とろけるくらい愛してる
夕飯前と後の二人。

とろけるくらい愛してる

 

 

 

 

 

 約束の四時に斉木さんちに伺うと、これが両親から渡された食事代だと薄い札入れがテーブルに乗せられた。
 お二人は明日の夕方には帰宅されるそうで、つまりそれまでの夕、朝、昼の三食分を考える必要がある。
 パンやら缶詰やらの買い置き、総菜の作り置きはあって、失礼してオレは冷蔵庫の中もひと通り見させてもらった。
 ピシっと整頓された庫内に斉木さんママさんの几帳面さが伺え、なんだか微笑ましくなった。
 数段ある冷蔵庫の棚一段がコーヒーゼリーで埋め尽くされているのは、予測していたとはいえ、目の当たりにすると中々衝撃的だった。
 うわーと感心していると、さっきまでそこのテーブルに座ってたはずの斉木さんがすぐ傍に立っていて、目だけでオレを見ていた。
「いや、別に、なんも言ってないスよ」
 斉木さんはしばしオレを無言で見た後、椅子に戻っていった。
 今の目線は一体どんな意味を含んでいたのだろう。
 ちょっと落ち着かない様子だったのは気のせいかな。
 斉木さんの好物だって知ってますもん、笑ったり取ったりなんてしませんよ。

 

 さて、まず夕飯は何にするか、どういったものが食べたいか斉木さんに尋ねた。
 ちょっと嫌な予感がしたが、思った通りなんでもいいと返された。
『なんでも、任せる』
「うん、そっスか……えーとじゃあ、今日寒いから鍋にしませんか」
 ちょっと手間がかかるけど、鳥団子鍋とか。
 どうですかと訊くと、嫌いじゃない、そうしようと返答があった。
 明日の朝はパンに合うものを作って、昼は斉木さんの希望で宅配ピザを注文するという事で話がまとまった。
 メモを片手に、オレたちは買い出しに出掛けた。

 

 鍋に使う食材と明日の朝の分と、メモの通り順調にカゴに入れていく。
 漏れなく揃ったところで、それまで半歩後ろにいた斉木さんが先に立ってどこかへずんずん進んでいった。
 オレは超能力者ではないけれど、行先はわかった。
 あの足取り、急ぎよう、間違いない。
 これで間違ったらオレの秘蔵の品全部売り払ってやりますよ、なんて、斉木さんの背中にそっと笑う。
 斉木さんが脇目もふらず向かう場所といったら、ここしかないでしょ。
 果たして、チルドコーナーに並ぶコーヒーゼリーの前で斉木さんは立ち止まった。
 オレはその後ろに、押していたカートを控えた。
 斉木さんは一旦買い物カゴを振り返ると、何か確かめるようにざっと見まわし、コーヒーゼリーに向き直った。
 聞くと、一円の無駄もないよう金額一杯まで買うつもりだと言うのだ。
 そりゃすごい、だから、何種類か組み合わせて選んでいるのか。
 そこまでとは、斉木さんのコーヒーゼリーにかける情熱は伊達じゃないな。
 本当に感心してしまう。
 そこでオレは、斉木さんちの冷蔵庫を思い出した。今でもあれだけ棚を占領しているのに、これ以上買ったら置き場がないのでは。
『大丈夫だ、そこも考えてある』
「ほんとスか? 大丈夫かなあ」
 この人、スイーツの事となると見境なくなるからな。
 本当に危なっかしい。
 そこがたまらなく可愛くて、大好きなんだ。

 

 最初は順調にあれこれ選んでいた斉木さんだが、あと一歩のところで躓いたらしく手が止まってしまった。
 思案する探偵みたいなポーズになって、微動だにしない。
 オレはそんな斉木さんを、心行くまで眺めた。今日は、何時までに帰らなければいけないとか、守らなきゃいけない夕飯の時間なんてないから、気持ちは広くゆったりしていた。
 何分でも何十分でも、斉木さんに付き合える。
 ああ、楽しいな。
 チルドケースからの冷気が段々と足元から冷やしていく。凍えたって意地でも動かないぞ、ここから斉木さんを眺めるんだ。
 そうやってバカな抵抗をしていると、頭の中に斉木さんちのあったかいこたつが出てきた。
 帰ったら鍋作って、二人でこたつ入ってぬくぬくしながら鍋つついて…そんな事を想像したからか、連想であるものが思い浮かんだ。
 ようやく決定した斉木さんのもとに戻って、提案してみる。
「ねえ斉木さん、アイス買っていきましょうよアイス」
 斉木さんちのこたつで、食後にアイス、どうです最高じゃないスか。
 それはいいと、斉木さんは子供みたいに無邪気な顔で目を煌めかせた。
 オレはつい笑ってしまう。
 甘いものが絡むと、この人本当に素敵な顔になるよな。
 一度は顔を輝かせた斉木さんだが、すぐにはっとなって凍り付いた。
 アイスを買うにはコーヒーゼリーを減らさないといけない。
 最初から計算し直しはいいとして、一度買うと決めたものを減らすのは斉木さんにはとても難しい事らしく、非常に切ない顔をされた。
「じゃあオレが出しますよ、アイス代」
 そんな顔はとても見てられなくて、オレは助け船を出した。
 日ごろ色々お世話になってるし、迷惑かけてるし、これでちょっとでもお返し出来たらいい。
 その途端、さっきよりずっと眩しく、斉木さんの顔が輝いた。
『鳥束、お前が初めて良い奴に見えたよ』
「そうスか、そりゃあどうもありがとうございます」
 オレは渋い顔で言った。そりゃ心当たりは有り余るほどだけど、なんとも複雑だ。
 斉木さんは早速ドア越しに、どのアイスにするか真剣に選び出した。
『それで、何十個までいいんだ?』
「ええ? いやいや、えーとカップアイスで五個まで」
 買えるならそりゃ何十個だって買ってあげたいところだけど、斉木さんごめんなさい…今度はオレが切ない顔になる。
『しょうがないか、鳥束だしな』
 はい、鳥束なんです。
 斉木さんはちょっとため息をついて、やれやれとケースに向き直った。
 オレもこっそりため息を零す。
 でも、アイスも買えるってなった時の斉木さんの嬉しそうな顔はオレも嬉しいから、それでいいや。
 オレはそんな斉木さんを見てますます嬉しいから、本当にいいや。

 

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