電車に乗って
大げさでもなんでもない
夏休み最終日、オレは少しのかったるさと楽しみとが渦巻く心を胸の内に、部屋でだらだらのんびりしていた。 長い休みが終わっちゃうの、寂しいねー。 でも明日からまた、毎朝、斉木さんにおはようって言えるよ、楽しみだねー。 ちょっと憂鬱だけど楽しみの方が勝っている。 そんな気分でゴロゴロするの、最高っスね。 と贅沢に過ごしていたら、斉木さんから呼び出しがかかった。 スイカひと玉買って駅に来いとの指示に従い、オレは出来るだけ急いで駅に向かった。 到着すると、斉木さんの他にバカ中二病元ヤン…もとい、燃堂、チワワ君、ヤス君がいた。 「お! わりーなシュゴレー君!」 「ほんと助かるぜ鳥束」 「まったく……燃堂のバカが、海に行くなら絶対スイカ割りだと言って聞かなくてな」 三人は口々に礼を言いながら財布を取り出し、一人いくらだと計算し始めた。 『ご苦労だったな。もう帰っていいぞ』 それを斉木さんは引き止め、追い払うようにしっしっと手を振った。 ちょっと、こらー! 「なんスかもう、この暑い中一生懸命運んできたってのに!」 オレだって海行きたいんスけど! 「そーだぜ相棒、一緒に行こうぜ! お!」 「斉木は相変わらず鳥束に厳しいのな」 「実はお前、気付かない内に斉木怒らせる何かやっちまってるんじゃねぇか?」 「ないっスよそんなの!」 心当たりないかとヤス君が耳打ちしてくるから、オレは大急ぎで首を振った。 ないない、全然ないから。しょっちゅう斉木さんから、お前の存在自体がムカつくとか死んでほしいとか言われるけど、その実お互い相手にメロメロだから大丈夫! 「ほら、斉木も、せっかく買ってきてくれたんだし連れてってやろうぜ、鳥束も、時間あんだろ?」 「お! 行こうぜスイカ割り!」 「フフ…俺様の究極にして最強の技を見せてやるぜ」 割るのではなく突くのだ、槍のごとき鋭さで打ち抜かれ真っ赤にはじけ飛ぶ哀れな獲物(スイカ)を、見届けさせてやるうんたらかんたら…チワワ君が華麗にポーズを決めて喋るのを聞き流しながら、オレはじっとりと斉木さんを見やった。 燃堂やヤス君に説得され、やれやれ仕方ないと、斉木さんは渋々オレの参加を認めてくれた。 もーう、みんなの前だと更に辛辣で参っちゃう。オレの恋人、素直じゃないから参っちゃう…けど、そこも好きなんだよね。 やっと話はまとまり、まずは清算となった。 「あざっス、間違いなく」 「じゃ、行こうぜ」 「おーし、海行くぞー!」 『……やれやれ』 こうしてオレたちは電車に乗り、海を目指した。 |
移動の車内で、オレは簡単にいきさつを説明された。 何でも、宿題を写させてもらおうと朝早く三人で斉木さんちに行ったけど、高二の夏休み最終日をこんな事で終わらすなんてもったいないから、海で花火しようぜと盛り上がったのだそうな。 で、どうせ海に行くなら、花火だけでなくスイカ割りもしようとなり、誰が買ってくるかとなったところで、オレに呼び出しがかかったというわけだ。 (てか斉木さん、ほんとのマジで、スイカ受け取ったらオレ追い返すつもりだったんスか?) 『そうだが』 頭の中で問いかけると、斉木さんはしれっとした顔で答えた。 こいつぅ〜と頭にかっかと血が上ったその時だ。 『今にして思えば後悔している』 なんて続けるものだから、オレはすぐさま怒りを収めて、じっと斉木さんの顔を見つめた。 そうしてから、オレは斉木さんの性分を思い出し後悔した テレパシーが届いたのはそれとほぼ同時だった。 『お前をコイツらに引き渡して、入れ替わりに帰るべきだったと、激しく後悔している』 そうすれば僕は家でのんびり出来たのにと、斉木さんが短くため息を吐く。 (まったくもう…いいじゃないスか、みんなで行って楽しみましょうよ、海) (ここまで来たら、腹くくるしかないっスよ) 正直に言えばオレは二人だけで行きたいけど、いつもの連中と騒がしくするのだって、斉木さんじゃないけど嫌いじゃないし。 ね、と笑いかけると、素直でない人は「真似すんな」と睨み付け、すぐにすいっと目を逸らし、複雑な顔で唇を引き結んだ。 はいはい、真似してすんませんでした。 もうすぐ着くから、覚悟を決めて楽しみ尽くそうよ、斉木さん。 すると、電車が揺れたからか、それとも本人の意思によるものか、斉木さんが頷いたように見えた。 |
「いやっほぉーい!」 浜に降りる階段を、燃堂が真っ先に駆け下りていく。そのまま一気に波打ち際へと走り、途中で立ち止まってオレらを振り返ると、早く来いよーとだみ声を張り上げた。 何か乗り移ったのかな、それともあいつはあれが素だったっけ。オレは暑苦しさに少し目を細めた。 「よっしゃー! スイカ割ろうぜスイカ! お!」 「まあ待て、ルールを決めよう」 実際のスイカを使っちゃもったいないので、砂地に「井」の字を書いて区分けして、真ん中に円を描き、最初にそこを叩いた人間がひと切れ多く貰う、というルールを設けた。 ちなみに棒は、階段を下りたすぐ脇に偶然にも落ちていたものを使った。 長さといい太さといい丁度いいからと、使う事にしたのだ。 これはもちろん斉木さんがこそっと用意してくれたもので、オレにだけ、誰も考えないんだからとぼやいてきた。なので、みんなの分を込めてオレは感謝した。 「ククク…さあ見せてやろう、この漆黒の翼の操る、魔槍の威力を!」 一番手にはチワワ君が名乗りを上げた。自信満々で棒を構える姿は、まあまあ様になってる。多分何かのキャラだろうな、最近見たアニメか何かに、カッコいい槍使いがいたのだろう。 オレはヒーローショーを見ている気分で拍手喝采を送った。 たちまちはにかむチワワ君。ああこりゃヤス君がご執心なのも納得だと頷いた。 ただ、この時点でオチは大体読めていた。しかし、現実は少し上を行った。 目隠しをして、その場で三回転、それから開始なのだが、チワワ君たら歩く事もままならず、何故か海の方へ引き寄せられるようにふらふら〜っと行ってしまった。 オレの予想としちゃ、すぐその場で尻餅つくか、あらぬ方へ行ってしまうくらいだったが、まさか海に向かうとは。 確かチワワ君、筋金入りのカナヅチだったよね。慌てて引き止めに行くが、その目の前で足がもつれて転倒、倒れたのが波打ち際だったせいか、ザブンときた波に悲鳴を上げた。 「おいおい、ちょっとつま先が濡れただけだぜ瞬」 「がはは! 相変わらずチビは情けねーなー!」 宥めるヤス君と、大笑いする燃堂とに、チワワ君は言い訳を始める。 これはダークリユニオンによって引き起こされた時空のゆがみがうんたらかんたら…いつもの口上を述べた。 強気ではあるが、よく見るとよほど怖かったのか少し涙が滲んでいた。泣くなよって可笑しくなると同時に、無性に頭をよしよししたくなった。やったら、ヤス君と斉木さん二人から睨まれるだろうから、肩をポンポン叩くだけにとどめた。 二番手はヤス君。 スイカ割りだってのにえらい殺気放って、怖いのなんの。目隠しの下で、一体何思い浮かべてるのってくらいの気迫。 結果は惜しくも空枠だった。 にしても、構える姿からもう尋常じゃなかったし、空を切る音も尋常じゃなかった、こえぇ。もしスイカだったら間違いなく爆発四散してたところだ。あーこわい、さすがヤス君。 お次は燃堂だが、何故かしっかりした足取りでオレの方に来るの、いやなんで来るの! 仕切り直した二回目もズンズン来るし、こえーっての! なんなのまったく。 三回目でようやくこっち来なくなったけど、結果は空枠。 そしてオレの番となった。 (斉木さん、斉木さん) (オレが買ったスイカなんだから、オレ沢山食べたい!) (頼むからサポートして下さいっス!) 埋まれとか溺れろとか罵声が飛んでくるのも覚悟の上で、オレは必死に頼み込んだ。 『よし、わかった』 以外にも快い返事。こいつは嫌な予感がするとオレは震え上がった。 目隠しして、三回転して、いざ勝負! と、瞼の裏にとある光景が浮かんできた。 気が付くとオレは、高い高い崖の間に張られたロープの上に立っていた。 「ひっ……!」 ひい、と喉が拉げた。 斉木さんの超能力によるものだとわかっていても、足の裏に伝わる不安定なロープの感覚はとても偽物と思えず、オレはだらだらと冷や汗を流した。 オレは、自分の学習能力のなさを呪った。斉木さんに何か頼みごとをして、すんなりいった試しがあったかいやない! 一歩一歩慎重に足を運び、ロープを渡っていく。 よし、そこで止まれと、ど真ん中で斉木さんが指示を出す。 よりにもよってここかよと、オレはごくりと喉を鳴らした。 棒を振り上げ、どうにでもなれと振り下ろす。 たちまち周りの景色にひびが入り、ぱりんと砕け散って、もとの暗闇に戻った。 周りで、燃堂やヤス君たちがやんやとはしゃいでいる。 オレは急いで目隠しを外して確かめた。 見事、円の枠を叩いていた。 方法はとんでもなかったけど、斉木さんのサポートは間違いなかった。 オレはへなへなとその場に座り込んだ。 (はあ……もう、心臓に悪いっス!) 『中々スリルがあって楽しかったろ。夏にぴったりだな』 斉木さんがいい顔で笑うから、オレもつられて少し笑った。 |
冷や汗かいた分をスイカで補給し、オレは元気一杯復活した。 うめえ、スイカうめえ! と豪快にかぶりつく燃堂、ヤス君、上品チームのチワワ君と斉木さん。オレも、どっちかといえばこっちかな。 『お前はゲスエロ汚れ枠だ。ほら、スイカで何か言ってみろ』 (え、ス、スイカで……ってもう、いじめるのナシ!) ようやくさっきの綱渡りのドキドキが消えつつあって、ほっと力が抜けてるんだから、もっと穏やかにいきましょうよ斉木さん。 『っち、使えない変態クズだ』 やだもう、舌打ちめっ。 |
「よぉーし、花火だ花火!」 「フッ花火か…わが腕に宿る――」 「おー、チビ! バケツに水汲んできてくれや!」 わざといや天然だろう、せっかくカッコよく決めようとするチワワ君をバサっとぶった切り遮り、燃堂がバケツを押し付ける。 「一緒に行こうぜ瞬、鳥束は、花火バラしといてくれや」 「ういっス、バラしとくっス」 取りやすいよう袋から出して一本ずつに分けておいてくれという意味だが、ヤス君の口から出ると別の意味に聞こえるから不思議だ。 「お? おれっちは何すりゃいいんだ?」 「んじゃあ、もう一個のバケツに、点火用のロウソクの準備頼むっス」 「よし! まかしとけ」 なんて燃堂は自信満々だが、オレは心配になってじっと見守った。 『問題ない。こう見えて料理出来るし、ハムスターの世話もする細やかさがある』 「へえー、意外」 斉木さんの言う通り、燃堂は難なく準備を終えた。ただのデカい体力馬鹿じゃないんスね。 「水、オッケー! 火、オッケー! 花火、オッケー!」 「じゃあ始めようぜ!」 野郎ばっかってのがちょっと気に食わないが、やっぱり悪くなかった。 火をつける前は、闇の火焔がナンタラとばっちりカッコつけたチワワ君だけど、火花が怖いのかえらいへっぴり腰になっちゃって、ちょっと可愛かった。 ヤス君の取る花火がことごとくバリバリ爆音で、それを平然と持っていられるとはさすが亜連だとチワワ君が目を蚊がやせて、ちょっと笑えた。 ヤス君も満更でもなさそうで、仲いいなあもう、見せつけてくれちゃってこのこのニクイねお二人さん! オレもあんな風に斉木さんとイチャイチャ出来たらなあ。 『生き埋めと溺死の他に、今なら火だるまって手もあるが、お前はどの死に方がいい?』 (どれもよくねーっス!) 隙あらば死んでもらおうとする物騒な恋人に、オレは軽い息切れを起こした。 もう、平穏を望む癖になんでそうおっかねえかなアンタは。 『お前が絡むと、動悸がして、平常心でいられなくなるんだ』 (斉木さん……) (それあれでしょ、どう死なそうか考えると楽しくて動悸がして、ってやつでしょ!) 『なんだ、お見通しか』 悪びれもせず斉木さんが笑う。 (そりゃ、いつも見てますし!) (……いつも見てますから) 『怖い、何回も言うな』 滅せよストーカーと斉木さんが念じる。 (だって) ほんとに、いつもこうして目がいってしまうから、ほんのちょっとの違いも段々とわかるようになってきたのだ。 『鳥束怖〜い』 ふざける斉木さんだが、おどけた顔の癖に目だけは真剣で、冷え切っているようでその実熱心に見てくるから、オレはやっぱり見てしまう。 そして思ってしまう。 斉木さんが好きだって、頭の中が少し熱くなるくらい、想ってしまう。 周りでは、燃堂やヤス君たちが花火で大いに盛り上がっていた。物凄い音と、何種類もの色と、そして煙とか渦を巻いているが、オレの目はただまっすぐ斉木さんに向かい、斉木さんの目もまたまっすぐにオレに向かっていた。 みんなの声と花火の音とはっきり耳に届いているのに、そこから一枚ずれた世界にオレたちはいるようで、何とも不思議な気分だった。 |
「おー、線後花火もあるじゃねえか、なあ、みんなで勝負しようぜ」 線香花火の束を高々と掲げ、燃堂が提案する。その声でオレははっと目を見開いた。 「勝負? いいぜ燃堂、かかってこい」 声だけは威勢がいいが、いまだにへっぴり腰のチワワ君が受けて立つ。 夏休み前半、オレが斉木さんとやった勝負だな。考える事はみんな同じか 今回は五人で挑む、誰が一番長く線香花火を持っていられるかという競争だ。 「おお、いいぜやろうぜ」 「ククク……果たしてこの俺に敵う者がいるかな」 「ですって、斉木さんもやりましょうよ」 誘うが、斉木さんはお前行けと素っ気ない。花火も、ずっと見物に回っていた。 そこへ燃堂が来て、相棒行こうぜ、シュゴレー君もやろうぜと、手首を掴んで連れていかれる。 こうなっては斉木さんも嫌とは言えまい、この時ばかりは、空気読めない燃堂の才能に感謝する。 「よし、じゃあこうすっか、最後まで勝ち残った奴にアイス奢る、買うのはそうだな、初めに落とした奴にするか」 「おー、賛成!」 「フン……さて、俺様の右腕に宿るヤツが、人間相手に本気にならないといいのだがな」 ヤス君の挙げたルールに燃堂海藤が賛成し、オレも頷き、斉木さんも渋々ながら納得した。 |
アイスをかけて、いざ勝負――しかし案の定というか、一番に脱落するオレ。 もちろん斉木さんの超能力による細工だ。 (またかぁ〜) こんにゃろ、って睨んだら、口の端っこでほんのちょっとだけ笑いやがんの、もう、斉木さん好き! 大好き! オレが買ったアイス以外は食べたくないって事なんスね! 『やっぱり火だるまがいいのか』 (もー違うから!) すぐにチワワ君、続いて燃堂が火種を落とした。 「くぅ、やはりヤツはまだみ――」 「だぁー! 惜しかったぜ!」 いやあ、全然惜しくはなかったな。それより、チワワ君の、聞くだけ聞いてあげて。チワワ君、尻切れトンボですごいむずむずした顔してるから。 さて、勝負は斉木さんとヤス君の一騎打ちとなった。 「亜連頑張れ、斉木も負けるな!」 「相棒頑張れ!」 脱落した二人が応援に回り、それぞれに声援を送る。 『お前はどっちだ』 斉木さんが眼光鋭く睨んでくる。 うぐ…そりゃもちろん斉木さんサイドっスけど、いの一番で落とされた恨みもあるしなぁ、複雑だ。 『スイカ割り、サポートしてやっただろ』 恩を仇で返すのかと、突き殺す勢いの目線が注がれる。 怖い怖い、だからそれ少年漫画の主人公がしていい目じゃないですってば。 うぐぐ…ああもう―― 「どっちも頑張れ!」 オレはやけくそになって声を張り上げた。 |
勝負は、斉木さんの勝ちで幕を閉じた。 「くぅ〜あとちょっとだったんだけどな」 「惜しかったな亜連」 僅差だったのは偶然か、それとも斉木さんの優しさか。 「へへ、やっぱ相棒が最強だな! お!」 あ、こら燃堂、オレの前で肩組むの禁止、斉木さんも、満更でもない顔しない! 『じゃ鳥束、さっさと買って来い』 「へいへい、じゃー行ってきますか」 「お! どうせだからみんなで行こうぜ」 「だな、すぐそこにコンビニあったしな」 「斉木も行こうぜ」 『そうだな、鳥束に任せると何買ってくるかわからないしな』 「ちゃんと買ってきますって」 『もしくは、いかがわしい本読んでなかなか戻ってこなかったり』 「もー、そんな事ないっスから」 「はは、相変わらず鳥束はいじられ上手だな」 「いっつもこうなんスよ」 なんてヤス君にぼやくが、言う程参ってないのだから重症だ。 斉木さんが好きで好きで好き過ぎて、手遅れなのである。 |
みんなでコンビニに向かい、涼みながらアイスを選ぶ。 どれがいいこれが美味いと言い合っている内に、敗者が勝者に奢るというのはすっかり消え去り、みんなそれぞれ自分の好きなアイスを買う事になった。 ただ、斉木さんだけは忘れてなかったようで、オレにとあるアイスの袋を押し付けると、さっさと出て行ってしまった。 溶けちゃまずいとオレは袋もよく見ず、自分のを選ぶのも忘れてレジで会計した。出してすぐこれは…と思ったが、一つきりの会計はすぐに済み、オレは考えるのを後回しに斉木さんを追った。 「はい、お待たせっス」 出てすぐの所に立つ斉木さんに手渡す。 斉木さんが選んだのは、二本セットで袋に入ってるあれ。一人で二本食べるもよし、誰かと半分こするもよし、とっても美味しい有名なアイス。 オレは、抑えきれない期待を込めて聞いた。 「……もしやっスか」 『そうだな』 「ホントっスか?」 『自分で聞いといてなんだ。あんまり見るな、お前の熱気でアイスが溶ける』 斉木さんは正面を向いたまま、なんてことないようであるような顔で半分を寄越してきた。 オレもそりゃ暑苦しいけど、アンタの愛情だって中々のものっスよ、斉木さん。 「……どもっス」 小さく呟いて受け取る。ああどうしよう、オレ、これのカラ容器一生の宝物として取っておきたい気分だ。やべえ、これ斉木さんに引かれるじゃんこれ。 ほらぁ、汚物を見るよりひどい目してるよ斉木さん、どうすんだよオレ。 『ほんと鳥束ってひどいな』 「すんません…あの、今度よく言って聞かせますんで、オレに免じて許してやって下さいっス」 『鳥束がそう言うんじゃしょうがないな』 「ほんと、鳥束がすんませんでした」 ぺこぺこ頭を下げながら、何だこの茶番と自分に呆れ、思わず笑いが零れた。 斉木さんも呆れが限界を超えたのか、オレの方を見てほんのりと頬を緩ませた。 ホントにアンタって、可愛くて、綺麗っスね。 少しして、三人もコンビニから出てきた。 「あ、みんなは何にしたんスか」 燃堂はあずきバー、ヤス君は雪見だいふく、チワワ君はピノか。 燃堂は豪快にかじりつき、ヤス君も豪快にかぶりつき、チワワ君はお上品に一個ずつか。 みんなで脇の方により、アイスうめーと夏の夕暮れを過ごす。 「なあ瞬、一個くれよ」 「ええ、いいけどじゃあ、亜連も一個寄越せよ」 「おい瞬、六個の一個と、二個の一個じゃ大違いだろ」 「一個は一個だろ」 「ったく、しょーがねーなあ」 「え、いいのか! サンキューな亜連!」 「おーおー見せつけてくれちゃって、お熱いっスねえ」 「なんだよ鳥束、そういうオメーらも、何だかんだ仲いいよな」 「そうそう、鳥束尻に敷かれてるイメージだけど、どっちも楽しそうでな」 「おお! おれっちも、相棒がよく笑うようになって嬉しーぜ!」 燃堂はそう言って屈託なく笑い、オレと斉木さんを引き寄せるようにして腕を回した。 暑苦しいわ、無駄に力強くてドキッとするわ、しかもオレの方にアイス持ってるからくっつきそうでひやひやするわ、チワワ君とヤス君にヒューヒューされるわ、参るのひと言だ。 『これで少しは僕の苦労がわかったか』 (ええもう、充分すぎるほどに) オレたちは開き直り、燃堂と肩を組んだままアイスを食べ続けた。 |
帰りの電車内はガラガラに空いていた。 スイカ割りや花火で大いに盛り上がり疲れていたのもあって、みんな座るなりたちまち寝入ってしまった。 こうなるとオレは寝るに寝られず、乗り過ごしてしまわないようにと無理やりにでも起きている事にした。 『眠いなら寝ろ。僕が起こしてやるから』 「え、ほんとっスか」 オレは、右隣に座る斉木さんに顔を向けた。 『ああ。とっておきの方法で起こしてやるよ』 「ひいぃ……結構です」 内容はわからないが、とてつもなく恐ろしいという事だけはわかった。 『ひどいな』 「ひどいのは斉木さんですぅ」 斉木さんが鼻先で笑う。 そんな顔にも目が引き寄せられ、オレは瞬きも忘れて見入った。 (斉木さん、ねえ斉木さん) (今日、楽しかったっスね) 眠いので思考もよれよれだけど、オレは一生懸命伝える。 楽しかった、面白かった、嬉しかった。 帰るのが寂しい。早く明日にならないかな。帰りたくないな。 そんな事を思いながら、オレは電車に揺られていた。 「あ、次降りる駅っスね。三人、起こさないと」 オレが言ってる間に超能力で上手い事やったのだろう、三人は揃って目を覚まし揃って大あくびをした。 「あ〜ぁ……今どこだ?」 「お、次だぞ。燃堂は起きてっか?」 「おれっちはよゆーよ」 ああ、ちぇっ、もう終わってしまうのか。 胸がぎゅうっと締め付けられたようになり、自然と顔が強張った。 『また明日会えるのに、大げさだな』 今生の別れでもあるまいに。 (なんスか…斉木さんにはそういうの、ないんスか) わからないだろうかと、オレは祈るように斉木さんを見やる。 『わかるから、大げさだって自分に呆れてるんだ』 心臓が一気に跳ね上がる。オレは赤くなってしまう顔を持て余し、あちこち目をやった。 もう、斉木さん、ずっと何でもないように過ごしてきて、最後にこうやってどかんと寄越すんだものな。 (大げさでもなんでもないですよ、こういうのは) 『おかしくはないのか、これで』 (そりゃおかしくなくはないですけど、これでいいんスよ) 離れがたいとかずっと一緒にいたいとか、そんな自分に呆れ返るのも、何一つおかしな事ではない。 普段の自分からは考えられない事も、今の自分たちには何らおかしいものではない。 『お前のせいでというのが非常に腹立たしいが、こればっかりは仕方ないな』 (オレは斉木さんのせいでこんなになって、むしろ嬉しいですけどね) アンタは唯一無二の人だから、そんな人にこんなにされる事、オレはむしろ誇らしく思っているほどだ。 『お前のようなゲスエロ坊主も唯一無二だが、僕は不幸に感じてるぞ、世界一不幸だ』 言葉は嘆いているが、表情はそれほどでもなくどころか少し笑ってさえいるのだから、本当にこの人はたまらない。 |
やがて駅に到着する。 『また明日な』 眠気のせいか、電車を降りたのにまだ揺れてるようなふわふわした心地でいると、斉木さんの優しい声が響いた。 ええ、はい斉木さん、また明日。 また明日、一緒におかしなことに、なりましょうね。 |