じゃあまた明日

読書の秋

 

 

 

 

 

 

 放課後、オレは斉木さんと一緒に純喫茶魔美を訪れた。
 斉木さんは、お気に入りのコーヒーとコーヒーゼリーで極楽気分、オレはそんな斉木さんのうっとりモニュ顔を見て極楽気分。
 実に素晴らしい時間だと、オレはゆっくりコーヒーを啜った。
 斉木さん、と店長、いつも変わらずオレに癒しをありがとうございます!

 斉木さんが、コーヒーゼリーの最後のひと口を、名残惜しそうに口に運ぶ。
 飲み込むまで待って、それからオレは話しかけた。
「ねえ斉木さん、この後、本屋寄っていいっスか?」
 読書の秋にかこつけて、新しいグラビア本が欲しいな、なんて。
 斉木さんは静かにスプーンを置き、静かにコーヒーカップを持ち上げてひと口啜り、静かに置いてから、応えた。
『その金でもっと僕にコーヒーゼリーご馳走しろ』
「ちょ…斉木さんお慈悲を。オレにも娯楽を!」
 軽く手を合わせるオレに、ふんと鼻を鳴らす。
『お前にそんな贅沢はいらん』
「んもー、意地悪言わず、ね」
 そんなオレを無視して、斉木さんはもうひと口コーヒーを啜った。
 オレはしばし視線で訴えかけるが、斉木さんの表情はぴくりとも動かない。
 よし、こうなったらおかわりで懐柔しよう。
 オレは店長に向かってさっと手を上げ、コーヒーゼリーをもう一つと頼んだ。
『パフェもだ』
「……え?」
『パフェも、ご馳走してくれるよな』
 キラキラと期待に満ちた目で、斉木さんが見やってくる。
 アンタ…こういう時だけ、そんな顔するんだから!
 もちろん答えはイエスだ。
 オレは即座に追加した。
 何が懐柔だよ…もう、うまく手懐けられてるのはオレの方じゃないか。
 いやもうこれは仕方ないっス、オレの負け。そもそも斉木さんに勝とうとか思う方が間違ってるのだ。
 だからオレは大人しく、斉木さんの極上のモニュ顔を拝むのみだ。

 ごちそうさまでしたと、綺麗に食べつくしたグラスの前にスプーンを置き、斉木さんが手を合わせる。
 オレも一緒にごちそうさまでした。斉木さんが甘味を満喫する様に、何度も息が止まりそうになった、それくらい、ごちそうさま。
『じゃ、行くか』
「行ってくれます? 本屋」
『仕方ないな』
 あざっス。
 オレは満面の笑みで席を立った。

 商店街の端の方にある書店へ向かうと、店先で偶然にもオカルト部の亜リ栖ちゃんと出くわした。
 げ、鳥束先輩。
 あ、斉木先輩。
 オレ見て顔歪めて、斉木さん見てホッとするって、亜リ栖ちゃんそれちょっとひどくない?
『日ごろの行いだな』
 くぅ〜。
 どうしてこうオレの好意は、伝わらないんスかねえ。
『お前が変態クズなのは、寸分違わず伝わってるから安心しろ』
 泣けてきちゃうからやめて。
 それはそれとして亜リ栖ちゃん、長い前髪をサイドで留め…髪留め不気味だけど…表情がわかりやすくなってて、こう見ると中々悪くない顔立ちしてるんスね。
 あれ、あれれ、うん…やだ亜リ栖ちゃん、悪くないかも。
『節操ないな』
 隣で斉木さんが密かにため息をつく
(いやいや、可愛い女の子は可愛いですし、いいじゃないっスか)
『場合によっては鎖耶禍ちゃんにパージされるから、気を付けろ』
(え、パージってなんスか、こわっ!)
(てか鎖耶禍ちゃんて誰っスか!)

 二言三言交わして、じゃあまた学校でと別れた。
「買った本大事そうに抱えてルンルンしちゃって、女の子向けの可愛い本でも買ったんスかね」
 女の子ってやっぱり、可愛いなあ。
 背中からも、ウキウキ弾んでいるのが見て取れた。
 オレはしばし見送った後、ふとそう思った。
 斉木さんの返答は、オレの想像を超えるものだった。
『今すぐ試して!よく効く☆呪殺あたっく』
「はい?」
 なんですって?
『今すぐ試して!よく効く☆呪殺あたっく』
 斉木さんからそんな言葉を聞かされるのと、ルンルンでそんな本抱えて帰る亜リ栖ちゃんのギャップぶりとで、オレは二重三重に背筋が凍った。
『そう言えば彼女、気になる先輩が二股してるかもとか悩んでいたな』
「マジっすか……」
『僕も買おうかな。主にお前に使う為に』
「やめてー」
 読書の秋、怖い!

 斉木さんは、よくわからない海外作家の翻訳もの、オレはお目当てのグラビア本を買い、お互いホクホクで書店を後にする。
「そうだ、斉木さん」
 さっきのアリスちゃんだけど、と話を切り出す。
 好きになったら、それくらい入れこんじゃうのも、わからなくはないっスね。
 呪い殺すまではいかなくても、消しゴムに名前書いて…とかの、よく耳にするようなおまじないを試してみたくなったり、誰でもありますもんね。
(あとはそう…守護霊使って意中の人に嫌がらせしたり)
 かつてオレが、斉木さんへの想いをくすぶらせていた時に起きた騒動を思い出し、少し青くなる。
(あれ、斉木さんにとっては、人生で五本の指に入る災難だっただろうな)
 普段忘れがちだが、オレはあの件で斉木さんに頭が上がらないのだ。
『そんなお前は気持ち悪いからやめろ。どうせすぐ忘れる馬鹿頭なんだし、ずっと忘れてろ』
「うぐぐ……そりゃどうせバカですけどさ、バカなりに思う事もあるんスよ」
 先を行く斉木さんの背中に、オレは少しいじけた視線をぶつける。
 すると斉木さんはぴたりと足を止め、すっと視線を差し向けてきた。
『余計な事は考えなくていい。僕の事だけ、考えてろ』
「……ええ、言われるまでもなく」
 たちまちむず痒い気持ちになる。
 オレは緩んでしまいそうな顔を懸命に引き締め、気持ち背筋を伸ばした。
『じゃあ僕が今何を考えているか、そこの馬鹿、わかるか』
「もお、バカはひと言余計っス。えっとっスねー」探偵気取りでポーズを決める「本屋来る時にチラ見してたカフェで、あったかいものか甘いもの食べて帰りたい、れいたんとのデートまだまだ楽しみたぁい☆でどっスか!」
(あ、あ、後半が余分だったのは自分でも思ってます、だから左手に力溜めるのやめて!)
(心の中だけに留めとけばよかったって反省してますから、どうか許して!)
(こんな人通りの多い場所でマジ破ぁしたら目立っちゃいますよ!)
(目立つのやでしょ、ね、ね、斉木さぁん!)
 オレは、何とかして命を繋ごうと必死に斉木さんに念じた。
『その時は、全員にバールのようなものをプレゼントするまでだ』
 ひいー!
 目撃者の記憶操作してまでオレを消そうとする斉木さんに、いよいよ震えが走る。
『おっと、こんな事やってる時間がもったいない。さっさと行くぞ』
「いいんすか? ふう〜命拾いした」
 左右の手で、かわりばんこに額の汗を拭う。
「行きましょう斉木さん、美味しいの、一杯食べましょう」
『お前、いくらまで出せる?』
「えっ……ああもう、どーぞ財布の中見て下さい。それだけ、斉木さんにご馳走できますから」
『よし、一円も残さず使いきってやろう』
「げぇっ」
 気分よく歩き出した斉木さんの後を、嘘だろうとオレは追いかける。

 宣言通りすっからかんにされたオレのお財布ちゃん。
 斉木さんは上機嫌で、じゃあまた明日と家に入っていった。
 そいつを見送り、オレは力なく息を吐き出した。
 でも、まあ、いいか。
 オレの目蓋に残る斉木さんは極上の笑顔だったもの。
 それだけで、オレはすぐに元気になるのだった。

 

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