよう。
 という事で頼んますと、斉木さんに目線を送る。
『やれやれ、お前の食べ残しを寄越されるのか』
(斉木さんっ!)
 なんて…なんて白々しいの斉木さん、始めっからそのつもりだったでしょうが!
 問い詰める目をぶつけるが、どこ吹く風と全く取り合わない。
『目がうるさいぞ、いいからさっさと食べろ』
「むぐっ」
 オレの持つクレープのてっぺんにのっかった白玉の一つが、自動的にオレの口に飛び込んできた。
 屋台のおばちゃんも、周りで食べてる人らも、通行人も、ちょうどオレを見てない谷間だったようだ。でなきゃ斉木さんが人前でこんな事するはずないから。だから安心なのだが、急に白玉が来たオレは安心じゃない、モッチモチの塊に危うく窒息するとこだった。
 目を白黒させながら、オレは白玉を味わった。
 モチ…モチ…こりゃ美味い!
 オレは一杯に目を見開いた。
 笑顔になって斉木さんを見やると、ちょうど目が合った。だからオレは指先で軽く斉木さんを指した後、自分の頬っぺたをちょんちょんとつついてみせた。
 今食べてるモチモチの白玉、アンタのほっぺたみたい、ってのを仕草で伝えた。
 たちまち、馬鹿かって冷え冷えとした視線が返ってきた。
(美味しいね、斉木さん!)
 でもオレは、本当に美味しくて嬉しくなっていたので、張り切って送った。
 斉木さんは呆れ笑いで軽く肩を竦めた後、わかったよって云うようにほんの小さく頷いた。

 斉木さんはこの日も、うっとり夢中で和風クレープを食べていた。
 けど、なんとなく他の二日と顔付きが違う気がした。
 前の二日は、もう少しこう切羽詰まった、鬼気迫るものがあったけど、今日はいくらか和らいで、落ち着いて見えた。
 きっと三日連続で食べて、ようやく満足したって事なんだろう。
 どっちもどれもどの斉木さんも、可愛いしエロイし可愛いしかわいいし、あまり大っぴらに言えないけど実は見るだけでいきそうになっちゃったりしてたんだよね。
 下半身にダイレクトにくる事もあれば、あんまり幸せでじーんと泣けてくる事もあった。まだ夜風は冷たいけど、それを感じなくなるくらい、感動して身体全体があったかくなる事もあった。
 斉木さんの与えてくれるものが、オレの心の隅々まで染み渡っていく。アンタがいるってのはこんな気持ちになるものなんだな。これまで味わったことがないから、オレはその度に驚いている。
 こんな風に胸が一杯になるものなんだって知らなかったから、オレはただひたすら「ああ、いいものだな」ってのを噛みしめている。
 そんなオレのつらつらと他愛ない気持ちを斉木さんはどう思っているだろうか。
 ねえオレ、アンタのくれるものでどこまでも膨らんでいくようなんですよ、ちょっと怖い感じがして、とっても、幸せです。
 ちょっとずつクレープをかじる斉木さんを傍で見つめ、オレは黙って立っていた。

 そういえば、何で急にこんなクレープ三昧にしたのか聞いてなかったな。
 ふっと、至極当たり前の疑問が浮かんだ。
「理由聞いてもいいっスか」
『説明してなかったか?』
「されてないっスね」
 オレは苦笑いで応えた。
 金曜日の夜から突然始まって、まあ流されるオレも何ですけど、斉木さんならそれが普通かなってついてきちゃってましたね。
 斉木さんは気まずそうに顔をしかめ、食べるペースを落とした。
 なに、なんスか、そんなに食べたくて食べたくてしょうがないくらい、クレープに飢える何かがあったんスか。他の事が頭からすっかり抜け落ちちゃうくらいの何かが。
『あったんだ』
 斉木さんは大きく長いため息を吐いた後、説明してくれた。

『遡る事金曜日、最後の授業の調理実習でクレープを作った』

 そこまで聞いて、オレはなんとなく事の顛末の予測がついた。
『しかしちょっと…あってな。口に出来たのはツナマヨだったんだ』
 完全におかずクレープだね。
『口の中はもう、甘くとろけるクリームと甘酸っぱいイチゴとで一杯になっていたのに、それらを食べる事が叶わなかったんだ』
 なるほど、やっぱり…それで、一時的におかしくなっちゃったって訳なんスね。
『別に、おかしくなんかなってない』
 斉木さんは憎々しげに唇を歪ませた。
 いやいや、充分おかしい事になってましたよ。というか現在進行形でまだちょっとおかしいです。
 ほら、オレの手から強引にクレープもぎ取って、二つ目にかぶりつくんですもの。
 でも斉木さんなら、それで普通かもしれませんね。
「どうです、和風クレープ。美味いっスか」
 斉木さんは二つ目でも変わらぬペースで食べ進め、鼻息も荒く頷いた。目は煌めき、顔は光り輝き、こんなに幸せな事ってない…全身でそう語っていた。
 オレはそれを見て最高に嬉しくなる。
 恋人のこんな喜びよう見たら、誰だって幸せになる事間違いなしだ。

 でも、これも今日までかな。
 三日連続で食べて、ようやく満足したって顔してるから、夜の突然の訪問も今日までだろうな。
 斉木さんは、包んでいた紙を屑籠に放ると、満足そうにゆったりと息を吐いた。
 ちょっと参る突発デートだったけど、斉木さんと一緒に過ごせるんだもの、不満などありはしない。
 とても楽しかったと感謝を込めて、オレは笑いかけた。
 そんなオレを胡散臭そうに見つめ、斉木さんは踵を返すやさっさと歩き出した。
 オレも急いで後を追い、ビルの合間の細い路地に駆け込む。
 ちょ、置いてかないで下さいよ。
 駆け足で角を曲がると、すぐそこで待ち構えていた斉木さんにぶつかり、二人してバランスを崩す。
「あぶなっ!」
 なんでそんなとこに!
 オレは咄嗟に斉木さんの頭を抱え込み、自分が下になるよう必死に身体を捻った。
 どしっと身体に伝わってきた衝撃は硬いコンクリートのそれではなく、柔らかい畳のものだった。
「ん、んん……もおー!」
 気付けば瞬間移動でオレの部屋に戻っていた。
 怪我をせずに済んで良かったという安堵と、不意打ちの腹立ちとかないまぜになり、オレは複雑な顔で声を上げた。
『ありがとう鳥束』
 間近でにやにやする目は、いたずら成功を喜ぶ子供のそれだ。
「……もおー!」
 オレはもう一度腹から声を出した。

 このいたずらっ子めがと、斉木さんを組み敷いて怖い顔をしてみせる。
 でも斉木さんは全然取り合っちゃくれない。涼しい顔で見上げるばっかりだ。
『さて、鳥束』
「……何スか」
『この三日、楽しかったぞ』
「う、ん……はい、オレもっス」
 すぐ怒りが溶けるオレは何て容易いのだろうと頭の片隅で思うが、お互いの格好と近さと空気とに流されて、どうでもよくなった。
『何かお返しをしないといけないな』
 え、珍しい。いつも我が物顔でもぎ取ってくばっかりなのに。
『なんだ、人を山賊みたいに言いやがって。いらないのか』
 斉木さんの目がぎゅっと細く、険悪になる。
「いるいる、いります!」
 オレは慌てておでこをさすり、元の顔に戻るように祈った。
「ああー……でも斉木さん、そのう」
 オレは、目線をお腹、胃の辺りに移した。クレープを二つも食べた後にオレの欲しい物もらって、大丈夫なのだろうか…そんな心配が頭を過る。気付けば手のひらでさすっていた。
『その時はその時だ。何とかする』
「いやいや、無理ならすぐ言って下さいよ、我慢なんてしちゃ――」
『うるさい黙れ』
 ぐいっと首を引き寄せられ、唇が重ねられる。
 甘い匂いがふわっとオレを包み込んできた。侵入してきた舌にはまだはっきりと甘味が残っていて、あずきも抹茶もよくわかって、色気ねえなあなんてつい笑ってしまう。その癖、自分の口の中に入ってるのは斉木さんのだって思うと股間は正直に反応して、斉木さんなら何でもいいのかよって自分でも弱ってしまった。
 いいよもう、なんだってどうだっていい、斉木さんと抱き合える、こんなに幸せな事ってない。
 オレは腕の中に閉じ込めるようにしてしっかり抱きしめ、長くキスに耽った。

 またいつでも、突然でも、来てほしいな。
 事の後、服を着ながら、オレはぼんやりと願った。
『今度からは、ちゃんと予告する』
 オレの隣で同じように服を身に着けながら、斉木さんはぶっきらぼうにそっぽを向いた。
 こんな風になるのは今回限りだという態度に、つい笑いが零れる。
 当人も、三日に及ぶこの衝動は振り返ると恥ずかしかったようだ。
 いましがた終えた行為の余韻ではなく、新たなほてりで頬を赤くした斉木さんが、きつく強張った顔でオレを見てきた。
 これは中々迫力がある、オレはわずかに顎を引いた。
「斉木さんでも、我慢出来ずにーなんて事あるんだなって、ホッとしてたんスよ」
 またいつでも来てくださいね。
 斉木さんは聞こえない振りを決め込んで、そっぽを向いたままだ。
 でもオレがじっと横顔を見ていると、すっと目玉がこっちを向いた。
『なら、明日もまた突然来てやる』
「はは、今言ったから、もう突然じゃないっスね」
『じゃあやめる』
「それはダメ、やだー斉木さんやだあー」
 オレは顔中歪ませて駄々をこねた。斉木さんの肩を掴んでぐらぐら揺すっていると、鬱陶しいとばかりに叩き落とされた。オレはしぶとく掴み直し、来て来てと心の中で念じた。
「ちゃんと、ね、驚くから」
 驚き方もバリエーション豊富にするから、ね、ね、斉木さん。
 斉木さんは中空を見上げてはあっとため息をもらした。その、何を云ってるんだこの馬鹿はって呆れ具合がオレの心にぐさっと来たが、よく見ると口の端っこはほんの少し笑っていた。
 ほんのささやかな緩みだけど、堪えきれず笑っちゃったって表情がたまらなく可愛くて、オレはきゅうっと抱き着いた。
「もう、斉木さん大好き!」
『おいやめろ、せっかく我慢したのにとうとう出るぞ』
「えっ!」
 何が、なんて言わなくてもすぐにわかった。斉木さんがわざとらしく頬を膨らませる。オレはごめんなさいと叫び慌てて腕を解き離れた。
『冗談だ』
「ああもう、斉木さん」
『だが実際ここまでは来たぞ』
 鎖骨の辺りを押さえるものだから、すみませんとオレは胸をさすった。
「結構大きかったっスもんね、今日の」
 前二日と比べると、ひと回り大きいクレープだった。中身もぎっしりだし、白玉も食べ応えがあったから、斉木さんといえどかなり堪えたのだろう。
『お前が残すから、仕方なくだ』
「でも美味しかったでしょ」
『ああ、悪くなかった。お前と食べるのが一番――』
 一番、何スか?
 また思わせぶりに区切ってくれて…とため息交じりに見やると、本人もそこまで伝える気はなかったのか、大きく目を見開いて硬直していた。
 オレはたちまちにやける頬を隠しもせず、斉木さん、とにじり寄った。
 斉木さんは珍しくうろたえた顔をしたかと思うと、オレをキッとばかりに睨み付け、超能力者らしく一瞬で姿を消してしまった。

 今の今まで斉木さんが座っていた床に手のひらを置き、オレは軽く目を閉じた。
 言葉以外では何度もその気持ちを受け取ってきたけど、やっぱりたまには言葉がほしい。
「欲しいっスよ斉木さん……」
 気付けば呟いていた。
 いいっスよ、いつか、その口で言わせてみせるから。

 

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