電車に乗って
何が何でも電車に乗って
週半ばの昼時、食堂で斉木さんと同席になった。 やっと、学校で唯一楽しい時間が来たと浮かれながら、斉木さんの向かいに座る。 「お、今日は焼き魚定食っスか、美味そう。オレはカツカレー大盛りっス」 (今年も斉木さんのお陰でね、無事こうして夏を乗り越えられましたよ) (見てこの大盛り、おば…お姉さん拝み倒してお玉一杯分多く入れてもらったんス) (これ食べ切れるくらい、元気っス。斉木さん、あざっス) オレは最大級の感謝を込めて、笑顔を向けた 『じゃあその恩返しをしてもらおうか…と思ったが、お前、今週末は暇じゃないのか』 「え、え? どこ行くんスか?」 『暇でないならいい、一人で行くから』 「あ、ちょま…大丈夫だから! 十一時までには帰れるから!」 てか斉木さん、オレの脳内から情報つまみ食いしてオレとの会話省略するの、やめてよ、お話しましょうよ。 オレは一旦深呼吸して、話を整理した。 「土曜日、その評判のコーヒーゼリー出す店に、斉木さんは行きたいんスね」でオレは、それにご一緒したいっス「けどオレは、前日泊まりで出かける用事があるんスけど、頑張って十一時までには左脇腹町に帰るっス」 これで一緒に連れて行ってくれないかと、斉木さんに持ち掛ける。 『まあいいだろう、じゃあ、土曜日十一時に駅のホームでな』 「はいっス!」 約束を取り付け、オレはホッとしてカツカレーを頬張った。食堂のカレーはいつも美味いが、今日は特に美味しく感じられる。 週末は斉木さんとお出かけ、一緒にコーヒーゼリー。ああ、楽しみっスねえ。 「ところで、ちゃんと電車で行くってのも、結構珍しくないっスか」 少しは好きになったのかと、オレは尋ねた。 『いや、まったく好きじゃないな』 人の多いところには極力出向きたくない、それは変わっていないと、斉木さん。 「じゃあなんでわざわざ」 『コーヒーゼリーをより美味しく食べる為だ』 自分なりに苦労を重ねた分、美味しさが増すのだと、斉木さんはうっとりした顔になった。 「はあ、何でも簡単に出来ちゃうから、疑似的に苦労体験したいってわけっスね」 超能力者も大変だね。 聞くと、前回一度失敗しているとか。途中でハプニングが起こり、結局最後は瞬間移動頼みになって、水泡に帰してしまったという、 『今回はそのリベンジだ。何が何でも電車に乗って食べに行く』 「了解っス。話聞いてたらオレも段々、すげえ楽しみになってきたっスよ」 頑張って電車で向かいましょうと、気合を入れる。 標高何千の山を踏破するのではなく、電車で数駅先に向かうだけだが、超能力者にしたら同等の苦労があるのだ。 あと、今回こそはと少し意地になっている部分もあるだろう。 |
だというのに当日、待ち合わせの駅に電車で向かう途中、オレはとんでもないトラブルに見舞われた。 信号機だかに不具合が起きたのでしばらく停車する、というアナウンスを、オレは泣きそうな気持ちで聞いていた。 待ち合わせの駅までかなり距離があるせいで、どんだけ斉木さんに呼び掛けても届かない。 (そうだスマホ…って、あの人持ってないから!) オレははっとなって時刻を確認した。向こうの駅を早く出たから、そうだ、実のところ十分くらいなら余裕があるのだ。 そわそわやきもきしながらも、オレはいくらか楽観的に構え復旧を待った。 ……あーあ、ダメだこりゃ。 電車が走り出したのは、あれから三十分経ってからだった。 オレはドア脇の手すりにぐったりもたれて、飛び去って行く景色をぼんやりと眺めていた。 まもなく待ち合わせの駅に到着する。オレはのろのろと時刻を確認した。 十分早く着くつもりが、三十分の遅刻だよ。 もういないだろうな。 すんません……斉木さんすんません。 諦めを引きずりながらオレは電車を降り、乗り換えホームを見やった。 「!…」 いた! 斉木さんいた! ホームにある小さな待合室のベンチに座り、小説らしきものを読んでいる。 オレは全速力で階段を駆け上がり駆け下りた。 「……遅くなりました!」 手動のドアを力一杯引き開けて、オレは中に飛び込んだ。 斉木さんは、オレがホームに降りた時から、いやテレパシー感知圏内に入った時からわかっていたのだろう、何もかも、だから、暇つぶしに読んでいた小説本を斜めがけの鞄にしまうと、ゆっくりオレの方に顔を向けた。 オレはまだ信じられなかった。 「なんでいるんスか、なんで……もう、行っちゃったかと」 すると、斉木さんは少しむっとした顔になった。 『なんでって、お前と行くって約束したからだ。今回のトラブルくらいなら、すぐ復旧すると思ったしな』 (しゃいきさん……すんません、すんません) 『泣くな気持ち悪い。別にお前が悪い訳じゃないんだから、謝るな』 「うぅ…でも」 『美味しいと評判のコーヒーゼリーを食べに行くのに、台無しにする気か』 そういう苦労は要らんと、短いため息をつく。 「はい、すんません!」 オレは大慌てで目尻を拭った。 斉木さんの隣に腰かけ、オレは口を開いた。 「ねえ斉木さん、少しは心配してくれました?」 『大いにしたぞ』 「えっ……!」 『なにせ大事な財布だからな、何かあったらと思うと、そりゃあ気が気じゃなかった』 「あーもおー、またそうやって言うんだからー斉木さんはー」 実は千里眼とかで視てたんでしょ アンタの性格なんてもうわかってるんだからなと、オレは少し頬を膨らませた。 『いや、視てないな。アナウンスを聞いただけだ』 「……え」 『けどお前は、何が何でも来るだろ』 聞かなくても視なくても、それくらいわかると、斉木さんは何でもないような顔で言った。 何だよオレ、全然わかってねえじゃん。斉木さんはオレが思うよりずっとオレを信頼しているし、ずっと愛情深い。 「……ええ、そうっスよ。もう走ってだって来ますよ。一緒に行くって、約束しましたし」 本当のところは、いるはずないって決め付けて、諦めきってた。 オレはもっと、斉木さんを信頼しないとダメだ。斉木さんがいないとダメな癖に、オレは本当にダメな奴だ。 『まったくだな』 「……すんません」 『次にそんな事思ったら、命はないと思えよ』 「はい! 肝に銘じます」 オレは目一杯頭を下げて胸に刻んだ。申し訳ないって思うのに、嬉しくて嬉しくて仕方なかった。 『よし、電車も来た事だし行くか』 「はいっス」 立ち上がる斉木さんに続いてオレも腰を上げ、待合室を出た。 一緒に、美味しいコーヒーゼリー、食べに行きましょう。 |