おやつ
食欲の秋。
芋のおやつ、リクエストなんでも受け付けます。
ご用の斉木さんは鳥束までお申し付け下さい。
お前のなんて見たくない
十月の終わり頃、実家から連絡が入った。 めんどくさいな…斉木さんの口癖が移ったかな。仕方なく向かうと、さつま芋を山のように寄越された。 なんでも、とある檀家さんから貰ったもので、家庭菜園で豊作だったからと山のように頂いたものだそうだ。 ここではとても処理しきれないと、親父もお袋も困り顔だ。 風呂敷包みからはみ出すさつま芋の山を前に、オレは腕組みして唸った。 ふかし芋、茶巾絞り…自分の頭じゃ今はそれくらいしか思い浮かばないが、この大量の芋を消費してくれる人なら心当たりがある。 ので、じゃあ全部貰ってくわと、オレは引き受けた。 |
翌日は朝から小雨がぱらつくあいにくの空模様だったが、オレは雨を跳ね返すほどの浮かれ気分で学校に向かった。 斉木さん喜んでくれるかな。 どんだけ輝いた顔見せてくれるかな。 結構たくさん詰めてきたけど、きっと食べ切っちゃうだろうな。 途中、斉木さんの後ろ姿を見つけ、オレは急ぎ足で隣に並んだ。 「はよーっス、斉木さん」 『朝から喧しいな』 雨だからか、それとも朝だからか、あるいは肌寒いせいか、斉木さんの機嫌がいささか悪い。オレから少し顔を背けてるし、足取りもいつもに比べいくらか速い。 オレは遅れないよう急ぎながら、今日は一緒に昼を食べようと持ち掛けた。 何だか機嫌が悪いようだから断られるかもと思ったが、斉木さんはすんなりオッケーしてくれた。 『別に悪くない。むしろ良いぞ』 ええ、じゃあなんでオレの方見てくんないスか? せっかく今日は、良いもの持ってきたのに。 『知ってる。耳元で大声出されたくらい、もうわかってる』 「あそっか、そうっスよね」 最初に喧しいって言われたし、オレの言いたい事、もう全部伝わっちゃってますよね。 『それでも、少しは蓋を開ける楽しみを取っておきたい』 「……ああ!」 そこでようやくオレは理解した。別に斉木さんは、オレの顔を見るのが嫌だからそっぽ向いてるわけじゃないのだ。 見えてしまう人なりに、楽しみを先に取っておこうと苦労しているのだとわかり、オレは胸が一杯になるようであった。 「じゃあ斉木さん、昼休み、オカルト部の部室で会いましょう」 そこで一緒に、オレお手製のコイツを食べましょう。 オレは、わざと歩みを遅くした。 オレが先に行ったら見えてしまうからだ。 『わかった。じゃあ後でな』 斉木さんの後ろ姿を見ながら、オレは昼時を楽しみに学校へ向かった。 |
待ちかねた昼休み、オレは約束した部室に向かい、斉木さんと落ち合う。 斉木さんはすでに来ていて、ちょうど今食べ始めたらしい弁当を口に運んでいた。 朝は、あんな事を言ってオレから目を逸らしていたが、昼時になって斉木さんも我慢が利かなくなったのだろう、オレの手にあるもう一つの包みにじっと視線を注いでいた。 だからオレももったいぶらず、大急ぎで中身を披露した。 「さつま芋の茶巾絞りっス。好きなだけ、どうぞ」 素朴な色のお菓子に、斉木さんは眩しそうに目を細めた。 うっとりと見つめながらため息をついた後、はっとなって顔付きを引き締めた。 『で、何を企んでるんだ?』 「ええっ!?」 いやオレそんなキャラじゃなっ…そんなキャラだった。 「いやいや、これにあるのは、えーと――」 斉木さん、芋の消費係お願いします…ってのも、よくよく考えてみれば失礼だよな。 オレは少し青ざめ、そろそろと容器を引っ込めた。 「……なんか、すんません」 『待て、食べないとは言ってない』 それを引き止め、斉木さんはサイコキネシスで一つ口に放り込んだ。 『法に触れる事でなければ、多少は手を貸すぞ』 もぐもぐと茶巾絞りを楽しみながら、斉木さんはとろけた顔で言ってきた。 手を貸してもらいたい事は何もないが、条件反射でついごくりとつばを飲み込んでしまう。 いやいやいや。これは、そういうんじゃないっスよ。 オレは順を追って説明した。 「――という訳なんで、斉木さんの食べたい芋のおやつ、何でも引き受けるっスよ」 『そうか。他に、何が作れるんだ?』 「スイートポテトは調べました。作れそうっス」 『よし、そいつは予約だ』 「了解っス。それで斉木さん、これ見てほしいんスけど」 オレはスマホを取り出し、昨夜調べたさつまいものチーズケーキのレシピを呼び出した。 「これ、こんど斉木さんちで一緒に作りたいんスけど、どうっスか。作り方もそんなに難しくなさそうだし」 用意する材料も特殊ではないし、それらを混ぜ合わせて、型に入れて、焼くだけのもので、面倒な手順は一切ない。 前に、斉木さんちでアップルパイを作ったのがとても楽しかったので、また一緒におやつ作りをしたいのだ。 ごくりと斉木さんの喉が鳴る。 『わかった。今度末なら空いてる』 「ホントっスか、やった」 『スイートポテトは? 明日か?』 ことスイーツに関してはせっかちになる斉木さんらしい催促に、オレはもちろんと答えた。 『こいつもまた食べたい』 茶巾絞りを指し、斉木さんがじっと見てくる。 いつの間に食べたのか、もう残りは一つ二つしかない。 「いけるっスか?」 『中々悪くない。今ならあと五つはいけるぞ』 「ははは、食欲の秋っスね」 そんなに喜んでもらえて、オレも嬉しい限りっス。 その日の帰り、オレは必要な材料を買って、スイートポテト作りに奮闘した。 |
『うむ……』 ツヤツヤとした黄金色のスイートポテトを、キラキラした顔で斉木さんが頬張る。 この人の美味しい顔って、なんでこんなに嬉しくなるかね。 大げさにはしゃいだり、声を上げたりといった派手な反応はしない。その代わりじっくりと噛みしめ、心から楽しんでくれる。 作った甲斐があると思わせてくれるいい顔をするから、幸せに感じて、嬉しくなるんだな。 『全然嫌いじゃない』 ふわふわした声がおかしくて、オレはつい笑ってしまった。 斉木さんを、スイーツ番組とかCMとかに起用したら、その商品絶対バカ売れじゃないかな。 大ヒット間違いなしだな。 そんな事を思いながら、オレは自分の弁当を口に運んだ。 当の斉木さんは目立つ事、注目される事が大嫌いだから、絶対引き受けないだろうけど。 今日も、あまり人目を引きたくないからと、こうしてオカルト部の部室にこっそり入り込んでるわけだし。 外が暖かければ屋上でもいいのだが、そろそろ屋外では厳しい季節だ。 ここでゆっくりのんびり、二人で昼を過ごすのが一番いい。 『できればお前もいない方が、いいんだがな』 「ひどっ! そんな事言って、寂しがり屋の斉木さんが一人とか無理っスわ」 『別に。これまでも一人だったが』 「そりゃ前はね。でも今のアンタにはもう無理っスよ。そもそもオレが一人にさせませんし」 オレだけじゃなく、燃堂もいるしチワワ君もいるしヤス君もいるし、何より神に愛されし照橋さんの包囲網からは、絶対逃れられない。 一人の気楽さに戻りたいのがアンタの本心だって知ってますけど、その一方で、一人になれない災難を密かに悪からず思ってるのも、知っている。 『そういうの、本当にめんどくさいんだが』 知っているだろうと、斉木さんはうんざりした顔を向けてきた。 「まあまあ、そんな顔せずに、ほら、これで機嫌直して下さいっス」 あと一つとなったスイートポテトを摘まんで口元に運び、ご機嫌取りをする。 斉木さんはやれやれと息を吐くと、オレの手を掴み口を開けた。 斉木さんの口に入るはずだったスイートポテトがすっと口から外れて宙に浮き、入るはずのないオレの指が、斉木さんの口の中に導かれる。 「あ、ちょ、それはない――いででで!」 実際に噛み付かれる前からオレは情けない声を上げ、すみませんごめんなさいと心の中で繰り返した。 ほんの一秒二秒程度だが、オレにはひどく長く感じられた。解放された手を慌てて目の前に持っていき、指がちゃんと五本あるか確かめる。 『すまん、間違えた』 こらーもう! 涙目で抗議する。そりゃ、ちょっと踏み込んだ事言ったオレが全面的に悪いんだけど、だからって噛みつかなくてもいいじゃないっスか。 「はっ……! もしかして斉木さん、食べちゃいたいほどオレが好き――わーごめんなさいごめんなさい!」 ゆらりと斉木さんが立ち上がる。 オレは椅子から転げ落ちる。 今の比でないほどの殺意を向けられ、オレは大慌てで両手を振った。 「ここで殺ったら、明日の茶巾絞り食べられないっスよ!」 あと一歩のところまで迫った斉木さんの影が、ぴたりと止まる。 っち。 苦々しく舌打ちし、斉木さんは席に戻った。 「はぁー……」 オレも椅子に腰かける。そして、いまだ空中で留まっているスイートポテトを掴み、今度こそ斉木さんに食べさせるべく口元に持っていく。 「はいどうぞ、あーん」 『やれやれ……お前も懲りないな』 まあねとオレは笑ってみせる。 惚れて惚れて惚れぬいて、毎日新たに好きって気持ちが積み重なって、際限なんてない。 それくらい斉木さんが好きだから、オレは懲りるなんて絶対ない。 斉木さんが素直に口を開ける。オレはそっとスイートポテトを差し出した。 『まあ……お前の味は嫌いじゃないからな』 「……あざっス」 オレは満面の笑みで応えた。 『明日持ってこなかったら、承知しないからな』 「もちろん、絶対忘れませんよ。いくつ食べます?」 五個でも十個でも、食べたいだけ持ってきますから。今殺されそうになった事など忘れて、オレは声を弾ませた。 斉木さんも、スイーツの事になると人が変わったように目を煌めかせて、いくつにしようかと考え込んだ。 翌日茶巾絞りを持っていくと、明日はあれが食べたい、その次はこれが食べたいと、斉木さんは日替わりでリクエストを寄越した。 週末まで、オレは毎夜楽しい日々を過ごした。 |
週末、オレはバッグに入るだけ芋を詰めて、斉木さんちにお邪魔した。 「ふう、結構重かったっス」 ダイニングの椅子にどさりと置く。 レシピは頭に入ってるからと、斉木さんはすでに必要な材料を揃えて待っていてくれた。 オレも手順を再確認し、芋を取り出した。 「じゃ、茹でちまいますか」 その際の皮むきも、斉木さんにかかればものの数秒だ。 アップルパイの時もそうだったけど、さすが、せっかちさんいや斉木さん、鮮やかのひと言である。 真っ白な丸裸になったと思ったらもう輪切りも済んでいて、作業がとてもスムーズだ。 これなら思ったより早く出来上がりそうだ。 (早く食べたいんだな、可愛い) 茹でる鍋を一心に見つめる斉木さんの横顔を見つめ、オレは頬を緩めた。 ところで斉木さん、このレシピだと芋は300グラムで足りるのに、これだと500グラムくらいいってるよ。 何か考えがあるのだろうとオレは特に口には出さなかった。 「そんで茹で上がったら、水気を切って潰す…はいはい」 いい匂いだとオレはにんまりした。 ボウルに移し、いざ潰そうとなった時、オレは、はっと閃くように斉木さんの意図を理解した。 わかった、この人、つまみ食いしたいが為に多めに茹でたのだ。 果たしてその通りで、斉木さんは少々バツの悪い顔をしながらも、オレが潰していく端からサイコキネシスで器用にすくっては口に入れていった。 「斉木さん、ちゃんと分量は守って下さいよ」 『わかってる。笑うな』 「そんな事言ったって」 子供みたいに目をきらきらさせてつまみ食いとか、笑うなという方が無理がある。 可笑しい、微笑ましい、可愛いらしい。 普段はつんと冷たく澄ましているのに、ほんと、甘いものには目がないんだから。 アンタがそうやって幸せ感じるのがオレの幸せでもあるから、オレは何としてでも手を尽くす。 「ねえ斉木さん、オレもちょっと欲しいんスけど」 あんまり美味しいそうに食べるものだから、自分もふとつまみ食いしたくなった。 『悪いな、今口に入れた分で丁度分量ぴったりだ』 「ああ、遅かったか」 『遅かったな』 どこか得意そうに笑う斉木さん。 いい顔するなあ、もう。 「あーあ、オレもつまみ食いしたかったけど…いいっス。あとで斉木さんごとつまみ食いするんで」 そう言うと、斉木さんの目がじろりとオレにむく。 「オーブンで焼いてる間、つまみ食いする予定なんで、予告しておくっスね」 『だから、大きな型のレシピを選んだわけか』 焼く間の時間がたっぷり取れるように。 「あ、さすが斉木さん鋭いっスね。でもあれを選んだの、それだけじゃないっすよ、小さいケーキがいくつも並ぶのもいいけど、でっかいのが一つドーンとあった方が、迫力あって美味そうでしょ」 『……確かにな』 「ね。だからあとで、オレにつまみ食いされちゃってくださいね」 斉木さんはまたじっと見つめた後、つまむだけか、と、少し不満そうに目を逸らした。 「そうっすよ。おやつ時ですからね。本番は夜のお楽しみっス」 『っ……そういう意味じゃない』 テレパシーをぶつけながら、斉木さんはオレの足を踏んづけた。 「いたぁい、もう。オレはそういう意味っスけど」 だからそうふてくされないでくれと、オレは腰を抱き寄せた。 『触るなバイ菌。変態クズが移る』 内容は穏やかでないが、逃げる事もなく、斉木さんはオレの腕に大人しく収まっている。心なしか頬がうっすら色付いて、オレの目を引いた。 引き寄せられるまま頬に唇を押し付ける。 やめろと、斉木さんが軽く首を振る。構わずオレは頭を抱え、唇を塞いだ。 舌を絡め取ると、オレを引きはがそうと躍起になっていた斉木さんの手から力が抜け、背中を抱いてきた。 オレも抱きしめ、キスに耽る。 |
オーブンの中で、ケーキがじっくり焼かれていく。 そちらがどうしても気になってしまう斉木さんの顔をオレの方に戻し、何か云いたげな唇を塞いで黙らせ、ゆっくりと腰を動かす。 奥が気持ち良いと、斉木さんが全身で訴える。 「オレも、気持ち良いっスよ…斉木さんのここ、突くと、ん……すごく締め付けてくる」 上手く当たるよう腰をうねらすと、斉木さんの身体が電流を浴びたようにびくびくっと引き攣った。オレの首にしがみつき、たまらないとばかりに何度も喘ぐ。 オレは同じ動きを繰り返し、いかせようと躍起になる。 少し焦って、少し苛々しているのは、オレだけ見ていてほしいという幼稚な独占欲の表れだ、 アンタが甘いものに目がないのは知ってるし、オレがそれよりずっと下なのも知ってる、そいつは認めるから、せめて今だけでもオレを見てほしい。オレに涎を垂らしてほしい。 『下じゃない。馬鹿なやつだ』 乱れ狂う姿とは裏腹に、冴え切ったテレパシーが頭に響く。 斉木さん……アンタって人は。 「ね、キスしたい…斉木さん、顔見せて」 たまらなく顔が見たくなり、オレは、しがみつく身体を押しやる。 『いやだ』 するとたちまち斉木さんはうろたえ、抱き着く腕により力を込めた。 オレはむっとして、ならいかせてあげないと動きを弱める。そんな事したって、自分の首を絞めるだけだが。 オレだって、斉木さんの身体にすっかりのめり込んでいるのだ。しかもこの人憎い事に技巧もあるから、絶妙な締め付けで自分から快感を貪るのも得意だ。 そしてそうされてはオレもひとたまりもなく、斉木さんが欲しがるものをほいほい出してしまう。 つまりこのままでも、お互いいくのは可能。とりあえずの満足感を得る事は出来る。 だからって、こんな寂しいのは嫌だ。 「ねえ、斉木さん…意地悪しないで顔見せて……見ながらいきたい」 『意地悪してるのはお前だろ』 「してないっスよ、しないから、ねえ……斉木さん」 やだやだ斉木さん、このままいきたいないっス。このままじゃいくにいけない。 『うるさい』 「ねえ、斉木さん」 お願いだから。 オレはそっと頭を撫でて宥める。 ほんの少しだけ、しがみつく力が緩んだ。 「顔見せて。斉木さんがオレに涎垂らすとこ、見せて」 『お前なんかに誰が』 憎まれ口をきいて、のろのろと斉木さんが身体を起こす。 向かい合う顔は想像よりもずっといやらしく緩んで、赤くほてり、濡れた目が一層綺麗であった。その有様を見ただけで、少し何か出たくらいだ。 「……可愛い」 『うるさい』 「っ……!」 強く突くと、斉木さんの喉がひくりと震えた。 「可愛い斉木さん……ね、キスして」 口もあそこも繋げたまま、一緒にいきたい。 『うるさい黙れ。お前……これの、どこが…つまみ食いた』 憎々しげにオレを睨むが、欲を孕んだ目では、いつもの迫力はない。それどころかオレの心をかきむしるばかりだ。 近付いてくる顔を両手にそっと包み、オレは迎え入れた。 (オレにはつまみ食いですよ、斉木さん) (だから、この後の、うんと期待していてくださいね) 『……本当にうるさい、死ね』 ええ。ある意味、アンタに何度も殺されてるよ。 斉木さんの口の中を舐め回し、腰を動かし、オレは絶頂めがけてがむしゃらになった。 「――!」 とりつか いくらもしないで訪れた射精の瞬間、またきつく抱き合う。 好きだ、好き。 斉木さん、好きです。 『……僕も』 何度も痙攣を繰り返し、ぜいぜいとオレの肩で苦しげに喘ぎながら、斉木さんが応える。その時背中に一筋、ぬるいものが垂れる感触があった。 汗とは違うそれに、オレは目を瞑って浸った。 |
「ちょ、斉木さん、こりゃないっスよ!」 オレは、自分の前に置かれたケーキの皿に文句をつけた。確かに自分は、甘いものは嫌いでないがそれほど量は食べられない、ひと口くらいで充分とはいえ、これはあんまりだ。 こんな、六等分にカットしたケーキの更に先端の部分だけなんて、そりゃあんまりだ。 何スかこれ、これつまようじ? オレはつまようじを食べされられるのかな? チーズケーキだからなんとか自立しているけど、これがショートケーキとかのスポンジだったら、今頃へにゃりと皿に倒れ込んでいる事だろう。 「ねえちょっと――って聞いてねーし!」 目を向けると、当然と言えば当然だが、斉木さんは至福の表情でさつまいものチーズケーキを味わっている最中で、オレの声など全く耳に届いていなかった。 「斉木さん……」 『お前はもう散々つまみ食いしただろ』 「そりゃ、しましたけど」 だからってこれはない。 オレはテーブルに手をついて前屈みになり、ほっそりとしたケーキにうんと顔を近付けた。 しつこく涎にこだわったの、怒ってるのかな。 まじまじと見つめていると、いらないなら僕がもらうと、斉木さんはサイコキネシスでほっそりケーキを奪っていった。 「あぁ!……あぁ」 すうっと斉木さんの口に吸い込まれるオレのケーキを涙で見送り、仕方なく紅茶を啜る。 そりゃ、斉木さんをつまみ食いした。大変美味しゅうございました。 でも、それとこれとは別っスよ。 オレだって、さつまいものチーズケーキを結構楽しみにしていたのだ。 こんな仕打ちはあんまりだ。 斉木さんが、新たにケーキを切り分け、自分の皿にとる。とても幸せだと顔で語りながら、変わらぬペースで口に運ぶのを、オレは涎を垂らさんばかりに見つめていた。 ま、斉木さんが幸せに感じてくれるなら、それが一番嬉しいけど。 そう思って見つめていると、最後のひと口がオレに向かって差し出された。 「……へ?」 『お前は僕のを見たがるが、僕は別に、お前の涎なんて見たくないからな』 一口でいいんだったなと、手が伸ばされる。 「はは……あざっス!」 オレは立ち上がって、最後のひと口をぱくりと頬張った。 おお、なるほど、こういう味か。 オレは感激しながら、じっくりとひと口味わった。 『それに』 (何スか?) 『あとでお前にへばられても、僕が困るからな』 「――!」 ケーキが違うところに入りそうになり、オレは慌てて紅茶を煽った。 斉木さん…そんな赤い顔で言わないで下さいよ。オレまで赤くなっちゃうし、あんまり可愛すぎて、またしたくなっちゃうじゃないですか。 赤い顔を突き合わせたまま、オレたちは静かにおやつタイムを過ごした。 |