寄り道
お付き合いを始め、やる事やって近付いた頃の鳥斉。
海藤のΨ疑心エピソードを含んでいます。

腹が空いてるわけじゃない

 

 

 

 

 

 窪谷須が、修羅のごとき形相で不良を一人また一人と懲らしめていく。
 地に倒れ伏した彼らは皆一様にピクリとも動かない。あの様子では、回復に一時間は優にかかるだろう。
 僕のマインドコントロールにより、たとえ鉄パイプで頭をガンガン殴られても、数分あれば回復出来るほど自然治癒力が上がったこの世界でも、だ。
 さすが窪谷須、伊達に襟足を踏みまくっていなかったな。
 とうとう最後の一人が地べたに這いつくばった。
 とそこに、息せき切って駆け付ける者がいた。
 その少し前からテレパシーでわかっていたが、鳥束が遅ればせながらやってきた。
 思考を読むに、どうやら幽霊たちに教えられたようだ。
 彼らによって、僕たちが不良に絡まれ窮地に立たされていると知り、取るものもとりあえず駆け付けたのだ。
 それはご苦労な事で。
 だが残念というべきか、もう事は済んだ。
『お前の見せ場はないぞ、鳥束』
 ぜいぜい、はあはあ、喉が焼き切れるのではないかと思う程喘ぐ鳥束を振り返り、そう投げかける。
「いえ……無事なら……いいっス」
 売地のプレートがくくり付けられたフェンスにしがみ付き、鳥束は疲れ切った顔に笑みを浮かべた。
 気付いた海藤が、まさかお前も駆け付けてくれたのかと、再びの感涙にむせぶ。
 窪谷須も、女のケツばっか追いかけてるナンパ野郎かと思ったが、中々漢気あるじゃねえかと、鳥束を見直す。
『そういう事にしておけ』
 話を合わせろと鳥束に送る。
 誰かの危機を救う為に来たのは間違いないのだし、たとえその割合が数パーセントであっても、海藤の身も案じたのは嘘ではないのだから、それでいいだろう。
(ええ、まあ……とにかく、無事でよかったっス)
 ほっとしたと、鳥束は微笑んだ。
 たとえこの場に窪谷須が通りかからなくても、お前が遅れても、僕一人でどうにでもなったがな。
(そりゃそうかもしれないっスけどね、好きな奴の危機をほっとけるわけ、ないでしょーが!)
 すさまじい勢いで鳥束の思考が頭に届いた。
 まるで耳元で怒鳴られたようで、僕はわずかに顔をしかめた。
「なあ、運動したらちょっと小腹空いちまってよ。何か食いにいかねーか」
「いいな。じゃあ、通りに出てすぐのファミレスなんてどうだ?」
 窪谷須の提案に、海藤は一も二もなく賛成した。
 そこに鳥束も名乗りを上げた。
「オレも仲間に入れてもらっていいスか。猛ダッシュで来たもんだから、力抜けちゃって」
「おお、行こうぜ行こうぜ」
「斉木も行くだろ」
 当然のように数に入れる海藤に、僕は小さく頷いた。

 

「おーし、何食うかな」
「今日は亜連が真の仲間になった記念すべき日だからな、宴といくか。なんでも好きなものを頼むがいい」
「お、マジで?」
「わあい、チワワ君たら太っ腹!」
 四人掛けのテーブルで、みんなが和気あいあいと広げるメニューブックを、端からそっと覗き込む。
「斉木さんは? がっつりご飯いきます? それともスイーツ一択?」
 一緒に見ましょうと、鳥束が譲ってきた。
 それを眺めながら、このファミレスでは、いつも何を頼んでいたのだったかなと考える。

 

「ふー食った食った」
 ファミレスを出たところで、大満足と窪谷須が腹をさすった。その後に鳥束と海藤が続く。
「いやー、ごちそうさまっス海藤のアニキ!」
「ふん、調子のいい奴め」
「ご馳走になりっぱなしじゃ悪いからよ、今度はオレが奢るぜ瞬」
「なに、気にするな」
「窪谷須のアニキ、そん時はオレもご馳走になりにいくっス!」
「ホント調子いいなぁ鳥束は」
「斉木、お前パフェだけで足りたのか?」
 遠慮する事ないのにと、海藤が気を回す。そっちこそ、気にする事はない。
「そっか。じゃあ俺たちはこっちだから」
「またな」
 手をあげ、連れ立って帰っていく海藤と窪谷須に軽く手を上げて応える。
『ああ』
「また学校でね」
 すっかり日も暮れ、街灯の眩しい灯りのもと、家路をたどる。
「じゃ、おうちまでお供するっス」
 当たり前のように、鳥束は隣を歩いた。
 歩き出してすぐ、鳥束が切り出す。
「さっきから気になってたんスけど、何かあったんスか、斉木さん」
 ちょっと元気がない。
 スイーツ食べてても、いつもみたいなキラキラが足りない気がする。
 鳥束の脳内が、僕への心配事で埋め尽くされていく。
 よく見ているな、ストーカーめ
「悩み事なら、なんでも相談に乗るっスよ」
『お前に? 相談?』
 相談相手に向かない選手権で、燃堂と一二を争うな、こりゃ。
「そんな顔しなくてもいいじゃないっスか!」
 心配して言ってるのにと、鳥束はもごもごぶつぶつ零した。
「恋人が浮かない顔してたら、心配になるもんスよ」
 恋人という単語に顔をしかめる。それは別に、お前をその立場に置いたつもりはない、という意味ではない。
 自分にそんなものが出来た、自分がそういうものになった事にまだ馴染めておらず、どこかこそばゆく感じたからだ。
 そうか、僕たちはそうなったのだな。
 それを鳥束は、お前ごときが何を言うか、といった意味でとらえたようだ。
「まあね…グズグズして中々言えなかったオレが何言ってんだって感じっスけど、あれからもう、ちゃんと言うって決めたんで。だから斉木さんも、オレでよかったらいくらでも聞きますよ」
 少なくとも嘘はないな、隠し事はくらかあるが。
 それは別に、わざわざ出す必要のない事だ。むしろ表に出さない方がいい。主に僕の精神衛生の為に。
「斉木さんはきっと今まで、そういう時は一人で解決してきたんでしょうけど、一緒に考えると全然違いますよ。そりゃ解決の糸口が見つかるのが理想ですけど、そう出来なくても、自分の中に溜め込まず人に話す事でわかる事もありますし」
 でも無理にとは言わないっス。
 コイツごときに心配されるなど、と、怒りだか何だかよくわからないものがもやもやと心に立ち込める。
 僕は黙って歩き続けた。

 

 ――隠し事をする奴とは、仲間になれない
 別に、なれなくたって構わないのに、なぜこんなに胸に突き刺さって取れないのだろうか。
 忌々しい。
 誰も彼も、好き勝手境界線を荒らしてくれる。

 

 歩く道の先に、コンビニの看板が見えた。
 そこで、鳥束は閃いたと口を開いた。
「ねえ斉木さん、何かあったかいものでも食べません? 何でも奢るっスよ」
 さっきは冷たいパフェで、それも一杯きりだから、まだ余裕あるでしょ。
 確かに余裕はある、その通りであった。
 何でもというなら、では。
『あんまん食べたい』
「いいっスね、食べて、心もあっためましょう」
 鳥束は笑顔を向けると、さっと店内に走っていった。
 わかっているのかいないのか、奴の笑顔は本当にムカつく。

 

「はいどうぞ」
 熱々の中華まんを受け取り、僕は早速かじりついた。
『さっきの話だが、鳥束、お前の場合、幽霊情報で、嘘も隠し事も全部お前に筒抜けだろ』
「え、うぅん……でもそれは、見えてる範囲内っスけどね。斉木さんだけっスよ、心の中まで全部なんてのは」
 あと、幽霊たちは悪事には手を貸さないんで、たとえば斉木さんの夜の秘め事とかは一切わかりません。
 プライバシーにかかわる事はまず教えてくれないっスから。
 それを聞き、殺したい衝動が一気に湧いた。そこの物陰に連れ込んで、とうとうやってしまおうか。
 そんな衝動を何とか飲み込み、僕はただ聞き続けた。
「まあオレ自身は、隠し事の全部が全部悪い事だとは、思ってないっス。言わぬが花っても言いますし」
 それにオレ、これ以上斉木さんから包み隠さず言われたら毎日泣き暮らす事になるし。
「心の中で思ってる事と実際やってる事とが違うなんて、よくある事、それで普通なんスよ」
 それで言えば、斉木さんも普通っスね。
 やれやれ言いながら、面倒ごとに首突っ込んで、人助けして。ほんとお人よし。
「ちょ! なんで殴ろうとするんスか! 待って待って、斉木さんの憧れの普通じゃないっスか!」
 怒りをしずめてくれと鳥束が拝み倒す。
 僕は渋々拳を引っ込めた。
「見えない部分も大事っスけど、見えてる部分がやっぱり一番大きいっス」
 本意じゃなくてもやったなら、それがその人として相手に映る。
「悪い事も、善い事も」
 だからオレがさっき二人に勘違いされたあれも、ちょっと申し訳ない気もするけど、嘘であって嘘でないので、いいんです。
 斉木さんもそう言ったじゃないっスか。
 僕は黙って食べ続けた。
「まあオレは斉木さんの本心もうわかってるんで、どんだけ言われようがぶっ飛ばされようが、アンタへの気持ちは変わりませんけどね」
 だから安心してくれと、鳥束は得意げな顔で親指を立てた。
 お前相手じゃ安心なんてほど遠いがな。
「でもたまにちょっと思う事があったりもするんで、そんな時は幽霊に慰めてもらったりしてます」
 そんな風にオレがしてるみたいに、斉木さんも、何かちょっとあった時はオレが聞いて、慰めてあげるっスよ。
 お前が慰め役とか不安しかない。
『それにしてもお前、結構言うものだな。下劣な事しか考えられないのかと思ってた』
「ひどっ。腐っても寺生まれっスよ」
『……そうか』
 食べ終わった包みを屑籠に入れる。
『お前に話す事はないが、お前の話を聞くのは、悪くないな』
「そう思ってくれたなら、嬉しいっス」
 鳥束はむず痒そうに笑った。心の中では、でも、いつか話してくれたらいいな、その時はいくらでも聞くからと、密かに希望を抱いていた。
 そうだな、自分でも、いつになるかわからないがそんな時が来るといいなと思っている。今の時点では死ぬほど御免だが。
 お前とキスするのだって最初はそう思っていたし、ましてや付き合うなど、天地がひっくり返ってもあり得ないとまで思っていたのに、この様だ。
 何がどう変わるかわからないものだな。
 だからいつかはお前に、相談なんてする気が起きるかもな。
『鳥束』
 呼びかけると、それまで滔々と語っていた男の顔にわずかながら緊張が走った。
 もしかして今聞けるのか、という期待と、でしゃばり、お節介、出過ぎた真似をしただろうかという後悔と、オレいい事言ったなという単純な自画自賛と、とにかく瞬時に色んな思考が我先にと競って浮上した。
 人は色んな事を考える、わかっているが、あまりにいっぺんに押し寄せるものだから、少し頭がくらりとした。
 僕はなるべく平静を装う。
 鳥束もまた、緊張を覚られまいと表情を保つ。
「はい、行きますか?」
 出来れば罵声は浴びたくない、相談事を聞けなくていいから、斉木さんに嫌な奴だと思われたくないとあんまり真剣に願うものだから、僕は思いきり挫いてやった。
『あんまん、おかわり』
「ええっ……い、いいっスよ」
 少し引き攣った顔で鳥束は笑った。その身体によく入るなと感心しながら、店内に入っていく。
 特に話したい事がある訳ではなかった。
 腹が空いているからとも違う。
 もう少しあたたまりたかったのと、鳥束といる時間を、もう少しだけ共有したかったのだ。
 二つ目の中華まんを手に、鳥束が戻ってきた。
 受け取ったそれを黙々と食べ進める。
 傍で眺めながら鳥束が、色々な事を思う。
 心配したり、愛でたり、思いきり下衆だったり、色々と。
 脳内のほぼ全てが僕の事だらけで、少しぞっとなった。
 だのにようやくあたたまってきた。
 腹は空いてないが、別の所が抜けていたらしい。
 そうだ、話したい事はないが、言いたい事ならあった。
『鳥束、お前の言う通り今日はあまりパフェを満喫出来なかった。明日また食べたいから、放課後付き合え』
「お、あんまんで元気出てきたみたいっスね。いいっスよ、どこまでもお供するっス」
 鳥束はお任せ下さいと胸を張った。
 僕は小さく頷き、残り半分になったあんまんにかぶりついた。

 

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