おやつ
斉木さん特製コーヒーゼリー。
夏の優しい斉木さん第ン弾。
おやつ時が待ち遠しい
夏休み最高。 今年の夏休みは特に最高! 何故なら、もうすでに夏季課題を終えているから。それも、まだ一週間しか経っていないのにだ。 残りの長い休み、オレは何の気がかりもなく自由に気ままに過ごせるというわけだ。 夏休み最高、ありがとうございます。 感謝すべき対象は斉木さんだ。 毎日朝から通わせてはオレを厳し〜く監視して、終えるまで辛抱強く付き合ってくれたのだから。 んん…いやいやまじで感謝してる。最中は地獄だと思ったし鬼だと思ったけど、ひねくれ者の斉木さんらしい愛情が一杯で、オレは恩返しのしようもないほどだ。 だからせめて、今夜の花火は楽しく盛り上げていきたい。 そう、今夜ようやく、夏休み前に約束した一緒に花火を実行出来るのだ。 夕飯を終えたオレは、泊まりの荷物と手土産を持って、斉木さんちに向かった。 |
今日は斉木さんちにお泊まり。 パパさんママさんのいない家に、斉木さんと二人きり、何しようかなってナニしかない! 花火で大いに盛り上がったら、メインのアレがナニに突入だ。 一週間の禁欲生活はつらかったなあ…斉木さんもさぞつらかったろうなあ…斉木さんちに向かう道すがら、オレはその事で頭が一杯であった。 道中、オレらしい妄想を膨らませていると、突如斉木さんからテレパシーが届いた。 『歩く猥褻物は帰れ』 (うわっ!) オレのいる場所はすでに斉木さんのテレパシー感知圏内だったのを、その時に思い出した。 派手に仰け反ったが、通行人がいなくてよかった。 (そんな事言わないでくださいよ、斉木さんだってお待ちかねでしょ) (もしもし、斉木さん!) オレは少し強気で押す。決して自分勝手な思い込みや思い上がりではないのだから。 少しして微かに、舌打ちが聞こえた気がした。 もう、すぐ舌打ちするんだから。まあそこも含めて斉木さんで、オレはそんな斉木さんが大好きなのだが。 『ところで鳥束』 (何スか?) 『一件買い物を頼みたい』 (ええ、ええ……) 買い物自体は、多少億劫には思うが引き受けよう。しかし…オレは手に提げた袋の中身を心配する。来る途中で買ったコンビニのコーヒーゼリー、手土産のこいつをどうしよう。 『問題ない』 どう問題ないのか、と思う間に、袋の中身がよくわからないがらくたにすり替わる。アポート…斉木さんの能力の一つで、同価値の二つを交換するというものだ。斉木さんの手元には今コーヒーゼリーがあり、今頃、うっとりしている事だろう。 (ちょー! もう斉木さん!) 『これで心配はなくなったな。じゃ、頼まれてくれるな』 (……で? 何買ってくりゃいいんです?) 『駅前のコーヒーショップで、今から言うコーヒー豆を買って来い。代金はちゃんと支払ってやるから』 (それ当たり前っスから) 『頼んだぞ。ではいただきます』 「はいはい……」 微妙に重たくなった袋を、泊まりの荷物の入ったバッグに押し込み、オレは大きく息を吐いた。 斉木さんちばもう、目と鼻の先に迫っているというのに、入れもしないとは。 |
「お邪魔します、買ってきましたよ斉木さん」 ひとりでに鍵の開いたドアを開け、無人の玄関からそう声をかけて、オレは上がり込んだ。 勝手知ったると、スリッパを借りて、リビングに入る。 テーブルに斉木さんの姿を見つけ、オレは少しほっとする。日が暮れたとはいえ盛夏の夕暮れは蒸し暑いし、一人の行き来はつまらないものだったから。 『まあまあ早かったな』 「そりゃ。早く斉木さんに会いたかったし」 『朝から昼まで一緒にいただろ』 何日も会ってないみたいに言うなと、斉木さんが呆れる。それはそうかもしれないが、不意の用事を押し付けられちょっととはいえ先延ばしにされたのだ、オレにはそのちょっとが長大なのだ。 そんなオレに、どうしようもないと云うように斉木さんが首を振る。 もう、斉木さん、ちょっとはわかってくれたっていいのに。 「はいこれ、頼まれ物と、レシートっス」 コーヒー豆が入った茶色の紙袋とレシートを置く。テーブルにはすでに、代金が置かれていた。 『確認頼む。それとこれはサービスだ』 代金の横に置かれたコップ一杯のに、オレは少し笑ってしまった。ほんと、この家のサービスはおよろしいことで。 オレは席に着くなり、いただきますと水を煽った。もう喉がカラカラだったのだ。 (斉木さん、コーヒーゼリーはもう食べたんスか?) 一気に流し込みながらオレは訊いた。 『とっくだ。ゼリーが二層になっていて、中々悪くなかったぞ』 「ホントっスか。よかったっス」 オレは微笑んだ。 斉木さんもほのかに笑みを浮かべる。 『確かめてみるか?』 「え……」 挑発めいた眼差しに、オレは引き寄せられるように椅子から立ち上がり斉木さんの傍に寄った。 「……いいんスか? 最後までやっちゃうかもっスよ」 一度でも触れたら、オレは自分を止められる自信がない。だから、嫌ならオレをぶん殴るなりして離れてくれと斉木さんに警告する。 斉木さんからは何の返答もない。その代わり、早くと急かす目付きでオレを一心に見つめてきた。 ほら、やっぱり。 アンタだって、ずっとオレを我慢してたんじゃないっスか。 『うるさい』 甘いコーヒーの香りを鼻先に感じると同時に、テレパシーがぶつけられる。 そんな顔して睨んだって無駄ですよ。オレは寸前にやりと笑って唇を塞いだ。 アンタって人はまったく…たまには素直にキスがしたい、やりたいって言えばいいのに。 とろけるように甘い舌を舐りながら、オレは素直でない人の身体を腕に閉じ込めるように抱きしめた。 服の裾から手を潜り込ませると、すかさず斉木さんの手が掴んできて、別の場所へと誘導した。お返しか、斉木さんもオレの股間を触ってきた。 (ああ……気持ち良い) 互いに舌を吸いながら、兆し始めた相手の熱を弄る。 |
「斉木さん、バケツってこれでいいっスか」 庭の、水道栓のある近くに逆さに置かれたかねのバケツを持ち上げ、オレは訊いた。 そうだとの返答に了解と返し、オレは水をくむ。 夏休み前から、ずっと楽しみにしていた花火! 水の入ったバケツ、ゴミ袋、火種…は斉木さんお願いします。 オレはワクワクしながら準備を進めた。 リビングの明るい場所で、パックに詰められた花火を取り出し大中小にまとめる。 線香花火とか懐かしい、何年ぶりだろうか。 用意出来たところで庭に出て、ウッドデッキに斉木さんと並んで座り、まずは小さいものから楽しむ。 斉木さんはあまり乗り気でないようだが、誘えば、肩を並べて一緒に花火をしてくれた。 「お、これいっスね!」 様々に移り変わる色と派手な音にはしゃぎ、オレはどうだとばかりに斉木さんを見た。 笑うオレと対照的に斉木さんの表情は普段とさして変わらない、が、こっちだってなかなかのものだぞって感じに花火を掲げ、オレと目を合わせてくれた。 「そっちもいっスね、火花がすごい」 オレは嬉しくなって、よりはしゃいだ声を上げた。 花火に興じる斉木さん…いいなあ。 パリパリと弾ける花火に照らし出される恋人の顔は、いつもと少し違って見えるようであった。 楽しくて仕方ないのに、ふと物悲しくなる瞬間があり、なんとも言えない不思議な感覚にオレは胸が熱くなるのを感じた。 ひと通り楽しんだ後、オレは線香花火で勝負を持ち掛けた。 「より長く持ってられた方が勝ち。勝った方は相手を好きに出来る。どうっスか」 『お前、誰相手にナニ言ってんの?』 完全な無表情で斉木さんは首を傾げた。 「斉木さん相手に言ってんスよ。あ、斉木さんは、自分のに細工しちゃダメっすよ!」 長持ちするよう超能力でズルはダメっす。 そう念を押すと、そこでようやく斉木さんは表情を変えた。身の程知らずが、いい度胸だ…はっきり顔に表れている。 怖い怖い、ニコリともしないのも怖いけど、今みたいににたりと笑った顔もえらい怖い。ホラー漫画にも引けを取らないよアンタ。 負けるもんか。 三回勝負で、いざ! 結果は斉木さんの圧勝。 確かに、自分のに細工はしなかった。 でも、オレのに細工しまくり! 一回目は気付かなかった。 二回目でおやっと思った。 三回目、火をつけるなりポトリと落ちた火種でオレはようやくズルに気付いた。 「斉木さん!」 顔を上げると、なんとそこには、そっぽを向いてそらっとぼける斉木さんのわざとらしい顔が! (もうやだ、超能力者ほんとやだ!) 「まともに勝負もさせてくれねえ!」 オレは地べたに這いつくばる。この、超能力者め、情緒もなにもあったものじゃない。 『お前が言った事を守っただけだぞ。自分のに細工するのはダメだと言われたが、お前のにするなとは言われてなかった』 「くぅ〜……!」 こいつぅ! 握った拳を震わせ、オレは見下ろす斉木さんに涙目をぶつけた。 『それより、勝った方は相手を好きにしていいんだったな。じゃあ、コイツを食べてもらおうか』 襟首を引っ掴まれ、オレは慌てて立ち上がった。斉木さんに掴まれたままキッチンに引っ立てられる。 (食べろってなにを?) (なんかゲテモノ食わされんの?) びくびくしながら、促されるままテーブルにつく。 斉木さんは冷蔵庫から何やら取り出すと、オレの前に置いた。 一見普通のコーヒーゼリーだ。 丸みを帯びたシンプルなグラス、中には、白い生クリームをのせたコーヒーゼリーが入っている。 (?……あ、これ市販のじゃない! これまさか……斉木さんの手作り?) (え? なんで?) 自分のも取り出し、オレの向かいに置いて、斉木さんは着席した。 なんでなんでと、オレは視線で疑問をぶつけた。 『お前と一緒に食べたかったから』 普段の斉木さんからあまりに遠すぎる内容のせいか、オレの頭が一瞬機能しなくなる。 ひどい耳鳴りで一時的に音が聞こえなくなり、徐々に回復するように、段々と頭がはっきりしてきた。 「……いつ作ったんスか?」 『今日、お前が帰った後だ、花火の後に食べようと思ってな。まあ、自分が食べたかったからだがな。お前のはそのついでだ。それでコーヒー豆が切れたから、買いに行かせたってわけだ』 オレは、グラスの中のコーヒーゼリーをまじまじと見つめた。穴が開くほど凝視した。もしも目から熱線が出るとしたら、どろどろに溶けるくらい見つめ続けた。 「な、何か入ってるとか?」 『何も入れてないぞ。たまには素直になれって、お前が言ったんだろうが。お前の勝負に乗っかる形になったが、それがなくても、普通に出すつもりでいたぞ』 「え、だって…いや、だって……」 『いらないのか?』 「食べます! 食べていいっスか」 斉木さんは黙って目配せした。 「いただきます」 オレは手を合わせそっと唱えた。 まだどこか夢見心地でスプーンを手に取り、斉木さんお手製のコーヒーゼリーにそっと差し込む。 『明日のおやつの分もあるぞ』 「ホントっすか!」 うわ…オレどんだけ愛されてんだ。 でもなんだか、裏がありそうで怖いんだが。 待ち構えていたのは裏なんて生易しいものじゃなく、深い深い闇だった。 『知ってるか鳥束、より、優しくしてから殺した方が、相手の味わう絶望が深いんだそうだ』 「!…」 「なっ……何スかそれ、おっかねえな! え、斉木さんてそういう……?」 そんなまさかとオレは目を見張った。 『お前が来るまでの間に読んでいた短編集に、そういうのがあってな』 「ああ……ああ。お話ね、そういうのなのね。別に、斉木さんの思想がそうだってわけじゃないのね」 ちょっとどこじゃなく身体が冷えちゃったわ。 てか、斉木さんもそういう胸糞なの読むんスね 『暑い夏にぴったりかと思ってちょっと買ってみたんだが、自分には合わなかったな』 もう、ああいう系は選ぶのはやめようと、斉木さんは軽く首を振った。 それがいいそれがいい。アンタはそんなのより、王道のツンデレでいるべきだ。そいつが一番お似合いだ。 オレはあらためてコーヒーゼリーに目を向けた。 「いただきます」 (あ…美味しい) 自然と顔が鉾rんだ。 苦さと甘さが丁度良くて、後味もすっきりしてて、いくらでも入ってしまう。 (このコーヒーゼリーは、掛け値なしに、斉木さんの優しさなんだな……オレもう昇天しそう) 『お前の行き先は地獄だぞ』 ふざけた事を抜かすなと、斉木さんが水を差す。 「もー、ひどい。せっかく美味しいもの食べてるんだから、楽しい話題ないんスか」 『僕は楽しいが』 言葉の通り、斉木さんはとてもいい笑顔になっている。 「もーう」 なんて唸ってみたが、ゼリーを口に含むと、そんなもの吹き飛んで、斉木さんへの感謝と愛情で頭が一杯になる。 オレは一心に感謝を唱えた。 『うるさいな、食べてる時くらい静かにしろ』 「いやいや……こんなに優しくされて、何も考えず静かになんて無理っすよ」 ちょっと涙ぐむオレ。 「これはもうあれっスね、ひと晩かけてお返ししないとっスね」 『さっきしただろ』 「さっきは、お互い一回ずつだったじゃないっスか」 あれで満足したんスか? 『さあな。それも、確かめてみればいいだろ』 「……アンタ、今日は随分煽りますね」 オレはスプーンを置き、うかがうように斉木さんを見やった。 斉木さんは視線を避けて顔を背けるが、本当に嫌であると感じた時とはまるで仕草が違った。 『お前がそうしたんだろ』 「え、オレ?」 『僕がこんなだなんて、お前と会わなきゃ知る事もなかった。お前のせいだ、お前がそうしたんだ』 「……じゃあ斉木さんは、オレと会わなきゃよかったって――そう、言いたいんスか?」 詰め寄ると、斉木さんは背けた顔を少し俯けた。 気持ち良い事が大好きで、行為の最中は驚くほど素直だけど、それをすんなり肯定しきれない斉木さんの複雑な心境は、禁句を設けたところからも伺えた。 全部を認めるのはどうしても難しいから、オレのせいにしたがる斉木さんが、たまらなく可愛く思えた。 「じゃあそれも含めて、確かめさせてもらいますね」 コーヒーゼリー、ごちそうさまでした。 そこからのオレははやかった。 食べ終わった器を速攻で洗い、花火の後片付けを速攻で済ませ、ダイニングに座ったままの斉木さんの手を引っ張って二階に駆け上がる。 振りほどかないで素直についてくるってことは、そういうことなんですよね、斉木さん。 いいですよ、全部オレのせいにして構わないから、全部オレにくださいね。 オレも、全部アンタにあげますから。 |
翌朝、オレは斉木さんより少しだけ早く目覚めた。 昨夜遅くまで斉木さんのベッドで、斉木さん言うところの「確かめる」を何度も繰り返し、そしてそのまま同じベッドで眠って、起きた。 すぐ、ほんのすぐ傍に斉木さんの寝顔があって、朝からこんなに幸せを味わっていいのかと内心悶絶していると、斉木さんがゆっくり目を開けた。 『目を開けてすぐお前の顔か……』 小さなため息がもれる。 「不幸せだって、言いたいんでしょ」 続く言葉はなんとなく予測がついたので、オレは先んじて口に出した。つい、くすくす笑いがもれる。 果たしてその通りだったようで、斉木さんはえらい不機嫌な顔になると、オレのほっぺたをつねり容赦なく引っ張った。 「いでででででー!」 取れちゃう取れちゃう! ……ああ、いっぺんで目が覚めたっスわ。 ほっぺたをさすりさすりベッドから降り、オレは着替えた。 振り返ると、今起き上がったはずの身体がまたベッドに横になっていた。 あらら、昨夜やりすぎちゃったか。 「大丈夫っスか、斉木さん」 シャツの袖に腕を通し、そのまま伸ばして頬に触れる。そっと、慎重に。いたわりを込めて。 『平気だ、……いや、あと五分』 「いっスよ、五分でも十分でも。今日は休みなんだし」 優しく撫でると、斉木さんは寝惚け眼を閉じて、大きく息を吐いた。 『じゃあ十五分な』 甘えてくる恋人に微笑み、オレは承知したと頷く。 「十五分したら……起こしに来ますか?」 『そうしろ』 「はいっス。あとでね、斉木さん」 毛布を掛け直し、オレは洗面道具を手に静かに部屋を出た。そっとドアを閉め、それから思い切り笑う。もちろん声は出さない。頑張って息を止めて、その状態で、今の可愛らしいやりとりに顔一杯でにやける。 さっきつねられたほっぺたはまだ少し痛かったが、眠たそうな目とか、ため息の音とか、あとはそう、昨夜の斉木さんの乱れっぷりもだ、それらで帳消しになる。 ああ、十五分後が楽しみだな。 顔を洗いすっきり目が覚めた。さてあと十分、一人で何をしようかなと思い、真っ先に頭に思い浮かんだのは、玄関の掃き掃除だった。 (確か斉木さんち、下駄箱だったよな) おぼろげな記憶を頼りに棚を開けると、玄関用の箒が見つかった。そいつをお借りして、いつもママさんが綺麗に整えている家の顔を掃き清める。 厄介になってる寺だとめんどくせーって思う事なのに、なんでそうでないとこんなに身体が動くのかね。 我ながら不思議だ。 掃除を済ませ片付けていると、二階から物音が聞こえてきた。ドアの開け閉めに似ていて、まさかと思っていると、そのまさかの通り斉木さんが下りてきた。 「ああもう、起こす楽しみが! なんて事するんスか斉木さん!」 目覚めのキスとかやりたかったのに! 潰えてしまった野望に頭を抱えていると、斉木さんは「なんだこの汚物は」って冷ややかな目でオレの前を通りすぎ、洗面所に向かっていった。 「……さーせん」 ちょっと、外の空気を吸うか。 オレは玄関を開けた。 いやあ、今日も良く晴れて、暑くなりそうだ。 「ごりそうさまでした」 オレは手を合わせ、軽く頭を下げた。 斉木さんと食べるご飯、やっぱり美味しいなあ。 寝顔は見られるし、寝起きも見たし、そして一緒にご飯とか、とても幸せた。 これ以上ないくらいだと一人にやにやしていると、ふっといい香りが鼻先をかすめた。 コーヒーを淹れてる、どこで、誰が? この家には今、オレと斉木さんだけなのに…そこまで考えてオレは、この家には霊能力者のオレと、超能力者の斉木さんの二人だと、訂正する。 となれば、この香りの正体は斉木さんの仕業に他ならない。 その通りで、いつの間にかキッチンでドリップコーヒーが出来上がってきた。 ヤカンが火にかかっていたのまでは気付いていたが、まさかオレが朝食を食べている間に食後のコーヒーの準備が進められていたとは。 超能力者のいる家って、すごいっスね。 見えない手によってコーヒーカップが運ばれてくるのを、オレは口をぽかんと開けたまま見ていた。 オレ好みの、砂糖なしミルクたっぷりコーヒーが差し出される。 間近のいい香りを胸一杯に吸い込み、オレはぎゅっと口を結んだ。 「……なんか、優しすぎて気持ち悪いんスけど」 『朝の、掃き掃除の礼も込めてだ。まあゆっくり楽しんでくれ』 いつもだったら、オレの今の発言に蹴りの一つ二つ入り、関節技の二つ三つ極められるところなのに、おかしい! 「いただきます……」 警戒しつつ、ひと口啜る。 あ、美味しい…ほっと溜息が出た。 『でな、鳥束』 「!…」 ほらきた! はいきた! やっぱり来た! オレはすぐさまカップを置いた。 「……何スか」 『今日のおやつにと思っている、コーヒーゼリーに乗せるバニラアイスを、買ってきて欲しいのだが』ついでに、昼の買い物もしてきてくれると助かる『飲み終わってからでいいぞ』 オレは短いため息の後、ひと口コーヒーを啜り、唸るように言った。 「……行ってもいいっスけど、一人は嫌っス」 斉木さんと一緒なら行くっス。 『暑いから嫌なんだが』 そんな事もわからないのかと、斉木さんが鼻で笑う。 「こらー!」 オレは思い切り目をひん剥いた。 『コーヒー淹れてやっただろ』 しかもわざわざ、インスタントでなく。 いや、それは嬉しいっスよ、ありがたいっスよ、お湯を注いだ瞬間のあの独特の深い香りとか、本当に気分良かったっス。 まさに贅沢なひと時ってやつっスね。でもね斉木さん、それと引き換えに、朝とはいえ夏のさなかに一人おんもに放り出されるオレのこの―― 「寂しさをわかって!」 『往復二十分もないぞ』 「斉木さんっ!」 暑いのはこの際いい、我慢する。でも一人は嫌だ、一人はいやだよー! 「一人は寂しいよお!」 『僕だって寂しいんだぞ、鳥束』 「……えっ」 『昨日もそうだった……ここで一人、お前の帰りを待つあの寂しさときたら……』 「斉木さん……って、じゃあ一緒に行けば解決じゃないっスか!」 あぶねえ、なんかちょっと流されそうになったぞ! 斉木さんはたちまちふてぶてしい顔になり、よそに目をやった。 『っち』 だからもう、舌打ちめっ。 『やれやれ仕方ない…お前のわがままを聞いてやるか』 「えーもう、ちょっと斉木さん、オレ全然わがまま言ってないっスよ!」 抗議するが、自分勝手な子供を宥める目でオレを見てくる。 ああもうほんと、手強い恋人だな。 それでも、まいったなと眉を下げて許してしまうのは、惚れた弱みか。 何とか話はまとまり、二人で買い物に行く事になった。 二人でコーヒーを啜りつつ、何を買ってくるかメモにまとめる。 しかしいざ出掛けるかと玄関先で、斉木さんがごねた。 どうにか宥めすかして連れ出し、長くはないが決して短くないスーパーまでの道のりを何とか乗り切る。 着いたスーパーで、コーヒーゼリーにのせるバニラアイスと、昼の買い物とをかごに揃え、斉木さんが新作スイーツ買うとごねるからそれも入れて、気合を入れ帰り道を何とか乗り切る。 |
「ただいまーっと。いやー暑かったっスねえ」 クーラーの利いたリビングに駆け込み、オレはひと息ついた。 「オレもう汗じわじわっス」見てこれ、この汗「斉木さんは、汗一つかかなくていいなあ」 オレの隣で、冷蔵品冷凍品を分けて冷蔵庫に収める斉木さんを羨ましく見つめ、オレは大きく息を吐いた。 それに夏はなんといっても、蝉時雨が厚さを倍増させる。家に引っ込んだ今も、遠くから響いて聞こえうんざりさせた。 夏って感じで好きではあるが、暑さ騒々しさには閉口する。 『まあ、これでも飲んで落ち着け』 テーブルに、さっき落としたコーヒーが出される。オレはいただきますと口をつけた。それほど時間は経っていないので、充分美味しい。 ああ、落ち着くっス。すごく。 「でもここは、冷たいのぐびぐびっといきたいところっスね」 『そしてまた夏バテになってぶっ倒れる、いつものコースだな』 「いやいやいつものって、あれ一回きりっスよ。あれから気を付けてるし、斉木さんにもこうして、気を使ってもらってるから、あれからずっと元気っスよ」 ありがとうございます。 あらためて頭を下げるオレに、斉木さんは軽く肩を竦めた。 『冷たいのは、あとでアイスのせコーヒーゼリー出してやるから、それで我慢しろ』 「我慢だなんてとんでもない、最高嬉しいっス。あざっス!」 熱々のコーヒーをちびちび啜りながら、オレは元気よく言った。 ああ、おやつ時が待ち遠しい。 オレはにこにこ顔で、コーヒーを啜った。 |