電車に乗って

意味がわかるまで

 

 

 

 

 

 確かに秋口、鳥束と一緒に電車に乗ってコーゼリーを食べに行く、なんて愚行をした。
 鳥束と一緒にという部分も少なからず含まれるが、大部分は、電車に乗ったというところにかかる。
 僕は電車と相性が悪い気がする。
 一度目は人身事故を事前に防いだ事で結局超能力頼みになり、二度目も、列車のトラブルで鳥束が大幅に遅刻した。
 僕が電車に絡むと、何かしらトラブルが起こるのだ、きっとそうに違いない。
 単なる偶然だとしても、二回も続けば関連付けて考えたくもなる。
 という訳で、もういい、電車に乗るという苦労を買って出るのは、もうやめにしよう。
 これは仕方のない事なのだ、要らぬ苦労はしなくていいのだ、使えるものはどんどん使う、普段どれだけ忌々しいと思っても、使えるなら使えばいい、これからはこれでいく。
 というのに、どうして僕はまた、電車に乗っているのだろう。
 それも、結構な遠方に向かう特急列車の、綺麗な指定席に鳥束と並んで乗っているのは、何故だろう。
 あれは確かそう、一昨日の木曜日の昼休みだったか。

 

 僕は自分の席で、広げた雑誌に目を通しながら弁当を食べていた。
 机の向かいには鳥束がいて、今日の授業はどうだった、何組の誰さんが今日も可愛かった、自分のクラスの何とかさんに彼氏が出来たようでショックだ、どうだ…僕が一切取り合わないのも気にせずに、いつも通り賑やかにお喋りしながら昼を食べていた。
 何だって僕の周りはこう、こっちが取り合わないというのに、めげずに喋り続ける奴らばかりなんだろうか。
 僕は壁より安心するのか?
 壁と同じく、無反応だぞ?
 触るとほんのり温かいだけで、ハイ/イイエすら発しないのに、どうなってんだまったく。
 ラーメン、ダークリユニオン、女性のケツ…この中で選ぶとしたらどれって、どれも勘弁願いたい。
 それでも尚、死んでほしい一号は調子よくお喋りを続けていた。
 今は、僕の見ている雑誌に興味が移ったようだ。
「今度行きたいとこっスか? オレ、どこでもお供するんで、決まったら教えてくださいね」
 誘ってもらえると信じて疑わない発言、思考も同じで、どこだろう、いつだろうと子供みたいなはしゃぎようで、期待を膨らませ始めた。
 毎度財布にされてるというのに、よくまあ無邪気に盛り上がれるものだ。
 そんな風にはしゃがれると、何かの間違いが起こって、お前と行きたくなるじゃないか。
 さっさと雑誌を閉じて鞄にしまうか。
 しかしなあ、僕も今まさに盛り上がっている最中で、どこに行こうかと考え始めたところなのだ。
 コイツごときを理由に中断はしたくない。
「あ、斉木さんここ!」
 鳥束の人差し指が、ちょうど僕の見ていたカフェを指し示す。
『よし、行こう』
 行きませんかと奴が言うより先にテレパシーを叩き付ける。
「お、行きますか! 行きましょう! いつ、何時にします?」
 たちまち鳥束はウキウキと弾んだ声で僕を見てきた。
 鳥束ごときと同じところに目がいくなんて非常に腹立たしいが、短くない時間一緒に行動していれば色々と似通ってくるものなのは、身をもって理解していた。
 問題は僕がそれを、乙女のように嬉しがるところだ。
 これもきっと、奴のクセが移ったのだろう。
 アイツ、時々乙女が乗り移るからな。それが僕にも伝染したに違いない。
 それはさておき、行くなら早い方がいい。
「今、特急の時刻表調べるんで、ちょっと待って下さいね、土曜日から見ますね、えーと……」
 今日の放課後早速、さっと行ってぱっと帰って来ようかと考えていると、鳥束がスマホを繰り出した。
 いや待て、特急? 時刻表?
 懲りずにまた電車で行くつもりか?
「そっスよ〜、この前のはたまたまでしょうし、そう何度もトラブルなんて起こりませんて」
 だから大丈夫だとあっけらかんと言い放ち、あったあったとより画面に注目した。
「えーお店の場所がここ……最寄り駅が、ふんふん……開店時間がこうで……」
 雑誌と携帯とを交互に見ながら、鳥束は頭の中でさっさと行程を組み立てていく。
 僕はそれをただ呆然と見守っていた。
「斉木さん、行くなら早い方がいいっスよね、ですよね! じゃあ土曜日どうです? あ、いいっスか! で、お店開いてすぐの方がいいっスよね…ね! じゃあ――この特急に乗りましょう!」
 鳥束からの質問に頷いていたら、いつの間にか土曜日の予定が組み上がっていた。
 見せられた携帯の画面にも、僕は素直に頷いた。

 

 それから数日の今日、ルンルンの鳥束を隣に従え、僕は特急の指定座席に収まっていた。
 いや、その間全く空白だったわけじゃない、ちゃんと意識はあったし、電車なんてもうまっぴらごめんだと断ち切った記憶もある。
 乗っている時間は無駄だし、四六時中聞こえてくるテレパシーに頭が痛くなるし、満員ともなればそのストレスは計り知れない。
 しかし鳥束も負けずに反論してきた。
 まず、例のゲルマニウムを挙げてきた。これでテレパシーに悩まされる事はなくなると、嬉しそうだ。
 次に、自分が出すから全席指定の特急に乗りましょう、これで満員電車ともおさらばだととても嬉しそうだ。
 そして移動時間の無駄についてだが、これを打破するのは鳥束にも難しかった。

 

「そりゃね、瞬間移動出来るもんね斉木さんは。瞬間だもんね、電車に長い間ガタゴト揺られるとか、無駄な時間っスよね」
 でも、移動の時間はオレにとっては無駄じゃないんスよ。
「移動中の車内で、これから行くカフェはどんなだろうってお喋りするのとか、車窓からの景色を一緒に眺めたりとか、そういう事がしたいんスよ」
 斉木さんには、理解が難しいだろうけど。
『本当に難しい』
「そっスよね……」
『だから…僕がわかるように、手伝ってくれるか?』
「え……は、ええ、もちろんっス。斉木さん、人混みが嫌ならあの指輪したらいいっスよ。忍に襲われる心配ならご無用っス、オレがしっかりお守りするんで」

 

 先日の会話を思い出す。
 鳥束の護衛などむしろ心配になるものだが、僕はこうして承諾した。
 言葉通り鳥束は、駅に向かうまでも、駅構内でも、中々のエスコートぶりを見せた。
 テレパシーを封じた事で何かと過敏になってしまうこちらをさりげなくフォローし、車内へと誘導した。
 あまりにそつがなくて、快適だから、鳥束の癖に面白くないとまで思ってしまう程だった。
 まあいい、ちゃんと護衛できるならそれに越した事はない。
『到着まであとどれくらいだ?』
「あと、四十分くらいっスね」
 ふむ、と考え込む。暇つぶしにと本を持ってきているが、取り出す気にならない。特急列車の揺れが思いの外気持ち良くて、段々眠くなってきたのだ。
 テレパシーが聞こえない事で気が張って、少し疲れたせいもある。
「じゃあ、ひと眠りしたらいいっスよ。オレ起こしますから、あとお守りしますんで、安心して寝て下さい」
 やれやれ、お前のガードじゃかえって不安になるが、静かなのはいい、少し眠るとするか。
『じゃ、あとは頼んだぞ』
「はいっス」
 ニタニタヘラヘラ気持ち悪い鳥束が隣では非常に寝にくいが、僕はひとまず目を瞑った。
 車内は人もまばらで、静かであった。時折会話があっち、こっちで起こるが、総じて控えめで、そのちょっとの雑音が寝るにはかえって心地良かった

 

 うつらうつらしていてふと気付くと、肩に重みが感じられた。何だと目を開けると、視界の端に寄りかかる鳥束の頭があった。
 なんだコイツ、わざとくっついてきているのか?
 鬱陶しく思ったが、どうやら奴も眠っているようだった。
 おいおい、守るとか言っといて寝るのかよ。
 ため息がもれる。
 やれやれ…押しやろうとした時、手が繋がれているのに気付く。
 お前…いくらコートを毛布代わりにかけて見えなくしてるからって、ふざけた真似をしてくれるじゃないか。
 また、ため息が出た。
 解こうとすると、少し覚醒した鳥束が、寝惚けた声で言ってきた。
 ――斉木さん、大好き
 呟き、へへ、と気の抜けた声で笑って、鳥束はまた眠りに落ちた。
 耳にタコが出来るくらい聞かされているのに、毎度毎度胸が鳴るのもういい加減にしてほしい。
 きっとこれは、あれだ、またしても鳥束の乙女グセが移ったんだ、そうに違いない。
 自分でも馬鹿だと思う言い訳に僕は三度ため息をつき、肩に乗る頭も、繋がれた手もそのままに、ぼんやりと車窓の風景を眺めた。

 

 なあ鳥束、お前の言った意味、少しわかったかもしれない。
 わざわざ電車に乗っていく意味が。
 僕の考える要らぬ苦労よりずっと、意味があった。

 

 もうすぐ降りる駅だな、そろそろ起こすか。
 けれどそれがとてももったいない事のように思え、僕は中々行動に移せなかった。
 いっそ、コイツが起きるまで乗り過ごそうか。
 スイーツか、コイツか――。
 もちろん、コイツとスイーツだ。そう、大事な財布だしな。
 僕は閉まる寸前のドアをすり抜けるようにして通り、何スか何スか、と、起き抜けに首根っこを引っ張られ目を白黒させる鳥束に小さく笑った。

 

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