ⅳ-2
| 言われるまま躊躇せず服を脱ぎ、腕を絡めて口付けてきた真物に、神取は少なからず驚いた。どんなに命じようと決してした事のない仕草。 不快も露わに眼を眇める。 「……どういうつもりだ？」 首に回された手を掴み、中断させる。 真物は掴まれた手を小刻みに震わせ、口ごもった。 「言いなさい、真物」 静かな声音で問い質す。 やや置いて、真物は今にも消え入りそうな声で言った。 「今日は……そういう気分だからです」 答えに男は声を上げて笑った。 「違うな。お前は今、こう考えているのだろう？」 俯く少年の顎を鷲掴み、上向かせる。 「妹の手術費の為に、私を満足させなければ……と」 見透かされ、真物の顔が歪む。 いっそ哀れを誘う表情に男はますます笑みを深めた。 顎を掴んだまま、口付ける。 「んっ……」 漏れた声にかすかな嫌悪を聞き取り、また笑う。 そう、彼はこんな風に、決して屈しないのだ。 妹の為にと心を決めても、売り渡したりしない。 「本当にお前は、優しい兄だな」 彼はずっと昔から小さい頃から、本当に妹思い。 どこかから湧いてくる怒りめいたものを腹の底に感じながら、神取は深く口付け咥内を貪った。 「んっ…んふ……んん、む……んぅ…んっ……」 嫌悪が抜け、少し声がとろけた頃、顔を離す。そして、目線と背を押す手だけでベッドへ向かわせる。 とぼとぼとベッドに向かう真物を束の間見送り、神取は先程から目を付けておいたバスローブの帯を手に取った。 ベッドに乗り上げたところで背後に立ち、口を開く。 「動くな」 と。 両手を背に回させ、互いの手首を掴む形で拘束する。 「――……」 これまで一度も、こんな風に身体の自由を奪われた事のない真物は、恐ろしさの余り呼吸を引き攣らせた。 『ああ……この恐怖もまた、絶品だわ』 酔い痴れる「彼」の声が闇に響く。 「そう怖がらなくていい」 膝立ちのまま動けなくなり、震えながら浅く喘ぐ少年を抱き寄せ頭を撫でて宥めてやる。強張った身体から力が抜けるまで、何度も、優しく。 腕の中の細い肢体が少しずつ弛緩していくのを感じ取った神取は、頭を撫でていた手で肩や胸元、腰を愛撫し始めた。 「もう、怖くないだろう？」 抱き寄せられ、男の肩にもたれた格好のまま真物は、はいとわずかに頷いた。 「まだ少し緊張しているようだが……」 ベッドに座った自分をまたぐ格好を取らせると、神取は背中に回した手を下へすべらせ、指先で後孔を探った。 途端に真物の身体がびくんと跳ねる。 「んんっ！」 「始めれば、すぐに消えてなくなる」 敏感に反応する声と身体に口端を緩め、さあ、と声をかける。 「私を満足させなさい」 「……はい」 真物は悲しげに応え、待ち構える男のものへ自ら腰を下ろしていった。 「はぅっ……ん」 苦しそうにしながらも、少しずつ自身のものを飲み込んでいく少年に、男は薄く笑った。 根元まで咥え込み、ようやく真物は息をつく。いつも以上にきつく苦しいのは、拘束された恐怖からだろうか。 つらさに耐える真物に、男が容赦なく言う。 自分で腰を振って、私をいかせなさい、と。 「支えていてあげるから、動きなさい」 言葉と同時に肩を掴まれる。 真物は目を閉じると、男の手に身を預け、しゃがむ格好で足をついた。そしてごくゆっくり、腰を上下させる。 「く、う……」 俯き、歯を食いしばる。痛みに苦しんでいる訳ではない。痛みはもうない。 ただただ、泣きたかった。 それを必死に堪える。 首を振って追い払おうとする。 守りたいものの為に、必死に心を奮い立たせる。 しかし込み上げてくる感情は堰を切って溢れ、熱い滴となって両目からぼろぼろと零れた。 それでも、真物は浅ましく腰を振り続けた。 はちきれんばかりの悲しみが込み上げる。 その一方で奥まで熱く濡れる快感が込み上げてくる。 もう、訳が分からない。 何かがばらばらに壊れて、頭がどうにかなってしまいそうだった。 手が足が、胸が痛くなる。 真物は泣きながら高い声でよがり、喘ぎ、男が満足するまで何度も何度も腰を蠢かせた。 「ひぅっ！」 戯れに、男が腰を使って下から突き上げる。きつく、重く。 「あ、ああ…く、うぅ……んっ！ ゆ、許して…もう……あぁあ！ ゆるして…くださ……」 執拗に襲い来る激しさに堪え切れず、真物は拘束された身をよじりながら男の胸に倒れ込んだ。泣きじゃくり繰り返し許しを乞う。 「そう……お前は私に縋るしかないんだ。だからもっと……私を満足させなさい」 うなだれすすり泣く身体を抱きしめ、男が冷え冷えとした声で言う。 少年が息も絶え絶えに従う。 それでも男は満足出来なかった。 これほど深くまで繋がっているというのに。 神聖を汚し殺そうとする者、殺されまいとする者、双方の心が大きく軋み悲鳴を上げる。 |
| そして街に異変が起こる。 |