お花見
ナス
ピーマン
ミニトマト
家庭菜園の野菜を使った夏野菜カレー。

仲良くするのも大変

 

 

 

 

 

 夏休みに入って間もない昼下がり、斉木さんから呼び出しがあった。
 オレの方も、明日とかお邪魔したいな連絡しようかなと思っていたところなので、さすが心が通じ合ってる〜なんてはしゃいだが、ただ「来い」だけでなく「お前の力が必要だ」と付け足され、今しがた浮かんだ喜びはどこへやら、嫌な予感がどっと押し寄せた。
 また何か面倒事を押し付けられるのだろう。オレは覚悟を決め、泊まりの荷物を肩におっかなびっくり斉木さんちに向かった。
 門を開けて敷地に入ると、庭の方へ行けとテレパシーが届いた。それに従い、オレは回り込む。
 ママさんが手入れしている花壇があり、夏の花が色とりどりに咲き乱れていた。鉢植えもいくつも並んでいて、どれも元気に生い茂っている。
 順繰りに見ていると、急に背の高い植物が現れた。
 あ、野菜も育ててるんだ。
 ナスとピーマンと、ミニトマトか。
 へえ、畑じゃなくても育つんだな。こりゃすごい、どれもたくさん実がなってる。
 オレは右に左に目をやった。
 ピーマンピカピカ、
 ミニトマト宝石みたい、
 ナスもツヤツヤで太くて立派で美味そう…ここでオレのお約束、ピー、マン、ナスイコール・・・。
 そんなくだらない一人遊びに耽っていると、脳天に超痛い拳骨を食らう。
「……斉木さんっ!」
 目の端に涙を滲ませ振り返るが、そこに斉木さんの姿はない。その代わり、リビングの窓越しに立っているのが目に入った。今の拳骨は、超能力による遠隔か。
 オレは頭のてっぺんをさすりさすり駆け寄り、ウッドデッキに乗り上げた。同時に窓がカラカラと開かれる。網戸を通して漏れ出てくる冷気が心地良い。
「結構痛かったっス」
 恨みがましく見やる。
『充分手加減したのだがな。どれ、実際の拳骨とどちらが痛いか試してみるか』
「いい! 試さない!」
 自分の握り拳を見つめる斉木さんに、オレは大慌てで片手を振った。
「で? オレは何をすりゃいいんスか?」
 ようやく拳骨の痛みが薄れてきた。
『今見ていた野菜だ』
「はい」
『母さんが衝動買いしたものでな。見ての通り、なりすぎて困っているんだ』
 オレは、見上げていた斉木さんの顔から庭の方へ目を移し、確かに、中々の豊作だなと感心した。
 ここは日当たりも良いし、ママさんの愛情たっぷりですくすく育ったのだろう。
「今日、パパさんとママさんは?」
『泊りがけで出かけている。お前を呼んだのは、二人が帰ってくるまでの庭の手入れと、とれすぎて困っている野菜の消費の為だ』
「……へいへい」
 思った通りだと苦い顔で応える。とはいえ、そこまで大変で面倒という事でもなかったので、オレはホッとしたって意味の小さなため息一つで請け負った。
『じゃあ変態クズ、早速ここに、ナスとピーマン二つ、ミニトマト取れるだけ寄越せ』
 網戸の隙間から大きなざると園芸ばさみを渡し、斉木さんが指令を出す。さっきのおふざけは悪かったけど、名前で呼んでももらえないとか寂しいっス。
 しょうがないか、オレが変態クズなのはまぎれもない事実だし。
「了解っス」
 オレは言われた通り、よく実ったナスを二本、ピーマンを二個、赤く食べごろのトマトをとれるだけとってザルに入れ、斉木さんに渡す。
「他には?」
『水やりは、朝母さんがしていったから平気だろう』
「そっスか。じゃあ、ちょっと見させてもらってもいいっスか」
『窓は少し開けておくが、ほどほどで中に入れよ』
「ういっス」
 せめてもの慈悲だとうちわが放られる。
 オレはパタパタ仰ぎながら、鉢で育つ野菜をじっくり眺めた。

 どの鉢も元気だね、
 上の方、花が咲いてるね。
 そういや野菜の花ってあんま見ないっスね。
 ナスもトマトもピーマンも、綺麗だね。
『ナスの花、お前の髪の色に少し似ているな』
 一つひとつが珍しく、へえ、なるほどと感心しながらあちこち眺めて回っていると、そんなテレパシーが届いた。
 オレはすぐさま顔を向けた。
(あ、じゃあ斉木さん、毎日ナスの花見て、オレを思い浮かべたり?)
『ねえよ』
 気持ち悪い事を考えるなと、遠隔で頬っぺたをつねられる。
「いてててで!」
 マジいてぇっス、もう、斉木さんちょっと手加減して。
『だから、してるって』
 嘘くせえ。
 オレは怖い顔をしてみせるが、斉木さんはまったく取り合わない。
 似てると言われると気になるな。
 頬をさすりさすり、ナスの株をじっくり眺める。
 なんだか楽しくなってきて、オレは目を皿のようにしてしっかり観察した。
 いくつか咲いた花を見比べていると、中央の雌しべが突き出した花と、そうでない花とがあった。
 なんなんだろうと足りない頭で考えていると、斉木さんからテレパシーが飛んできた。
 雌しべが短いと、そいつは実のなりが悪い花、だそうだ。実がつかず、落ちてしまうそうな。
『ちょっと肥料が足りないのかもな。やっといてくれ』
 肥料はウッドデッキの下にあると言われ、オレはへいへいとしゃがみ込んだ。あった、コイツだな。大きな袋を引っ張り出す。
 袋には丁寧にも、やる分量が書いてあった。
 よく目を通し、オレは粒っころになった肥料を鉢にばらまいた。
「やりましたよ、斉木さん」
『ご苦労。夕飯の準備するからそろそろ入れ』
「はーい」
 うちわで仰ぐのもそろそろ限界だ、オレは言われた通り玄関の方に回った。

 

 洗面所で手を洗いながら、ナスの花を思い返す。
 雌しべの色が緑だったせいか、オレは、なんとなく斉木さんを連想した。斉木さんの眼鏡の色に似てるという理由からだ。
 オレのお約束第二弾、雄しべと雌しべって・・・。
 つまり斉木さんが元気だと、オレも元気っつう訳だな、と、実にオレらしい下らない連想で遊んでいると、後頭部に衝撃が走った。
「いだぁい!」
 いつの間にか斉木さんが背後に!
『さっきと比べてどうだった?』
 実際の拳骨と念力と、どちらが痛いかと問われ、オレはどっちも強烈に痛いと涙を滲ませながら振り返った。
『お前が悪い。というか気持ち悪い』
「……すんません。でもでも斉木さん、オレからエロ取ったら、何も残らないっスから! オレ、変態クズ一本でやってくつもりなんで、そこんとこよろし――!」
 最後まで言い切らぬ内に顔面を掴まれ、オレは息が続く限り詫びの言葉を口にした。
 ようやく離れてくれた手に感謝と恨みを交互に浮かべつつ、オレは顔をさする。
「今日の夕飯は何スか?」
『カレーだ』
「おお。いいっスね!」
 暑い日のカレー、美味いっスよね。
 オレは腕まくりしてキッチンに向かった。
 しかしすぐに首根っこを掴まれ、お前はそっちじゃないと引き戻される。
「なんスか、お手伝いしますよちゃんと」
『シャワーで汗を流してこい。お前の手伝いはそのあとだ』
 え、それは嬉しい。実は自分の方もお借りしたいと思っていたところなので、素直に従う。
「じゃ、出たらすぐお手伝いするっスね。今日はカレーだから、切って焼いて煮込んで……」
『今やってる』
「ええ……また、斉木さん」
 オレは口をへの字に曲げて見やった。
「斉木さん、そんなにオレ甘やかさないで下さいよ」
『別に甘やかしてるわけじゃない。またぶっ倒れたら僕が面倒だから、やってるだけだ』
「もう……それが甘やかしてるって言うんスよ」
『いいから、さっさと行ってこい』
 サイコキネシスでぐいぐい押される。
 何とか肩越しに振り返って斉木さんを見ると、少し赤くなった顔が目に入った。照れ隠しの舌打ちに続いて、ぱしんと頭をはたかれる。
 もう、天の邪鬼め!

 

 シャワーを浴びていると、斉木さんちに出入りしてる幽霊がすうっと現れ、今日も仲良くやってるかいと話しかけてきた。
 その時少し泣いていたので、仲良くないのとオロオロされた。オレは急いで手を振る。
「や、全然そんな事ないっスよ、これ、嬉し泣きだから」
「そうなんだ、よかったあ」
 笑顔が戻る。
「あんたらって、本当に優しいね。でも、オレの斉木さんも、すっごく優しいんスよ」
「そうかあ、じゃあ君も、優しくしてあげないとね」
「もちろんっス」
 オレは腹に力を込めて答えた。オレは主に夜の部なんでね。優しくされた恩返しは、ベッドの中でするんス。
 そんな事を思っていると、筒抜けの斉木さんから、いい加減にしろと遠隔で頬っぺたをつねられる。
「あいてててで!」
「わあどうしたの、大丈夫かい」
「大丈夫だけど、仲良くするのも大変っス」
 オレは頬っぺたを引っ張られたまま、力強く親指でサインを送った。

 

 夏の野菜がたっぷり入ったカレーライスには、斉木さんの愛情がたっぷり。
 本人は憎まれ口きいて取り合っちゃくれないけど。
 だからオレも、黙ってじっくり噛みしめる。
 このお返しは、さっき風呂場で言ったようにベッドの中でたっぷりじっくりしますんで、どうぞご期待下さい。
 そんな思いを眼差しに込めて見やると、えらい顔で睨まれた。
 でもオレは怯まないぞ。
 アンタのおかげでどんなに元気になったかちゃんと証明しますんで、楽しみに待ってて下さいね、斉木さん。

 

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