お土産

なんとしてでも買いますよ

 

 

 

 

 

「はー、お腹一杯、幸せ一杯」
 昼休み、斉木さんと一緒に食堂から戻ったオレは、そのまま斉木さんのクラスにお邪魔して、隣の椅子を借りて座り、周りに集う燃堂たちのお喋りに加わった。
 斉木さんはお喋りには参加せず、机に雑誌を開くと、すぐに夢中で読み始めた。
 この人がそんなに熱中するものといったらもちろんアレしかなくて、オレは色とりどりの秋のスイーツが舞い踊る紙面と、斉木さんの横顔を、微笑ましく見つめた。

「そうだ、ねえ斉木さん」
 オレは、内緒話するように顔を寄せ、小声で話しかけた。
『なんだ』
 目は雑誌に釘付けのままだが、ちゃんと返答がある。この人のこういうとこ、好きなんだよな。
 オレは言葉を続けた。
「今度の週末、今厄介になってる寺の用事で遠井町まで行くんスけど、何か欲しいお土産あるっスか?」
 あそこも一応は観光地なので、海のもの、山のものの特産品は揃っている。
 たまにはコーヒーゼリーから離れて、海産物だの欲しくなるかなと、オレは尋ねた。
『某珈琲店の店内でしか売ってないコーヒーゼリー』
 しかし案の定というか、斉木さんから出てくるのはやはりコーヒーゼリーであった、
 ちょっとずっこけたが、それ以上に斉木さんが可愛くて、オレはにこにこ顔で承諾した。
「で、それって、遠井町のどの辺です?」
『いや、大阪だ』
「……は?」
 想像を超えた返答だったせいで、オレの脳は一時的に機能を停止した。
 数秒遅れて理解し、オレは目を見開いた。
 はあ? 大阪だと?
 大阪ってあの大阪、たこ焼きとかお好み焼きとか美味しいあの大阪っスか?
「いやいや、行くのは遠井町なんスけど!」
 オレ、何か聞き間違い起こすような喋り方、しました?
 頭の中は大混乱である。
 斉木さんが、少し拗ねた顔で雑誌を指差す。
 オレは急いで注目した。
 ははあ…このコーヒーゼリー特集で見かけて、どうしても食べたくなったってわけっスね。
 いやそれにしたって、大阪はないっスよ
『くれないならイタズラするぞ』
 机の上で、斉木さんがぎゅっと左手を握る。
 するぞってアンタ…いくらハロウィンが近いからって、さすがに強引すぎやしません?
 そりゃね、お使いで行く先が大阪だったら、なんとしてもお土産に買ってきますよ。ええ嘘はありません、何が何でも買ってきますとも。斉木さんに喜んでもらいたいですもん。
 でも行かないから。行くのは遠井町だから。
 斉木さんは完全にむくれた顔になり、もういいと話を打ち切った。雑誌を鞄にしまうと、世の中全てがつまらないって顔で頬杖をつき、じっと机に視線を注いだ。
 ああもう、超能力者ともなると、わがままの規模がけた違い!
 そりゃアンタにしてみりゃ、大阪だろうが北海道だろうが地球の裏側だろうが一瞬の距離だろうけどさ、オレらには違うから、そうはいかないから。
「そうだ、今日の帰り、純喫茶魔美でコーヒーゼリー食べてきましょ。オレ奢りますから。ね、だから機嫌直して」
 ねえ、斉木さん
 祈るように横顔を見つめていると、じろりと目玉が動いてオレを見やった。
「放課後、行きましょ」
 誘うと、斉木さんは一つ頷いた。
 ほ、よかった。食べたらもっと機嫌が直るかな。
 その時予鈴が鳴った。オレは斉木さんと愉快な仲間たちに手をあげ、自分の教室に戻った。

 放課後、約束通り魔美に向かう。
 道中、昼間からの続きで斉木さんはつまらなそうにふてくされた顔をしていたが、コーヒーゼリーの魅力の前に不機嫌は呆気なく溶けて消え、いつもの微笑みを見せてくれた。
 オレはほっとして、自分のコーヒーを啜りながら斉木さんのモニュ顔を目一杯満喫した。

 

 遠井町での面倒なお使いを終えたオレは、先程上ってきた長い長い石段を、また下りるのかとうんざりしながら、足を踏み出した。
 かったるさからちんたら下っていると、ある時から、オレのすぐ後ろをついてくる誰かの足音が聞こえるようになった。
 さっきまではしんとしてたし、誰かが急ぎ足で来て後ろに並んだのならそれまでの足音は聞こえる筈なのに、急に出現したみたいに足音がしだした。
 忍び足でオレの背後に来た?
 いやいやまさか、そんな馬鹿な事して何になる。
 あ、強盗といかスリの類か?
 はっ、まさか痴漢とか!
 だとしたらとんだ変態だなおい!
『変態はお前だ』
「わっ……!」
 不意に響いてきたテレパシーに、オレは心臓が飛び出るほど驚いた。全身からどっと汗が噴き出した。ドキドキっと跳ね上がった鼓動がひどく騒がしい。
「もおー……はあ、びっくりさせないで下さいよ」
 呼吸もまでおかしくなったじゃないかと、胸を押さえ、オレは振り返った。
 オレから数段離れたそこに、斉木さんが立っていた。
『お前、言ったよな』
「え、なんです? オレ、何て言った?」
『行くなら、なんとしても買うって、言ったよな』
「ああ、お土産っスか。ええ言いましたけど……」
 まさか
 嫌な予感に、オレはごくりと喉を鳴らした。
『じゃあ買ってもらおうか』
 企む悪い笑顔で、斉木さんがオレの右肩を掴む。
 やっぱりと思った次の瞬間には、オレたちは大阪の地に立っていた。

 

 ――これで、イタズラされないな
 オレの「お土産」を大満足で満喫する斉木さんを眺めながら、オレはそんな事をぼんやりと思った。
 ここは斉木さんの部屋。
 あの後オレは大阪のどこか細い細い路地裏に連れて行かれ、苦労して抜け出した後、斉木さんの案内で某珈琲店に向かった。
 無事店頭でコーヒーゼリーを買った後、お店でもコーヒーとコーヒーゼリーを注文し、充分堪能してから、帰るかと斉木さんはさっきの路地裏に向かった。
 届ける先はお前の厄介になってる寺でいいかと聞かれたが、遠井町から帰るにはあまりに早いので、斉木さんがコーヒーゼリー一つ食べる間お邪魔させて下さいと、斉木さんちに飛んだ。
 そして今に至る。

『してほしいなら、イタズラしてやってもいいぞ』
 ほんのりと頬を赤く染めた顔で、斉木さんが誘う。
 え、ぐへ。
 オレの頭に浮かぶイタズラといったらやっぱりあっち方面で、一体どんだけすごい内容だろうと、ワクワクが募った。
 そんなオレに斉木さんが冷たく叩き付ける
『お前が、この先出会う女性全てに、蛇蝎のごとく嫌われまくるイタズラだ』
「ひでえよー!」
 それもうイタズラ越えて、呪いじゃん!
 オレは声の限り叫んだ。
 なんだいアンタ、オレが何したっていうんスか
『いや、したからもうイタズラはしないぞ。しなかった場合のイタズラがそれだ』
 ああ、ああ…この某珈琲店のコーヒーゼリーお土産に買ったから、イタズラはしないってね。
 そうね、うんうん。
 お菓子くれなきゃイタズラするぞ、だもんね。
 ふう〜。
 オレは額に浮かんだ汗を拭った。
 学校の女子全員にもまだ嫌われてないのに、本当にひどい事を考える人だ。
 斉木さんは、やると言ったらやるからな。コーヒーゼリーが絡んだらどんな犯罪にだって手を染めそうだし、いっそ人死にも出そうだ。主に被害者はオレだね。きっと。八つ当たり的な感じで。
「んーでも斉木さん、オレが女性に嫌われまくるようにしようとか、どんだけオレの事好きなんすか…まったくもう」
『おえ、気持ち悪い』
 嬉しさから思わず上目遣いになったオレに、斉木さんの冷淡な眼差しが注がれる。オレの気持ち悪さが、一時的にコーヒーゼリーを凌駕してしまったようだ。
 ええいもう、相変わらず素直じゃないんだから。
『お前の絶望した顔が見たいだけで、それ以外の意図なんてない』
「はいはいそっスか。オレは、コーヒーゼリーなくてしょんぼりする斉木さんなんて見たくないから、なんとしてでも買いますよ」
 コーヒーゼリーに喜ぶ斉木さんの顔、沢山見たいですし。
 だからほら、そんな顔してないで笑って笑って。
『お前がいるんじゃ笑えない』
「……ホントっスか?」
 この天の邪鬼めと、オレは少しふくれっ面で斉木さんに迫る。
『さあな』
「えー、そこはハッキリさせるところっスよ斉木さん」
 そう食い下がるが、本当のところはなんとなくだけど察している。
 この人がはっきり言わない時は何て言ってる時なのか、段々わかってきたから、オレはつい緩む顔で斉木さんに顔を近付けた。
 ふわっと、馨しいコーヒーの香りが鼻先で揺らいだ。
 オレは香りだけじゃなく舌でも味わいたくなって、もっと斉木さんに近付いた。殴られてもいいからキスしたいと眼鏡越しに覗き込む。
 斉木さんはしばし目を見合わせた後、瞼を閉じた。
 オレを見たいから目を瞑る斉木さんがたまらなく愛しくて、しっかり抱きしめてキスをした。

 ほんのりと苦味があるから、より甘さを感じるなんて、斉木さんみたい
 そんな事を思って、オレは思わず笑った。

 

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