お花見
秋のぶどうスイーツフェア。

どんな色の花を見せてくれるかな

 

 

 

 

 

 今日でとうとう夏休みも終わりか。
 終わりか……。
 カレンダーの今日の日付、八月の最終日を、オレは複雑な気分で見つめた。
 この日はずっと、小学校の頃からずっとだるくて憂鬱で嫌な日であった。
 月曜日も同じく、嫌だった。毎週毎週月曜日が来る度、腹が痛くなるような気がした。
 しかし今の学校に転校し、斉木さんと出会ってからは、月曜日は嫌でなくなったし、前まで好きだった金曜日がなんとなく物寂しく感じられるようになった。
 小学校の頃からずうっと、嫌なものだと頭に刷り込まれた学校というものが、斉木さんのお陰でというかせいでというか、嫌でなくなってきていた。
 人の存在っでやっぱりすごいんだな。
 幽霊の見えるオレにとって、それは長い事良くない意味でのすごいだったけど、斉木さんの存在がそいつをひっくり返した。
 そして、こんな風に頭の中で悠長にものを考えられるのも、他でもない斉木さんのお陰だ。
 斉木さんの、少しばかりひねくれた愛情のお陰で夏を乗り切れた。
 食欲の秋を元気に迎えられるのは、斉木さんがいたからこそだ。
 もし一人だったら、夏の暑さに負けて、夏休みの終わる憂鬱さに打ちのめされて、最悪の状態で部屋に寝転がっていた事だろう。
 といいつつ実は部屋で大の字に寝転がっているのだが、全然意味合いが違うからいいのだ。
 だって身も心もこんなに軽い、明日から学校だというのに、昔と違い心が浮き立っている。

 ありがたいなあ。
 本当にありがたい。

 天井を見つめながら、オレは有難さに唸った。
 なんかお礼したいなあ。
 とりあえず、コーヒーゼリーは確定っスね。
 それ以外にも何か、何かないかなあ。
 一人で考えていてもらちが明かない、こうなったら本人に聞くのが一番っスね。

 

 翌日オレは、食堂で相席し、斉木さんにストレートに希望を聞いた。
 何でも、オレに出来る事なら何でもするっスよ。
 すると斉木さんは、来週から始まるあるフェアに行きたいと告げてきた。
『遠井町の、駅前のデパート八階レストラン街で、秋のブドウフェアが始まるんだ。そいつを制覇したい』
 オレはすぐにスマホで検索し、これかと注目した。
「それ、オレが全部持ちますよ」
『ほんとうか!』
 たちまち斉木さんの顔が光り輝く。
 もうね、恋人にこんな顔されたらね、任せろと胸を一つ叩く以外ないっスわ。

 

 当日、普通なら電車で二時間弱かかるところだが、オレたちは一瞬で遠井町にやってきた。
 オレが提案というかごねたからだが。
 だって、往復四時間はさすがにもったいないし、浮いた時間の分たっぷりスイーツを満喫出来るのだからと斉木さんを焚き付け、瞬間移動に頼った。
 となるようにオレを誘導したのかもしれない疑惑は、少々あった。
 オレがこうして心で思ってる事は全部斉木さんに流れ込んでいる訳だし、それについて睨むでも気まずい顔をするでもなく完全無視を決め込むのは、もしかしたらそうかもしれない。
 まあでもそんな事、考えてもしょうがない。
 楽しむ為の多少のズルくらい、大目に見てもらえるでしょう。
「さあ斉木さん、行きましょう」
 オレは号令をかけ、先頭を切って歩き出した。

 駅前デパートの、八階レストラン街に到着。
 エスカレーターを下りてすぐ脇に、≪現在秋のぶどうフェア開催中≫のプレートがでかでかと飾られていた。
「お、これっスね」
 オレは近付いてまじまじと眺めた。
 ショートケーキ、パンケーキ、ロールケーキ、チーズケーキ、タルト、ゼリー、パフェ…
 まずそこで少し顔が緩む斉木さん。可愛いっスね。
「どこのお店も美味しそうっスね」どのケーキも。まるで花が咲いたみたいに綺麗だなー「オレ今日、朝飯少な目にして準備してきてるんで、ばっちりっスよ」
 プレートに心奪われ中の斉木さんに向けて、親指でサインを送る。
 さて、斉木さんはどれから行くのかなと上から順番に見ていったオレは、あるカフェの特製スイーツで目を留めた。
「あ!」
 透明なグラスに入ったスイーツで、色は三色に分かれていら。下は濃いグレープ色、真ん中はムースのようなもの、そして上段は透明なゼリーと三段になっており、その一番上の透明なゼリー部分に、鮮やかな赤色の花のようなものが閉じ込められていた。
 どう見ても、本物の花が浮かんでいるようなのだ。
(ねえねえ斉木さん、これって花っすよね?)
『ああ、そいつは食べられる花を使ったんだな』
「へえ!」
(そんなのあるんすか、へえ!)
 食べられる花っスか。菊くらいしか知らなかった。あんな、トロピカルな色した花も食べられるとは驚きだ。
(斉木さん、ここ、まずここ行きましょうよ)
 オレは興味を引かれ、笑顔で店の方を指差した。
『巨峰のムースか。よし、行ってみるか』
(やったやった!)
 オレは意気揚々と歩き出した。

 

 ムースは美味かった。ゼリーもあっさりしていて、食感もプルンと楽しくて、量も丁度良いので美味しく食べ切れた。
 ただ残念なのは、花に対して期待しすぎたせいか、そこは微妙な顔になってしまった事だ。
 萎びた葉っぱ、それが正直な感想だ。
 花というと、花の蜜を連想し、とっても甘いものと頭に思い浮かべたからだろう。
 落差に、オレは顔を取り繕うのが難しかった。
「でもでも、ムースは美味かったっス」
 何とか言い繕うと、正面で斉木さんが鼻で笑う。
「だって初めてっスもん。しょうがねーっスよ」
 オレは尖らせた口の先で言い訳をする。
『ここだけの話、僕も似たような感想だ』
「ホントっスか、そりゃなんというか…よかった」
 オレはほっと力を抜いた。
『よし、次の店に行くか』
「はいっス」
 オレは伝票を手に立ち上がった。

 次に入ったのはお蕎麦屋さんで、そこのデザートは蜜寒天だった。
 通常は無味無色の寒天がブドウ味になっており、色も綺麗な緑とグレープの二色になっていた。そこに巨峰とマスカットが一粒ずつ添えられている。白玉餅の代わり、だろうか。
 見た目はとても素朴だ、寒天のプリプリした歯ごたえとさっぱりした味が気に入り、二つ目でもぱくぱくいけた。
 ただ、これでもうオレは限界だと思う。次のスイーツは入りそうにない。
 ここからは財布係に徹して、斉木さんのうっとり顔を見守る事にしよう。
 そう思ってスプーンを置くと、斉木さんから衝撃的な言葉を貰う。
『なんなら、財布を置いて帰ってもいいぞ』
「なんっすかもう! こら、斉木さんは」
 それ恋人に言うセリフじゃねえっスよ。
 静かな店内にあわせ、オレは控えめな声で叱る。
 っち、
(舌打ちめっ!)
 斉木さんもう……めっ!
 怖い顔をしてみせるが、斉木さんはどこ吹く風とそっぽを向き、湯飲みを傾けた。
 まったく、さっきまであんなに、それこそ天使の微笑みで甘味を満喫していたのに、この変わりよう。
 ああ、そういうところも好きなんだよな。オレは。
 気付けばオレはでれでれと眉を下げ、斉木さんに見とれていた。
『見んな変態クズ。次、行くぞ』
 はいはいとオレは腰を上げた。

 隣の店、また隣の店と順繰りに渡り歩き、一店ずつ確実に制覇していく。
 オレは、コーヒーやジュースを頼むだけにして、斉木さんが食べるのを眺めて楽しんだ。
 見るだけならオレも充分楽しめるし、斉木さんの至福のもにゅ顔で更に幸せになれるし、オレにとってもバラ色の時間だった。
 そう、見るだけでも充分楽しかった。見る度、おおと感嘆がもれた。
 ぶどう丸ごとではなく、カットしたものを組み合わせて花のように飾り付けたり、生クリームで花を象ってみたり、一店目のように本物の花を使ってみたり、様々なスイーツがあるものだ。
 そしてそれらを、斉木さんがひと口ずつ大事に味わっていく。
 まさに極楽だな。

 

 そして、見事斉木さんは全店制覇を果たした。
「満足してもらえましたか」
『うむ、どれも悪くなかった』
 すっかりご満悦の斉木さんに、オレも大満足だ。
 アンタが幸せそうにしてくれたら、オレも幸せだ。
 どのケーキも綺麗で見応えあったけど、アンタのその、花のように綻んだ笑顔が一番だ。
 斉木さんは今一度フェアのプレートを眺めながら、じっくり反芻していた。
 オレはその横顔を眺めながら、懐はちょっと痛かったけど今日という日は最高だと反芻する。

『明日もまた来たいくらいだ』
「そっスか」
 帰り道、斉木さんは上機嫌だった。
 そんなに美味しくて楽しかったのかと、オレは微笑ましく思いながら頷いた。たまらなく嬉しくなる。
 左脇腹町に戻るのも瞬間移動に頼るので、人けのない場所を探して、デパートのトイレに向かう。
『なあ』
「なんです?」
『明日も、同じ時間でいいか?』
「……は? いやいやいや!」
 オレは高速で首を振った。
 さっき言ったまた来たいってあれ、本気だったんスか!
『本気だが?』
 きょとんとした顔の斉木さんに、オレは膝から力が抜ける。かろうじて崩れるのを踏ん張り、無理、ダメと叩き付ける。
「もう、馬鹿で無茶な事言ってないで、さっさと帰りますよ」
 宝飾品売り場のフロアでエスカレーターをおり、トイレに向かう。
 斉木さん…そんなおっかない顔したって、ダメなもんはダメっス。
 そして無理っス。お金がないんで、ほんと無理なんです。
 いやなくはないですけど、これはオレの楽しみの為のなんで、勘弁してください。
『……そうか』
 こりゃ、激怒からのごり押しかと内心ひやひやするが、意外にも斉木さんは大人しくなった。大人しい通り越して、どこまでも暗く切なく沈んでいった。
 その時点で斉木さんの策にまんまとはまってるとわかっていた、わかってはいたが、さっきまであんなに明るく華やかに咲き誇っていたのがこんなに萎れてしまっては、明日も来ましょう、それ以外何を言う事があるだろうか。
 悩むのに五秒もかからなかった。
「斉木さん、明日も同じ時間、待ち合わせしましょう」
 オレはもう一度あの花を見る為に、断末魔を上げるエロ束をかなぐり捨て、足元に絡み付くキモ束を蹴りやる。
『よし、じゃあ明日も頼むぞ、鳥束』
 たちまち斉木さんは目を輝かせ、オレの肩に手を置いた。
 一瞬にしてオレの部屋に移動が完了する。あたふたと靴を脱いでいると、明日は二周していいかと弾む声が頭に響いた。
「それは……さすがに」
 さすがに膝から崩れてしまうと弱り果てていると、冗談だと斉木さんがいたずらっ子の顔で笑う。
「……もう、目がマジでしたよ」
 さすがに心臓が止まるかと思った。
 そんなオレを、鼻先で笑う斉木さん。
『また明日な』
「あ、待って」
 帰ろうとする斉木さんの腕を掴んで引き止め、オレは別れの挨拶をする。
 重なる唇に一瞬嫌そうに抵抗した斉木さんだが、抱く腕に力を込めると、渋々といった感じに抱き返してきた。
 わあ、甘い。甘くて美味い。
 気持ち良さと離れがたさからオレはしつこく舌を吸い、絡め合う。
 長い事交わして、顔を離した時、斉木さんの頬はうっすらと色付いていた。
「……可愛い」
 思わず言葉がもれる。熱にぽーっと潤んだ瞳がたちまち険しくなり、オレの顔を無遠慮に押しやって斉木さんは身を離した。
『……じゃあな』
 ほんのりと朱色に染まった花をオレの目蓋の裏に一輪残して、斉木さんは帰っていった。
 また明日、斉木さん。

 明日は、どんな色の花を見せてくれるのか、今から楽しみだ。

 

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