お買いもの
ロングカーディガン(ライトグレー)。
春物を買いに行く鳥斉。

ファッションショーはいたしません

 

 

 

 

 

 春だなあ。
 重たいコートを脱いで、マフラーも手袋も外して、身軽さに心弾むいい季節。
 朝晩はまだ少し肌寒さを感じるけど、昼間は春めき、空気もどこどなく馨しいある日の放課後、オレは斉木さんと肩を並べて家路をたどっていた。
 ぽかぽかと心地良い日差しのせいか、オレの頭にふとある事が浮かんだ。暖かくなったら行こうかと前々から思っていて、その時は一人で訪れるつもりだったが、穏やかな陽気がそうさせるのだろう、斉木さんと二人で行きたくなった。
 オレは思い付いた事を斉木さんに告げようとした。
「ねえ斉木さん――」
『いやだ』
「喋らせてもくれねえ!」
 オレの思考を読み取り、斉木さんが容赦なく叩き潰す。
 これだから超能力者はよぉ…盛り上がりかけた気持ちを心に抱え、オレは複雑な顔になる。
 スムーズに言えたなら、今度の土曜日、春物買いに行くの付き合ってくれませんか、と言うつもりだった。
 それがこの有様だ。
『何故僕が、そんな事に貴重な休日を費やさなければならないんだ?』
 そんなって…いいじゃないっスか恋人同士なんだし、自分の買い物でなくっても、相手に合わせて一緒に出掛けたくなったり、たまにはしてくださいよ。
 そういうのを何より面倒がる人だとわかっていても、オレは諦め悪く食い下がる。
 しかし斉木さんの気配はまるで変わりなし。
 だろうと思って、奥の手を用意してある。
「行こうと思ってるショップの近くに、美味いって評判のクレープ屋があるんで、なんでも奢ります」
『何時に待ち合わせだ?』
 よっしゃ!
 オレは陰でぐっと拳を握り締めた。
 斉木さん…ちょろい。
 うっかり思ってしまったのが運の尽き、顔面を掴まれオレは悶絶した。
「うぐぐ……!」
 この道でよく会う幽霊が、またやってるよ、仲いいねと微笑ましく眺めてくる。
 結構ギリギリなので、いいだろなんて自慢する余裕もないのがつらいところね。
 必死に謝り倒して離してもらったオレは、午後にと約束して、ずきずき痛む顔面をさすりながら帰路についた。

 

 当日駅前で待ち合わせをし、そこからすぐのショップに二人で入店する。
 さて、何かいいものが見つかりますかと、オレはとりあえず店の奥へ足を向けた。その後ろを、適当に棚を見回しながら斉木さんがついてくる。
 だからかオレは、自分の春物を探すのは二の次にこの人に似合いそうな何かないかと、あちこちに目を向けた。
 すると斉木さんも似たような感じで、ハンガーにかかったどぎつい色のシャツを指差して、お前、こういうの探してるんだろ、なんて言ってきた。
「いや、ちょ、それはさすがに無理っスよ」
 そっちはまた趣味が違うと、オレは笑いながら否定した。
『ふん……じゃあ、こっちのはどうだ』
 一つ目よりはやや控えめな色味で、しかし着るかといわれると少し躊躇してしまうものだった。
 なんというか、一つ分好みが横にずれている感じだ。
「どっちかというと、……オレは、こういうのが好きっスね」
 きょろきょろと探し、試しに一つ手に取るが、斉木さんはわざとらしく小物の棚の前で考え込むポーズを取り、聞こえないふりを貫いた。
 おいこら、斉木さん。
『めんどくさいな、もういっそ、オレは変質者ですとか書いてあるシャツでも着てろ』
 ちょ、もー、斉木さん。
 手にした服を置きに行った時、偶然目についたカーディガンが猛烈に気になり、オレは広げてみた。
 無地のシンプルなロングカーディガンだ。
「斉木さん、ねえ斉木さん」
 気付いたら呼んでいた。中々傍に来てくれないので振り向くと、少し離れた場所からめんどくさそうにオレを見ていた。
 オレの思考を読み取り、それであんな顔をしているのだろう。
 ああもう、じゃあ自分から行くっスよ。
『僕はいい』
「そう言わず、これどうっスか。このロングのカーディガン、斉木さんにすげえ似合うと思うんスけど」
 中に着るのは何でも合う、このライトグレーとかどうっスか。
 今着てる白のカットソーにもきっと似合いますよ。
「あとね、そこにリングのネックレスとか足すともうばっちりっス」
『いいと言ってるだろ、お前のを買いに来たんだから、さっさと探せ』
 大体、買う金がもったいない、こいつ一着でコーヒーゼリーが何個買えるやら。
「なんでもコーヒーゼリー換算とか、斉木さんらしいっスね」
 思わず笑うと、もんのすげえ目で睨まれ、オレは硬直した。
「丈とか、ちょうどぴったりだと思うんスけど」
 軽く身体に当て、ほら似合うと勧める。
 いらんと興味なさげに手を振られ、しょうがなくオレは畳んで元の棚に戻した。
 斉木さんの体格なら、可愛く着こなし出来るのに。

 

 その後、オレは三つほど見つかった自分用の羽織りものを、試着して斉木さんに見てもらう事にした。
 悪くない。
 悪くない。
 一着目も二着目も、手応えなしだった。
「こっちもダメっスか、うーん、結構自信あったんスけどね」
『お前がいいなら買えばいいだろ。それより早くクレープが食べたいんだが』
 そうだった、クレープ奢るからで付き合ってもらっているのだった。
「次ので終わりっスから、もうちょっとだけ、ね、斉木さん」
『……やれやれ』
 腕組みしてそっぽを向き、ため息を零す斉木さんに片手で謝り、オレはすぐに試着室のカーテンを閉めて三つ目の組み合わせに着替え始めた。
 三着目の悪くないは、言葉は同じだがこれまでと反応が異なった。
 しばらく見入った後、はっとなって目を逸らしたのを、オレは見逃さなかった。
「じゃあこれにするんで、斉木さんちょっと待ってて下さいっス」
 オレは緩んでしまう顔に参りながら試着室に引っ込み、いそいそと元の服に着替えた。
 気を抜くと、声に出して笑ってしまいそうだった。嬉しさに腹の中がむずむずする。
 斉木さんのあの顔……やった。
 可愛かったなあと思い返しながら、試着室を出る。そこに斉木さんの姿はなかった。もう、店の入り口の方に行ってしまったのだろうか。待たせたら悪いな。
 オレはまっすぐレジに向かい、会計を済ませた。
 振り返ると、案の定入り口付近に立っている姿が目に入った。その手には、さっきまでなかった紙袋を提げている。オレが今受け取ったのと同じロゴの入った紙袋。
 オレが着替えてる間に買ったのかな。小走りに駆けよって尋ねる。
「何買ったんです?」
 さっきオレが選んだのを買っていてほしいと、期待を込めて聞く。
『教える必要はない』
 寄越された素っ気ない返答に、オレは口を引き結んだ。
 と、正面を見ていた斉木さんの視線が、ちらりとオレに向けられる。
 一瞬笑ったように見え、胸がずきりと高鳴った。
『中身が何か知ってる奴に、わざわざ言う必要ないよな』
 そう言うや、斉木さんは自動ドアをくぐりさっさと出ていった。

 

「……ああ!」
 遅れてオレは答えを掴んだ。わかった途端しようもなく嬉しくなり、追いかけてってある提案を持ちかける。
「ねえ斉木さん、オレの部屋でファッションショーしましょうよ。さっき言ったリングのネックレス持ってるんで、お貸ししますよ」
『いやだ。脱がされる為にわざわざ着たくない』
「もー、すぐそうやって先回りする。たまにはそれでも楽しんで下さいよ、人生楽しまないと損っスよ、ねえ、斉木さん」
『それより、クレープ。早くしろ』
 楽しみというならこれだ。
 まずい、これはマジで苛々してる声だ。
 ヤクが切れた人みたいだな…密かに笑うが、この人に密かになんて無理だった。
 睨まれてすぐさま頭を下げる。
 はいはい斉木さんすぐっスよ。出てすぐ斜め前の店っスから、もう少しの辛抱っスよ。
 オレは弾む足取りで案内した。

 

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