電車に乗って

どんな甘味よりも

 

 

 

 

 

 休日の昼下がり。
 オレは自分の部屋で、少々疲れた身体に栄養をと、遊びに来ている斉木さんと一緒におやつ休憩にした。
 少し開けた窓から、そよそよと爽やかな春の風が控えめに入ってくる。
 敷地内のどれかの樹にとまった鳥が、軽やかに鳴いているのも聞こえる。
 気持ち良い風も心地良い鳴き声もいいけど、やっぱり、今目にしているものが一番だな。
 正面に座った斉木さんの口から、豆大福がうにゅうっと伸びる。
 それを見てオレはため息しか出ない。心臓はもちろんどきどき鳴りっぱなしで、憧れのあの人の一挙一動でたちまちポワンとなる乙女そのものだ。
 豆大福を食べてる姿ってのが中々変わり種だが、斉木さんなら何でも絵になるし何でもオレの心臓を高鳴らせるから、構わないのだがとにかく、オレは恋する乙女のごとく斉木さんに見惚れる。
『何が乙女だ、このゲス者が』
 たちまち飛んでくるテレパシー。殺意に満ちて穏やかさのかけらもないが、外見は大福餅に心奪われうっとり柔らかく綻んでいる。それで内心があんなに殺伐としているなんて、誰が思うだろうか。
 常に本音をぶつけられるオレだけが知る、斉木さんの真の姿。
 ふんにゃり和らぎながら殺伐出来る斉木さんが凄いのか、殺伐ささえ緩ませる大福が凄いのか。果たしてどっちだ!
「てか斉木さん、オレの事しょっちゅう、やーいこの乙女が! ってからかうじゃないっスか。なのにオレが言うとそれって、ひどくねっスか?」
『ひどくない。この世全ての乙女に詫びて死ね』
「なんでっ!」
 いや、そりゃ、口の端っこにちょっと粉つけちゃって可愛いなあとか、舐め取る仕草がべらぼうにエロいなあとか、見てると胸とあそこが切なくなるなあとか思ったけど、死ねまで言わなくたっていいじゃないっスか!
 だって――

 だってしょうがないじゃないっスか、さっきまでアンタとくんずほぐれつ、イイコトしたばっかなんですもの、残りが身体のあっちとかこっちとか過っちゃうのもしょうがないってものだ。
 大体ね、斉木さんがエロ可愛いのがいけないんスよ。
 何やってても可愛い、そんでエロイ。
 エロイ時は物凄く、そうでないときもほんのりと、にじみ出るエロさに当てられるオレの身にもなって下さいよ。
 ね、ちょっと聞いてます?

 脳内でまくしたてるオレには一切取り合わず、斉木さんは渋いお茶を静かに啜ると、二つ目の大福に手を伸ばした。
 二つ目と言っても、オレと半分こした片割れだが。
 オレも和菓子は好きで、クリームを使った洋菓子よりは食べられるので、一つ食べ切るつもりでいた。しかし斉木さんの目があんまりにもオレの大福に注がれるから、言うしかなかったのだ。
 半分どうですか、と。
 斉木さんは白々しく遠慮しつつ容赦なく超能力で綺麗に半分切り取り、自分の皿に持っていった。
 オレは、大抵の事、大半の事なら、斉木さんが嬉しいならオレも嬉しいってなるが、この時ばかりは九割ほどにとどまった。
 そんなオレの恨みがましい目付きも、斉木さんにはどこ吹く風、大好きな甘味にすっかり心奪われ心ここにあらず、だ。
 まあ、ほんとにね、斉木さんが幸せならオレはそれでいいんだけど、オレはそれが一番なんだけど。
 でもここの大福、オレも結構お気に入りなんだよね。
 また今度買ってこよう。
 仕方ないという思いを、渋いお茶と共に飲み下す。

 

 さて、斉木さんのこのところのお気に入りはご覧のように和菓子で、特に餅菓子にはまっていた。
 きっかけは、オレが檀家さんからのもらい物をおすそ分けで持ってった事で、それ以前からも和菓子は嫌いではない人だったけどよっぽど気に入ったのだろう、また食べたいと言ってきた。
 渋いお茶との組み合わせもいたく気に入り、ここ最近は必ずと言っていい程おやつにお茶と餅菓子を食べていた。もちろん…というのも変だが、コーヒーゼリーを満喫した後で。
 そこでオレは、隣町の和菓子屋をすすめた。
 おつかいでよく行くのだ。
 じゃあ買ってこいと言われ、オレは「はい喜んで」と幻の尻尾をちぎれるくらい振り回した。
 返事の後、その店のホームページを一緒に見た。
 斉木さんが希望する生菓子は残念ながら通販していなかったが、その店で取り扱っている和菓子全てを紹介しているページがあったので、一緒に楽しんだ。

 

 花びら餅
 鶯餅
 草餅
 桜餅
 ぼたもち
 大福
 柏餅
 わらび餅
 羽二重餅

 

『そうか、和菓子も同じく、季節ごとに色々あるのだったな』
「そっスよ斉木さん、楽しみでしょ」
 ちらりと隣をうかがう。
(はは、斉木さんてば目がキラキラしてる、本当に可愛いっスねえ)
「ああまた、ちょびっと出ちゃってますよ」
『出てない。気のせいだ』
「出てないって……」
(そんなごまかしても無駄っスよ、もう見ちゃいましたし)
(口のここんとこにちょびっと、はみでてたの、見ましたから)
 しょうがない斉木さんだと、オレはにやにやだらしなく顔を緩ませた。
『そうか』
「ちょちょ! バールのようなもの禁止! わかりました見てません、オレは何も見てませんから!」
 だから早くそいつをどっかにやってくれと、オレは必死に拝み倒した。
 大丈夫? オレ大丈夫? ちゃんと首繋がってる?
 自分の首をしきりに擦りながら、オレはだらだら冷や汗を流した。

「ねえ斉木さん、たまには一緒に買いに行きません?」
 自分の目で見たら、ますます好きになること請け合いっスよ。
 オレは軽く誘いをかけた。
「電車で三つ目の駅、降りた道の先に延びる商店街の中ほどにある、老舗の和菓子屋さん」
 どうですか。
『嫌だめんどくさい。電車に乗るのは好きじゃない』
「うーむ」
『お前なら、僕の好みもわかるだろ』
「まあわかりますよ、ええ」
『そんなお前が選んだ物なら、間違いはないしな』
「ええまあ、ええ」
『今日は何だろう、どんな味がするんだろうと待つのも、嫌いじゃないからな』
「ふーむ…なんかうまく言いくるめられた気分だけど、オレだって、電車に揺られながら、今日は何を買おう、どれで喜んでもらおうと考えるの、嫌いじゃないですし」
『ならいいじゃないか』
 綺麗な顔で、斉木さんはほんのちょっとだけ笑った。
 どんな甘味よりも、斉木さんの微笑みは上質で甘い。
 オレはいつもこいつに溶かされてしまう。
 じっくり味わいながら、オレはお茶を啜った。

 

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