お土産
体温上昇が著しい
駅向こうにあるジェラート店が、一周年を迎えた。 |
その記念として、チラシ持参の方にジェラートもう一個無料のサービス期間最終日前日、オレは斉木さんと一緒に件の店の行列に並んでいた。 列はそれ程長くはなく、まもなく自分たちの番になる。 じりじりと照り付ける太陽にあぶり焼きにされて、額から首から背中から汗まみれだ。 数日前の学校帰り、熱中症で倒れ斉木さんの手を煩わせたあの日から、オレは生活を見直し今日の為にと頑張った。 もともとひ弱な身体でもなかったので、すぐに回復したのは幸いだ。 その勢いで、オレは食べるもん食べて、夜は無理やりにでも早く寝て、早く起きて、もう二度と斉木さんに面倒な思いはさせないぞ、という心意気で過ごした。 その甲斐あってか、こうして斉木さんの行きたいお店にお供する事が出来た。 斉木さんも少し驚いていた。お前と行けるのは最終日だけかと思ってた、と、せっかく一人気楽に行ってたのにって空気を出しながら、言ってきた。 そんなあ、少しは寂しかったとか言ってくれてもいいのに。胸の中で密かに零すけど、超能力者の前で密かになんて土台無理な話で、憎たらしい顔で鼻を鳴らされた。 なんだよ…あの日オレが起きるまでしっかり手を繋いでてくれたの、覚えてるんスからね。だからそんな態度取っても無駄なのに、ほんと素直じゃないんだから。 そこも好きなんだよなあと、オレは溶けた蝋のようにデレデレになる。 ようやく注文カウンターの前に来た。 久々、去年以来の来店となる店内のショーケースには、色んなフルーツを混ぜ込んだジェラートが並んでいた。 見る度思うのだが、宝石箱みたいだ。 ああほら、斉木さんも顔がうっとりしだしてるし、やっぱり綺麗だよね。 その綺麗なジェラートを一つ、そしてチラシを持参しているのでおまけでもう一つをカップに山のように盛り付けてもらい、斉木さんは早速上機嫌で食べ始めた。 可愛いな、とても楽しそうで、オレも嬉しいや。 さて、オレは何にしようかな。ちらちら目の端で斉木さんの可愛さを堪能しつつ、ショーケースのジェラートにしばし迷う。 そこでオレは閃くようにある事に気付いてしまった。 気付くと一秒だって我慢出来なくなり、オレは急遽持ち帰りに変更した。 一秒だって我慢出来なくなったのは、斉木さんのとろけた顔を誰にも見せたくないって気持ちだ そいつが突如爆発して、オレを急き立てた。 だからオレは持ち帰りの詰め合わせを買って、お土産あるから帰りましょうと半ば強引に斉木さんを店から連れ出した。 一人で、頭がカッカしていた。 すぐ後ろを斉木さんがついてくる気配がある。 『涼しい店内で、ゆっくり食べたかったんだが』 「すんません、でもほら、ちゃんとお土産買ったから、それで勘弁してくださいっス」 オレは、アイスの詰め合わせが入った箱を軽く掲げた。 あれ以上、他の人間に斉木さんを見られたくなかった。可愛い斉木さんを誰にも見せたくなくて、オレは店を飛び出した。 『気持ち悪いな』 「ほんとっスね……」 自分でも自覚はある。でも我慢ならないのだ、どうにもしようがない。 出来るだけ急ぎ足で斉木さんちを目指す。最後なんてほぼ駆け足で、オレは心の中でアイスが溶けるからと言い訳して、お邪魔しますと玄関に飛び込んだ。 そのままの勢いでキッチンに向かい、冷凍庫にアイスを押し込む。 これで安心だ、もう、誰も斉木さんのうっとり顔を見る者はいない。 ああ、本当に気持ち悪いものだな。 しかし、見せびらかしたい奴もそりゃいるだろうが、きっとみんな、自分の恋人の特別な顔は自分以外には見せたがらないはずだ。 『そうだな』 「……え」 意外なひと言にオレは即座に振り返った。戸口に立つ斉木さんをまじまじと見つめる。この人今、肯定する事言ったよな。 『ああ、わかる』 「……わかるっスか?」 オレは、笑いかけの顔で半信半疑聞き返した。 『心の声が聞こえるから、余計わかる。僕もあそこで、お前をいいなと思ってちらちら見る女子たちに、似たようなもやもやを抱えたからな』 「え……」 本当ですかと、オレは一杯に目を見開いた。その前で、斉木さんは憎々しげに顔を歪めた。 『厄介だな。お前のせいで、こんなものを』 こんな感情を抱くようになったのはお前のせいだと、苛立ちもあらわにオレを見てくる。 済まなく思う傍ら、オレは喜びを感じていた。 『まったく面倒だ、人と付き合うってのは』 そうですね。ちょっとの事で喜んだり、苛々してしまったり、いつも通りの自分でいられないのが本当に厄介で面倒だけど、でもオレは、アンタと付き合えた事を後悔はしていない。 斉木さんは肩を上下させて、大きく息を吐いた。 『僕もまあ、そうだ』 そんなテレパシーのあと、斉木さんはオレとの距離を縮めた。頭に響く声を聞いた途端、たまらなくキスしたくなったのを、読み取ってくれたのだろうか。 オレは抱きしめる気満々で腕を広げるが、斉木さんは身体を捻って避けると、今しがたオレが放り込んだアイスを欲して冷凍庫を開けた。 「あ、ちょ……」 とんだ肩透かしにオレは苦笑いで見やる。 『物欲しそうに見るな、変態クズ。お前の手土産を食べるのが先だ。お前も一ついっとけ、体温上昇が著しい』 さっきまで食べていた空容器と、中身の詰まった容器とをオレに押し付けると、斉木さんは自分の一つを手にさっさと二階へ上がっていった。 とんとんと軽快に響く足音を聞きながら、オレは今になって、自分の顔がやけにほてっているのに気付いた。それは斉木さんを想ってどうこうのもあるが、強い日差しに当てられ熱が溜まっているせいもあった。 体温上昇が、著しい…スか そういえば先日ぶっ倒れた時、内臓の具合とか透かして見たもんな、あの人。体温検知くらい容易いか。 で、体温が上がってるって言ったよな。 「……やべ」 そりゃまずい、またこないだみたいにぶっ倒れるかもって事だからな。 オレは空容器を屑籠に捨てると、斉木さんの後を追って二階へと急いだ。 遠回しな斉木さんの愛情に見悶えながら、階段を駆け上がる。 (斉木さーん、一緒に食べましょ、何なら食べさせてあげるっスよ) そんな事を考えていると、ますます頭がカッカした。 食べるのが先って事は、アレでナニは後のお楽しみってことですよね。 「さーいきさん」 扉を開けると、オレには目もくれずアイスを食べる斉木さんがいた。 オレは隣に座って、後のお楽しみに思いを馳せながらも冷静に、またぶっ倒れないよう出来るだけ落ち着いて、アイスを味わった。 けど、わかるのは冷たいって事だけで、味はすっかり飛んでしまっていた。 すぐ傍にある唇を早く味わいたくて仕方ない。 アイスの味はわからないが、隣で同じように楽しんでいる人がどれだけ甘いかは、よくわかった。 |