おすそ分け
きのこ


「手作り弁当食べたいから作って」斉木さんバージョン

鳥束スペシャル

 

 

 

 

 

 夜、風呂から上がったオレはほかほか湯気の立つ身体で部屋に戻ると、どったりとベッドに寝っ転がった。仰向けに大の字になり、さっぱりしたと余韻に浸る。
 さて、まだ寝るには早い、何をして過ごそうか。そういえば今日見たいテレビがあったんだ、今何時だったか。
 部屋の方にごろりと向きを変えた時、オレの顔のすぐ前に、タワシのようなトゲトゲの茶色い物体がそっと差し出された。
「うわぁおっ!」
 オレは飛び上がるほど驚いて、実際に跳ね起きた。
 ベッドのすぐ傍に、段ボール箱を携えて斉木さんが立っているのが目に入った。
「……斉木さん!」
 毎度驚かせてくれると、オレは胸を撫でながらぎゅっと目を瞑った。
『毎度いい驚き方をして、飽きさせないな』
 いや、こんないたずらする斉木さんも斉木さんですよ。
『いたずらなんかしてないぞ。おすそ分けに来ただけだ』
 ああ、さっきのタワシもどき。オレは枕もとを振り返った。あんまり近すぎて一部だけしか目に入らずタワシと勘違いしたが、全体を見れば正体がすぐにわかった。
「いい栗ですね」
 思わず顔がほころぶ。
 艶々と色よく光り、粒も揃っている。手を伸ばしかけてオレはためらう。指先で摘まむにしても、手に乗せるにしても、棘が恐ろしい。
 しかし超能力者にはそんな悩みは一切ない。斉木さんは、ダンボール箱から一つまた一つと取り出すと、ベッドに座ったオレを取り囲むように置いていった。
「ちょと! なにこれ、これじゃ身動き取れないじゃないっスか!」
 笑いながら文句を言い、オレは成り行きを見守った。箱に入っていた十粒ほどの栗をオレの周りに並べると、次に斉木さんは超能力でオレの両手を水をすくう形で固定させ、そこに今度は柿をのせていった。
「うわ、綺麗な柿っスね!」
 よく熟した、宝石のようにピカピカと輝く柿に大きく目を見張る。
 一つ二つならいいが、五つとなるとさすがに軽々とというわけにもいかず、もう超能力の支えもないので、オレは両手を小刻みに震わせながら救いを求めるように斉木さんを見やった。
『これで最後だ』
 そう言って、竹で編んだザルに山盛りのキノコ類を箱から出した。しいたけ、まいたけ、しめじにえのき。ふわっと、森の空気が感じられた。そいつをどうすんだと思えば、これは普通にテーブルに置いたので、オレはちょっとほっとする。
 動くのが難しい状態になったのを笑いながら、オレは斉木さんの顔を見上げた。
『貰えなくてうるさくされるのは、もう二度と御免だからな、今回はもらさず持ってきたぞ』
 荷物が届いてすぐに来てやったと、斉木さんが言う、オレは嬉しいやら申し訳ないやら、緩みがちな口を懸命に引き締めながら礼を言った。
『て事で鳥束、これらで何か作って明日持ってこい』
「えぇっ……」
 突然言われても。オレは慌てて時計を見やった。
『夏の事、僕はまだ許してないからな』
 夏の事…トマトを欲して勝手にいじけ勝手に逆恨みしかけたオレを差し、斉木さんは仁王立ちで腕を組んだ。見やってくる顔はいつもとそれほど変わりないようで、内面に渦巻く感情は凄まじい。
 オレは圧倒され、すみませんと首を垂れた。わかりましたと引き受ける。
「なんか、リクエストとかありますか?」
『なんでもいい、寺生まれのお前に任せる。じゃあ明日』
「はい……あ、ちょっとこれ! 栗だけは! これだけは!」
 オレは慌てて引き止め、せめてイガグリだけは退けてくれと頼み込んだ。そろそろ手も痺れてきたところだ。
『やれやれ、仕方ないな』
 斉木さんの片手がオレにすっと伸びる。ほっとしたのも束の間、持って行ってもらえたのは両手の柿だけだった。ひとりでに箱に納まる柿を、オレは半ば呆然と見送る。
 最後に斉木さんを見ると、とても楽しそうな笑顔を浮かべていた。
『じゃあ頼んだぞ。お休み』
 そう残し、今度こそ帰っていった。
 ……斉木さーん。
 今の今まで斉木さんが立っていた空間を涙目で見つめ、オレは大きく息を吐いた。
 さて、どうやってイガグリの包囲網から抜け出そうか。
 困難極めるそれは一旦置いといて、貰った三種類で何が作れるか、そちらをまず考える。
 ごはん、おかず、デザート…上手く弁当に詰めるには――。
 ああでもないこうでもないと何分もかけて考え、ようやくまとまったオレは、では早速とベッドから降りようとした。
「いてぇっ!」
 その頃にはすっかりイガグリを忘れており、あちこちからチクチクと迫りくる無数の棘にむせび泣いた。
 愛が痛いよ、斉木さん。

 

 翌朝、オレは早くからせっせと台所で立ち働いた。みんなが起きてくる前に、作業を済まさねば。
 窓の外はようやくほのかに明るくなってきたところで、早起きは身に着いているオレでもさすがにちときつい。
 それでも顔が緩んでしまうのは、弁当作りが楽しいからに他ならない。
 食べるあの人の驚きや喜ぶ顔を思い浮かべると、それだけで眠気なんて吹き飛んでしまう。多少の寝不足なんて些細な問題だ。
 斉木さん、どれ気に入るかな。
 炊きあがったきのこご飯を詰めながら、オレはほんわかと想像を巡らす。
 この、きのこ三種を油揚げに詰めて焼いたの、オレ結構好きなんだけど、美味しく食べてもらえるといいな。
 きのこの炒め物も、ちょっと濃いめの味付けにしてご飯が進むようにした。
 柿をデザートに使おうかおかずに使おうか迷って、結局白和えにした。
 昨夜頑張って栗の甘露煮を作ったので、デザートはこっちだな。
 一つひとつ弁当箱に詰めていく。出来上がったのを少し遠目に見て、オレは小さく首をひねった。
「どう……っスかねえ」
 とてもいいような、とても微妙なような、自分では判断がつきかねた。
 もっとじっくり考えたかったが、そろそろみんなが起きてくる時間が迫っていて、余裕がなかった。
 オレは慌てて自分と斉木さんの分と弁当を包み、甘露煮を詰めたタッパーを掴んで、忘れ物はないか後始末の忘れはないかきょろきょろと見回した。
 よし、忘れ物はない、自分の部屋に戻ろう。

 

 いよいよお待ちかねの昼休みとなり、オレは期待と不安で不規則になった心臓を抱え約束の屋上へと向かった。
 扉を開けると、秋らしい爽やかな風が吹きわたり、興奮気味のオレを優しく鎮めてくれた。
 階段部屋の陰になる場所に回り込むと、すでに斉木さんは到着していて、手持無沙汰に本を読んでいた。
「お待たせ斉木さん、作ってきたっスよ」
 鳥束スペシャルっス。
 胸の高さに掲げると、たちまち斉木さんは渋い顔になってそっぽを向いた。
『うわマズそう』
 ひでぇ!
 自信があるようでないオレのカラ元気を、そんな力一杯へし折らなくてもいいじゃないっスか斉木さん。
『よし、じゃあさっさと寄こせ』
「はい、こっちが斉木さんの分」
 オレは包みを手渡し、隣に腰を下ろした。気に入ってもらえると、いいんスけどね。
「雲の形とか、もうすっかり秋っスね」
 ちょっと前までは、あっちの方角によく入道雲が見えたのに。今は随分高い位置に雲は遠ざかり、青い空に細かな模様を織りなしている。
 暑さも和らぎ過ごしやすくなった高い空の下、二人で同じものを食べる…ささやかな幸せ。
 斉木さんはきちっと両手を合わせいただきますと頭を下げると、弁当の蓋を開けた。
 テレパシーも、反応も、特にない。オレは息も詰まる沈黙を破って、どうっスかと声をかけた。
 斉木さんは何か言いたげにオレを見て、しかし何も云わず、一口二口と箸を運んだ。
 うん……うん、悪くはないようだ。ひとまず安心して、オレは自分の弁当に手を付けた。
 それぞれを食べながら、この味付けもう少し濃いめがよかったかとか、柿の大きさはこれでちょうど食べやすいなとか、感想や反省点という独り言をぶつぶつもらした。

 

 ふと隣を見ると、穏やかな横顔がそこにあった。斉木さんがその目をしている時は、非常に気分がいいのだ。美味しいものを楽しんでいる時の顔。
 猛烈な勢いで喜びが込み上げる。
(もう、斉木さん。手作り弁当が食べたいなら食べたいって、素直に言えばいいのに)
 いくらだって作るのに。
 愛おしい気持ちで眺めていると、不機嫌そうな…いや、居心地悪そうな目線をちらりと寄越され、オレは思わず抱きしめたくなった。
「どうっスか斉木さん、お口に合いました?」
『悪くない』
 斉木さんらしい、そっけない返事。でもオレはでれでれだ。心はどろどろに溶ける。

 

 ごちそうさまでしたと手を合わせる斉木さんに、お粗末さまでしたとオレは頭を下げる。
 弁当箱が綺麗に空になったのはもちろん、足りないと悪いからと、少し多めに詰めてきた栗の甘露煮も一つ残らず食べてもらえた事に、オレは震えるほど感激した。
 斉木さん、ほんとに甘いもの好きだよな。そんで、本当にいい顔見せてくれるよな。
「そろそろ昼休みも終わりますし、教室戻りますか」
 声をかけると、斉木さんは無言で頷いた。
 最高の昼休みだった。立ち上がって伸びをする。
 先に立って歩き出そうとした時、後ろから声を掛けられる。
『鳥束』
「なんです?」
 オレは肩越しに振り返った。
 斉木さんにしては珍しい、神妙な顔に、危うく息が止まりかける。
『あの柿の白和え、また食べたい』
 オレは大きく目を見開いて頷いた。
「はい、いつでも言って下さいっス!」
 いつでもいくらでも、作りますから。

 

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