ⅲ-5
|
「あんた傍にいたんでしょ？」 詰め寄られ、真物は沈黙した。 「止めなさい！ 彼のせいじゃないでしょう？」 「でも！」 報せを受けて駆け付けた清の二人の娘に、何か伝う言葉もなく真物は俯いた。 妹の由美はひどく気が動転して、同じ言葉で繰り返し真物を責めた。その都度姉の喜代美がたしなめるがおさまる様子はなく、それどころかますます怒気を深め、今にも掴み掛からんばかりの勢いで言葉を吐き出した。 「帰って！ 帰んなさいよアンタなんか！」 「由美！ ごめんなさい見神君……」 「母さんが死んだらアンタのせいだからね！」 「！…」 部外者の自分が口出しするわけにもいかないだろうと傍観していた稲葉だが、さすがに今の一言は我慢ならなかった。何か言ってやらなければ気が済まないと、勢い込んで立ち上がる。 が。 目の前で、言われるままに背中を向けて歩き出した真物に、一瞬で怒りは消え去る。 「見神……」 後を追う稲葉に、上杉も慌ててついてゆく。彼等の背後で、由美が声を上げて泣き出した。 「なぁ、見神……」 「いい。来なくていい…頼むからついて来ないで……」 肩に触れる稲葉の手を拒絶し、絞り出すような声で真物は言った。 「ミカチ……」 二人の眼差しが一瞬真物を引き止めたが、振り向かせる事は叶わなかった。 振り切るように真物は歩き出した。 度を越えた衝撃に涙すら出ない。ただ息が苦しくて、今にも倒れてしまいそうだった。 いっそ夢を見ているようにふわふわと、おぼつかない足取りで病院を出る。 意識を保っていられたのは、そこまでだった。 倒れる寸前、誰かが抱き止める。 顔を確かめなくても解るぞっとするような腕の感触に、真物は反射的に身をよじった。しかしろくに力の入らない身体で抵抗は意味もなく、再び抱えられ傍に停めた車の助手席に座らされる。 かちりとシートベルトの締まる音を遠くに聞きながら、真物は目を閉じた。そのまま、眠るように意識を失う。 『ああ、最高……！』 この上もないほどの恍惚に身を震わせ、「彼」が言う。 『見かけによらず頑丈な女でよ、足を一本折る程度だったのが残念っちゃあ残念だけど、あれにゃあ充分こたえただろうねぇ』 「彼」の言うあれ――助手席で眠る真物にちらりと目を向け、神取はかすかに笑みを浮かべた。 おもむろに車を走らせ、帰路に着く。 『可哀相にねぇ。せぇーっかく、変われそうだったのによ！』 ざまあみろ、とばかりに憎々しげに言い放つ。「彼」が酔い痴れる感覚にだけ心を委ね、神取は他の一切を遮断した。 別にそんな事をしなくても、罪悪感など起こりはしないが。 そうとも。 「彼」の手を借り、二年前に真物の両親を自殺に見せかけ殺した時も、罪悪感など微塵もなかった。 胸が痛む事など、ありえない。 それよりもむしろ…望みを成就させる為に、あそこまでエネルギーを傾ける事が自分にも出来ると解って、たまらなく嬉しくなった。 「はい」と答えるしか出来ない知恵遅れだったわたしが マンションの駐車場に車を停め、エンジンを切る。途端に沈黙が降り積もり、かすかな真物の寝息すら聞こえてきそうだった。 疲れ果て青ざめた顔で眠る真物に一瞥をくれ、神取は感情の赴くままに薄笑いを浮かべた。 思い出す度に背筋にぞくぞくと快感が走った。 死をも塗り潰す痛みに身悶え、苦痛と衝撃に苛まれる姿は、まさに見物だったから。 心待ちにしていた甲斐があったというもの。 うっとりと酔い痴れ、神取は目を閉じた。 だがすぐにはっと顔を上げ、耳を澄ませた。 子供の泣き声を、聞いたような気がする。 取るに足らない音のはずなのに、何故か放っておけなかった。 『そこまで来てるぜ』 先に気配に気付いていた「彼」が、大仰な仕草で後方へ両手を差し伸べる。 言われるまま神取は振り返った。 ＊ 深夜のように真っ暗な中、薄ぼんやりとその姿が浮かび上がる。 ＊ 昏倒したままの真物を部屋に運び、自室に戻った神取は、灯りも点けずリビングのソファーにもたれ、眠るでなく目を閉じた。 |