おやつ
春の特製イチゴデニッシュ、お菓子パン各種。

三時じゃないおやつ

 

 

 

 

 

 女の子たちの話題って、多彩だね。
 ファッションの事、ネイルの事、お化粧の事、アクセサリーの事、スイーツの事色々、諸々。
 色んな話をくるくる、くるくる、行ったり来たりを繰り返し尽きる事無く盛り上がる。
 オレはそんな彼女らの声を耳にしては、心を浮き立たせる。
 元気で、可愛くて、女の子はいいね。見て、聞いて、華やいだ気持ちになる。

 

 新学期になってすぐ、今朝の話題は、あっちの子もこっちの子も、食堂のパン業者が変わったというものだ、
 とても嬉しそうに話しているという事は、良い方に変わったって事だな。
 より聞き耳を立てる。
 今までは焼きそばパンだのハンバーガーだのホットドッグだの総菜パンばかりだったのが、デニッシュとかシナモンロールとかチョコメロンパンとか、甘いものに目がない女の子たちの好むパンも並ぶようになったのだとか。
 それじゃあ盛り上がるよね。
 今までの業者もいくつかそういうのは作っていたが、見栄えがあまりよろしくないからか、それほど女の子たちに人気ではなかった。
 でも今学期から入った業者はそこらへんも力を入れてるらしく、買いに行くのが楽しみ〜何買おうかときめく〜と大層嬉しそう。
 オレは、そんな女の子たちの可愛らしさに胸がときめく。
 一番胸を弾ませるのは、あの人も大喜びしてるだろうな、って想像する事だ。
 昼時を楽しみに、オレは退屈な授業を何とか乗り切る。

 ようやく昼休みになった。オレは一回大きく伸びをしてから、自分の弁当包みを手に隣のクラスに向かった。
 その前の授業中、一緒に食べようと打診してオッケーをもらっていたので、オレの足はうきうき弾んでいる。
 が。
(あれ? なんでいないの?)
(トイレ? 厠っスか?)
 斉木さんの席はぽっかり空いていた。本人不在、しかし机にはちゃんと弁当包みが置かれているので、すぐに戻ってくるだろうとオレは席で待つ事にした。
「あ、チワワ君ねえ、斉木さんどこ行ったんスか?」
 食堂に向かうのだろうか、燃堂たちと連れ立って教室を出ようとするチワワ君…海藤を呼び止め、オレは本人の机を指差し尋ねた。
「ああ、斉木なら、チャイムが鳴ると同時に出ていったな。購買に何か買いに行ったか、もしくは…ダークリユニオンの気配を感じたか」
 うん、そう、ありがとチワワ君。わかんないけど大体わかった。オレの想像通りだ、じきに、甘くて美味しいものを手にほくほく顔で戻ってくるんだな。
 オレは目を閉じて、さてどんな顔になってるかなと思い浮かべる。

 こんな感じかな。
 こんなかもしれない。
 いっそこんなかも。

 にやにやと緩んでしまいそうな顔を必死に引き締め、一人遊びに耽っていると、突然誰かに脛を蹴られた。
『どけ』
 一瞬カッとなるも、続くテレパシーにオレの怒りはすぐに引っ込んだ。
 机の主が戻ってきたのだ。
 はいはいどきます、お席、あっためておきましたよっと。
『気持ち悪い』
 いつもはもっと険悪な顔も、素晴らしい戦利品を持っているせいか、ふんにゃり柔らかだ。
 可愛いなあと眺めるオレを無視して、斉木さんはさっさと自分の席に着いた。
 斉木さんの横が空いていたので、椅子を借りオレはそちらに座り直した。
「何買ってきたんスか?」
 メロンパン?
 クリームパン?
 それともなんとかデニッシュ?
 机にそっと置かれた薄茶色の小さな紙袋を指差し、オレは中身当てクイズをする。
『イチゴデニッシュだ』
 斉木さんは席に着くや手を合わせ、もう待ちきれないと袋を開けた。
 オレも、弁当包みを開いて手を合わせた。
 うっとりと、心底嬉しそうに斉木さんはデニッシュを頬張った。
 どうやら新しいパン業者は、斉木さんのお眼鏡にかなったようだ。
 はしゃぐ女の子たちもそりゃあ可愛かった、春の野に咲く色とりどりの草花のように可愛らしいけど、やっぱりアンタが一番だね。
 一番可愛くて一番エロい。
 唇についた粉砂糖を舐める仕草のエロさといったら!
「買うの、大変じゃなかったっスか? うちのクラスの子たちも、結構苦労するみたいな事言ってましたし」
 あまり知られていないようだが、と斉木さんは説明を始めた。
 備え付けの予約表を事前に渡しておけば、混雑の中買う事も、売り切れを心配する事もない、のだそうだ。
 ほうほうそいつはいい事を聞いた、可愛いあの子に教えてあげて、点数稼ぎしようかな。
『おそらくもう知っていると思うがな』
「はは、でしょうね。女の子ってお話好きで、ほんと可愛いっスよね」
 お花みたい、小鳥みたい。でも、それらより何より、アンタは可愛いよ。
 オレは正面のとろける顔を微笑ましく見つめた。
 たちまち斉木さんは気分悪そうに、気恥ずかしそうに口を引き結んだ。けど、次のひと口にいきたくて、結局ほどけてしまうのだが、
「どうです、お味の方は」
『うむ…クリームの甘さも、デニッシュの歯ごたえも、悪くない』
 そりゃよかったねえ。
 オレは自分の事のように嬉しくなった。
 その上弁当も食べるんでしょ、よく入る事で。

 

 二日目、お菓子パンは二つに増えていた。
 白いクリームのロールケーキとチョコメロンパン。
 だから今日は弁当無しかと思ったら、弁当も出てきた。
「えーと……食前酒ならぬ、食前…パン?」
 そして食後パン?
『そんなところだな』
「そんなに気に入ったんスか」
 斉木さんはこくりと素直に頷いた。
 あーあ…なんて可愛いのだろうな。
 それにしてもよく入るね、相変わらずだね。
「そんだけ食べても体型も体重も変わらないとか、アンタ女子に密かに妬まれてそうっスね」
『ちらほら聞こえてる』
「やっぱり」
 オレは苦笑いで、自分の弁当を口に運んだ。

 

 三日目も同じく、お弁当の前後にパン二つ。
 今日も違うパンを試している。
 チョココロネにシナモンロール。
 どれも全然嫌いじゃないと、斉木さんはご満悦だ。
 オレ、ちょっと弟子入りしてこようかな。
 斉木さんを唸らせるパンの秘密、知りたい!

 

 四日目、斉木さんは屋上にいた。
 来いとのテレパシーを貰い、オレもお邪魔して、一緒にお昼を食べる。
「今日はなんでここに?」
 あまり人の来ない方の階段室の陰で、並んで昼にする。
「まあ、いい天気で春らしくて、とても気持ち良いけど」
 オレは清々しく晴れた空を仰ぎ、弁当に手を付けた。
 なんでも、女子の羨む声が段々薄暗くなってきたので、お互いの精神衛生の為にここで食べる事にしたのだという。
『あまり好ましくない声で、つらいのでな』
 オレは少し顔を曇らせた。
「斉木さんに罪はないのにね」
『彼女たちにも罪はない』
「うぅん……斉木さん優しいっスね」
『黙れ、ねじ切るぞ』
「何を?」
 穏やかでないテレパシーに、オレは震え上がった。
 おっかねえな、オレにもちょっとは優しくしてよ。
 弁当をやけ食いしながら、ふてくされて横目に斉木さんを見やる。
「……泣きそうっス」
『耐えろ』
「むりーキスしてくれたら治る」
『じゃあ泣いてろ』
 ちぇ。まあ、ちょっと強引だったな。他に人はいないとはいえ、まさか斉木さんがキスするわけないよな。しかもこんな事で。
 そして、オレのこのバカで愚かな魂胆は斉木さんには丸見えの筒抜けな訳で、そろりと様子をうかがうと案の定冷えた眼差しがそこにあった。
「さーせん……」
 楽しいスイーツタイムに水差してほんとすんませんでしたぁ!
 やけっぱちで謝る。
 自分が悪いとはいえ、とても恋人に向けるそれではない目付きにちょっとへこむ。
 ほんとへこむよ、オレはただ、二人きりだからイチャイチャしたかっただけなのに
『あんまりうるさくするなら、フェンスの向こうに放り投げるぞ』
「静かにしますっ」
 だから斉木さん、どうか穏便に。これでもオレ、あんたの恋人っスよ。
 ため息を一つ。気を取り直し、弁当を口に運ぶ。

 本当に穏やかで気持ちいいな…弁当を食べ進めながら、オレはぼんやり思った。
 隣の斉木さんは、食前酒ならぬ食前パンを食べ切り、今は同じように弁当を口に運んでいる。
 そこでオレは気付いた。よく見ると今日のパンは、なんと三つ。今食べ終わった初日のイチゴデニッシュに、アップルパイとカップケーキもある。
「……いやあ、あんたが甘いものに目がないのは、もう知ってるけどさ」
 つい、声が出る。
『一つはおやつだ』
 お家帰ってから食べるってこと?
『そうだ』
 でも今日は、うちに来る予定っスよね。
『そうだ』
「………?」
『だから、お前んちにいったらお前とするだろ、腹が減るだろ、そこで食べる用だ』
「ああっ!……んんっ、察しが悪くて済みません!」
 でもじゃあ斉木さん、一個じゃ足りないんじゃないスか
『お前……どんだけやるつもりだよ』
「いや、オレもかなりアレっスけど、だって斉木さ――! わぁごめんなさいごめんなさいごめ――うぐぅ!」
 禁句に触れる寸前で気付き慌てて謝罪するも、手遅れだった。斉木さんの拳が横っ腹にめり込む。
 食べてる最中だろうがお構いなし、つまり相当お怒りだそりゃ当然だ、触れてはならない言葉に触れてしまったのだもの。
「うぅ……」
『もういい。お前んち行かない。自分の部屋で食べる』
「あーんダメダメ、オレが悪かったっスから。謝るっスから」
 この通り
 地べたにひれ伏す勢いで謝るが、斉木さんの冷たい視線は変わらない。
「じゃあじゃあ、もう一個、オレが買いますから!」
『ダッシュで行ってこい』
「はいっス!」
 オレは弾かれたように駆け出した。
 食堂に向かう途中、斉木さんから指示が下る。なんとしてもイチゴデニッシュを入手しろと。
 しかし、春の限定、超人気商品の為すでに売り切れであった。
(斉木さん……ないです!)
『知ってた』
 あっさりとした返答は中々衝撃的だった。
 オレが屋上を出る時にはもう、売り切れていた、千里眼で視ていたから知ってると、テレパシーが響く。
 知ってて買いに行かせたんスか!
 いい根性してるよまったく。
(もう……斉木さぁん!)
 どうすりゃいいんだと、空っぽのカゴの前でオレは泣きべそをかく。
『今日はコーヒーゼリーで許してやる』
 それならまだ売っている。
(あざっス!)
 オレはほっと胸を撫で下ろし、コーヒーゼリーを手に取った。
 その時目に付いた残り一個のホットドッグを、オレ用の「おやつ」として、一緒に購入する。
 屋上に戻る際、明日は買えよとテレパシーが届いた。
(了解っス!)
 明日のみならず、アンタの喜ぶ顔が見られるなら、毎日だって買いますよ斉木さん。
 そんで、屋上で一緒に、気兼ねなく食べましょう。

 それからしばらく、オレんちに来る時も、斉木さんちでする時も、三時じゃないおやつのパンをオレは買い続けた。

 

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