寄り道
お付き合いを始め、放課後のキスをするようになってからの鳥斉。
次はいつにしよう
十一月の初め。 今日も斉木さんと、放課後誰もいなくなった教室でキスをする。 本当はその先に進みたいが、今はまだキスするだけでとても満足している。 というか今の段階で心がいっぱいいっぱいで、これ以上望んだら間違いなく破裂する。 斉木さんに好きだって気持ちを伝えて、抱きしめてキス出来る幸せで、身も心も一杯だ。 ずっとこのままでもいいと思えるくらいだ。 まだどこか、夢を見ているんじゃって気分になる。 また斉木さんにぶっ叩かれそうだからやめておこう。 |
外に出るとたちまち冷たい風が襲ってきた。みるみる体温を奪われる。 たまらずにオレは口を開いた。 「斉木さん、たまにはうどん屋寄っていきません?」 肩を竦めて歩きながら、オレはそう提案した。 「安くてそこそこ美味くて、あとその店確かコーヒーゼリーのパフェみたいのがあったと思うんスよ」 オレは普段あまり甘味を頼まないので、メニューもうろ覚えだ。 何とか記憶をたどっていると、オレの思考を読んで、よし行こうと斉木さんは歩き出した。 「ありました?」 『あったぞ。案内しろ』 「はいっス!」 よかった、記憶違いではなかった。 |
カウンターに並んで座り、運ばれてきた各々のうどんにいただきますと手を合わせる。 オレは山菜うどんセット、斉木さんはカレーうどんのセットにデザート。 「カレーうどん、お好きなんスか?」 以前も学食で頼んでいたのを思い出し、オレは訊いた。 器用にうどんを手繰りながら斉木さんは頷く。 『たまに無性に食べたくなる』 「へえー」 そうなのか。また一つ知ったな。 それと、超能力者はとても器用と。 「オレだったら、食べ終わるまでに三回は汁はねしてるっスね」 『お前、そんなに汚い食べ方しないのにな』 返答に、オレは山菜を詰まらせかけた。 よく見てくれてるんだな。 なんだか無性に嬉しくなった。 「まあ寺生まれっスからね」 オレはちょっと得意になって応えた。 「ただ、他のうどんは平気なんすけど、カレーうどんだけはどうも…相性悪いみたいで」好きなんスけどね「だから家では、着古したTシャツ重ね着して食べてるんです」 食べ終わって見ると、どんだけ気を付けてても跳ねてるんスよね。 「斉木さんはそういう感じで、これ食べるのちょっと苦手だな、とかってあります?」 『特にはないな。お前は? 他に苦手なものはあるのか?』 基本的に好き嫌いはしないっスよ、その辺は厳しくしつけられたんで。出された物には手を付けろ、手を付けたら残すなって。どうしても駄目なら、手を付ける前に丁寧にお断りしろとか。 「といっても、じつはこっそり嫌いなものはあるんスけどね」 これこれが実は苦手で、何が嫌ってあの食感がちょっとダメなんスよ、でも出されたらちゃんと食べるっスよ。 『なるほど。じゃあ今度こっそりお前の器に、そいつを紛れ込ませておこうか』 「ちょ、斉木さんそんな意地悪しないの〜。そんな言うなら、オレだって斉木さんの嫌いな物混入させるっスよ」 『嫌いなものはないから、無駄だな』 「ほんとっスかぁ?」 いや、一個くらいはあるはずだ、いいやない、ほんとのほんとに? オレは自分を知ってほしくて、斉木さんをもっと知りたくて、出来るだけ話を続けた。 そうしていると、春と夏と、苦しい思いをしてきた自分が、少し和らぐようであった。 |
うどんの器が下げられてほどなく、デザートが運ばれてきた。 コーヒーゼリーのミニパフェだ、 テーブルに置かれたグラスにほうっと感嘆し、斉木さんは目をきらきら輝かせた。 オレは注ぎ足されたほうじ茶を啜りながら、微笑ましく見守った。 一口、二口、斉木さんは無言でスプーンを口に運んだ。 どれだけ喜んでいるかは、顔を見ればわかった。 「気に入ってもらえて良かったっス」 『うむ……わらび餅の食感もたまにはいいな。全然嫌いじゃない』 斉木さんは頬をほんのり染めて、幸せそうに食べていた。 オレは懸命に瞬きを堪えて、とろける笑顔を目に焼き付けようとした。 |
『うどんもデザートも、悪くなかった』 店を出て帰り道、斉木さんは満足そうに伝えてきた。 「そりゃよかったっス。ね、割と美味いっスよねあそこ」 オレは嬉しくなって、顔一杯で笑った。 あのパフェは毎日でも食べたいものだと、斉木さんが言う。 そんなに気に入ってもらえたなんて、どうしよう、嬉しくてはちきれそうだ。 「じゃあまた今度、帰りに寄りましょうか」 斉木さんが頷く。約束を取り付け、オレは天にも昇る気分だった。 次はいつにしようか、来週がいいだろうか、少し寒くて晴れた日に、また斉木さんと来ようか。 気持ちはどこまでも舞い上がり、オレの胸をあたためた。 |