お手伝い
甘い約束
暑さもすっかり遠のき、日中も大分過ごしやすくなった。 たまに蒸し暑い日も挟まれるが、湿度が違うからか、蝉の声も聞こえ方が心なしか違うように感じたり、確実に秋に移り変わりつつある。 今年も斉木さんの愛情で夏を乗り切ったオレ、無事食欲の秋を迎えられるっス。 秋は美味しいものが一杯だもんなあ、あと食堂のメニューも色々変わったし、楽しみがたくさんだ。 |
「ねー、斉木さん」 オレは、超特急で用意したお茶を斉木さんに出しながら、にこやかに見つめた。 たちまち見んな変態とテレパシーをぶつけられるが、全く効果はない。というのも、四大コンビニそれぞれで買った秋の特製スイーツ…モンブランを前にして、最大級に顔が緩んでしまっているからだ。 よってオレは、近くに寄ってじっくり眺める事が出来るという訳だ。 今日は、オレんちにお泊まりという事で、学校帰り、秋のスイーツ食べ比べをしたいという斉木さんの提案によりあちこちに寄って、オレの金で、あれこれ買い込んだ。 懐がスースカしたが、斉木さんのこの極上のもにゅ顔が見られるなら、オレの楽しみが先延ばしでも何の苦もない。 しいて苦を挙げるとするならば、デザートはご飯の後でと言った事で、斉木さんに腹いせで関節を極められた事くらいか。 わかったと返事をしながら、どす黒い顔で技を極められたのは、苦と言えば苦か。 どうにか宥めすかして夕飯を食べさせ、お待ちかねのスイーツタイムとなってようやく、斉木さんは天使の微笑みを見せてくれた。 ああ、今日も生きている事に感謝っスわ。 斉木さんに感謝っス。 純粋に可愛いのと、とてつもなくエロいのとを両立させられるって、この人天才だわ。 こんなに愛くるしいのに、世界一おっかない超能力者だってんだから、世の中摩訶不思議だ。 そんな人に出会えたなんてすごい。教えてくれたじいちゃん、感謝。あんたの事は忘れねえっス…いやまだいるんですけどね。さっきも、鐘楼の掃除中お喋りしたし。 『ひどい奴だなお前』 さすがに黙っていられず、斉木さんがツッコミを入れる。 |
「斉木さん、チャンネル変えていいっスか」 晩のお天気お姉さんをばっちり拝んだところでオレはリモコンに手を伸ばした。 もう何度も見ている洋画だが、何度見ても面白い。 『僕も見た事があるぞ』 「あります? これ、面白いっスよね!」 内容は至ってシンプルなアクションもの、はちゃめちゃで痛快で、何より主人公がべらぼうに強くて安心感があり、見終わった後スカッとして気持ち良いのだ。 頭を使わなくていいのも気に入っている。 主人公が際立って強いのはさらわれた娘を救う為で、怒りが原動力だ。その強さたるや、目を見張るものがある。 斉木さんも見た事あるならネタバレを心配しなくてもいいと、オレは本編が始まって間もない時に、こんな質問を投げかけた。 「斉木さんて、本気で怒る事ってあります? コーヒーゼリー絡み以外で」 大好物のコーヒーゼリーが絡んだら、きっと斉木さんは犯罪に手を染めるに違いない。それは間違いない。 それ以外で、本気で怒る事があるとしたらどんな時か、ちょっとした話の種にと軽い気持ちでオレは訊いた。 最後の一つになったモンブランの、残り半分をじっくり味わう間考えてから、斉木さんは答えた。 『そうだな…お前が誰かに殺されたら、激怒するかな』 一瞬きゅんとなりかけたオレだが、斉木さんの性分からするとこれは――。 「ボクが殺すはずだった獲物を横取りしやがって、って意味の怒りっスね」 オレは白い歯を見せ、苦々しく笑った。 『半分正解だ』 「半分? じゃあ残りの半分は、どこに怒るんスか?」 今度こそきゅんとさせてくれるかも。淡い期待を込めてオレは問う。 『お前にだ。僕でなく他の奴に易々と殺されるなんて、なってない』 「なってないってアンタ……」 聞くんじゃなかった。そりゃ、斉木さんだもんな。 オレは少しくさくさした気分でそっぽを向いた。 それを斉木さんは、強引に自分の方に向けた。 渋々目を合わせると、思いの外真剣な瞳がそこにあった。 『言っとくが本気だぞ。僕以外の奴に殺されたりなんかしたら、承知しないからな』 さっきまでのふざけた空気など、一切なくなっていた。ともすれば泣きそうな顔に見え、オレはきゅんどころかずきんと胸が痛むのを感じた。 なんだよアンタ、自分からふざけておいて怖くなってちゃ、世話ないよ。 軽い気持ちで聞いたオレも悪かったっス。 オレは急いで抱き寄せた。 「大丈夫っスよ斉木さん。ほら、オレはここにいるでしょうが。ここにあるのは全部アンタのもんですからね、何の心配もいりませんよ」 心配なんてしてない。 お前なんかどうでもいい。 頭に入ってくるテレパシーはいつものような覇気がない。 ねえ斉木さん、それね、腕をがっちり掴んだままあっちいけって言ってるようなもので、つまり天の邪鬼の最たるものっスよ。 まったく、素直でないんだから。 『うるさい』 はいはい、うるさいのがオレっスからね。 オレはいつでもあんたの隣でうるさくするから、安心していいっスよ アンタ以外には絶対殺されませんから。 しぶとく生き残って、アンタの楽しみ取っておきますから。 『絶対だな』 「はい、約束っス」 恐る恐るといった風に、斉木さんの手が背中に回る。 オレは前後にゆらゆらしながら、斉木さんの気持ちが落ち着くのを待った。 |
「コーヒーゼリー食べて、落ち着きましょうか」 立ち上がろうとするオレを引き止め、斉木さんが唇を重ねてくる。 『いい……後で食べる』 「そっスか……じゃ、別のもん食べます?」 斉木さんの手首を掴んで、オレは自分の股間に導いた。 唇を引き結び、強い顔で斉木さんがそっぽを向く。そこだけ見ればいらないという意思表示だけど、オレの手を振りほどかないという事は、そういう事なんスよね。 まあ、そうやって、素直でないのがアンタのいいところの一つだけど。 腕に抱えた斉木さんをゆっくり床に寝かせ、オレは覆いかぶさった。 |
行儀悪いなあ、と思いながらも、オレは咎める気も起きず斉木さんにスプーンを差し出した。 そもそも自分がその行儀悪い事に加担しているのだから、咎めるなんてお門違いだし。 そんなオレの思考なんてまるで意に介さず、斉木さんはオレの差し出したスプーンを口を開く。 すくったコーヒーゼリーが落ちてしまわないよう、オレは静かに手を伸ばす。 それを斉木さんは、ベッドにうつ伏せになり、肘で起き上がった姿勢で受け取る。 行儀悪いと言えば悪いけど、二人で気持ち良い事したあと、コーヒーゼリー食べようって誘ったのはオレだし、食べるの手伝いましょうかって言ったのもオレだし、何より斉木さんはそのままでいいですよってオレが引き止めたんだから、うん、行儀悪いのはオレだ。 斉木さんの至福のうっとりモニュモニュを見ていると、細かい事なんてどうでもよくなっていく。 斉木さんも怖かったでしょうけど、オレもちょっと怖かったから、こうやって関わり合ってるってのを強く感じさせてくれる行為が欲しかったし、多少行儀悪くても、いいですよね。 そんなオレを見て、斉木さんが鼻で笑う。 む。細かい事気にしすぎっスか? 最後のひと口を差し出す。 斉木さんはそいつをじっくり味わい、オレへと片手を伸ばした。 そんな事くらいで、オレはドキッとしてしまう。 斉木さんはオレの頭をよしよしと撫でると、あっさり手を離し、ベッドに仰向けになった。 え、今のそれってなんです、斉木さん。 手伝いご苦労って感じっスか。ねえ、斉木さん。 わざと知らんぷりして目を閉じる斉木さんに、オレは長い事視線を注ぎ続けた。 そうしているといつの間にか顔はにやけて、怖いのなんてすっかり消えてなくなっていた。 |