お買いもの
色違いのマグカップ、ベビーカステラ、かき氷(いちご)、綿あめ、ラムネ、チョコバナナ、りんご飴、チュロス(キャラメル)。
商店街の縁日にやってきた鳥束零太くん(十七)と斉木楠雄くん(七)。

お次はなんだ?

 

 

 

 

 

 夏休み最後の土曜日、オレは隣町まで来ていた。
 というのも、駅前の商店街で縁日が催されるというので、斉木さんと二人楽しみに来たのだ。
 お誘いにオッケー貰うのに、いつもながら苦労した。

 暑いから出歩きたくない、人の多いところは嫌い、お前のお守りは怠い。

 いつもの断り文句をつらつら並べられ、しっしっと追い立てられた。
 オレは諦めずに食い下がり、屋台で食べられる甘味を思い付く限り口にした。
 りんご飴でしょ、綿あめでしょ、チョコバナナでしょ、かき氷もいいよね、あベビーカステラも外せないっスね。
 毎度その手に乗るかと斉木さんはそっぽを向くが、口の端から今にも涎が垂れそうなのを見逃さず、オレは畳みかける。
 食べたいのなんでも買いますよ、どうです斉木さん、賑やかな縁日の雰囲気の中で食べるりんご飴、格別っスよね。
 それでようやく、一緒に行ってもらえる事になった。

 

 というわけで隣駅前で待ち合わせをしたのだが、そろそろ時間になる。
 駅前から伸びる商店街は、もうすっかり賑わいを見せ、オレの心をウキウキさせた。
 こっちにまでいい匂いが漂ってくるし、ああ、むずむずする、
 斉木さん、まだかな。
 オレは改札の方を向いて、その人の到着を待った。
『どこを見ている』
 そんなテレパシーを受け取った瞬間、オレは激しい既視感に見舞われた。そうあれは春のある日、斉木さんに誘われスイーツビュッフェに行った時の事だ。
 あの時斉木さんは確か…コンビニの前で、前菜よろしく期間限定シュークリームを頬張ってたっけ。
 オレは即座にそちらへ目をやった。
『違う、ここだ』
 再びのテレパシーの後、軽く素足を蹴られた。
「えっ……ちょと――ええー!
 足元に目をやって、オレは心臓が飛び出るほど驚いた。
 確かに斉木さんはそこにいた。髪の色はそうだし、馴染みの眼鏡もしてるし、何より雰囲気が斉木さんそのものだから間違いないけど、それにしたってその姿は。
「な、なん……」
 驚き過ぎて声も出せない。
 斉木さん、なんだってそんな姿に。
 オレはまじまじと眺めた。
 アンタそれ、いくつっスか?
 六歳? 七歳?
『斉木楠雄(七)だ』
 かっこななって…アンタ。
『なんでだと? 腹一杯食べたいからに決まってる』
 斉木さんは悪びれる様子もなく答えた。
 この身体なら物足りないと感じる事もなく、思う存分好きなものを食べられる。
、どうせ行くならお得にだ。
「ちょう……!」
(超能力者、ズッル!)
『それに、お前の財布にも考慮してやったんだぞ。感謝しろ』
 もし僕が高校生のままなら、屋台一つにつき最低三つは頼んだことだろう。だがこの身体なら、一つずつで事足りる…んだと。
「へいへい……」
 オレは苦笑いを浮かべるのが精一杯だった。
 まあいいや、とにかく楽しみましょう。
 商店街へむけ、いざ出発だ。
「では斉木さん、はい」
『……なんだ?』
 手を伸ばすオレを、斉木さんは胡散臭そうに見やってきた。
「迷子になったら困るっスから」
 ふざけるなと脛を蹴られた。

 

 商店街での縁日は沢山の屋台の他に、商店の出店もちょこちょこと見受けられた。
 大半が畳屋だが、お茶屋さんの前には急須や湯飲み、静岡茶、瀬戸物屋の前には茶碗やコップなどなど。
 店と店の間に輪投げコーナーがあった、上手く当たりに入ると、商店街の割引券がもらえるという。
 オレは、今通った瀬戸物屋で欲しいものが見つかったので、割引券ゲットの為に輪投げに挑戦する事にした。
「斉木さん、すいませんが……あれぇ?」
 ちょっと待ってくれませんかと声をかけようとして、傍に姿がない事に気付いた。
 今の今まですぐ横にいたはずなのに。まさか迷子かと血相変えて呼びかけると、今そっちへ行くと返答があり、少し進んだ先にある屋台で何か買い求めて戻ってくるのが目に入った。
『心配しすぎだろ、お前。僕を誰だと思ってるんだ』
「いやあ……」
 そうは言うが、人間てのは見た目にかなりよるものだから、いくら中身が同い年だとしても、無敵の超能力者だとしても、咄嗟になると心配してしまうのだ。
『悪かった悪かった』
 ぞんざいな返答についふくれっ面になる。
『で? やるのか、それ』
「ええ、ちょっと協力してもらえませんかね」
『いやだ、めんどくさい』
 お前より、こっちの重要だと、斉木さんは今買ったばかりのベビーカステラに夢中になった。オレはそんな斉木さんに夢中になり、気もそぞろで外れ連発。
 そうこうする内にとうとう最後の一投になり、オレは一縷の望みをかけて斉木さんをちらっと見やった。
 オレには全く目もくれず、ベビーカステラにご執心。
 ああ、可愛いな……ちくしょう。
 可愛さに悶絶しつつ投げる。これまでと同じように、輪は間抜けな飛び方をして当たりから大きく逸れた…が、不意にカーブして当たりの杭にすとんと収まった。
 現実ではありえない飛び方に、オレはすぐ斉木さんの仕業だと気付いた。
「お、お兄ちゃんおめでとう! よかったねボク、お兄ちゃん当たったよ!」
 商店のおじさんが、人の良さそうな顔でニコニコしながらオレと斉木さんにそう声をかけてきた。
 そうか、並ぶと兄弟に見えるのか。オレは愛想笑いで乗り切る。
 斉木さんの助力もあって無事ゲットできた割引券を受け取りながら、オレは心の中で感謝した。
(あざっス!)
『なに、お前の骨がバッキバキになるのと引き換えだ』
 そう言って斉木楠雄(七)は邪悪な笑みを浮かべた。
(なにそれえぇ!)
 突然の全身骨折宣言に、オレは一気に青ざめた。すぐに冗談だと斉木さんは笑ったが、いいや今の顔はマジだった。本気を狙ってた顔だった。
 大体、アンタにゃそんなのたやすいから、冗談でもいつ本当になるかわかんなくていつもひやひや紙一重なんスよ。
 そこんとこ理解して、ちょっと控えて欲しいものだ。
『それで? 貰った割引券は何に使うんだ?』

 

「はい、まいど!」
 瀬戸物屋の若い兄ちゃんから袋を受け取り、オレはちょっと退いたところでしゃがむと、これですと斉木さんに見せた。
 他の人からしたら新聞紙の塊にしか見えないが、斉木さんなら間違いなく中身を見通せるので、オレはちょっと恥ずかしく思いながらも買った物を披露した。
『ふうん』
 興味なさげに鼻を鳴らす。斉木さんの反応は、ある程度予測していたものだった。
 まあ確かに、色違いのマグカップなど、斉木さんからしたらふうんだろう。
「これ、斉木さんちに置いてほしいんスけど」
 オレがお邪魔した時にこれ使ってほしくて、買いました。出来れば斉木さんも一緒に使ってくれると嬉しいな。
「ね、これいいと思いません?」
 縁日で浮かれているのだろうか、オレはやたらに高揚した気分で提案した。
 自分としては、中々良い買い物をしたと、思うのだが。
 斉木さんはしばらくマグカップを見つめた後、小さく頷いた。
『ありがたく貰っておこう』
 味も素っ気もない返答だけど、眼鏡越しの瞳が穏やかに滲んで見えたのは、気のせいではないはずだ。
「気に入ってもらえて良かったっス。帰る時、お渡ししますね」
 わかりにくいが、だからわかいやすい人の目線に知らず釘付けになっていると、不意ににゅっと何かを突き出された。
 さっきまで食べていたベビーカステラの袋だ。
『次のが入らないから、残りを頼む』
「え、はいはい」
 袋を覗くと、ベビーカステラがつ三つ。
『あと、代金』
「え……はいはい」
 そういう約束でしたもんね。オレは小銭入れを開いた。

 

 次に斉木さんが所望したのはかき氷だった。
 迷うことなくイチゴを選び、最初は勢いよくいくから食べ切れるかと思いきや、やっぱり残してオレに寄越してきた。もうほぼ溶けてるけど、まあ水分補給と思えばいいか。

 その月は綿あめを希望した。
 最初はひょいひょい食べるけど、あとちょっとでもういいとオレに寄越してきた。オレはそうだろうなと思っていたので、はいはいと快く受け取った。

 今度はラムネ。
 中に入ったビー玉を涼しげに鳴らして飲む様に、オレは微笑ましくなった。これなら大丈夫かなと思いきや、全部は入らないとオレに。水分補給以下同文。

 お次はチョコバナナ。
 オレは先回りして、斉木さんに渡す前に半分折って食べてから差し出した。えらくショックを受けた顔になったが、本人もわかっているのだろう、ぐっと文句を飲み込み、半分にかじりついた。

 そして本命のりんご飴。
 これまでのでわかったので、先回りして小さいのにしなさいと言ったのに、斉木さんたらさっきの腹いせか売ってる中で一番色艶の良い大玉を選んだ。
 もう知りませんよと告げると、斉木さんも意地があるのか、これくらいなんともないって涼しい顔でりんご飴をかじり始めた。
「お腹、大丈夫っスか?」
 オレは心配になってそう声をかけた。知らないなんて言ったって、いつでもオレは斉木さんにハラハラだ。
『平気だ。そんな物欲しそうな目で見たって、これだけはお前にはやらんぞ』
「はいはい取りませんよ。まったく斉木さんは、甘いものとなるとホント見境なくなるんスね」
 呆れたが、嬉しそうにりんご飴にかじりつく超能力者(七)の姿に、オレの目尻はすぐ下がり気味になってしまう。これが(十七)でも、同じようににやけた事だろう。
 宣言通り、斉木さんはぺろりとりんご飴を平らげた。

 まだまだいくぞと、今度はチュロスの屋台を指差した。
 キャラメルとイチゴとでしばし悩み、オレにどっちがいいか聞いてきた。半分寄こすつもりでいる事に面食らいながら、オレはじゃあキャラメルと答えた。
 威勢の良いおばちゃんから渡された細長いチュロスを、斉木さんの監視のもと、正確に半分こする。
 オレとしちゃしっかり二等分したつもりだが、揃えると右の方が若干長かった。もちろん斉木さんが持って行った。
 笑いながら、若干短い方にかじりついた。キャラメルのいい匂いに自然と笑みが浮かぶ。
 そういや、最初は残り数個とか残りひと口とかだったけど、やっぱりさっきのりんご飴がきいてるのかな、半分こなんて。
 でも斉木さんの目は全然死んでないな、食べてる最中からもう次のを探し始めてる。
 今度はどんなひと口が貰えるのかな。
 小さな口でチュロスにかじりつく斉木さんに、オレはそっと笑った。

 

 最初は、また残してなんて思ったけど、その実ちょっとずつ寄越されるのを楽しく思ってもいた。
 なにより、斉木さんが満足そうなのが嬉しい。
 短くなったチュロスをかじっていると、ふと視線を感じた。斉木さんと目を見合わせる。
 何か聞きたそうな眼だったので、オレは美味いっスよと笑顔でチュロスを掲げてみせた。
 美味いし、楽しいし、いい気分っス。
 斉木さんは何のテレパシーも送る事はせず、ただオレを見て、ほんの少し笑った。
 ねえ斉木さん、もしかして、同じものを食べたいからこうしてるんじゃ…なんて、オレの勝手な思い込みですかね。
 だってよく考えたら、その身体だろうとアンタの腹に限界なんてなかったですもの。
 本当はどれも、一人でぺろりといけるはずだもの。
 それなのに残りを寄越してくるなんて、それ以外考えられないじゃないか。
 ねえ、斉木さん。
 考え事から帰って、斉木さんを見つめる。別の屋台探しに夢中になって、オレなんて眼中にない。
 オレと目を合わせない為に、本意を覚られないように、わざとそうしているようにも見えた
 夏はいつも、とりわけ優しくなる斉木さん。
 大好きだ。

 次の買い物が決まったのか、斉木さんがオレの手を引っ張ってきた。
 はいはい、お次は何を食べましょうかね。

 

目次