じゃあまた明日

じゃあまた明日

 

 

 

 

 

 こたつの上に、コーヒーゼリーとミカン、こたつの傍に、柔らかいクッションがいくつか。
 僕はまずコーヒーゼリーをいただき、それからミカンを手に取った。
 だが急にめんどくさく感じてしまい、すぐ傍で馬鹿みたいにニコニコと見やってくる鳥束に向かって、試しにミカンを差し出してみた。
 最初は首をひねった鳥束だが、すぐに意図を察し、しょうがないっスねえと呟きながら皮をむき始めた。
 僕は両手をこたつの中に収めると、食べさせてくる鳥束に素直に口を開けた。
 ああ…至福。
 こたつはぬくぬく温かいし、ミカンは丁度良く甘いし、冬はこれに限る。
 たまには鳥束の部屋に招かれるのも悪くない。
 ただ、こいつがこんなにうるさくなけりゃ、もっといいのだが。

「はい、どーぞ」
 ひと房差し出す手にぱかっと口を開ける。
 それを見て鳥束が、下品で下劣な妄想をぐるぐるかき回すのはいつものことで、眉をひそめるくらいは不快であるが基本放置している。
 たまに、それらに引きずられる形で行為になだれ込んだりもする。終えた後、鳥束ごときに操られたといくらか後悔が過る事もあるが、コイツとするのは嫌いじゃない。むしろ…まあいい。
 今はそのドロドロした妄想に加え、どっか行きたい、デートしたいといううるささも加わっていた。
 確かにまだ日も高く、外はいい天気で、出掛けるにはもってこいの日和だろう。
 だが――。
(でも斉木さん、寒い中出歩くの好かないしなあ)
 そうなんだ鳥束、よくわかってるじゃないか。
(あと、人で混み合うところも嫌がるよな)
 その通りだ。お前の心の声だけならまだ我慢出来るが、ガチャガチャうるさいのは本当に疲れる。聞き流すにも限度があるからな。
 僕の家の近くにある公園なら、今の時期めっきり人が訪れなくなるから、そこでいいなら歩いてやってもいいぞ。
(でもどっか行きたいなあ)
(どこでもいいんだけどなあ)
 あんまり鳥束がうるさいので、どこでもいいという言葉のまま、僕がたまに訪れる無人島にご案内してさしあげた。

 もちろん、暖かい部屋から遠くの野外へ行くのだから、防寒は充分考えた。
 鳥束は能力者とはいえ身体は常人のそれだからな、凍えてしまわないよう頭のてっぺんからつま先まで、抜かりなく対策した。
 奴が持っている中で一番防寒に優れたコート、一番分厚いマフラーに手袋、帽子…靴下も履き替えさせた。
 こんなにいるんスか、なんてのんきな事を言う鳥束に睨みをきかせ、さっさとしろと急かした。
 そこまでしても、やはり飛んだ直後は文句が出たが。
 まあ多少は自分も、いや本当にほんの少しだが、寒いなと感じた。
 そういえば、冬のただ中にここに来るのは初めてだったな。

 

「さみーいいぃ!」
 自分の肩を抱き寄せ、鳥束は叫びを上げた。
 雪混じりの風がひっきりなしに吹き付けてくるのだ、寒くない筈がないだろう。
 パイロキネシスで調節出来る自分でさえも、雪を乗せた風の冷たさは感じ取れた。
 それがどういうわけか、少し嬉しく感じた。
 奴と共有出来るものがあるのが、思いの外嬉しいようだ。
 それをほんの少し顔に出すと、鳥束は、自分を笑っての事と受け取ったようだ。
「いや、もーマジ寒いっスから!」
 斉木さんが着せてくれたお陰でそこまで凍えませんけど、でもマジ寒いぃ!
 超能力者いいなあ、いいなあ!
 左右の足を踏み鳴らし、鳥束は声を張り上げた。
「斉木さん、ここ、どこっすか!」
 風の音に負けじと声を張り上げ、鳥束が聞いてきた。
 説明が面倒だったので、日本のどこかにある無人島だと、大雑把に答える。
「へえー!」
 寒い中、鳥束ははしゃいだ様子で目を見開いた。
 冬の荒れた海、雪の積もった浜辺、白く雪を冠った木々。
 ぐるりと辺りを見回し、鳥束はすごいすごいと騒ぎ立てる。
 いくらか寒さに馴染んできたようだ。
 しかし僕は、夏の事があったせいか、過剰にコイツを心配する癖がついているようだ。
 馬鹿みたいに大口開けてはしゃぐのを見ていられず、自分のしていたマフラーで鼻も口も覆って、頭の後ろで結びつける。
 抵抗する間も与えずぐるぐる巻きにしてやった。
(斉木さん、こんなしなくても平気っスよ)
 鳥束は大人しく身を委ねながらも言ってきた。
 うるさい、お前は黙って従ってればいいんだよ。
 夏に続いて冬もとなったら、僕の心臓が弱るだろ。
 超能力者の心臓を操るなんてお前くらいのものだ、いいから言う事を聞け。
 目線で黙らせる。
 鳥束がたまにするより何倍もおっかない目で睨んでやったというのに、コイツときたら全然堪えない。
 それどころか、にこにこと上機嫌で抱き着いてきた。

 斉木さんありがとう!
 斉木さん大好き!
 斉木さんは寒くないっスか?
 寒くなったらすぐ言って下さいね、あっためてあげます!

 あっためてあげますじゃねえよ、鳥束の癖に…心の中で悪態をつく。
 わかったわかった、嬉しいのわかったから落ち着け。
 お前の、雪が一杯くっついたコートで抱き着かれて、ああ、すごくあったかくなったからもういいよ。
 もういいから離れろ。
 そんな事を思いながら、僕は奴にされるがまま抱き着かれていた。

 鳥束と並んで、雪の降り積もった入り江を歩く。
 無人島なのだから当然だが、誰も歩いてないところに足跡をペタペタ刻み、鳥束はえらくご機嫌だ。
 手を繋がれているので、鳥束の行きたい方に行かなければならない。
 お陰でまっすぐ歩けない。
(すごいところっスね)
 ひとしきり足跡をつけて満足したのか、鳥束は顔を向けてきた。
 絶海の孤島、ここは世界の果て…なんつって。
(明日、世界は滅ぶ、なーんてこの雪の中で言うと、現実味増しますね)
 鳥束が無邪気に笑う。
(もしくは滅んだ後で、世界にはもうオレたち二人きり、なんてのもいいな)
 鳥束は頭の中で妄想を続けた。
『よくないだろ。お前の好きな女の子もいないんだぞ』
(斉木さんいるし!)
(たまに斉木さん♀になってくれれば、オレは大満足っス)
(あでも! 斉木さん♀でオレ襲っちゃダメっスよ、オレはアンタのものだから、浮気はしないんだから!)
 どっちも僕に変わりないのに、何を云ってるんだコイツは…頭が痛くなった。
 やれやれと軽く首を振る。
『僕は、お前がよそ見してヘラヘラしてるのを見るのも、ムカつくが嫌いじゃないんだ』
(あー…そーなんスか、複雑っスね。まあオレも、カワイ子ちゃんいるならいるで、嬉しいっスね)
『そう、お前がそうやってお気楽に笑う顔も嫌いじゃない』
(んもう、どんだけオレの事好きなんスか)
 デレデレするな気持ち悪い、なんでこれで嫌いになれないんだろう、自分が謎だ。
(でもなあ、やっぱりみんながいてこその斉木さんですからね)
 鳥束は立ち止まると、身体ごと僕の方を向き、少しばかり真剣な顔になった。
 本音を言えば、オレだけの斉木さんにしたいけど、オレが好きになったのは、みんながいて、オレもいる、その中の斉木さんだから、それらがなくなったら、オレの好きな斉木さんじゃなくなるかもだし、難しいところだ。
 独り占めしたいが、二人きりになり何の変化も無くなった世界でそれは果たして本当に自分で相手なのか。自分の愛したその人なのかと、鳥束は足りない頭で一生懸命考える。
(自分が好きになったのは、やれやれ面倒だってぼやきながらも、人との関わりを大事にする斉木さんだし)
(だからオレ、明日来ないより明日来た方がずっといいっス。みんなで)
(オレの斉木さんにベタベタしやがってーってムカつく事もありますけど、やっぱり、いないとダメっスよ)
 はぁ、と吐き出した息は、風にさらわれすぐに飛んで行ってしまった。

 

 うん、そうだな。僕も同じ気持ちだ。
 当たり前のように明日は来るべきだよな。
 わかっているから、もう少しだけ待ってくれ。
 雪が吹き付けるからと誰かに言い訳して、僕は少し目を伏せた。

 

(斉木さん、寒くないっスか)
『寒いのはお前だろ』
(そうっス。なんで、ちょっとあっためてもらっていいっスか)
 当たり前のように鳥束は抱き着いてきた。
 部屋に戻るかと聞くと、まだ、もう少しこのままいたいという。
 仕方ない、めんどくさいが暖めてやるよ。
 それにしても、簡単に言ってくれるな。燃やさないように調節するのは、中々難しいんだぞ。
 全く、人を灰呂…もといストーブ扱いしやがって。
 今日だけ、お前だけ、特別だ。
 僕は意識を集中した。
(はー…あったけー)
(ぽかぽかぬくぬく……超能力すごいなー)
(こんなに雪降ってるのに、全然寒くないや)
「斉木さん、あざっす!」
 ぐるぐるに巻いたマフラーの下で、鳥束は声を張り上げた。
 風が強いせいで何を言ってるかよく聞き取れないし、抱き着かれているせいで顔は見えないしで何一つわからないが、抱き着いてくる腕の力はとても強いし、頭の中で渦巻く声はうるさいしで、何を考えているかはよくわかった。

(もう少しだけ、オレだけの斉木さんでいて)

 それだけを一心に願って、鳥束は抱きしめ続けた。
 やれやれ…仕方ないから抱き返してやる。
 鳥束、僕はもうずっと、お前だけの僕になってるよ。
 だからお前も、僕だけのお前でいろよ。

 

目次