お泊りシリーズ
スイーツと佐藤君の事となると見境なくなっちゃう斉木さん。
ハラハラやきもきしちゃう鳥束君。

教えられるまでもない

 

 

 

 

 

 あれほどうるさかった蝉時雨も、いつのまにやら聞かれなくなった。
 それに伴い空気も変わり、寄り添っても暑苦しいと感じなくなった。
 夏の間毎日のように、早く涼しくなれ、暑いの去れと切望していたけれど、いざそうなると何故だか寂しいような気持ちに見舞われる。
 何かがなくなった訳ではない、何も特になくなっていない。
 気候だって、暑いのからやや暑いに変わったくらいなのに、どこかもの悲しい気持ちに包まれるのは何故だろう。
 そのせいだろうか、寄り添う事が多くなった。
 斉木さんの肩に近付く事が多くなった。近付いてくっついて、べたべたする事が多くなった。
 もちろん二人でいる時に限るけど。
 斉木さんも、夏の間ほどはオレを邪険に振り払う事もなくなった。
 くっついても寄りかかっても、斉木さんは気にせず過ごすようになった。嬉しいんだか寂しいんだか複雑な気持ちに包まれる。
 いやいや嬉しい。暑いせいだとわかっていても、鬱陶しいと肩を揺すられるのはやはり悲しいものだ。
 それならば気にせず過ごされる方が、ずっと嬉しい。
 まるでオレなんかいないみたいに振舞うけど、そんな事全然ないってもうわかってる。

 

 ようやくセーブポイントまで進められたのをいいきっかけに、オレは一旦ゲームのコントローラーを脇に置き、大きく伸びをした。
 前かがみで固まっていた身体をほぐそうと、思いきり上半身を捻る。視界に、背後にあるベッドが映った。
 普段オレが寝起きしているベッドだが、今は斉木さんが、我が物顔で占領していた。
 腹這いになって雑誌に熱中している姿に、オレはにんまりと口を持ち上げた。
 今日はオレんちに斉木さんがお泊り、時間はこれから八時になるところ、つまり夜はまだまだこれから。
 本当なら、テレビを見るなりゲームをするなり一緒にイチャイチャするところだが、斉木さんは持参した雑誌をじっくり読みたいからと、八時まで限定でオレを遮断した。
 それまで一人でゲームでもやってろ、というわけで、オレは背後が物凄く気になりつつも、発売されたばかりのホラーゲームを進めていた次第だ。
 八時まであと数分。
 ちょっとくらいフライングしても、いいよね。いやいや、顔面をはぎ取られるのは勘弁だからな、大人しく時間まで待つ事にしよう。
 話しかけない代わりに、オレは雑誌と斉木さんの顔がよく見えるベッドの傍まで行って、そこから時間になるのを待った。
 斉木さんがこんなに夢中になって読む雑誌といったら、スイーツ特集のそれ以外ない。その通りで、紙面はとてもカラフルで賑やかに、斉木さんの心を魅了していた。
 ちょっと眉を下げて、ほんのり口開けて、ああもう斉木さんアンタってばなんて顔して本読んでるんスか。外でそんな顔しちゃダメっスよ、悪いおじさんに連れてかれちゃいますよ。
 たちまち斉木さんの鋭い手刀がオレの鼻先をかすめた。
「!…」
『気持ち悪い事言うと怒るぞ』
 もう怒ってるじゃないっスか!
 あぶねえ、もうちょっとでオレの顔が上下にスパっといくとこだった。
 ドキドキ跳ねる心臓をどうにか鎮める。そうこうしている間に八時になった。
「そういや斉木さん、昼間ひーちゃんとなんか親しげに話してましたね。姐さんと照橋さんがえらい顔で見てましたよ」
『知ってる。お前は職員室に呼び出されて、向かうところだったな』
 そこまで知ってるんスか!
 いやあ、ちょっとあの、アレがアレでねえ、アレされたんスよええ…ってオレの事はいいんスよ。
 言い訳しつつ頭をかき、オレは首を振った。
 すると斉木さんは、読んでいた雑誌の表紙をさっと見せてきた。
『この雑誌を譲ってもらったんだ』
 なんでもひーちゃんの住む町のグルメ誌で、スイーツ特集が載っているものだそうだ。斉木さんがスイーツ好きと知ったひーちゃんが、無配のものだけどよかったらどうぞと譲ってくれたのだとか。
「ああ、だから目良さんもすげえ目で見てたのか。てかあの人のセンサーすげえな」
 確かにと斉木さんは頷き、雑誌の中ほどをぱらぱらっとめくって見せてきた。
『見ろ鳥束、どこも美味そうだ』
「どれっスか」
 オレは斉木さんの隣に同じように寝転がって肩を寄せ、一緒に雑誌を眺めた。
「ほんとだ、いいっすね。今度行きましょうよ」
 ここも行きたい、ここもいいとあちこち指差して、斉木さんははしゃいだ様子を見せた。
 オレはそんな斉木さんの横顔に、はしゃいだ気持ちになる。
『しかもこの雑誌、巻末に割引券もついているんだぞ』
 すごいだろうと見せられ、この人本当に可愛いなあってオレの目尻は下がりっぱなしだ。
「あれ斉木さん、ここ切り取られてますけど」
 片側のページの下半分ほどが点線に沿って綺麗に切り取られているのを指差し、まさかひーちゃんの不運が再発か、とオレは首をひねった。
 しかし守護霊はあれから凛々しいままだし、どういう事だろう。
 斉木さん曰く、無料引換券だったので、目良さんに譲ったそうだ。斉木さんやるなあ、この人たらしめ。
『殴るぞ、おい』
「さーせん! でもひーちゃんちって確か、結構離れてますよね」
『ああ、だが目良さんなら、あそこくらい自転車で行ける範囲だ』
 それはそれは、目良さん、たくましい事で。
『そうだ、お前が職員室に呼び出された後、佐藤君とおしゃべり出来たんだ』
 スイーツを語る時とはまた違った声ではしゃぎ、斉木さんは昼休みを振り返った。
 自分の好きな人が他の男と親しげに喋っていたら気になるものだ、さりげなくやってきて、さりげなく用件を聞きだし、安心したところで、自分だったらどこへ行きたいかひーちゃんと佐藤君と三人で盛り上がったそうだ。
 佐藤君の普通をまた集められたと、斉木さんはほくほく顔で語った。
 オレにはこれっぽっちも面白くない話だ。オレがこうしてくさくさトゲトゲした気持ちになってるのは、斉木さんに残らず伝わっているだろうに、まるで気にせず喋り続けている。
 佐藤君の事は気遣うのに、オレはぞんざいってなんだよ。
 もう、なんなんだよ――。

 

「アンタ、いい加減にしろよ」
 オレは少し声を張り上げ、斉木さんに馬乗りになって肩を押さえつけた。
 人がいい気分で話しているのに何をする、と斉木さんが眉をひそめる。オレは不快もあらわに顔をしかめた。
「オレ以外の男や女の名前をペラペラ出しやがって。斉木さんなんかもう知らねっス」
『知らないっていいながら乗っかってくるのか、お前は』
 オレの姿をじろりと見まわし、斉木さんは短くため息をついた。
「斉木さんが誰のものか、教えてやってるんスよ」
『教えられるまでもなく、とっくにお前のものだが』
 なんのてらいもなく言ってのける斉木さんに、オレは心臓を射抜かれる。
「!…斉木さん!」
 がばっと唇を奪いにいくが、逆にひっくり返され上に乗られる。突然の事でついていけず、少し頭がくらっとした。
『お前だって、結構あちこち見てるだろ』
 それを聞き、腹の中で渦巻いていた怒りがたちまちの内に消え去り、愛しさにとってかわる。
「……ああ、なんだ斉木さん、嫉妬してたんスか」
『……違う』
「はは、オレと同じっスね」
『だから違うと――』
 オレは今度こそ唇を塞いだ。起き上がり、膝に乗る斉木さんを抱きしめてキスをする。
 違うとか違いとか、そんなの些細な問題っス。
 オレは何だかんだで斉木さんしか見てないっスよ。だから斉木さんも、オレだけ見ててください。
『見てるだろ』
 キスで少し潤んだ瞳が、まっすぐオレを見る。
 もー斉木さーん、その拗ねた目反則っスよー!
 オレはぎゅうっと抱きしめた。

 

 服をまくり上げ、露わになった斉木さんの肌にあちこちキスして回る。どこに触れても感度がいいけど、やっぱり好きなのは乳首で、少し強めに歯を立てたり吸ったりされるのを好む。
 根元を噛んで、そのまま舌先でぬるぬると先端をくすぐると、斉木さんはたまらないって顔で息を荒げて、奥まで飲み込んだオレをびくびくと締め付けてきた。
(あー……このまま出しちゃいそう…斉木さん締めすぎ)
 オレが感じる分斉木さんも感じていて、見ると、反り返った性器がびくびくしているのが目に入った。
『鳥束、触れ……触って』
 少し切羽詰まった様子で、斉木さんがねだる。今にも自分で擦り出しそうだ、それでいくところも見てみたいけど、オレ、乳首だけでいくアンタが見たい。
「斉木さん、自分で服持って」
 オレの肩に掴まる手をそちらへ誘導すると、斉木さんはどこか怒ったような顔になって睨み付けてきた。
 ねえその顔、オレを煽るだけっスよ。
 オレの言う事を無視して、斉木さんが自分の股間に手を伸ばす。
「だめ、だめ」
 ちょっと慌てて遮る。斉木さんに本気を出されたら、オレなんてどうあっても敵わないのだ。
「ねえ斉木さん、上手に出来たら、うんと可愛がってあげますから」
 これならどうです斉木さん、アンタが満足するように、オレの全部上げますから。
 ねえ、オレのお願い聞いて下さい。
 斉木さんはようやく自分のそれから手を離した。それがどんだけつらいかよくわかるので、オレは約束しますと指先に接吻した。
『言ったな……全部搾り取ってやる』
 斉木さんは小さく唇を震わせ、自分から服をまくり仕上げた。
 脅しに震え上がったオレだが、自ら肌をさらす斉木さんに、目が眩むほど昂った。
 いいっスよ、オレは、斉木さんのものだから、全部上げます。
 だから斉木さんも、斉木さんの全部をオレに下さい。
 オレは乳首に緩く噛み付いた。たちまち斉木さんの中がきつく収縮して、オレのものをいやらしくしゃぶってきた。
(うわっ…ほんとに食われてるみたい)
 自分の方が先にいってしまいそうで、そんな様をさらしてなるものかとオレは愛撫に意識を集中した。
 斉木さんの好きな強さ、好きな触り方はもう、全部知っている。
 その通りなぞると、斉木さんは甘く鳴きながらしなやかに身体を反らせた。オレは調子付いて、小さな一点をじっくり弄った。
『やだ、とりつか、うごいて……うごきたい』
 斉木さんの濡れた声が頭の中に響く。
 腹の底がぞくぞくするほどの興奮に見舞われる。
『とりつかぁ……』
 ダメ、斉木さんダメ、我慢して。我慢した分、いった時すごく気持ち良いから。
(ね、ほらいって……斉木さん、乳首でいって、出して!)
 指先で引っかくように何度も擦る。
「あ、あ、あ……」
 斉木さんの身体が強張り、これまでにない程内部がきつく締まった。同時に、斉木さんの性器から白いものが迸る。
 目に一杯の涙を溜め、斉木さんが大きく喘ぐ。
 オレはたまらなく愛おしくなって、唇を近付けた。
 斉木さんの腕がするりと背中に回る。
 オレを飲み込んだそこは絶頂の余韻に浸って何度も収縮し、絞り上げるように複雑にうごめいていた。
 斉木さんを抱き返してベッドに寝かせると、オレは約束通り強く腰を打ち付けた。ひ、と息をもらし、斉木さんは大きく口を開けた。
「舌出して、斉木さん……」
 オレは伸ばされた舌に吸い付き、しゃぶりながら腰を打ち込んだ。斉木さんの顔はすっかり感じ入ってとろけていた。見ているだけでいってしまいそうなほどいやらしい。
(あぁ……可愛い、斉木さん可愛い…好きだ……好き、ねえ、好き)
 心の中で繰り返すと、どうしてか泣きたい気持ちに見舞われた。オレはしっかりと腕を回して抱きしめ、目前に迫った絶頂目指して何度も斉木さんの奥を抉った。
「あっ…いく……斉木さん」
『早く、中に』
 寄こせと斉木さんがねだる。
「は、はは……」
 自然ともれる笑みに顔を歪ませ、オレはきつく目を瞑った。訪れた瞬間に息を啜り、オレはぐいっと腰を押し付けた。出し切るまでそのまま硬直し、飲ませる快感に酔いしれる。
 全部出し切って、オレはゆっくり腰を引いた。
 斉木さんはベッドにだらしなく手足を投げ出して、まるで短距離を全力で走りぬいた後みたいに息を乱していた。頬はすっかり紅潮して、可愛らしいピンクに染まっている。
 オレは引き寄せられるように顔を近付けた。
 斉木さんの手が肩にかかる。そのままキス出来ると思ったオレだが、気付いた時にはベッドに仰向けに押し付けられていた。腹の上に斉木さんが座り込む。
『約束を果たしてもらうぞ』
 斉木さんはオレの顔を見たまま手を後ろに回し、オレの性器を逆手に握り込んだ。うっすらと笑う顔はぞっとするほど色気があり、とても迫力があった。ごくりと喉が鳴る。またあの地獄みたいな快楽の連続に見舞われるのかと、オレは戦々恐々とする。
 でも、斉木さんとそう出来るのは幸せに他ならない。オレは両手を伸ばして頬に触れ、引き寄せた。
「……いっスよ斉木さん、全部持ってって下さい」
『ああ、全部もらいうける。僕のものだからな』
(斉木さん……!)
 唇を重ねてくる斉木さんを抱きしめ、オレはこの上ない喜びに浸った。

 

 斉木さんのものになるって、とっても幸せでとっても大変だなあ……。
 オレはベッドに仰向けに寝転がり、ぼんやりと天井を見つめていた。
 やりまくったというかやられまくったというか、食いつくされて骨も残らないんじゃって状態にオレがなって、ようやく斉木さんは満足した。
 ねえ、こういうのって普通逆じゃない?
 抱くオレ側がこうなるんじゃなくて、抱かれる斉木さんの側がこうなるんじゃないの?
 斉木さんだって最後の方はもう涙もよだれも声も駄々洩れで、こういうのがセックスだっけって感じの有様だったのに、なんでオレが抱き潰された人みたいになってんの?
 オレは何とか首を動かして、隣を見やった。。
 さっきと同じくベッドに腹這いになり、斉木さんは何かあったかってな顔で雑誌をめくっている。
 オレはその横に並んで仰向けになり、半ば放心している。
 超能力者の性欲強過ぎ、とんでもねえっス。
 はあとため息を吐き出したその時だ、斉木さんの片手がオレの顔をがっしり掴んだ。
「!…」
 しまったと思った時にはもう遅く、顔面をはぎ取られる恐怖におののきながらオレは慌てて謝罪を繰り返した。
 斉木さんは性欲が強い――禁句だったのを忘れていた。
 すみませんごめんなさい、すみませんごめんなさい!
『うるさい、あっちへ行け』
 手が離れてほっとしたのも束の間、オレはベッドから蹴り落とされた。ぶつけた尻の痛みと、追い出された悲しみとで滲む涙を目に一杯溜めて、オレは斉木さんと呼びかけた。
 返事はない。オレは口を引き結び、ベッドによじ登って腹這いになり、さっきと同じく斉木さんの隣に肩を寄せた。
「斉木さーん」
『こっちくんな』
 冷たい声が響くが、今度は追い出されなかった。
 もう、思うのもダメって厳しすぎるけど、謝りますから機嫌直して斉木さん。
 ねえ。
 念じながら斉木さんの横顔を見つめるけど、斉木さんの目線は紙面に釘付けのままだ。オレの方になど、ぴくりとも動かない。
 まるでオレなんかいないみたいに振舞うけど、そんな事全然ないってもうわかってるんスからね、斉木さん。
「ねえ斉木さん、行くならオレと行きましょうよ。どこまでもお供するっスよ」
『わかった』
「だったらもう、他の奴の名前なんて出さないで下さい」
『わかった』
「ほんとにわかったんスか?」
『わかった』
「生返事じゃないっスか!」
『わかった』
「もおー」
 オレは少し焦れて、ぎゅうぎゅうと斉木さんに身体を押し付けた。それでも斉木さんはしれっとしたままだ。
 本気で腹が立つなんて事はないけど、ちょっとばかりむっとしてしまう。それとあと、寂しい。
『で、いつ行くんだ?』
 そんな時にちゃんとこっち見てくるなんて、斉木さん人の心弄びすぎ!
 きらきらと、張り切った眼差しが間近に見つめてくる。
 どうせまだまだ無視されるだろうと思っていたところに急に幸福が訪れたものだから、オレは全身から汗を噴くほど舞い上がってしまった。
 発火は顔にまで及び、参ったと両手で顔を覆う。
『行くのか行かないのか、どっちだ』
「行きます、行きますからちょっと待って……」
 ほんと、なんでオレこんな顔赤くしてんだ、なんでこんなに赤くなったんだ。ほんとちょっとだけ待って斉木さん、オレ、自分で自分がよくわからないっス。
 はぁ…ため息をひとつ。
 やがてくっついたところから、斉木さんの体温がゆっくりと伝わってきた。それがまたオレの顔を赤くさせる。
 本当に、何なんだこれは。オレは開き直って手をどけた。
 自分の好きな人が…斉木さんが隣にいて、その人の心がちゃんと自分に向かてるってのは本当に、物凄く幸せな事なんだなって思ったら、顔だけじゃなく全身が熱くなって、どうしようもなくなったのだ。
「斉木さんが行きたい日、いつでもお供するっス」
 オレは顔を擦りながら言った。
『そうか。行きたいところはたくさんあるからな。ちゃんとついてこいよ』
「もちろんス」
 どこまでだって行くっスよ斉木さん。

 

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